本日の総幹そうかんかいほんぞんさまの功徳とこうだいじょうねつたぎる登壇に大感動だいかんどういたしました。
 本年の元旦勤行から見つめてきた270万がついに成り、2028年(令和10年)までのさんびゃくまんが大地を的とするところとなり、そして、だいの三回忌法要において全顕正会員が報恩ほうおんおもいの中、せんせい願業がんぎょう成就じょうじゅへの決意をまったく新たにした本年の意義はまことに大きいものでありました。
 ことに、この1年を振り返り実感とすることは、ほんぶつの厳然たる賞罰、諸天しょてんの働きのテンポの速さであります。
 だいしょうにんさまは、出世の御本懐成就じょうじゅの前にいまおのおのはげむらん、ないおのおのおうこころだして、いかにひとをどすともづることなかれ」顕著けんちょとなる大罰だいばつの現証を指しておうしんに立て」おおせ給うておられます。
 そこに本日は、この1年を通して眼前にした諸天しょてんの励みに広宣こうせん流布るふはなはだ近し」確信かくしんを深め、こう決戦場けっせんじょう第7年の明年への決意をかためていきたい。
 本年の1月度総幹そうかんかいより、私は宗門のはやにちにょ管長かんちょうに対し2つのだいを求め、重ねて直諫ちょっかんいたしました。
 2つのだいとは何かといえば

1、はやにちにょ管長かんちょうほそにったつ阿部あべにっけん遺命ゆいめい破壊と自身の与同の大罪をだいしょうにんさまに心からおびして「日蓮にちれんだいしょうにんの唯一の遺命ゆいめいこくりつ戒壇かいだんである」としょうせんしなければいけないこと
2、いつ発生してもおかしくないマグニチュード9台ともいわれる富士ふじかわこうだんそうたい巨大地震の切迫せっぱくかんがみて、急ぎ三次元免震システムのしん宝蔵ほうぞうを建設し、近き広宣こうせん流布るふあかつきまで戒壇かいだんだいほんぞんを秘蔵厳護したてまつこと
 このしん宝蔵ほうぞう建設に当たって、もし宗門に資金がないというならすべて顕正会が御供養させていただことも合わせて伝えました。

 これせんせいが亡国迫る日本にっぽんを御覧になり『いつまでもいつまでも正系門家がだい遺命ゆいめいに背き続けていることだいしょうにんさまに対したてまつり申し訳ない』とのおもいを抱いておられたこと、そしてせんせいが毎朝勤行の度に諸天しょてん善神ぜんじん、南無ほんもん戒壇かいだんだいほんぞんを守護したてまつり給え」と深く御祈念され、戒壇かいだんだいほんぞんの御安危をつねうれいておられたことを踏まえ、あさせんせいとしてことを飾らずかんしたものであります。
 しかるに、はやにちにょ管長かんちょうは動こうとしなかった。それどころか、顕正会の直諫ちょっかんから目をそらすためにあろうことあさせんせいりんじゅうの相について許し難い荒唐こうとうけいな暴言を宗門僧俗に吹聴ふいちょうさせ、それを容認ようにんし続けるに至りました。
 宗門僧俗はせんせいのお徳をけがそうと必死に成仏じょうぶつの相ではなく死に化粧をしていた」とかそうしゃが『死に化粧をした』と証言した」などとありもしない作り話をまことしやかにでっち上げ、当初の嘘がばれてもまた別の嘘を吐き、その様はだいおうざいぎゃおうざいまさるともおとらぬものでありました。
 せんせいの素晴らしい成仏じょうぶつ妙相みょうそう執拗しつようなまでに否定せんとしたこの狂態きょうたいの本質こそ、だいろくてんおうの所為に他なりません。
 かかるせんせい成仏じょうぶつ妙相みょうそうこそその66年の激闘の正しさの証明であり、また、じゅう三蔵さんぞうの「舌焼けず」の現証により法華経が中国ちゅうごくにやすやすと弘まったごとく、広宣こうせん流布るふそくさせる眼前の証拠ゆえに天魔はもっとも憎むのであります。
 本来ならえて取り合わずに捨て置くところ、せんせいのお徳にわずかでも傷がつくことを恐れて、私はそのペテンをつんざきました。
 すると、不思議ふしぎことせんせいそうを請け負ったそうしゃの3名の担当者が口をそろえて死に化粧を施したじつを明確に否定し、うち1人は「白く輝くような御遺影の写真とまったく変わらぬ妙相みょうそうであった」ことべ、また「金ピカの仏像の脇で火葬された」とのたばかりについてはそうの所長等が「そうの脇にはかなり前から仏像は存在しない」ことを証言したことで、くだんの法華講員がそうの前にいなかったことがかえって証明されてしまい、けつったのであります。
 そして、このれつなペテンの実態を知った群馬の老僧の住職は、何ときょうがく委員に土下座してびるに至り、宗門に大激震だいげきしんをもたらしました。
 まさに、三回忌法要を前にせんせいのお徳をけがさんとした天魔のたばかりはすべ雲散うんさんしょうし、せんせいの素晴らしき成仏じょうぶつ妙相みょうそうは末法万年にかがやき、誰人も傷つける事あたわぬものとなったのでした。
 その間、宗門にはたちまちに大罰だいばつが現われました。
 宗門僧侶がこの悪辣なたばかりを構えてよりわずか2ヶ月後の本年6月5日、青森県の宗門末寺ほうじょうの住職だったみずりょうしょうという男が青森県警本部の警部補の男と共謀して、当時女子高生だった女性に対す不同意性交等の容疑でたい起訴きそされたのです。
 この元住職みずりょうしょうはその後に児童ポルノ禁止法違反の疑いでもさいたいされました。
 みずりょうしょうの破廉恥行為は週刊文春で「日蓮にちれん正宗エロ坊主」などと揶揄やゆされ、またたく間に日蓮にちれん正宗の信用は地にちたのでした。
 この現証こそ、はやにちにょ管長かんちょうが顕正会の直諫ちょっかんを無視した上に、宗門僧俗をしてあさせんせいのお徳をけがす許し難き所業に及んだ大罰だいばつ以外の何物でもない。
 そのような中、宗門僧侶やその家族並びに法華講員、そして、宗教ジャーナリストからもこくりつ戒壇かいだんが正しい」との声が上がるようになってきたのでした。
 これいっはるすいせよ」とのおおせのごとく、こくりつ戒壇かいだんしょうが正系門家によみがえる瑞相でなくて何か。
 余談になりますが、はやにちにょ管長かんちょうは今月で登座してから20年を迎えました。
 それに当たり、はやにちにょ管長かんちょうは宗門のすべての僧侶並びに寺族(僧侶の家族)から「お祝い」と称し、金銭きんせんを強制的に徴収したという。
 しかも、僧階そうかい(僧侶の階級)ごとに徴収額が決められている。
 貫首に次ぐ高い位の能化は5万円、そこから僧階そうかいが下がるに従い3万円、2万5千円、2万円、1万5千円、1万円、6千円となり、僧侶の家族は4千円といったあいです。
 聞くところによると、合計で1千万円から2千万円もの金額きんがくになるという。
 また、2年前にはやにちにょ管長かんちょうが88歳の米寿べいじゅを迎えた際にも、やはり「お祝い」と称して金銭きんせんを徴収していた。
 私には「なぜ登座20周年やおのれの誕生日を全僧侶に祝わせ、金銭きんせんを徴収できるのか」およそ理解できない。
 しゅの三宝尊に直接つかたてまつったにちもく上人しょうにんは、74歳の御老齢で最後の国諫こっかんに身を捨てておられます。
 このにちもく上人しょうにんのお心について、第五十九世堀日亨ほりにちこう上人しょうにん「数十回の国諫こっかんに十分の成果がられぬのに煩悶はんもんせられ」しるしておられます.。煩悶はんもんとは「苦しみもだえる」ことです。
 かつてせんせいは、ほそにったついけだいさくに毎年誕生祝賀パーティーをひらいてもらっていたことについてこのように痛烈つうれつ叱責しっせきしておられます。

 「いま広宣こうせん流布るふはしていない。にちもく上人しょうにんのお姿を拝してみよ。
 まだ広宣こうせん流布るふがされていないことを悩まれ、74歳の御老齢で長途の国諫こっかんに立たれ、身を捨てておられるではないか。それを知ったら自分の誕生日なんか祝えるか。
 もしいちぶんでもどうねんがあれば『いたずられいを重ねて申し訳ない』とのおもいになるのがたりまえではないか」と。

 ひるがえってはやにちにょ管長かんちょうは、宗門の遺命ゆいめい違背を訂正・清算しる貫首の立場にありながら20年もみんむさぼり続け、だいしょうにんさまに対したてまつり『申し訳ない』とおもわないのか。
 その無道心と優柔ゆうじゅうだんを深くじ入るべきではないのか。
 はやにちにょ管長かんちょうのこの腐り切った所業をせんせいが御覧になれば、強く憤慨ふんがいされるにちがいない。
 だいしょうにんさまただしょうじきにしてしょうよくそくたらんそうこそしんじつそうなるべけれ」おおせ給うておられます。
 はやにちにょ管長かんちょうおのれの栄誉や欲望を満たすことうつつを抜かすよりも、急ぎ五体投地のざんをなしこくりつ戒壇かいだん建立こんりゅうこそほんぶつ遺命ゆいめいである」ことせんしなければいけない。
 そして、不敬の御開扉を即座に中止し、巨大地震等万々一のたいじゃっしてもだいほんぞんさまをお守りできる完璧かんぺきしん宝蔵ほうぞうを建設しなければいけない。
 『けんりゅうしょうしょう』にいわく。

 「とうなかにもしんじん淡薄うすものは、りんじゅうときごくそうげんずべし。ときわれうらむべからずとらうんぬんと。

 はやにちにょ管長かんちょうは後生を恐れ、今生最後の奉公ほうこうとして急ぎ2つのだい決断けつだんすべきであります。