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一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

<ルーク・シュバルツside>


34


僕は一人部屋に戻った。辺りはとても静かだ。
静けさが余計に僕の孤独感を際だたせているようで、たまらなく寂しくなった。
瞼を閉じれば、脳裏に自然とビリーさんの笑顔が思い浮かぶ。
最初から判っていたんだ。ビリーさんとルークさんのことは。
あの兄弟は僕が割って入る隙間などないくらいに、愛し合っていて、互いに大事に思っているってこと。
それでも……気がついたら僕はビリーさんがどうしようもなく好きになっていた。
ビリーさんの大きく口を開けて笑う声。
いつも明るく振る舞っているクセに、とても寂しがりやなところも。
大胆に事を進めると思う反面、いつも人の気持ちに敏感で、ナイーブな面を持っているところも。
兄さん風をふかしているかと思えば、自分のことよりも、弟をいつも心配している。
彼を支えてあげたい。
彼とずっと一緒にいたい。
けれどそれは叶わぬ想い。
絶対に僕の想いは彼に届かないことを、僕は十二分に判っている。
僕の気持を知ったとしたら、弟想いで優しいビリーさんのことだ。一人で孤独に悩むだろう。
彼に伝える気はないけれど、それでも僕はビリーさんのことを想う気持はごまかせなかった。
……ルークさんはきっと怒っているだろうな。
僕はビリーさんへの気持ちを自覚する度に、ルークさんに対して罪悪感を持たないわけにはいかなかった。
以前、僕がビリーさんを好きだと彼に告白した時も、ビリーさんを勝手に想っているだけだからと言い訳しつつ、態度を改めなかったのだから。
それでも……僕はとっても嬉しかった。
たとえビリーさんの一瞬の気の迷いでもいい。彼からキスをされたのが。
あのキスは、明らかにビリーさんが、僕を好きでしたものではなかった。
ルークさんと間違えての行動だと、解っている。僕を求めてくれたのではない。けれd、それでもかまわなかった。
今でもルークさんからビリーさんを奪おうとは思ってはいない。
なぜならそれをビリーさんが望んでいるとは思えないからだ。
彼の望まない行動はしたくない。
今の僕にとってビリーさんが全て。
寝ても覚めても彼の事しか頭にない。
僕は思い立って、ギターを手にとった。
何もない五線譜を広げて、鉛筆で思いつくまま歌詞を書き殴る。
沸き上がる想いと、突き上げるように苦しくてどうしようもない気持を、思い切りメロディにのせて。
気がつくと一曲仕上がっていた。
題名は「プラチナ・キス」
僕の正直な気持ちだった。
あれは最上の輝く白金のようなキスだった。もう二度とする事はないだろうけど。
僕はビリーさんに対してこんな想いを秘めながら、いつまで一緒に暮らせるだろう。
今までは遠くからでも彼を見ていることができるのなら、それでよかった。けれどもう無理かもしれない。
きっと僕の気持ちが言わなくてもビリーさんには判っているだろう。
彼からのキスを拒むことなどできなかったし、心のどこかでは僕もそれを望んでいた。
僕は十分だった。
彼とのプラチナ・キスを心に秘めて。
来る時と同じように、ギター一つ持って此所を出ていこう。
僕はこの一曲を残して、マンションをでて行こうと心に決めた。




to be  continued……



第58回江戸川乱歩賞の経過が発表になりました。

結果は、一次通過したものの、二次落ちでした。

初投稿だったので知らなかったのですが、乱歩賞って二次通過から講評もらえるのですね。

どちらにせよ、二次で落ちた私は、もらえませんが。

やはり、プロの道は険しいですね。

次回はせめて二次、あわよくば最終に残るくらいにがんばりたいです!!


<ビリー・クリフォードside>


33


「兄さん。嫌なの?」
「嫌もなにも、今じゃなくてもいいだろ? お前に風邪が移るかもしれないし……」
咄嗟にオレは言い訳をする。だが、ルークは納得いかなかったのだろう。すぐに抗議の声を上げた。
「兄さんになら移されてもいいよ。それとも、ルカさんにはできてボクには出来ないって事?」
「なんでそこでルカが出てくるんだ?」
「だって二人はキスしてたじゃない」
「だからあれは……」
「あれは何?」
矢継にルークに質問され、オレも焦りながら答えた。
今まで泣きそうだったルーク顔が、急に真顔になると妙に説得力がある。
ほんの出来心で、ルークのキスとルカのキスが同じかどうか、確かめてみたかった。
そう正直に言ってしまえば、きっとルークは傷つく。ルカだってそうだろう。
一瞬、オレは何と返事を返してよいものか少しだけ悩む。
「答えられないんだね。……じゃあ、土屋サトシさんのことは?」
「土屋サトシ? なんでお前が土屋さんのことを知っているんだ?」
オレは驚いた。確かルークもは、一度も土屋さんののことは話をした記憶がないからだ。
「兄さんのお見舞いに病室に来たんだよ。渡米行きを勧めてくれと言われた」
「……そうか。聞いたのか」
ルークはオレに覆い被さった体を起こし、ベッドの端にオレに背を向けて座った。少し猫背になった姿勢が、とても寂しげに見えて、声を掛けずにはいられなかった。だが、何から説明してよいのか自分でも整理がつかない。ルークにしてみれば、オレ以上に混乱しているだろう。
オレはとにかく誤解をとかなければと、まだ少し重い体を無理矢理起こし上げた。
「兄さんは土屋さんとも仲がいいんだね」
ルークの口調に、オレは何故だが棘を感じた。否定はできないけれど、ルークに嫉妬されるような仲ではない。
「別に普通だろ……・? 土屋さんとは、ただの上司と部下なだけだ。お前が心配するような事は何もない」
「心配になる事がそうそうあっても困るよ。アメリカに行くんでしょ? どうしてボクに話してくれなかったの?」
「話す必要がないと思ったからだ。アメリカには行かない。オレはお前と離れたくないからな」
半分は、意地。半分は本音だった。
「え?」
ルークは体はそのまま、首だけをオレの方へむけて驚いたような顔をしている。
「だって渡米行きの話をオッケーすれば、昇進だってできるんでしょう? なんで? 兄さんは出世したくはないの?」
ルークは,真っ直ぐな瞳を、オレに向けた。
ドキリとするくらい、真剣な瞳だった。ルークは、いつの間にか背もオレより大きくて、見下ろす位置から真摯な顔でオレの顔色を窺ってくる。すでに大人の大人の風貌だった。
「昇進なぁ。んなモン、オレには興味がない。オレが行かなくたって、行きたいヤツはいくらでもいる」
「でも……行かないって事は左遷もありうるのじゃない?」
「そんなことお前が心配せんでもいい。お前はちゃんと勉強して、卒業する事だけ。いつでもオレの側にいるんだろ?」
オレがぽつりとそう言うと、ルーク今にも泣きそうな顔をオレに向けた。
「兄さん……」
ルークはオレに近づくと、静かに抱き寄せる。
オレもベッドに座ったまま、ルークの肩に腕を回した。

これでいい。
これが一番いいのだ。
オレにはルークしかいない。
もちろん、ルークにとってもオレしかいないのだ。
だが、オレの心の奥底で、何かがチクリと痛むのを、感じずにはいられなかった。


to be  continued……



<ビリー・クリフォードside>


32


オレは唇に感じる違和感で目が覚めた。
え?
ふと目を開けると、目の前には誰かの顔がある。
ルーク?
それともルカなのか?
相手は目を閉じていて、瞳の色がよく判らない。
一瞬、どちらか判断できない自分が恐ろしくなった。
今までオレにキスをしてくるのは、当然、弟のルークの他にいない。
間違えたり、疑う余地もなかったのに、自分からルカにキスをしてからは、オレの中の判断基準が安易にもぐらついていて、それを認めるのが怖い気もした。
それほどまでに、ルークとルカの唇の感触はよく似ていたのだ。
冗談のつもりでルカにキスを求めたのがよくなかったのかもしれない。いいや、あれば、まんざら冗談でもなかった。
病室で口移しに水を与えてくれたルカの唇の感触をを、オレ自身が忘れたくなかったのだろう。
たぶん、ルークのものとそっくりだった唇を、本当にそうかもう一度確かめたかったのだ。
「……兄さん」
そうか……
その一言で、オレはようやく我に返った。
ベッドに横になるオレの上に覆い被さった人物は、ルークだった。安堵の為か、ほっと一息ため息をこぼす。
「な、なんだ……急に」
「起こしてごめん。兄さんはボクのものだよね?」
オレの上に四つん這いになったアルフォンスは、今にも泣きそうな顔をして尋ねてきた。
「な、何を急に言っているんだ……? 当たり前じゃないか」
「だって……」
ルークのこんな顔をみたのは久しぶりだった。
幼い頃、亡くなった母を思い出して泣いていた弟の姿を思い出す。図体はすでにオレよりも大きいクセに、弟のこうゆう態度を見ると、兄としての自覚が出るのか、条件反射的に威勢をはってしまう。
「心配しなくていい。オレはお前の兄ちゃんだろ? それは一生変わらん!」
オレは語調を強めて言うと、ルークの頭をぐりぐりとなでた。
「違うよ。ボクが欲しいのはそんな返事じゃない!」
ルークは再びオレに唇を押しつける。顔の角度を変えながら、柔らかいアルフォンスの舌がオレの口中を犯し始め、オレは自然と桃色のため息をこぼす。
……んふっ……
んん……
間もなくパジャマのボタンを器用に外し、ルークの少し冷たい手がオレの胸をまさぐり始めた。
手は忙しなく動き、ルークの唇が、オレの唇から首筋へと移る。首筋から耳の後ろへ。
急性だけれど、確実にオレの感じる急所をついてくる。
もう何度も体を重ねた結果、オレのポイントを知り尽くし、そしてオレの体も、自分の意思や理性とは関係なく、自動的に反応し始める。
久しぶりに襲う快感。
このままおぼれてしまえたら、どんなにいいだろう。
だが、オレは頭の片隅にあの時言われたルカの言葉「ああ、いるよ。僕はずっとここにいる」あの優しい言葉が頭をよぎり、ふと我に返った。
「ちょっ……まだ昼間だぞ……」
オレはうわずる声を抑えながら、ようやくそれだけ吐き出だした。
ルカとオレの部屋は、リビングルームに向いた隣の部屋同士。
もしかしたらルカは壁一枚隔てたリビングルームにいるかもしれない。
オレは声や音が漏れるのが気になって、ルークの与える熱に十分酔えないまま、気もそぞろに覆い被さる体を押しのけようとした。


to be  continued……


<ルーク・クリフォードside>


31



兄さんの寝ている部屋に閉じこもると、急にシンと静寂がもどる。


ボクはなんだかやるせなくて、ドアを背に、ずるりと床に座り込んだ。


ベッドを見やると、兄さんは微動だに一つせず、布団にまるまったまま出てこない。


この分だと、兄さんと今日話をするのは無理かもしれない。本当はたくさん兄さんと話したい事があったのに。


入院中、病院に尋ねてきた会社の上司の土屋サトシの話も。これからの兄さんの将来とボクの将来についても。


兄さんは一体、何を考えているのだろう。


今までボクはずっと兄さんの側にいたし、大概、兄さんの考えている事は理解してきたつもりだ。


なのに……最近の兄さんはわからない。


たった一つしか歳が違わなくても、これが社会人と学生の差なのだろうか。


じっくり考えると、今までボクは兄さんの弟だと自分では自覚してきたつもりだが、実際にはそう差は感じた事は


なかったかもしれない。


ケンカはボクの方が強かったし、体格だってボクの方が兄さんよりも頭一つ分ほどは高い。


勉強だって学年は違っていても、兄さんもボクもいつも優等生だったので、口では兄さんといいながら、実際に


は双子の兄弟ぐらいにしか思っていなかった。


特に兄さんとは兄弟でありながら『恋人』と呼ばれる関係になってからは、ボクがいつも兄さんを抱いていたか


ら、余計に兄と弟の差というのは感じたことがなかった。


けれど、こうしていろんな問題に直面すると、自分の人間としての大きさがはばかれて、嫌でも自己嫌悪に陥っ


てしまう。それに加えて、今日の兄さんとルカさんのキスシーン。


ルカさんだってボクと兄さんの関係を知っているはずだ。ボク達の仲に入るつもりがないのなら、もうボクと兄さ


んには関わらないで欲しい。それが今のボクの本音だった。


今更だけれど、やはり3人でここで暮らすのは問題があったのかもしれない。


いっそのこと、兄さんに渡米行きの話を勧めてボクもそれについていこうか? でも大学はどうする? 


しばらく休学するか、向こうに留学するか。でも、休学や留学をすると卒業まで時間がかかりそうだし、第一、兄さ


んに今以上、金銭的な負担をかけたくない。バイトをしてもよいけれど、工学部の研究と先日引き受けた先輩の


サークル活動をこなしながらバイトというのはかなり時間的にも体力的にもハードだ。


ボクの頭の中は、ぐちゃぐちゃだった。


考えがまとまらないまま、再び兄さんとルカさんのキスシーンが頭の中をよぎる。何かわけがあったとしても、悔


しくて仕方がない。


ボクは衝動的に兄さんを自分のものだと確かめたくて、ベッドに近づき布団をめくった。


兄さんは布団をめくったのにも気がつかず、先程飲んだ薬のせいかうとうととしていた。ボクは背を向けて静かに


寝ている兄さんの上に四つん這いになると、そのまま自分の唇を兄さんの唇に押しつけた。





to be  continued……


<ルーク・クリフォードside>


30


「二人とも何やってるの……?」
ボクは目の前の光景が信じられないでいた。
嘘だ。兄さんとルカさんがキスしているなんて!
これはきっと何かの間違いだ。
「いや……あのこれは別にそうゆうわけじゃなくて……」
ベッドの上に覆い被さっていたルカさんがガバリと起きあがり、必死になって説明をしようとしたけれど、ボクの耳にはまったく入っていなかった。
慌てふためくルカさんの傍らで、兄さんはまったく動じていない。
「なんで兄さんがルカさんの部屋にいるの? しかもベッドの上に?」
兄さんに問いかけてみたけれど、兄さんは何も言わなかった。
ゆっくりとベッドから起きあがると、少しふらつく足で自室に戻る。
「兄さん!」
「……ルカは悪くない」
ぼそりと呟く。
「兄さんてば!」
兄さんはそのまま自室のベッドに戻ると、布団に潜り込み背をむけた。
どういう事だろう。きっとこれには訳があるはずだ。ボクは兄さんの口から説明を聞きたくて、布団越しにゆさゆさと揺り動かしたが、兄さんは貝のように口を閉ざしてボクの方を見向きもしない。
ふとドアの外に視線を感じて目をむけると、戸惑うボクを心配したのか、ルカさんが遠巻きに開いたドアの向こう側からボクと兄さんの様子を伺っていた。
ルカさんの姿に気づくと、なんだか余計に腹が立ってくる。
だいたいなんで兄さんはボクの留守中にルカさんの部屋に行ったのだろう。兄さんはルカさんは悪くないと言っていたけれど、それだけでは納得がいかない。
兄さんの恋人はボクなのだ。容姿はルカさんと似ていても、ルカさんはボクではない。
「ルカさん、どういうことですか? 兄さんはあんな風に言ってますが、ボクにはルカさんが兄さんを押し倒していたようにみえましたけど?」
ボクはあからさまにルカさんに敵意丸出しで尋ねた。
「……すいません。僕の不注意です。ビリーさんを責めないでください」
「不注意って……」
ボクは言い訳もしないルカさんに、尚更、腹がたった。まだ、あれは事故だとか、偶然だとか言ってくれたほうが、マシだ。ルカさんは、更に続けた。
「とにかく僕は貴方からビリーさんを取るつもりはありませんから」
ルカさんは、尚も、否定しなかった。
「ならどうして兄さんとあんなこと……」
「その……あれは……偶然で……」
「偶然だって? だいたいなんで兄さんが貴方の部屋にいたんです?」
「それは……ビリーさんが話があるらしく尋ねて来られて」
「兄さんが貴方に何の用があったのです?」
「……たいした用ではないと思うんですが……」
なんだか堂々巡りの会話でらちが明かない。
少しオドオドしながら答えるルカさんを見ていると、なぜだか無性に腹が立ってくる。とにかく訳は後で兄さんの口から聞くことにしよう。
ルカさんが心配そうにボクの顔をのぞき込むのが気に入らない。
ボクはルカさんを睨み付けると、わざとドアをバンと音を立てて締めて出て行った。



to be  continued……



<ルーク・シュヴァルツ side>


29


「返事をしたくないのなら、試してみてもいいか?」
ビリーさんに問われたけれど、僕は意味がわからなかった。
「試す?」
ビリーさんはベッドに腰掛けたまま、手を僕の腰に回すと病人とは思えない力強さで引き寄せた。
あっと言う間に僕はビリーさんに抱き寄せられ、そのままベッドに倒れそうになる。寸前のところで、どうにか僕はベッドに手をついたが、ハタから見ると、僕がビリーさんをベッドに押し倒したような体勢になった。
「ビリーさん……!」
悪戯にしては、達が悪い。
僕は両手を広げ、どうにか彼を押しつぶさないよう必死に耐えた。
眼下には間近にビリーさんの顔があった。
ストレートの金髪がベッドに放射状に広がり、蒼色に潤んだ瞳で僕の顔を映し出す。
上から一つ、パジャマのボタンを外したところから見えるビリーさんの肌が陶器のように白い。
ビリーさんはゆっくりと僕の頭に手を回すと、更に僕の顔を引き寄せた。
目をゆっくりと閉じる。
ビリーさんが何を試そうとしているのか判った僕は、彼の行動に触発されて抵抗せずにゆっくりと目を閉じた。
「……ん」
ビリーさんは自分から口を開いて僕を招き入れた。ゆっくりと僕の舌を誘うように。
僕は突然のできごとに驚きながらも、ビリーさんの舌に夢中で自分の舌を絡めた。

それが気持よいのか、小さくビリーさんが漏らす甘い吐息が聞こえてきた。

温かくて、柔らかい唇。

水を飲ませた時に触れた唇の感触とは、大違いだ。

僕までうっとりとした気分になってくる。

ああ、これが夢ではありませんように。
もっとビリーさんを感じたくて、
僕が夢中でビリーさんの柔らかい唇を吸い上げている時だった。
「ルカさんいる?」

声がしたと思ったら、ルークさんの姿がそこにあった。
どうやら、ドアが薄く開いていたらしい。
部屋には入っていないものの、ドアは鍵はおろか、全開になっていた。
「兄さん!」
「ルーク!」
ルークさんが買い物から帰ってきたのに全く気づかなかった。
慌てて僕はビリーさんと離れたが、ドアの外には両手一杯に買い物袋を持って、仁王立ちになっているルークさんがいた。



to be  continued……


<ルーク・シュヴァルツ side>



28



部屋にもどった僕は、曲の続きでも書こうと一旦ギターを握りしめたが、ビリーさんが寝ていると思うと、ギターを弾く事も躊躇われる。仕方なしにベッドに横になり、曲のイメージを考えようとしたが、目を瞑ると、ビリーさんと交わした口移しのことを思い出して困った。
僕はそっと自分の唇に手を触れた。
何度も何度も、水が欲しいと、ビリーさんは僕の唇をむさぼった。あれは単に水が欲しくてそうしただけなのだが、ビリーさんを想う僕にとっては、十分すぎるほど、魅力的で衝撃的な出来事だった。
今思い出しても、心臓がどきどきする。
ビリーさんの濡れたピンク色の唇。
ちらりと見え隠れする柔らかい舌。
少しずつ口移しで与える水に満足できない彼は、自分からも僕の唇を求めた。
けれど、あれは僕とルークさんを間違えて起こした行動だ。
それを考えると、胸が締め付けられるほど苦しかった。
苦しくて……苦しくて……思わず涙がこぼれ落ちる。
人を好きになることが、こんなにも苦しいことだとは思わなかった。
こんなに苦しい思いをしなくちゃならないのなら、ビリーさんを好きにならなければよかったのに。
けれど……自分ではこの気持は止められない。
きっと人を愛するということは、こんな感じなのだろうな。と、流れた涙を拭いた時だった。誰かが僕の部屋をノックする音が聞こえた。
きっとルークさんだろう。買い物に行ったにしては随分早い帰宅だ。
「ルカ。……ちょっといいか?」
この声は……。ビリーさん?
「ええ。どうぞ」
僕は急いでベッドを起きあがると、涙の跡がばれないかと気をつけながらドアを開いた。
「起きてきて大丈夫なの?」
「少し疲れているけど、心配ない。それよりちょっと話があるんだ」
「話?」
「ああ」
「よかったら僕のベッドに……」
僕は気をつかってそう促すと、ビリーさんは黙って頷き、僕のベッドに腰掛けた。
「お前、お見舞いに来てくれただろ?」
「え?」
もしかして、ビリーさんは覚えていてくれたのだろうか? ビリーさんの言葉を聞いて、僕は急に胸が高鳴った。
「水を飲ませてくれたのは、ルカだよな?」
一瞬、僕はどう返事をしてよいものか悩む。
「そうです。僕です」と言えるなら、どんなにかいいだろう。けれどそう返事をしてしまうと、口移しで水を飲ませたことを思い出して、僕は真っ赤になった。
「違うか?」
ビリーさんが尋ねても、僕はすぐに答えられなかった。
もし、「そうです」と答えても、あれは単に水を飲ませたくて行った行為なのだ。何も恥ずかしがるものではない。
キスをしたのではないのだからと考えると、余計に心臓がバクバクして自分でもわかるくらい顔が赤くなるのがわかる。
ビリーさんがあの時の事をもし覚えていても、彼にとってただの同居人である僕に対してきっとなんとも思わないはずだ。
ただ一言肯定すればいい。
挨拶をするくらいの気持でさらりと言ってしまえばいいだけなのだ。
だが、なぜだが僕にはそれができないでいた。


to be  continued……



<ルーク・シュヴァルツ side>


27


それから3日後。ビリーさんは無事に退院してきた。
僕は一度だけ、状況が気になり病院に行ったけれど、その後は見舞いに行けなかった。
大学の行き帰りに、ルークさんが面会時間ギリギリまで付き添っていたのが判っていたからかもしれない。なんとなく二人の間に入り込めないような気がしたし、あの日以来、自分が行くべきじゃないなと悟ったからだと思う。
ビリーさんが入院中、僕が一度だけお見舞いに行った時も、ビリーさんの口から出たのはルークさんの名前だったし、僕が側にいても弟のルークんだと疑わない彼を見ているのがやるせなかった。
ビリーさんとルークさんが恋人同士だと判ってたし、元から僕が二人の間に入り込めるとは思っていなかったけれど、目の前でそんな態度をとられてしまうと、やはりショックだった。
ちょうど僕がお見舞いに行った時、ルークさんはビリーさんの会社の上司らしい人と病室を出て行ったと、看護師さんに聞いた時は、心のどこかで安堵していた。
ルークさんを避けているわけではないけれど、少なからず、彼は僕がお見舞いに来るのを快く思っていなかっただろう。僕もビリーさんの顔を見たかっただけなのだ。それで十分なのだ。
たぶん、ビリーさんはあの時の事は覚えていない。
ビリーさんが水を欲しがっていたから、楽飲がみあたらないのでつい口移しで水を与えてしまったのは、僕の心の中にしまっておこう。
熱のせいで思考がはっきりしていなそうだったし、もし覚えていたとしても、きっとビリーさんは、口移しで水をくれたのはルークさんだと思っているはずだ。
僕とルークさんは容姿が似ているから無理もないけれど。
少し残念な気がしないではない。けれど、そのほうがいい。それでいいのだ。
この気持はビリーさんに伝えるべきではない。
もののはずみでルークさんにはそれとなく自分の気持ちを口走ってしまったが、僕は彼からビリーさんを奪うつもりはないし、第一そんな事になろうものなら、三人の共同生活が壊れてしまう。
僕はそのことの方が恐ろしかった。

「ルカ、久しぶり」
「ビリーさん、おかえりなさい。体はもう大丈夫なの?」
「ああ、心配かけたな」
部屋に戻ってきたビリーさんの顔色は、随分よくなっていた。けれど、リビングのソファにどっかりと腰を下ろす彼は、顔色はよくなったものの、どこか疲れている様子だった。
ビリーさんと挨拶程度の言葉は交わしたが、なんとなくそれ以上話すきっかけがみつからない。
きっと彼は、僕の事を見舞いにも来ない薄情な同居人と思っているんじゃないかと思うと、言葉を選んでしまって会話にならなかった。
「兄さん、まだ寝ていた方がいいよ」
甲斐甲斐しくビリーさんの身の回りの世話をするルークさんが、ビリーさんの肩にカーディガンを羽織りながら声をかけた。
「ああ。そうだな。今日はそうするよ」
ビリーさんも素直に頷くと、座っていたソファから、少しふらつきながら腰をあげる。それをかばうようにして、ビリーさんがすぐに自室のベッドに連れて行った。
二人の間に、隙はなかった。羨ましいくらいに。
間もなくすると、ビリーさんの部屋からルークさんが出てきて「ちょっと買い物に行ってくるから」と出て行った。
部屋はすぐに静まりかえる。
僕はすることもなく、自室に戻った。



to be  continued……


<ビリー・クリフォード side>


26


オレが再び目を覚ましたのは、すっかり日も落ちた後だった。ブラインドから、気の早い月が光の筋を零していた。
白と黒の縞模様に、だんだんと目が慣れてくる。
しばらくすると、そっと誰かが病室に入ってくる足音がして、引き戸になっているドアを開けたと同時に、部屋に灯りが点った。眩しくて、オレは目を瞑ったが、薬と点滴のおかげか、随分と体が楽になった気がする。
「兄さん、気がついた?」
「……ルーク」
ルークが心配顔で覗き込んでいた。俺は少し安心して、ほっとすると、ルークも明るい笑顔を向けてくれた。
「よかった。今朝より顔色もよくなったね」
「オレ。なんでここに……?」
「ここは病院。兄さんの容態がよくなかったからボクが病院に運んだんだ。風邪と疲労だって。2,3日様子を見て、熱が下がれば退院できるって。心配しなくてもいいよ」
ルークは安心したのか早口で説明してくれた。
「とにかく……よかった」
ルークは安堵の表情を見せたが、半分、怒っているようにも見える。本意を尋ねようかと思う先に、、そうか、オレは仕事を休んだんだな……とぼんやりと考えた。
「気分はどう?」
「さっきよりは随分よくなった。お前が水を飲ませてくれたおかげかな」
「え?」
「あの時は……喉が渇いて仕方なかったぜ」
少し頭を上げてきょろきょろと辺りを見回すと、どうやらオレの寝ている病室は個室らしい。
個室でよかった。いくら非常事態だからとはいえ、口移しで水を与えるなんて、ハタからみたらキスしてるようにしか見えないからな。まして男度同士なら、周囲の目が気になるところだ。
オレは周囲を確認して、内心安心していた。
「何のこと?」
ルークはまるでオレが寝ぼけていたんじゃないか? というようにとぼけた顔をした。またまた。コイツ。オレが知らないと思ってからかっているのか? 
ルークの悪い冗談だと、オレは信じて疑わなかった。
「何のことって……お前、オレに水を飲ませてくれただろ?」
「ボクじゃないよ。なら看護婦さんじゃない? それより、お腹すいてない? 食事の時間は過ぎちゃったけれど、ナースセンターに行っておかゆか何か持ってきてもらうね」
オレの意見など、まるでスルーだった。
長年一緒にいたからわかる。ルークは別にからかっているわけじゃない。素で本当に知らないのだ。
では、あれは誰だったのだろう。
「……ああ」
オレは腑に落ちない返事を返しながら、思い過ごしかと考える。
熱のせいだろうか。夢でも見ていたのかな。
けれど、確かにあれはルークだったような気がする。
オレが不安で手を伸ばすと、しっかりと握りしめてくれた大きな手。
「ああ、いるよ。僕はずっとここにいる」
あの時、優しく囁いてくれたのはてっきりルークだと思ったのに。
ルークはぼんやりとするオレを独り病室に残して、ナースセンターへ行ってくると席を立った。



to be  continued……