ミラー! (643)お願い
「あ、いい忘れたことがあるの…。」
と美里が僕へ声をかけた。
「どうしたの?」
「あのね、親戚のあるお爺ちゃんたちがね、春希さんの制服姿を見たいって…。」
「え???制服姿って…。」
「何とかならない?ちょうど持ってきているんでしょ?」
ま、持ってきている。2,3日こちらでゆっくりしたら、東京の衛生学校へ出張が入っている。僕が担当している医療システムの講習会。僕がこのシステムの方面隊責任者になっていたりする。このシステムを実際に海外派遣で稼働させたし。実践稼働させたのはこの僕だけ。演習とかではあるだろうけどね…。で、ちょっ各方面隊、師団、旅団の衛生隊担当メンバーの前で話さないといけないのだ。だから制服がいる。最近多発している災害や紛争についての講習もあり。今のところ派遣されるほどのレベルじゃないからいいものの、いつ何時派遣されるかわからないからね。その時のための手順とか、準備とかの打ち合わせも兼ねている。たぶんもし召集がかかったら真っ先に僕の部隊がいかないといけないだろうね。ま、そういうことはまだ美里や家族には話していない。たぶんお父さんも知らないんじゃないかな。講習会が夏季休暇明けに控えているから、制服持参。
「制服ねえ…。宴会担当者に何とか言わないとね。あと上官にも言っておかないと…。ま、美里のお色直しの時に一緒でもいいかなあ…でも肩の礼装階級章は持ってきてないよ…。白手袋でいいかなあ…略式で…。」
「ごめんね。そういうのにうるさいお爺さん方がいるのよね。この前もね、私の旦那様は軍医だろ?って。なら制服姿を見てみたいっていうおじい様がた…。元軍人の方々がいるのよね…。ほんとにごめんなさい。」
「了解…。準備しておくよ。」
と言って僕はベッドから出て、クローゼットにかけてあった制服一式を取り出す。なんとかシワがついてなくて助かったけど…。あと、披露宴も夕方からで助かった…。早く言ってほしかったよ。なら今日のうちに担当者へいっておくのにさ…。ゆっくりまったりの披露宴だから可能だと思うんだけどね…。
ミラー! (642)忙しい夏季休暇
納涼祭が終わり、夏季休暇に入る。荷物をまとめて東京へ戻らずに、美里の故郷、長野の白馬へ。白馬のリゾートホテルで行われる、地元親戚縁者向けの披露宴。いろんな都合で神戸へ来てもらえなかった美里のおばあちゃんや親せきの人たちのためにごく身内で行う。忙しいお父さん、お母さんと父さんも出席。今回の衣装は父さんが準備してくれたリュヌ。リュヌらしいデザイン。
前日の打ち合わせでは、美里はほんと楽しそうに担当者と話していた。特に最近とても幸せそうな表情をする美里。秋には引退が一応決まっている。いまだに引退を惜しむ声が高い。僕だってできるだけ仕事をしてほしいけれど、子供たちの世話とか家事とかをしないといけないからと言ってきかない美里。僕と子供たちのために尽くしたいと結婚前から言ってたんだよね。仕事を辞めて誰かのために精一杯尽くしたいと…。
別に美里が働かなくても、食べていける。僕の給料よりも、亡きお爺ちゃんの遺産関係の不動産収入が多いし…。それだけでも食べていけるんだけどね…。でもいつ何時どうなるか分からないから、当てにしてない。ま、子供の教育費にはお金かけているけどね…。いい環境で勉強させたいし…。教育費はちょっと今の給料では賄えないけど…。ま、それはいいとして…。
打ち合わせを終え、別室に明日の準備を終えた子供たちを寝かせ、やっと二人の時間。大きなクイーンサイズのベッドで二人で寄り添う。
「美里。」
「何?」
「最近、とてもいい顔してるね。」
「どんな?」
「とても幸せそうな…。充実しているっていうか…。」
「あははは…。私は春希さんと付き合いだしてからずっと幸せよ。この上なく…。単身赴任でさみしいけれど、毎日電話してくれるし、最低月に一回は戻ってきてくれるし…。ちゃんと私だけを愛してくれている。もちろん子どもたちもだけど…。」
「んん…単身赴任じゃなければもっといいね。一緒に住めるといいよね。本来なら、僕のところへ呼び寄せたいんだけど、優希や美紅、未来の学校とかのことがあるでしょ?できるだけ転校ってさせたくないんだよね。それでなくても転勤が多いんだし。ま、僕の場合は方面隊内で助かっているけど…。次はどこへ行くかわからないしね。九州か、北海道か…東北か…。病院があるところの率が高いね。それか総監部…。ほんとにそれだけ?何か隠してない?」
すると美里は僕の胸に顔をうずめる。
「どうしたの?何か隠してるの?隠し事話だって約束したよね。それが単身赴任夫婦の円満の秘訣だよね?」
美里は僕の顔をじっと見つめて微笑む。
「あのね…まだ確定じゃないんだけど…。赤ちゃんできたかも。」
「え??」
「あれ遅れてるの。私、あれ遅れないし…。夏休みに入って一緒にいること増えたでしょ?キチンと夫婦生活もあったし…。」
ほんとまだ検査薬もしてない状態らしくて、女の勘だという。だから最近なんか幸せオーラだったのか?
「確か、未来の時に通院していた産婦人科があったでしょ?東京へ転院する前の…。」
「うん…。」
「明後日でも一緒に行こうか。いくら医者でも僕は専門じゃないし機器もない。ね?」
美里は大きく頷く。そしてお互いギュッと抱き締めた。
ミラー! (641)抽選会
納涼祭も終盤。入門前にもらった抽選券を握りしめて眠さを我慢している未来。美紅は美里と共に自宅へ戻ったけど。未来の傍を離れない玲奈ちゃん。雅美と春斗は美里とともに僕の自宅へ。もちろん妊婦だし…。
「ほんと大丈夫?眠たくない?ほんとなら眠たい時間でしょ?」
「大丈夫だよ。ママや美紅ちゃんの分もあるんだもん。当たったら何もらえるんだろうね。」
とにこにこ顔。でも時折あくび。本部の来賓席に座らせれてしまった大叔父さん。ほんと断っていたんだけど、元総監の上に、元統幕長だし…。そりゃ…みんな来賓扱いするよね。一人で座っているのが嫌なのか、こっちおいでとゼスチャーするんだよね。もちろんジイジ好きな玲奈ちゃんは未来を引っ張って来賓席へ。そして大叔父さんの横へ座る。
「パパも~~~!」
って未来が僕を呼ぶ。しょうがないので、本部来賓席の真横に立つ。
「遠藤君も座ればいいのに…。」
「いえ…。部下たちが見ていますので…。」
「相変わらず真面目だね。ま、そういうところがいいんだけど…。」
座った途端、未来がウトウトしだす。
「寝かせてあげなさい。相当眠たいんだろう。玲奈のそばにいてひっぱりまわされていたんだから…。」
ほんとそう…。ずっと玲奈ちゃんに付き合っていた未来。嫌な顔をせずにね。
さ、待ちに待った抽選会。抽選会開始の音に起きる未来。また抽選券を握りしめて、番号を呼ばれるのを待つ。まずは一般客から。一般客最後の番号に反応する大叔父さん。
「おやおや…。当たってる。」
すると周りの隊員たちはおだてるわけ。残念そうにする未来。
「じゃ、未来君。おじさんと行こう。玲奈もおいで…。」
と、二人の手を引っ張って、中央部へ。抽選券の番号を確認。そして名前を聞かれる。
「えー。源雅斗です。65歳。10年ほど前から5年ほどここで幹部自衛官をしていました。ま、若いころここの普通科連隊小隊長をしておりましたが…。」
「あ、もしかして…!」
「まあまあ…詳しいことは内緒にしておいてください。」
もちろん周りでは、「元総監!」「元統幕長!」などと声援に近いものが出ているわけ。
「源元陸将!ぜひ若い隊員たちに喝を入れてやってくださいませんか?!」
という言葉に、しぶしぶ演説チックなことをする大叔父さん。ま、言葉的にはとても役に立つありがたい言葉。簡潔に話していただけたのも助かる…。賞品を受け取って、戻ってきた大叔父さん。少しため息。お疲れかな?
結局隊員の抽選では僕を含め、衛生隊員が半分を占め、他のところから野次を飛ばされた。もちろん僕の時には未来と一緒に取りに行ったんだけどね。未来はそれだけでも満足げ。家へ帰った途端、お風呂へ入る間もなく、眠ってしまったのは言うまでもない…。
ミラー! (631)納涼祭
暑い夏真っ盛り…。週末を利用して、信州へ行ったり来たり。それはお盆に予定している身内のみでの結婚式の打ち合わせ。美里のおばあちゃんや、実家の親戚向けのもの。ほんとごく身内で行う。
ま、その前に、僕がいる駐屯地の恒例行事がある。夏休みに入っている子供たち(優希は夏季講習があってこないけど…。)は、僕のところへやってきている。毎年恒例の納涼祭が終われば、僕は夏季休暇へ入る。しかし幹部である僕はほとんど関係ない。教育中の新隊員とか、若い隊員がメインで動いている。
ただ、うちの衛生隊は隊長夫人の意向で、幹部夫人たちが若い隊員たちにいろいろ振舞うみたいだ。もちろん中隊長である僕。その嫁である美里もお手伝い。お茶やジュース。お菓子をたくさん若い子たちに振舞っている。ほんとうちの衛生隊は団結力がいい。盆踊りコンテストでも上位入賞している。雅美のいる駐屯地とも合同だから、雅美も顔を出している。そして春斗も玲奈ちゃんと。
「春希おじタン!」
と僕の姿を見るなり走ってくる玲奈ちゃん。一応一時希玲奈ちゃんの主治医をしていたし、大好きなパパに似ているからかな?
「元気だった?玲奈ちゃん。未来と美紅来ているよ。」
「どこどこ???未来タンどこ?」
ほんと未来が好きな玲奈ちゃん。美里のそばにいた未来の姿を見つけると雅美の手を振り切って走って行った。
「ほんと玲奈ちゃんって未来が好きなんだね。」
「ほんま。人見知り激しいんやけどな…。未来は別みたいやな。」
と、春斗が微笑む。ドッペルベンガーのごとく、同じ顔が並んでいるからか、若い隊員たちが不思議そうな顔をしている。もちろん紹介しておこう。一応春斗は次の選挙へ出る予定だし…。
「あ、紹介する。僕の兄貴。一卵性ミラーツインの兄貴。元航空医官で内科医。今はね、国会議員の私設秘書しているんだ。病院の弐條医官の旦那。」
春斗は人懐っこい表情であいさつ。ほんと声も同じだし…。イントネーションは違うか。
すると後ろで声。
「遠藤君!雅美、春斗君!」
この声はもしかして…。そう…駐屯地の裏に住んでいる元統幕長の大叔父さん。お祭り好きだもんな…。ぱっと見、元統幕長には見えないけど。
「大叔父さん。来られていたんですか?」
「ああ、近所だし、雅美も玲奈も来ているしね。さっきまで後輩であるここの総監と話していたんだよ。」
大叔父さんと話していたら、近くにいた幹部クラスが寄ってきて列を作る。もちろん大叔父さんの身分を知っている。
「ご無沙汰しております。源元陸将。」
と、みな敬礼をしたあと握手を求めてくる。さすがに大叔父さんは苦笑…。
「あの…中隊長…。」
と、僕の部下である陸士が声をかけてきた。
「あの方って…?」
「知らない?元ここの総監で、前陸幕、前統幕長の源雅斗元陸将だよ。弐條雅美1尉のお父上だよ。ほんとお祭り好きな人でね…。」
「ええええ!!!元統幕長殿ですか???」
「見えないでしょ?ほんといい人だから。」
みんなその話を聞いて驚く。
ほんと大叔父さんは僕の尊敬する人の一人。厳しいけれど、とてもいい人。みんなに慕われている人なんだよね。
ミラー! (630)出世の道具?
盛大なセレモニーが終わった。陸海空の源3兄弟が揃っての花束贈呈なんて、ほんと涙が出てきたよ。自衛隊内では有名な3兄弟。特にお兄さんはあのブルーインパルスの次期隊長。マニアの間では超有名人。追っかけがいるくらいだから。
会食の時も、源家の周りにはたくさんの人たちが集まってきた。雅美のおめでたに満面の笑みでこたえる大叔父さん。弐條家に借りを返したと言っていた。昔、お爺ちゃんと大叔父さんは異母兄弟で仲があまり良くなかったらしい。どれくらいかは分からないけれど、雅美が弐條家と源家の橋渡しをしたといっても過言じゃないだろうね。本当に最後は仲直りをしてお爺ちゃんはこの世を去ったわけなんだ。
ああ僕は関係ないなあ…なんて思いながらケーキを食べていると、やはり陸海空の高級幹部と言われる人たちが、この僕を取り囲む。そしてお父さんのご機嫌伺いとか、いろいろ話しかけてきた。ここのところこういう感じが続いている。なんかおかしい…。
「遠藤3佐は、医官のままでいるのかね?」
「え…まだ決めかねています。今の任務が落ち着かないと…。」
「将来は政界へ行くのだろ?」
「まあ…その為に弐條家から遠藤家へ養子に行ったのですから…。弐條のままでしたら、医官を続けていると思いますけれど、いずれ…。」
「まあ、その時は色々頼みますよ。未来の防衛大臣、いや総理大臣候補だしね。遠藤君。」
といい、ぽんぽんと僕の肩を叩いていく。うむむむ・・・。するとお兄さんがやってきて、会場の隅へ呼ばれる。
「ほんま、あの連中は出世心見え見えやん。たいして幹部学校の成績良くなかった奴らばっか…。将官になったら政界にコネがいるとか戯けたこと言ってるし…。あほちゃうか。」
「そんなものでしょうか…?」
「ああ。さっきも色々奴らに嫌み言われてな。雅美が弐條の跡継ぎ産んだら、俺は将官間違いないだろ?ってさ。そんなんわからんやん。親父がここまでなれたのも、源家がお兄さんを弐條へ婿養子にいれたとか、義姉が元総理大臣だとか…。統幕長になったのも元総理である春希君の養父が甥っ子だからとか…みんな好き勝手なこと言ってさ…。俺は絶対実力で将官になってやる。高級幹部課程も絶対トップで出たる。そう思うわけ。親父もそうやった。防大からずっとトップ。親父だけやない、祖父も曾祖父も。源の人間はそうじゃないとあかん。そう言い聞かせてここまでやってきた。だから、春希君。君も変なうわさに惑わされんように頑張れよ。」
「ええ…そうですね…。」
と言葉を返した。お兄さんの話で、ここ最近の出来事が理解できた。出世のためのコネを作ろうとしているんだろうね…。いつになるか分からないのにさ…。
ミラー! (629)家族
春斗の運転する車で市ヶ谷へ。さすが地元で秘書をしている春斗。ずいぶん運転がうまくなった。久しぶりに来た市ヶ谷。ほんと防衛省も同じ敷地にあるから厳重な警備態勢だ。入門証があっても、ちょっと時間がかかる。さすがにお父さんは元防衛大臣であり元総理大臣。一緒に行ってもすすっと中へ入っていく。
「ちょっとまだ時間かかるん?」
と2等空佐であるお兄さんが声をかける。
「申し訳ありません。最近いろいろ物騒なので…。」
「ま、わからんでもないけど、俺は統幕長の息子やし。ここにいるのはみんな親戚やで、早くできひんかな?始まる前に、父親と面会したいんやけど…。」
こういう時にイライラする春斗がイライラしていない。ほんと変ったね春斗。
何とか入門し、指定された駐車場へ車を停める。停めるとすぐに後ろのドアをあける春斗。それも雅美のほう…。
「雅美、大丈夫か?おなか張らんか?ほんま長い時間やったな。」
と…雅美だけ気遣う。ま、いいけどねえ…。
「ほんま調子ええなあ、春斗。雅美ばっかしやん。」
と笑いながら言うお兄さん。昔なら突っかかっていたよね。シスコンのお兄さんなら。それがまあ…丸くなって…。
「お兄ちゃん。だって、ここには弐條家の跡継ぎがいるのよ。大切にしなきゃね。」
とおなかをなでている雅美。そして春斗と微笑み合う。ああ、いい感じの夫婦像だね。春斗は雅美の荷物を持って、雅美と手をつないで歩く。人前では決して手なんてつながなかった春斗がねえ…。それも基地内で…。ちょっと笑えた。ずいぶん変わった、ほんとにね。時間は人を変えるんだと実感した。
控室へ通される。礼装を着た大叔父さん。そして横には着物を着た大叔母さん。いつも仲睦まじい理想の夫婦像。準備は万端だったので、時間が来るまで語り合った。今後のこと、そして一番盛り上がったのは雅美のおなかの赤ちゃんのこと。弐條家も源家も待望の男の子。これで肩の荷が下りたと大叔父さんと大叔母さんが微笑んだ。あとは無事に産まれてくるのを待つのみだとね。
「遠藤君、雅美の赤ちゃんが生まれたら、君に任せるよ。玲奈の時もお世話になったし、君なら安心だ。」
と僕の肩をたたく大叔父さん。玲奈ちゃんの病気に気がついたのはこの僕だし、色々したのもこの僕。一応自衛隊内の若手小児科医ナンバーワンだといわれているらしい。僕自身はそうは思わないんだけどね…今は週に一度しか小児科医らしいことはしていないしね。僕はため息をつきながら、雅美のおなかをじっと見つめていた。