また、とうてつと同じくにっぽんかいちゅうすうメンバーの一人にももあきらというけんぽう学者がおります。
 この者も学生時代から生長の家の活動家として積極てきにそのうんどうに関与し、現在にっぽんかいの政策委員を務め、また、たにぐちまさはるの教えを現代に継承普及すること目的もくてきとしたしゅうきょう法人「生長の家」創始者たにぐちまさはるせんせいを学ぶ会という邪教の設立・運営にたずさわり、その機関誌の編集人なども務め、しんぞうのブレーンの一人でもあった。
 ももあきらも自著の中で現行けんぽうせいきょうぶんについてこっと新党との徹底てきな分離は必要ない」旨をこっにとってはこくみんを統合し、糾合していくためのしゅうきょうが必要」と説き、そのこくみんしゅうきょうの具体例としてやすくにじんじゃげている。
 この二人のにっぽんかいちゅうすうメンバーの思想を見れば、にっぽんかいが目指すところは生長の家教祖・たにぐちまさはるが説いたてんのう現人神あらひとがみとして信仰の中心とし、めいけんぽうの精神を現代によみがえらせ、こっしんとうを復活させようとするものであること赫赫かくかく明明めいめいであります。
 ちなみに、たかいちしゅしょうが20代の頃からとうてつどうを受けていたことは先般べましたが、たかいちしゅしょうはこのももあきらにもかつてこっかいいんの仲間と共に何度も知恵を借りていたことを自身のブログに記しており、ももあきらの影響を強く受けていたことがうかがわれます。
 他ならぬたかいちしゅしょう自身がブログにおいて「ベストな物」と表現するかいけん案の一つにこっによる公務死者(せんぼつしゃついとうせきを指定すべき」というものをげている。
 これは、こっせんぼつしゃしゅうきょうてきついとうするを負うとするじょうこうです。
 そこでたかいちしゅしょうは「こっがどこでどのようについとうすべきか」について具体てきにこうべている。

 「ついとうには死者をれいちんこんするという意味もあり、しゅうきょうの立場ではついとうは成り立たず、にっぽんじんでんとうてきかんがえ方を否定することになる。やすくにじんじゃと別の施設を作ることは、せんぼつしゃに対する背信行為である」と。

 たかいちしゅしょうけんぽうかいせいして、にっぽんやすくにじんじゃせんぼつしゃついとうするを負う国にしようとしている」のです。
 仮にこのかいけんあんが実現した場合、こっせきとしてやすくにじんじゃせんぼつしゃに対するついとうが行われるようになり、やすくにじんじゃ(いわゆるしんとう)がにっぽんにおいてゆうえつてきな地位に立つことになり、引いては、戦前のこっしんとうのような状況の復活につながりかねない。
 ちなみに、こっが起こしたせんそうの犠牲者のついとう儀式を国が行う事自体は当然のことであります。
 しかし、それをほうぼうしんとうで祈ってもせんぼつしゃは少しも救われない。いや、それどころか悪道にしたその苦を増すことになる。
 さんだいぼうをもってついぜんこうしてこそ初めて救われるのであります。
 だいしょうにんさまは『おんでん』において

いまにちれんとうたぐしょうりょうとぶらとききょうどくじゅし、みょうほうれんきょうとなたてまつときだいもくひかりげんいたってそくしんじょうぶつせしむ」

おおせられている。
 広宣こうせん流布るふしてこくりつかいだん建立こんりゅうされれば、かいだんだいほんぞんこうだいじんのんりきゆうによって、せんそう犠牲者を始めとしてあらゆるほうかいばんれいは自ずと救われる。
 ゆえに、やすくにじんじゃではなくこくりつかいだんこそがせんぼつしゃを救うのであります。
 しかるにたかいちしゅしょうにっぽんかいの思想にのっとやすくにじんじゃ(すなわちしんとう)でせんぼつしゃついとうしようとし、それをこっにとって特別な意味を持たせ、こっしんとうのような状況を作ることを理想としている。とんでもないことであります。
 はいせん直後にGHQのせいきょうぶんれい(いわゆるしんとうれい)でこっしんとうの毒が取り除かれたにもかかわらず、ふたたこくみんに毒を飲ませようとするこうは許されない。
 早くこくりつかいだん建立こんりゅうして薬を示すけんぽう、すなわち、王仏冥合のけんぽうを制定しなければなりません。