<ルーク・シュヴァルツ side>
15
結局、ルークさんは戻ってはこなかった。
あれから僕はビリーさんと一緒に、最寄りの駅までルークさんを迎えに行ったけれど、終電を過ぎても彼の姿を改札口に見付けることはできなかった。
改札に誰もいなくなり、ホームとコンコースのライトが落とされた時のビリーさんの表情は、今でも忘れられない。がっくりと肩を落とし、沈んだ顔のビリーさんは見るからに疲れた顔をしていて、側で見ている僕は、何と声を掛けてよいものかわからなかった。
「なあ、ルークのやつ、もしかしたらタクシーかなにかで先にマンションに戻っているかもしれない。先輩なら車を持っているヤツがいて、送ってもらったのかもしれないし」
ビリーさんは、僕に同情されるのが嫌だったのか、無理して笑顔を作り、僕の先をマンションに向かってとぼとぼと歩きだす。
「そうですね。戻りましょうか」
気の利いた言葉も掛けられないまま、僕はビリーさんの後ろを従いて歩いた。
来た道と同じルートで帰宅するのは躊躇われたのか、ビリーさんは国道沿いの少し遠回りの道順でマンションへ向かう。僕もその順路の方が都合がよかった。さすがにまたあのカップルの淫らな声を聞きながら帰宅したくはないし、あのキスは不慮の事故だとしても、再びあの喘ぎ声の聞こえる環境の中、どんな態度をとってよいものか悩んでしまうだろう。けれど、そんな心配も不要だったかもしれない。雨が降り出したからだ。
流石に雨が降る中、野外でちゃつくカップルなんて、いないだろう。
行きはあんなに天気がよくて満点の星空が見えていたというのに。ポツポツとゆう雨音がしたと思ったら、大粒の雨がばしゃばしゃと降り始め、しめったアスファルトの雨のにおいが充満する前に、すでにそこらは水たまりが出来ていた。
もちろん傘など持っていない僕たちは先を急ごうと駆け足になったが、遠回りの道順でマンションに着くには、ここから10分以上はかかる。少しでも濡れないように雨宿りできるところはないかと、辺りを探した。
「ビリーさん、こっち! こっち!」
国道沿いの道は、車道分離帯、歩道と分けられていて、商店街のように庇が突き出た建物はほとんどなかった。
雨やどりをしようにも、それに役にたちそうなものはなかなか見あたらない。かろうじて歩道に等間隔で植栽された銀杏の木があるだけ。
それでも樹齢三十年以上は経つだろうという銀杏の木の下では、何もないところを歩くよりは、ずっといい。
僕はビリーさんの手を引くと、銀杏の木の下へ駆け込む。
一息つくと、また次の銀杏の木へと。
「次いきますよ」
「ああ」
「それ!」
手を繋いで次の銀杏の木の下までダッシュする。
それを繰り返しながら二人で進む。
僕は少しだけ楽しくなってきた。余裕もでてきて、ちょっとおちゃらけてみる。
少しでも濡れまいと、銀杏の木を両手で取り囲むようにする。当然、手をつないだままのビリーさんも一緒に木に寄り添うようにすり寄った。
「おい、なにをそんなに木に抱きついているんだ?」
「だってこうしないと、僕は体が大きいから濡れちゃうんですよ」
「それって、間接的にオレは小さいから雨に濡れないとでも言いたそうだな!」
「あは。ばれちゃいましたか?」
「おい!」
今まで沈んだビリーさんの顔に、少しだけ笑顔が戻る。
最初はおっくうがっていたビリーさんも、次第におもしろがって、僕たちはまるで子供のように木の下から木の下へ移る雨宿りを楽みながら先へ進んだ。
「さて、次行きますよ」
「おい、まて! 俺が先だ!」
僕はビリーさんの笑顔を見ていると、なんだか嬉しくなった。
なんでだろう。
こんな夜中に男二人、子供みたいに木から木へと雨宿りしながら帰宅するのが、なんだか楽しい。
ビリーさんからみたら不謹慎に思われるかもしれないけれど、僕は心のどこかで感謝していた。。
ビリーさんとこんな経験が出来た事に。
言い換えれば、今日戻ってこないルークさんに。
to be continued……