<ビリー・クリフォードside>
33
「兄さん。嫌なの?」
「嫌もなにも、今じゃなくてもいいだろ? お前に風邪が移るかもしれないし……」
咄嗟にオレは言い訳をする。だが、ルークは納得いかなかったのだろう。すぐに抗議の声を上げた。
「兄さんになら移されてもいいよ。それとも、ルカさんにはできてボクには出来ないって事?」
「なんでそこでルカが出てくるんだ?」
「だって二人はキスしてたじゃない」
「だからあれは……」
「あれは何?」
矢継にルークに質問され、オレも焦りながら答えた。
今まで泣きそうだったルーク顔が、急に真顔になると妙に説得力がある。
ほんの出来心で、ルークのキスとルカのキスが同じかどうか、確かめてみたかった。
そう正直に言ってしまえば、きっとルークは傷つく。ルカだってそうだろう。
一瞬、オレは何と返事を返してよいものか少しだけ悩む。
「答えられないんだね。……じゃあ、土屋サトシさんのことは?」
「土屋サトシ? なんでお前が土屋さんのことを知っているんだ?」
オレは驚いた。確かルークもは、一度も土屋さんののことは話をした記憶がないからだ。
「兄さんのお見舞いに病室に来たんだよ。渡米行きを勧めてくれと言われた」
「……そうか。聞いたのか」
ルークはオレに覆い被さった体を起こし、ベッドの端にオレに背を向けて座った。少し猫背になった姿勢が、とても寂しげに見えて、声を掛けずにはいられなかった。だが、何から説明してよいのか自分でも整理がつかない。ルークにしてみれば、オレ以上に混乱しているだろう。
オレはとにかく誤解をとかなければと、まだ少し重い体を無理矢理起こし上げた。
「兄さんは土屋さんとも仲がいいんだね」
ルークの口調に、オレは何故だが棘を感じた。否定はできないけれど、ルークに嫉妬されるような仲ではない。
「別に普通だろ……・? 土屋さんとは、ただの上司と部下なだけだ。お前が心配するような事は何もない」
「心配になる事がそうそうあっても困るよ。アメリカに行くんでしょ? どうしてボクに話してくれなかったの?」
「話す必要がないと思ったからだ。アメリカには行かない。オレはお前と離れたくないからな」
半分は、意地。半分は本音だった。
「え?」
ルークは体はそのまま、首だけをオレの方へむけて驚いたような顔をしている。
「だって渡米行きの話をオッケーすれば、昇進だってできるんでしょう? なんで? 兄さんは出世したくはないの?」
ルークは,真っ直ぐな瞳を、オレに向けた。
ドキリとするくらい、真剣な瞳だった。ルークは、いつの間にか背もオレより大きくて、見下ろす位置から真摯な顔でオレの顔色を窺ってくる。すでに大人の大人の風貌だった。
「昇進なぁ。んなモン、オレには興味がない。オレが行かなくたって、行きたいヤツはいくらでもいる」
「でも……行かないって事は左遷もありうるのじゃない?」
「そんなことお前が心配せんでもいい。お前はちゃんと勉強して、卒業する事だけ。いつでもオレの側にいるんだろ?」
オレがぽつりとそう言うと、ルーク今にも泣きそうな顔をオレに向けた。
「兄さん……」
ルークはオレに近づくと、静かに抱き寄せる。
オレもベッドに座ったまま、ルークの肩に腕を回した。
これでいい。
これが一番いいのだ。
オレにはルークしかいない。
もちろん、ルークにとってもオレしかいないのだ。
だが、オレの心の奥底で、何かがチクリと痛むのを、感じずにはいられなかった。
to be continued……