そして、7回忌が平成2年の4月に行われまして、その時、忘れもしませんが、御宝前に供える事ができた一冊の大事な書があった。
それが『正本堂の誑惑を破し、懺悔清算を求める』という阿部管長に宛てた諌暁書であります。
これは阿部管長が学会に頼まれて、邪智を巡らせて2冊の悪書を書いた。
例えば「勅宣・御教書は建築許可証」などと言って国立戒壇を否定して、そして正本堂の誑惑を助けた。
私は「何としてもこの誑惑の根を絶たなければいかん」という事を前々から考えておって、ちょうど平成2年は本門寺改称の陰謀が実現される年であった。
その年の4月がこの初代講頭先生の7回忌だった。
その7回忌にこの諌暁書ができて、一冊御宝前にお供えする事ができたわけでありまするが、この諌暁書によって阿部管長は衝撃を受けたんですね。
「完全に自分の邪義が完膚無きまでに破折・粉砕されてる」という事でもって恥ずかしさに耐えなかった。恐ろしかったんでしょうね。
これで本門寺改称を躊躇しちゃったんです。
そして、今まで池田大作と二人三脚でやっておったのがその足取りが乱れてきた。
池田はこれを『阿部管長は裏切る』と思った。
『細井管長と同じく、大事な時になると自分を裏切る』と思った。
そこで2人の疑心暗鬼から抗争が始まり、そして、あの正本堂の誑惑がものの見事に崩れたというわけであります。