そして、昭和57年10月、妙信講は名を「日蓮正宗顕正会」と改めた。
すなわち、日蓮正宗を代表して、一国に御遺命の正義を顕わす唯一の団体であれば「日蓮正宗顕正会」と名乗ったわけであります。
正系門家の中でもって、国立戒壇の御遺命を守り通して、貫き通したのは顕正会以外にない。
よって「日蓮正宗顕正会」「御遺命の正義を顕わす団体なんだ」という事をここに名乗ったわけであります。
私は不思議に思うんですね。昭和32年8月に一旦発展的に解消した妙信講が再び新しく生まれ変わって前進した。
その生まれ変わった妙信講には「正系門家の中で御遺命を守り奉る」というその使命があった。
そして、解散処分を受けて、顕正会と名を改めたこの団体が、一国に御遺命の正義を顕わすべきその使命があったわけであります。
そして、父は妙信講が「顕正会」と武道館で改名をした。