こうしてみると、たかいちみんとうか掲げる4項目のかいけん案は単なる足がかりに過ぎず、その真の目的もくてきは神格化したてんのうを頂点としたこっしんとうてきな国体回帰であることうたがいない。
 実際とうてつは自著においてけんぽうを家に見立てて「9条などの条目のかいせいなどは家の壁紙の張替え作業に過ぎず、かいけんの肝心はもっと根底てきな家の土台、すなわち設計思想を変えること、これが絶対ぜったい条件である」ことべている。
 まさしく、先に引用したがわえいろうせんレジームからのだっきゃくけんぽうの前文の精神をえることを通じてしか達成されない」とはこのことであります。
 あさせんせいはこれまで幾度となくどうくださいましたが「仏は主君、神は所従」なのであります。
 にっぽんに初めてぶっぽうが渡来したきんめいてんのうぎょに、物部等の豪族はにっぽんしんこくだから、てんしょうだいじん等の神々をあがめるべき。異国の仏教などは断じて用いてはならない」と主張しぶっぽうを排斥した。きんめいてんのうもそれをれてしまった。
 この時、聖徳太子は蘇我氏と共にぶっぽうしゅの戦いに立ち、ごとに勝った。
 だいしょうにんさまはこのことを『しょう』にかくおおせ給う。

 「ついにかみけ、ほとけたせたまひてしんこくはじめてぶっこくとなりぬ」と。

 この時初めてにっぽんしんこくからぶっこくとなった。「仏は主君、神は所従」という立場がここに確立かくりゅうされたのであります。
 しかるに、めいけんぽうせいぶっぽうを排斥しててんしょうだいじん等の神を国のもととした。
 ほんぶつにちれんだいしょうにんを無視して、所従であるてんしょうだいじんにっぽんの中心にして神の国を作らんとすれば、それはほうぼうであります。
 このぶっぽうじょうとがにより国は亡ぶ。
 めいけんぽうせいぶっぽうを無視してこっしんとうを打ち立てた結果、にっぽん日清にっしんせんそうにちせんそうにっちゅうせんそうにちべいせんそうに引きずり込まれた。
 ことに、せいぜんこくみんに対してじんぐうへの遥拝やじんぐうの神棚をまつる等のこっしんとうを強要したにちべいせんそうにおいては三百数十万人の犠牲者を出した上、ついに人類史上で初めて原爆を落とされ、悲惨なはいせんき目を見たのであります。

 ここに今、神の国を作らんとするにっぽんかいに強く共鳴するたかいちせいけんよこしまかいけんを目論み、大軍拡の道を突き進むならば必ず裏目に出てだいこくなんを招くことうたがいない。
 すでにあさせんせいの62に度に及ぶ諌暁により、にっぽんを神の国にせんとするしんぞうの野望はしょてんの鉄槌によりついえたにもかかわらず、ふたたたかいちしゅしょう並びににっぽんかい界隈のやからが復活させようとするならば、顕正会は断固それをせんと決意しております。
 何より、この重ねてのほうぼうしょてんは断じて許すはずはない。