一方、がっかいは令和5年11月18日、いけだいさくの死亡公表と同時に発刊した『そうがっかいきょうがく要綱ようこう』によってあろうこと日蓮にちれんだいしょうにん御弘通の所詮たるさんだいほうの否定を完結させるに至りました。
 すなわち、平成26年11月7日にいけだいさくは会長・原田稔をしてだいしょうにん出世の御本懐たるほんもん戒壇かいだんだいほんぞん「弘安二年のほんぞんは受持の対象にはしない」と全がっかいいんに捨てさせた。
 この極限のだいほうぼうは法のほんぞんの否定であります。
 さらに、きょうがく要綱ようこうにおいて日蓮にちれんだいしょうにんおん元初がんじょじゅ用身ゆうじん、末法しゅほんぶつにてましますことを否定し、凡夫視すらしている。
 この未曾有みぞうの邪強化はにんほんぞんの否定。これらは、ほんもんほんぞんの否定であります。
 さらに、戒壇かいだんだいほんぞんを信じて唱えないがっかい題目だいもくほんもん題目だいもくではない。
 そして、ほんぶつ一期の遺命ゆいめいたるこくりつ戒壇かいだんを否定し、にせ戒壇かいだん正本堂しょうほんどうの大誑惑を為したこと
 この遺命ゆいめい破壊はほんもん戒壇かいだんの否定であります。
 まさに、いけだいさくが監修したとされる『そうがっかいきょうがく要綱ようこう』の発刊をもって、いけだいさく一党はさんだいほうの否定を完結させたのであります。
 これ、だいろくてんおうの所為とわずして何か。『そうがっかいきょうがく要綱ようこう』こそだいほうぼうの悪書であります。
 だいしょうにんさまは『じょうしょう』にかくおおせ給う。

 「いちもんひとびとなかにも、しんじんうすく、にちれんもうことそむたまわば、ごとくなるべし」と。

 さんだいほうぼうを犯したがっかいが、がごとく亡びぬ道理は断じてない。もしがっかいが栄え続けたら仏法ぶっぽうは嘘になる。
 私は『そうがっかいきょうがく要綱ようこう』が発刊されてから「せんせいならいかに徹底てってい糾弾きゅうだんされるか」を拝察申し上げ、このだいほうぼういくとなく破折し続けてまいりました。
 そうしたところ、がっかいはいよいよ音を立てて崩壊ほうかいし始めました。
 がっかい公明党こうめいとうが「三大政治決戦」とめいった昨年のしゅういんせんと本年の都議選・さんいんせんにおいて公明党こうめいとうは惨敗に次ぐ大惨敗をきっした。
 ことに、先のさんいんせんの比例得票数は3年前のさんいんせんから百万票近くも減らし、過去最低の521万票になってしまいました。
 ピーク時の2005年の898万票からは実に4割強も激減げきげんし、その結果を受けて公明党こうめいとうは自ら先のさんいんせんの結果を「党存亡の危機」と総括そうかつした。
 これすなわち、母体であるがっかいが存亡の危機におちいったことを意味しております。
 そのような中に、対中強硬派・保守強硬派の高市たかいちなえ民党みんとう総裁になったことで、公明党こうめいとうは「下駄の雪」などと揶揄やゆされながらも26年も連立を組んできた民党みんとう決別けつべつするというじゅうの決断をせまられた。
 これに対する高市たかいち首相しゅしょういきどおりはすさまじいものであったという。
 10月21日の首班しゅはん指名選挙の際、高市たかいち首相しゅしょうへの投票を本人にわれたある野党議員がその時の様子をこうべていた。
 「高市たかいちさんは目をギラギラさせながら凄い剣幕けんまくで『公明党こうめいとうを潰したい』とっていた」と。
 かかる自公連立解消こそ嫌中けんちゅう反中はんちゅうに触れた民党みんとう親中しんちゅうちゅう公明党こうめいとうかいほんぎゃく大罰だいばつであります。
 そして、今がっかい崩壊ほうかいはすさまじい勢いでそくしております。
 がっかい執行部は11月16日に明年の活動方針を打ち出しました。年間テーマは「世界青年がっかい躍動やくどうの年」だそうです。
 その内容を一読しておどろきをきんませんでした。
 なぜなら、細々こまごま美辞びじれいを並べて取りつくろっているものの、それは「躍動やくどうの年」などというもおろか没落ぼつらくするがっかいの実態を如実にょじつに物語るものだったからであります。
 まず「本部幹部会」という最重要ぎょうを年に2回しか開催しない事とした。
 また、地区の座談会も年に4回だけ。その他の会合は開催の有無や内容も含めて各組織にゆだねた上で会合・会議を減らし、連絡や報告や配布物も削減さくげんするのだという。
 がっかいの本部幹部会とは顕正会でいう総幹そうかんかいの内容で、戸田とだ城聖じょうせい第二代会長から続いている最もだいぎょうであります。
 いけだいさくが元気な時は毎月開催されておりました。
 しかし、いけだいさくが表舞台に姿を現わさなくなった頃から開催ひんが減り始め、昨年は5回、本年は4回、そして、ついに来年からは年にわずか2回、半年に1回の開催に激減げきげんさせたのでした。
 それだけがっかいの活動実態が亡くなってきていることを意味しております。
 その他の各種会合の開催判断を各組織の自主性にゆだねることも、本部が決めた会合を画一的かくいつてきに開催させると人が集まらなかったり、また、会合を運営する人材自体がいなかったりと様々な支障が生ずるためとおもわれる。
 また、聞くところによれば会館が閉鎖されてさらになっていたり、あるいは、幹部になる人材がかつしているという話も耳にします。
 すでに組織のきゅうしんりょくうしなったがっかいが会合を減らして地方組織に運営をゆだねていけば、またたく間に組織が弱体化するにちがいない。
 恐らくがっかいにとって来年は躍動やくどうの年どころの話ではなく、いよいよ「崩壊ほうかいの年」になることうたがいない。
 そして先日、崩壊ほうかい寸前のがっかいを象徴するようなごとが起きました。
 11月29日に、公明党こうめいとうとくしまけん本部代表の県議会議員古川ふるかわひろという64歳の男が警視庁にたいされました。
 この者は全国の47個ある公明党こうめいとうの都道府県本部のとくしまけんのトップです。
 公明党こうめいとう本部が開催する全国県代表協議会に参加するために上京した際、赤坂のホテルで派遣型風俗店の20代の女性の裸を盗撮とうさつしたのだそうです。
 調べに対し古川ふるかわは容疑を認め「過去にも数回同じことをやった」と供述きょうじゅつしているという。
 公明党こうめいとうは直ちにこの者を除名処分にしたものの、手弁当で選挙の応援をしてきたがっかい女性部のいかりは収まらないでしょう。
 地元のとくしま新聞は一面トップでこれを大々的に報じ「何をしているのか、許せぬ」とのがっかいいんいかりと失望の声を紹介していた。
 ことに、この日古川ふるかわが参加する予定だった全国県代表協議会は、野党となった公明党こうめいとうの新たな党再建をちかだいな会合でした。
 そこにのぞとくしまけんのトップのこのような体たらくは、取りも直さず今のゆるみきったがっかいを象徴するものであります。
 これをもっておもうに、先月の総幹そうかんかいではいけだいさくと暴力団の関係を象徴するがっかいいんの話がありましたが、今後、たがが外れたがっかいの内部からあの不自然・不可解極まるいけだいさくりんじゅうにまつわる話を含めいけだいさくの様々なあくしょうが一気にき出してくるにちがいない。
 かくて、にせ戒壇かいだん正本堂しょうほんどうせんせいの連連たる諌暁によって音を立てて崩れたごとく、いよいよがっかい崩壊ほうかいの時を迎えたのであります。
 いずれにしても、悪師いけだいさく並びにその一党にだまされてさんだいほうを捨てさせられ、今生には功徳をうしない、後生はにゅうごくとなる五百万がっかいいんを根こそぎ救い切り、共に遺命ゆいめい成就じょうじゅに戦う同志としていかねばなりません。
 それが、せんせいの御念願であり、同時に、遺命ゆいめい成就じょうじゅへの戦いをそくさせることにつながるのであります。


令和7年 12月20日 12月度 総幹部会 浅井会長指導

令和7年 12月23日 12月度 男子部班長会 行成総男子部長指導

最上事務所御入仏式 浅井会長メッセージ