一期一会 -18ページ目

一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

<ビリー・クリフォード side>


25



体が熱い。
熱くて、熱くて、苦しくて。
ルーク……。ルーク……。ルーク……。
どうして病気の時は、こうも人恋しくなるのだろう。
オレは熱にうなされながら、すぐ側にいるはずのルークに手を伸ばした。
「……大丈夫?」
心配そうな声がした。
「ルーク……そこにいるのか?」
オレは目を開けると、ぼんやりとする視界の中に白い天井と壁が目に入った。
そうか、ここは病室なのか。
今は昼間かな。
締めたブラインドから差し込む影が、白い壁に写り込む。
顔を上げようとするけれど、それさえも熱でおっくうだ。
「ああ、いるよ。僕はずっとここにいる」
落ち着いた声だった。
……ああ、ルークはここにいてくれる。
ずっとオレの側にいてくれる。
誰かが側にいてくれると思うだけでとても安心できた。
オレが空に手を伸ばすと、大きな手がぎゅっと握りしめ、心配そうにのぞき込む。
虚ろな頭で顔はよく見えなかったけれど、おでこに乗せられたずり落ちそうな氷嚢を元に戻し、流れる汗を甲斐甲斐しく拭いてくれる。
誰かに心配される動作の一つ一つがとても安心できて、オレは今まで感じなかった喉の渇きを覚えた。
枯渇しきった口を開こうとするけれど、喉の奥がとても熱くて、開いた口を乾いた空気と共に一度嚥下してみる。けれど、余計に喉の渇きを自覚しただけで、無意識に唇の周りを舌でなで回した。
「喉、渇いてない?」
オレの動作を見ていたルークは、優しく尋ねた。
「水が欲しいんだね」
寝たままの姿勢で黙って頭頷くと、ごそごそとベッドの横でなにやら探る気配がした。
どうやらルークは、何か飲み物を用意してくれるようだ。小さくペットボトルの蓋が開くような音がした。
やっと水が飲める。オレは今かと待ち構えていたけれど、一向に水を飲ませてくれる気配がなかった。
「み、水……」
「あ、うん。ちょっと待ってて。ここかな……」
何かを探しているようだが、捜し物は見つからないのかベッドサイドの机の引き出しを開け閉めする音がする。オレは我慢できなくて、もう一度「早く」と催促した。
「ごめん、楽飲みが見あたらないんだ」
楽飲み?
一瞬なんだっけ? と頭の中にクエクションマークが飛びかう。
楽飲みとは確か寝たきりの病人に水を飲ませる水差しのようなものだったと虚ろな頭で思い出したが、うまく頭が回らなかった。
そんなのいいから、早くよこせよ! 
オレは一刻も水が飲みたくて、目を開けて起きあがろうとしたが、熱でぼんやりしていて、焦点がうまく定まらない。それでも無理に起きあがろうとして、上半身だけ起こすそうとしたが、身体は鉛のように重くて、頭の上の氷嚢がずり落ちただけだった。
「大丈夫?」
ルークは慌ててオレの身体をベッドに押さえつけると、いきなりペットボトルをあおってラッパ飲みに水を飲んだ。
おい! 自分だけ水を飲むなんて、ずるいぞ!
睨みながら文句を言おうかと思ったところに、ルークは落ちた氷嚢を元に戻しながらオレに唇を重ねた。
え?
一瞬、オレは戸惑ったが、すぐにルークの行動が理解できた。
ルークは起きあがれないオレに、少しずつだけれど自分の口に含んだ水を口移しで飲ませてくれようとしているのだ。
理解できると、思い切り口を大きく開いてルークの唇に吸い付く。
ルークはこぼさないように気をつけながら、少しずつしか水を含んで飲ませてくれたが、オレはもっと!と、キスをせがむように顎を突き出した。
「慌てないで。ゆっくり……」
ルークは何回かに分けて、水を口移しで飲ませてくれる。
こんなに水が美味いと思わなかった。
乾ききっている体に、染み入るような潤い。
それがルークの唇から与えられるのだから、熱でぼんやりとする頭でも、とても嬉しく、幸せに感じる。
オレは幾度となくルークから潤いを与えられると、それだけで満足して再び深い眠りについた。




to be  continued……


<ルーク・クリフォードside>


24


「あの……まだ会社には連絡をしていなかったのですが、どうしてここがわかったのですか?」
そういえばボクは、マンションを慌てて出て兄さんを病院に運び込むことしか頭になくて、兄さんの会社に連絡をするのをすっかり忘れていた。
「ビリーの姿が見えなかったものだからね。君たちのマンションを尋ねたんだ。そしたら君そっくりの同居人が、此所を教えてくれたというわけなんだ」
ボクにそっくりな同居人。ルカのことだ。
「そうでしたか……」
ボクの頭の中には、心配そうに見送っていたルカさんの顔が浮かび上がった。慌てていたとはいえ、彼に無愛想な態度をとっていた事を思い出し、なんとなくバツが悪い気持ちになる。
謝ったほうがいいのだろうか――。
自分の態度を頭の中でリピートしてみる。確かにあまりに露骨な態度だったのかもしれないと、反省していると、よく響く声が降ってきた。
「実はビリーに正式に辞令が下りたので、それを伝えに来たのだが……君は何か聞いていなかったかね?」
「辞令?」
何のことだろう。
兄さんはボクに仕事のことは、大まかな話しかしない。特に兄さんも話さなかったし、ボクも特には聞かなかった。
必要があれば、兄さんのことだ。絶対にボクに何か言ってくる――。そんな根も葉もない自信があったのを、今更ながら感じていた。
「実はアメリカの本社の研究所から、是非ビリーを特別研究員として招きたいという話が以前からあったのだかね。ビリーは日本に居たいと頑なにそれを断り続けていたんだ。だが、どうしても彼に来て欲しいという先方の依頼が強くて、正式に辞令という形で今朝発表になった」
「……そうでしたか」
「君のことはビリーから聞いていたよ。たぶん、彼は君と一緒にいたかったんだろうね」
あの馬鹿兄! そんなこと、ちっとも話してくれなかったじゃないか!
ルークは憤慨しつつも、頭の片隅では、落ち着いた態度のサトシの口調が気になっていた。
兄さんを『ビリー』と呼び捨てにする彼は、兄さんと一体どんな関係なのだろう。上司なら部下の名前を呼び捨てにするのは当たり前なのかもしれないが、サトシの声を聞きながら、ボクの心の中は穏やかではなかった。
「本当はこの話は彼に直接会ってしたかったのだがね。先方は返事を急いでいるらしい。私も仕事があるから彼が起きるまで待っていることができない。悪いが、この書類を渡して欲しい。彼が目覚めたらでいい。この話を君からして、渡米行きを説得して貰えないかね?」
サトシは渋く光る銀色のビジネスケースから一通の封筒を取り出すと、ルークに手渡した。
「あの……もし、この話を兄が断ったらどうなるのでしょう?」
「……そうだね。クビってわけにはならないだろうが、出世街道から大きく外れることは間違いないだろうね」
サトシはにっこりそう笑うと、「では頼んだよ」と席を立つ。
「ありがとうございました」
ボクは深々とサトシに頭を下げた。
コツコツと革靴の小気味よい音を辺りに響かせて、背筋をピンと伸ばして歩くサトシの後ろ姿を見送りながら、ボクははぁと大きくため息をついた。
「出世街道……か」

この話を兄さんにしたらどう返事をするだろう。
ボクは想像して頭を振った。
きっと兄さんのことだ。断るに違いない。断るのはボクとしては、とても悔しく、反面、嬉しい。
もしも断るとしたら、きっとそれはボクが原因なのだ。ボクがどれだけ兄さんと一緒に住みたいと願っていたか、兄さんはよく知っている。それだけ兄さんはボクを大事にしてくれているということだ。だけれど、本当にそれでいいのだろうか。
これは兄さんにとっては絶好のチャンスだというのに。
ボクは先程から社会人と学生、兄さんとボクの差を埋め尽くすものを必死に考えようとしていたが、そんなものは埋まらないのだと再確認する。
ボクは虚ろな足取りで、兄さんの病室へと戻って行った。





to be  continued……


<ルーク・クリフォード side>


23


あれからボクは、兄さんを病院に連れていき、すぐに診察を受けるとすぐに入院となり、点滴を打たれた。
心配した病状も思ったより悪くなく、過労と風邪だと言うことで2,3日で退院できるようなので安心はしたけれど。
兄さんは窓際のベッドに横たわったまま、ピクリともしないで蒼い顔をして寝入っていた。
……きっと疲れているんだろうな。
ボクは死んだように眠る兄さんの顔をみると、どうしようもない自分への不甲斐なさがこみ上げてきた。
兄さんのこんな顔はみたくはなかった。
いつも笑っている兄さんでいて欲しいのに、最近の兄さんは仕事にとても忙しそうだった。
たまにとれた休みも引っ越しの準備やら片付けに追われていて、帰宅してもボクが兄さんを求めるばかりで、少しも体を労ることなどなかった。
しばらくぶりに一緒生活ができるという喜びと若さゆえの欲望で、ボクは兄さんを振り回すことしかしなかったのを、改めて反省するしかない。
こんなはずじゃなかったのに。
言い訳だけがぐるぐると頭の中をよぎる。
もっと一緒にいたい。
もっと兄さんを感じていたい。
たったそれだけなのに、現実はそう甘くはない。
兄さんは社会人でボクは学生。歳はたった一つしか離れていなくても、この差は大きい。
この差はいつになったら埋め尽くせるのだろう。
兄さんはボクの学費を稼ぐため、一緒に暮らす生活費を稼ぐため、寝る間も惜しんで働いているというのに。
昨夜のように、軽率なボクの態度が余計に兄さんの負担になっているのだと、今更気づく。まだ学生の身分であるボクの浅はかさなのかもしれない。
そんなことをぐるぐる考えていたところに、看護師の女性に声をかけられた。
「クリフォードさん、お兄様に面会の方がみえています」
「え? 面会?」
誰だろう。一瞬ボクは考えを巡らしたが、両親を幼い時に亡くしたボクらには心当たりはなかった。
「はじめまして。あなたがビリーの弟さんのルークさんですか?」
渋いスーツを着こなした黒髪の男が一人、看護師の女性の後ろから尋ねてきた。
「ええ。そうです」
「ビリーの容態はどうですか?」
どうやら兄さんの会社の人らしいだと、なんとなく察することができた。兄さんの事を『ビリー』と呼び捨てにするのは気分がよくないなと思いつつ、もし、兄さんの会社の上司の人ならそう怪訝な態度を取るわけにはいかないだろう。
ボクは少しかしこまって説明した。
「今は薬で眠っています。過労と風邪のようですので、2,3日の入院ですみそうです」
「そうか……よかった」
あからさまにほっとする黒髪の男に、ボクは恐る恐る尋ねてみた。
「あの……貴方は?」
「ああ。申し遅れてすまない。私はビリーの会社の上司で、土屋サトシという者だ。少し……話をしてもいいかね?」
黒髪の男は、スーツの内の胸ポケットから黒皮の名刺入れを取り出し、そこから薄い名刺をボクに差し出す。
ボクはお辞儀をしながらその名刺を受け取ると、確かに兄さんと同じ会社のロゴマークと会社名が明記してあった。
兄さんの寝顔をちらりと見ると、蒼い顔をしながらも相変わらず寝入っている。ここで話をすると、せっかく寝ている兄さんを起こしてしまうかもしれない。ならば話はあちらでと、ボクは土屋サトル名乗る男を、談話室へ案内した。



to be  continued……

<ルーク・シュヴァルツ side>


22


うっすらと開いたカーテンの隙間から、少しだけ明るい日差しが入ってくる。雨はいつの間にかやんでいて、時刻はとうに朝になっていた。
ビリーさんは大丈夫だろうか。
きっとしばらく顔を会わせては貰えないだろうなと思いつつ、僕はやはり心配でじっとしていられなかった。
ベッドにこのままおとなしく寝ていることもできなくて、意を決して部屋を出てみる。
相変わらずシンと静まり返るリビングだったが、ガチャリとドアの開く音がした。ビクリと飛び上がると、ドアが開いたのはビリーさんの部屋だった。
「ルカさん、ちょっと留守を頼みます」
突然、ドアが勢いよく開かれたと思ったら、ルークさんが僕の顔を見るなり、頼みごとをしてきた。
まさかルークさんからこんな風に言われるとは思わなかったけれど、断る理由もない。
「はい……それはいいですけど。どこに行くのですか?」
「兄さんを……病院に連れて行きます」
「そんなに具合が悪いのですか?」
「ええ……まあ」
ルークさんは急いでいるためか、僕と言い争いになった後でバツが悪いのか、一向に視線を合わせてくれない。僕に確認を取ると、すぐにビリーさんの部屋に姿を消したものだから、僕は入っていくこともできず、ドアの前でおろおろとしていた。
ルークさんが一度部屋に戻ったと思ったら、毛布にくるんだビリーさんをお姫様だっこしたまま出てきた。
ビリーさんはパジャマに着替えているものの、蒼い顔したまま形のよい眉に皺をよせ、はぁはぁと早い呼吸をしている。
「ビリーさん大丈夫ですか? 僕も一緒に行きましょうか?」
「いえ。大丈夫です。下にタクシーも呼んでいますから」
相変わらずルークさん僕とは視線を合わせようとしない。あからさまに急いだ様子で、廊下を先に歩く。パタパタとスリッパの乾いた音だけが辺りに響いた。
「そうですか……」
「すいません。今は状態なので、少し留守をお願いします」
慌てて部屋を出るルークさんを、僕はドアを開けてやることしか手伝えないのを、歯がゆく思うけれど仕方がない。
「じゃ行ってきます」
「気をつけて」
僕はそれしか言えなかった。
 二人が出て行った後の部屋は、とても静かだった。
そうだ。ビリーさんの会社に休暇の連絡をしなくちゃ。
そう思い当たったが、僕はビリーさんの勤めている会社の名前さえ、ろくに知らないのに気がついた。もちろん電話番号も知るわけがない。
そんなことは、ルークさんがやってくれる……か。
なんだか悲しかった。
一緒に住んでいると言うことしか共通点しかない僕は、ビリーさんについて何も知らない。
逆に言えば、ビリーさんも僕のことを何も知らないのだ。
人を好きになると言うことは、好きな人のことを知りたいと思うことなのだと、ようやく思いつく。
今まで恋愛をしたことがないわけではないけれど、こんなにも急に激しく人を好きになったことなどなかった。
大概、周りの女の子が自分からアピールしてきて、知りたくない情報まで教えてくれる。自分から進んで恋愛をした経験のない僕は、こんなにも自分から誰かのことを知りたくて仕方がないと思ったのは初めてだった。
そうか。これが人を愛すると言うことなのかも。
ようやく自分が誰かを愛しているのだと気がついたけれど、すでにそれは誰かのものだとは、僕はなんて運の悪いヤツなのだろう。しかも男同士。僕なんて相手にされるわけないだろうけど。
「……ビリーさん」
どうか、無事で。
早く元気になって、この部屋に戻って来て――。
誰もいなくなった部屋が、とても広く感じられた朝だった。



to be  continued……



<ルーク・シュヴァルツ side>


21



どうやらビリーさんの体調が良くないらしい。
あれからルークさんが僕の部屋を出て行った後、バタバタと洗面所やキッチンを駆け回っている様子を察して、何か僕に手伝える事があるのならばと声を掛けてみたけれど、ドアもあけずに断られた。
ルークさんにあんな事を言った後なのだ。嫌われても仕方がないし、きっとビリーさんの面倒は、意地でも僕にみせてはもらえないだろう。
僕は仕方なしに部屋に戻った。
眠ろうとしたけれど、先程ル-クさんと交わした言葉が頭をよぎって眠れそうになかった。
少し興奮していたのだと思う。あんな事を言うつもりではなかったのに。
ビリーさんの事が好きだと自覚してから、自分のことがよくわからなくなった。
別に男性が特に好きだという性癖もない。
今まで僕は、冷静沈着、ポーカーフェイスなどと言われることが多くて、自分でも決して自分の意見を前面に出したりする性格ではなかったのに、どうしたのだろう。
同居生活もやりにくくなるな。
後先考えずに自分の気持ちを人に押しつけるなんて――。
今頃になって、やっぱりルークさんにも自分の本当の気持ちを言うべきではなかったと、後悔をする。
いっそのこと此所を出ていこうかとそんな考えが頭をかすめたが、それはしたくない。
ビリーさんと会えなくなってしまうからだ。今の僕とビリーさんを繋ぐものは、『同居』という繋がりだけしかないのだから。
僕からビリーんに気持を伝える気はないにせよ、会えなくなるのは辛い。
それにここは僕が最初に見付けた部屋でもあるのだからと、変な意地もある。
結局……僕はビリーさんにとってただのルームメイトでしかないのだ。
はぁ。
ベッドに横になってみたものの、幾度となく寝返りをしながら、僕はちっとも眠れなかった。



to be  continued……


<ビリー・クリフォード side>


20



寒い。
悪寒がする。
言葉を続けようにも、寒くて奥歯がうまくかみ合わない。勢いでベッドに起きあがったのはいいものの、頭がぐらぐらするのがわかった。
「……兄さん?」
ルークの呼ぶ声が遠くで木霊する。
あれ……?
おかしい。
ルークがオレの頬に手を添えると、冷たくて気持がよかった。
「兄さん、凄い熱だよ。大丈夫?」
そうか。オレは熱があるのか。
ルークに言いたい文句は山ほどあるのに、口を開くのも億劫だった。
こんな時にもう。
なんてオレは情けない兄貴なんだろう。
「ごめん……兄さん、ボクのせいだね」
ルークは辛そうな表情をして、口を閉ざした。
瞼も重い。
「違う」と言ってやりたいが、濡れた髪と、しめった洋服が気持ち悪くて、オレはただ顔を顰めた。
着替えなくちゃと思うものの、起きあがるのも面倒だし、ルークにしてもらおうにも怒っている手前、なんだかいいづらい。
とにかくよかった。ルークが戻ってきてくれた。安堵の気持ちが沸き上がると同時に、ルークの声が遠くで聞こえた。
「兄さん、とにかく洋服を着替えよう。それから髪の毛もかわかさないと」
ルークがばたばたと洗面所へ行き、バスタオルを持ってくる。にわかに騒がしくなったのを聞きつけたのか、ルカが小さくドアをノックしながら「大丈夫ですか?」と尋ねているのを、オレはどこか人ごとのように聞いてた。
そういえばルカヒも雨で濡れていたはずだ。アイツは大丈夫なんだろうか。
返事をしようとしたが、思うように声が出ない。オレが返事をするかわりに側にいたルークが返事をした。
「お騒がせしてすいません。大丈夫ですから」
ドアも開けず、ルークがドア越しにいるルカに向かって返事をした。
ルークがわしわしとバスタオルでオレの髪の毛を拭いてくれる。
ルークのその態度はただハイデリヒに迷惑を掛けたくないという思いやりからでたものではなく、まるで目障りな障害物を排除するかのように思えて、オレは一言だけルークに言いたくて声を絞り出した。
「ルカも……濡れた……」
「え? 何か言った?」
「ルカも……」
言葉を続けようとしたが、せわしなく動くルークは聞いていないようだった。
どこからか体温計を持ってきて、アイスノンまで手際よく持ってきている。下着とパジャマもそろえてあって、手際よくオレは着替えさせられた。
湿った洋服をはがされると、少しだけ暖かくなりほっとする。濡れた洋服が、どれだけ自分の体温を奪っていたのかようやく気づいた。
「アイツも……濡れたんだ…」
オレはやっとの事で、それだけ言うと、ルークは「そう。わかった」とだけ言い、顔は無表情のままだった。
なんだか予想していたものと違うルークの反応に、オレは少しだけ違和感に思った。
ルークってこんなヤツだったっけ?
もっとルカに感謝の念を浮かべてもよさそうなものなのに。
オレの説明が足りないせいかもしれない。これではなんだかルカに申し訳ないと思うけれど、今、とてもそんな気持をルークに説明するような余裕はオレにはなかった。
段々と思考が鈍くなり、考えることが面倒になる。細切れに聞こえる周りの音も、耳に入らない。
ルークが心配そうに「兄さん!」と何度も名前を呼んでいるのを最後に、オレは意識を手放していた。

to be  continued……


<ビリー・クリフォード side>


19




誰かがやさしくオレの髪をなでている。
気持ちが良い。
オレはかすかに聞こえる雨音を聞きながら、うとうととしていた。
なんだか懐かしい。
子供の頃、オレは梅雨時になると体調を崩す子供だった。
しとしととも、ぽつぽつとも聞こえる雨音を聞きながら、梅雨のうっとうしい湿気を身にまとって寝苦しい時を過ごす。昼寝は大嫌いなはずなのに、規則正しい音を耳にしていると、いつの間にか眠くなるのを思い出していた。
そんな時は決まってやさしい子守歌と共に髪を優しくなでてくれる人がいた。
母さん…?
いや、なんだか違う気がする。
この手つきは……ルーク?
オレははっと目を覚ました。
今夜は眠れない夜になるだろうと思っていたのに、どうやらオレはあのままルークのベッドに横になると寝てしまっていたらしい。慌てて起きあがろうとして、頭に激痛が走った。
「……イってっ……」
「兄さん、大丈夫?髪が濡れているよ?」
ルークはベッドに腰掛けて、心配そうにオレの顔をのぞき込んでいた。
ルークだ。やっと帰ってきたんだ。ほっとすると同時に、何か重大なことがあったのだと思い出す。
「馬鹿野郎! 今までどこに……」
オレはル-クの顔を見ると、今まで忘れていた怒りと心配だった気持が一気に湧き上がった。
フラッシュバックのように、夕べのできごとが、重たい脳裏に広がった。
同時に、遅れて感情が心の中からあふれ出す。
夕べはルークが心配でならなかったこと。ルカと共にルークを駅まで迎えにいったこと。ハプニングでルークとキスしたことまで思い出すと、自分の行動を棚に上げて、ルークばかりを責めていいものか、一瞬躊躇した。
目の前にいる弟をしかりつけようとしたが、言いたいことも全部言わせてもらえずに、ルークは丸ごとオレを抱きしめて、やさしく耳元で囁いた。
「……ごめんね。兄さん。心配かけちゃって。ホントにごめん」
ぎゅうと肩を抱かれて、ほっとした。
先に謝るルークに、そうだ。原因はコイツなんだと、自分に言い聞かす。
ルカとキスしたのも、そもそもはルークが黙って外出するからだと理屈付けした。
「ル、ルーク、兄ちゃんがど、どれだけ……心配したと……」
オレはルークを叱ろうとして、自分の体の様子がおかしい事に気がついた。


to be  continued……


<ルーク・クリフォードside>


18



「きっとルークさんは僕がなんでこんなことを言い出すのかと思っているだろうね」
思考が顔に出たのだろうか。疲れている今は余計な気を遣う余裕もない。
図星をつかれてボクは気持を隠さずに返事をした。
「……はい」
「僕も……こんな風に思うなんて思いもよらなかった」
ルカさんはボクから目をそらすと、まだ暗い外に視線を移してカーテンを薄くあけた。外はまだ雨が降り続いていて、そろそろ夜明け前だと言うのに真っ暗だ。
「何か……あったのですか?」
ルカさんの後ろ姿にボクが問いかけると、彼はしばし下をうつむいて何か考えている様子だった。
「なんでも言ってください」
ついボクは大声になる。
まったく……どうゆうつもりだ? ボクは疲れているんだ。そう重要な話でなければ、すぐにここを出て行ってベッドに潜り込みたい衝動にかられる。
返事がなければ、部屋にもどろうと席を立とうとした時だった。真っ直ぐにボクに瞳を向けて、ルカさんが呟いた。
「ルークさんはビリーさんと恋人同士なんだよね?」
「え?」
ボクはその言葉を聞いて、席を立とうと片足を床に立てたまま、固まった。
もしかして……バレていただろうか。
ボクはとっさにいろいろと今までの行動をリプレイした。
ルカさんの前ではいちゃついたつもりもないし、気をつけていたけれど。
もしバレてしまったのならしかたがない。彼とは一緒に同居しているのだ。
ボク達兄弟が兄弟でありながら恋人だとバレるのは、時間の問題かも知れない。ここはうまく説明して迷惑を掛けないように説得しよう。
とにかく兄さんとボクの事は二人の問題だ。他人に干渉されたくない。それでも気持ち悪がられたり、嫌がられるようなら引っ越しするしかないか……。
一瞬のうちにボクはそこまで考え、腹をくくった。
「……二人は恋人なんでしょう?」
ルカさんは振り返り、再度ボクに尋ねた。
聞かれて返事に困るが、どうやらもうバレているようならしょうがない。一度大きく深呼吸して、ゆっくりと答えた。
「はい……。バレていたものはしかたないですね」
「そうですか……」
「ボクはかまわないけれど、ルカさんは気持悪いでしょう? あ、だからと言って兄さんにはボク達の関係をルカさんが知っているって言う事は内緒にしておいてくださいね。ああ見えても兄はデリケートなところがあるんです。見た目は強がっていますが、けっこう繊細なんですよ」
「……知っている」
自信ありげなルカさんの返事を聞いて、ボクは少し戸惑った。それってかなり意味深な返事じゃないか。一体この人は、何を思ってこんな事を言っているのだろう。
まさかルカさんは兄さんの事を……。
ボクはそこまで考えて、振り向いたルカさんの顔を見ると、静かに、けれど睨み付けていた。
「ルカさんは兄の何を知っているんです?」
真っ直ぐな蒼い瞳をボクに向けてくるルカさんを見ていると、なんだか彼にばかりやられているような気がして、一瞬、焦りを感じた。焦る必要などないのに。今までボクは兄さんとずっと一緒に苦しいこと、辛いことを一緒に乗り越えてきた。その結果が兄弟をも超えた『恋人』と言う関係に落ち着いたのだとしても、それを何も知らない他人にとやかく言われたくはない。
「確かに僕は貴方に比べるとビリーさんの事は何も知らないうちに入るだろう。でもね、だからと言ってビリーさんを悲しませるような事をして欲しくないんだ」
「わかってます。悪いけど、今それを貴方に言われたくはない。確かに連絡をせずに朝帰りをして、兄さんに心配を掛けたかもしれない。兄さんには謝っても、貴方には関係ない事でしょう?」
ボクは勢いでつい早口で捲し立てた。
少し言い過ぎたかもしれない。けれどそこまでルカさんに自信ありげに言われて、ボクも余裕がなかった。
とにかくボクと兄さんの事はそっとしておいてほしい。彼はただの同居人なのだから。
「……僕がビリーさんのことを好きになってもですか?」
「ルカさん……?」
「君には悪いと思うけれど、僕がビリーさんを思う気持ちは勝手でしょう?」
「な、なにを……」
「僕がビリーさんを好きになったら困りますか?」
「それは……」
ボクはとっさに答える事ができなかった。何時からビリーさんは兄さんを好きになったのだろう。ぜんぜん気がつかなかった。もしかしたらボクの居ない夕べ、二人の間に何かあったのだろうか? 気になるけれど、それを聞くのはなんだか自分が負けたような気がして聞くのが躊躇われた。
「疲れて帰宅しているのに呼び止めてごめんなさい。ビリーさんは君の事しか見ていないようだから僕の気持ちを彼に伝えるつもりはないけれど。君がビリーさんを悲しませるような事をするのなら、僕も黙ってはいませんよ」
ルカさんは静かに、けれど力を込めて言葉を放つ。
何か反論したかったけれど、ボクは一言も言葉にできなかった。
ボクは黙って彼の部屋を後にした。パタリと後ろ手にドアをしめる。
宣戦布告?
ルカさんがライバル……か。
まさかこんな風になるとは思わなかったけれど。考えてみたらボクとルカさんは双子のようにそっくりなのだ。
ボクが勉強や研究に忙しいと兄さんを相手にできない間に、フラフラとルカさんの方へなびいても不思議はないじゃないか。
「……あはは」
ハイデリヒさんの部屋のドアの前でしゃがみ込むと、乾いた笑いがこみ上げてくる。
ごめん……兄さん。
ボクは兄さんの顔をみたくて、まっすぐと彼の部屋に向かった。



to be  continued……


創作系 目次


【完結】 


「隣人」 -年下の男- *R18指定

ある朝目覚めると、ベッドの中には年下の男が。アラサー女子の恋物語。

             


閲覧できなかった部分を他のサイトにあっぷしました。


隣人 -年下の男- 7話


文字をクリックしてください。

尚、閲覧はご自身の責任でお願いいたします。



「隣人」-人の女-   *R18指定

 アパートの隣人には、不思議な親子が住んでいた。恋する青年の行方は……。

          



 「白木蓮の咲くころ」  

   伯爵家に養女にやってきた男のみたいな女の子。義理姉と弟の淡いラブストリー。


         1                  10  11  12 13



【完結】 

 「LOVE PHANTOM」 19世紀初頭、寄宿舎に通う兄弟とヴァンパイヤの物語。  

        1                 10 11  12  13  14


【完結】 コバルトブルーの兄弟  room number 213 番外編

        第一章 自覚       

        第二章 ラブレター                  10  11  12

        第三章 コバルトブルー      3


BL小説  3人の視点でお話は進んでいきます。番号の順番でお読み下さい。 

             *一部、男性同士の性的描写を含むシーンがあります。苦手な方はご注意下さい。

【完結】

 room number 213  ルーク・クリフォードside       11  12  17  18  23  24  30  31  35

                              39  41                 

              ビリー・クリフォードsaide         13  14  19  20  25  26  32  33
                              36  37  38  40

              ルーク・シュヴァルツ side     10  15  16  21  22  27  28  29  34



【完結】

「ピアノマン」  プロローグ

          第一章         

          第二章         

          第三章           

          第四章             

          第五章           

          エピローグ 【完結】


「約束」     プロローグ     

【完結】    chapter1:イーグルF22                   10

         chapter2: 戦闘訓練           

         chapter3: 襲撃        

         chapter4: 戦友          

         chapter5: 親友  1                 10         

      Chapter6:帰還 

      エピローグ   【完結

「瞳をとじて」  プロローグ       

 【完結】     第一章       

          第二章                 

          第三章         

          第四章                 

          エピローグ   2  【完結】


<ルーク・クリフォードside>


17



ボクは雨の降るまだ薄暗い早朝、213号室の玄関ドアの鍵穴に、そっと鍵を差し込んだ。
ゆっくりと玄関ドアを開き、靴をぬいで部屋に入ると、なにやら物音がする。
もしかして……兄さん?
ボクは兄さんが起きていて待っていてくれたのだと思い、とっさに言い訳を考える。
静かに玄関に近づく足音がしたと思ったら、リビングドアからルカさんがひょっこり顔を出した。
「おかえり。随分遅かったんだね」
「ルカさん!」
みんな寝ていただろうと思っていたのに。
「ええと……これには……」
「しっ」
ボクは慌てて帰宅が遅くなった理由を説明しようとすると、ルカさんは口の前に指をさして、黙るように促した。リビングルームを通り越して彼の部屋へと案内される。
薄暗い廊下とリビングルームを通り、ルカさんの部屋に入ると電気をつけた。
灯りの下で心配そうにボクを見ているルカさんの顔が浮かび上がると、とたんにボクは言いようもなく申し訳ない気持ちと、何か言い訳をしなければと焦燥感にかられた。
まさかルカさんが出迎えてくれるとは思わなかった。
きっと誰も起きて待っていなければ、こんな気持ちにはならなかっただろう。もしかしたらルカさんはボクが朝帰りしたとでも思ったかもしれない。けれどボクはルカさんにどう思われようとかまわなかった。兄さんがボクの行動に口を出すのはともかく、同居しているからとは言え、赤の他人のルカさんに、いちいち行動の全てを報告する必要もないだろう。
そう言えば兄さんはどうしたのだろうか。
出迎えてくれるとしたらカンカンに怒った兄さんが仁王立ちでまっているものだと思っていたのに。そうすれば、いくつか憎まれ口をいくつか叩いて、ボクは怒った勢いですぐにベッドに潜り込めたかもしれない。なんだかめんどくさい事になった。
あれこれ考えるボクを目の前にして、床に敷いたラグの上に座るよう促すと、ルカさんはボクを目の前にして静かに話し始めた。
「ルークさん。一言、言わせてください。僕は君の行動についてとやかく言うつもりはないけれど、こんなに遅くなるのならどうしてビリーさんに連絡しなかったの?」
言われると思った。想定内の質問に、ボクは説明させてくれとばかり、口を開いた。
「連絡しなかったのは悪かったと思っています。ボクも慌てて。家を出てから、携帯を部屋に忘れてしまった事にきづいて……」
「知ってる」
「知っているならどうして……?」
「携帯を忘れても、他に連絡する手段はあったでしょう?」
思ったより食い下がってくるルークさんに、ボクは内心苛立ちを感じ始めていた。
「でも、遊びで出た訳じゃないし。大学院の先輩にいろいろお願いされて……」
「それも知ってる。僕もそれはビリーさんに説明したんだ。それでも彼は君のことをずっと心配していたよ」
「心配かけたのは申し訳ないです。でもボクは貴方には迷惑をかけてたわけじゃないでしょう?」
「ああ。そうだね。僕が迷惑かけられたわけじゃないけれど、ビリーさんが心配すると予想できなかったの?」
「貴方には関係ない!」
こんな言い方はよくないと思いつつ、先程からルークさんに質問攻めにされるボクは、ついキツイ言い方をした。
悪いとは思うが、今更終わったことを、逐一文句言われても、どうしようというのだ。
「確かに僕には迷惑をかけていないし、僕も君の行動をとやかく言うつもりはないけれど……お兄さんをあまり悲しませるような事はしないで欲しいんだ」
「わかっています」
「わかってないよ」
まったく……。みかけによらずこの人ときたらめんどくさい人だ。どうして今、こんな事を言う必要がある?
悪いことをした自覚があったり、迷惑をかっけたのならボクだって謝る事ぐらいの事はする。第一謝るべき人は兄さんなのだ。ルカさんは関係ない。
ボクはなんでルカさんになぜこんなに苦言を言われるのか、わからなかった。


to be  continued……