俳茶居

俳茶居

       米一合炊く温もりや日短 (呑亀〉



早春の茶席 (2022年2月撮影)



昴の茶事設え(2019年12月7日撮影)
          

暑の茶事設え(2018年6月2日)



東風の茶事設え(2019年3月1日)


雛の茶事設え (2018年3月3日)



2017年秋の設え



竹の子に囲まれた野点茶会2015年4月



「秘蔵の普洱茶を愉しむ会 易武編」(2026年3月20日)開催御礼

 

 阿部克彦氏秘蔵の普洱茶を飲み続け、今回で13回目の会が叶った。前回は昨年4月27日であった。少し時間が経ったが、その間12月27日には席主松田さんの雲南茶旅の成果報告を兼ねた、「プーアル茶の故郷雲南の茶産地を旅して」のレポートを兼ねた茶会が開かれた。呈茶は阿部さん担当され、スタッフも同じメンバーとなった。

 

 そして今回、テーマは「易武」。西双版納の東部、かつて茶馬交易の起点として栄えた町で、老街には古い茶商も残っている。松下智先生の名著「茶の民族誌」(1998年)において、西双版納は第一章で取り上げられ、茶樹の淵源の地であろうと推論されている。その為「茶」の魅力に取り憑かれた者たちは、この地を目指し、その地で造られたお茶に神秘を感じているのかもしれない。良き普洱茶は、造られてから熟成を重ね数十年経っても成長を続けるものが多い。普洱茶ファンは、単に飲み物としてだけではなく、資産として大切にしている大富豪までいるのである。大富豪ではない私達は、阿部氏のお陰で氏のコレクションから素晴らしいビンテージ茶の席に着くことが叶うのである。氏は若き頃、松下智先生の研究ツアーの一員として、西双版納の野山を駆け巡った時期があり、現地で手に入れた茶葉コレクションの価値は計り知れない。

 

    おいで頂いた11名のお客様にスタッフの一人として心より謝意を伝えたい。易武の貴重な茶葉提供と、3時間にわたる茶会で呈茶を担当頂いた阿部さんに感謝である。そして長年この会を見事に主宰される茶韻館店主松田さん、スタッフKさんに御礼申し上げることとする。

 

秘蔵プーアル茶を愉しむ会  易武編

主催:ティーハウス茶韻館2026年3月20日

 

易武野生七子餅茶 永聘號 生茶  2000年代前半  易武正山 勐臘県 

普洱沱茶     大益  熟茶  2000年代前半       勐海県

普洱珍蔵    易武老號 生茶  2000年代前半  易武正山 勐臘県 

雲南易武麻黒茶荘  生茶  2000年代前半 易武正山麻黒古茶林 勐臘県 

普洱茶磚         熟茶  1990年代    西双版納

スペシャルティー 大樹紅茶 2025年4月 喬木野生山茶 台湾高雄市六亀

 

 

 

 2025年10月で25周年を迎えた台湾高山茶専門店「三宝園」さんが、店主(店主 綱島春子 逝去について – 台湾高山茶の三宝園)の逝去に伴い、現在のお店を2026年3月8日で閉店し、同ビルの2階でショップのスタイルを変えて3月12日より再スタートすることとなった。

 

綱島春子さんの遺影

 

 お店の最終日の一日前に伺い、お元気だったころの春子さんの遺影に感謝の気持ちを伝えることが叶った。頻繁にお邪魔したことは無かったが、会派の年二回のお茶会「天空茶会」の前には、案内ハガキを置かせてもらっていたこともあり足を運んだ。温厚で気さくな方であった。2026年1月6日永眠とHPにあり、昨年元気な時にお会いしたことしか記憶になく、まだまだお茶の話が出来たのにと残念でならない。伺った日はご常連がおにぎり他持ち寄りで、いつもと変わらない茶飲み会となっており、事情を知らないで来たお客様にもお茶を出しもてなした。先に失礼した小生、一期一会を囲んだ皆様との最期の言葉は「又お会いしましょう」であった。お店のスタッフKさま、長い間ご苦労様でした。次の人生頑張って下さい。

閉店・移転のお知らせ

  有り難う 坐高さん

2025年3月に上梓された俳句集「問答無用」

   

 令和7年(2025年)7月7日、長く俳句の会「五駒会」で席を共にした坐高さんが逝去されました。告別式後、荼毘に付されお骨を拾う役を頂き、万感の想いが込み上げました。

    2002年に始まった「五駒会」句会の発起人の一人、宗匠のいない句会の宗匠の役割を担われました。メンバーは、坐高、かなぶん、華翔、榛名、呑亀の五駒、最初は全員広告会社A社の現役でしたが、やがて皆OBとなりました。坐高さんは会社卒業後晴耕雨読に徹し、50坪の畑を借り農民になりました。俳句も四季折々「土」との係わりからの作品が増えていった気がします。

    句会での坐高さんは実にカッコ良く、句評は的確で時に厳しくありながらも温厚な性格が伝わるものでした。それは明確な美意識と倫理観から来るものでした。残されたメンバーは、話し合いを重ね四人での会の継続を決めました。それが坐高さんへの一番の供養になると考えたからです。心に残る俳句を「五駒会俳句集Ⅰ」、「五駒会俳句集Ⅱ」と2025年3月に上梓された俳句集「問答無用」から紹介し、坐高さんを偲びたいと思います。

 

 秋の水遥かな魚の世の匂ひ (五駒会俳句集Ⅰ)

〈句評〉 

    秋の清らかな水に心癒される。その匂いは地上に魚が登場した昔、彼らが知った水と同じ高貴な匂いがしたに違いない。

 葱畑の真中のネールサロンかな (五駒会俳句集Ⅱ)

〈句評〉

    深谷名物葱畑の真ん中にネールサロンの店が出来た。すごい時代だと言いたげであるが、そのことを否定も肯定もしない。そこに坐高さんの態度が出ている。変貌する深谷を作品として残したかったのだろう。

栄一像じやぶじやぶ洗ふ立夏かな (五駒会俳句集Ⅱ、問答無用)

〈句評〉

    敬愛する澁沢栄一公の像、自らもコンシェルジェであり庭掃除も職務とした栄一記念館。立夏の大掃除に銅像に磨きをかける坐高さんが目に浮かぶ。一万円札の顔が栄一に変わる話を喜んでいる坐高さんを思い出す。

全五段鉛板運ぶ師走かな  (問答無用)

〈句評〉

    珍しく仕事の話。広告会社の営業マンだった坐高さんの年末の話。新聞広告の原稿は鉛板だった時代が長かった。大きな扱いをする営業は運ぶ量も増える。全五段とはちょっと控えめの様である。

霾るや問答無用の死が迫る   (五駒会俳句集Ⅱ、問答無用)

〈句評〉

    妹君を看取る時期の話のようだが、自身への覚悟でもあろう。「霾る(つちふる)」と言う難しい季語が効いている。俳句集「問答無用」のタイトルもここから来たのであろう。

深谷にて生涯終へむ根深汁

 〈句評〉

    産土への心境。故郷で生涯を終えたいと願う人は多いが、叶わない人も多い。季語根深汁がぴたりと嵌り温かい。願い通り晩年を深谷で過ごし物故された坐高さんは幸せ者である。

 

    やがて五駒会の皆が坐高さんの居る所で顔を揃える日が来たら、また五駒で句会を開くことといたしましょう。坐高さんそれまで少しお待ち願います。

                                                     令和7年11月  呑亀

 涼しさや友と持つ箸友の骨  (追悼句)

 

*上記追悼文は2025年12月発行のÅ社OB会会報に掲載されたものです(追悼句は加筆)。

 

 

慈眼寺 芥川龍之介の墓

 

 2025年10月13日(月・祝)、銀座藍画廊句会のメンバーで秋の吟行となった。台風が避けてくれた為、天候に恵まれ豊島区駒込の染井霊園、慈眼寺、とげぬき地蔵界隈を散策、その後カラオケ店で句会、最後は居酒屋で打ち上げのフルコースとなった。

 染井霊園は有名人の墓所が多い。岡倉天心、二葉亭四迷、高村光雲・光太郎・智恵子など。慈眼寺では芥川龍之介、谷崎潤一郎(京都より分骨)が有名である。染井吉野桜もこの地で誕生、駒込駅近くに発祥の地の碑を訪ねることが出来る。

谷崎潤一郎の墓(真ん中)と谷崎家の墓

 

 いつも吟行で思うのは時間が足りないこと、投句間際でバタバタとなる。今回もそんな感じであったが、秋の午後、霊園・お寺・とげぬき地蔵通りと世代にぴったりのエリア散策を満喫した。カラオケルームで歌を歌わず句会をしている姿はなんとも不思議な光景だが、個室で廉価(最初の飲み物だけ注文)静かな良い句会スペースであった。句会の結果はどうだったのかは、ご想像にお任せするとして、楽しい午後の一日を演出してくれた幹事の皆様へ感謝を伝えたい。

              2025年10月26日 俳茶居

   吟行句四句中二句 

 慈眼寺に秋の水借る古き井戸

 秋風に風葬の吾浮かべ見む

中秋節茶會に、芭蕉「奥の細道」の旅立ちを想う

 茶は湯が出来る音から始まる

 

 長かった酷暑の9月。それでもお彼岸あたりから涼しくなり始めた。暑さ寒さも彼岸までである。2025年10月1日、富田直美(ちょし)さんの主宰する「中秋節茶會」に越谷へ出かけた。会場は明治の趣のある「はかり屋」の一階のカフェ。「はかり屋」創業は明治18年(1885年)、2018年リノベーションが叶い、ショップとレストランの複合店として再生された。旧日光街道沿いに140年の歴史を残す建物である。

 ウエルカムティー他3種の美味しいお茶を頂いた。会場の形態で、4人客のテーブル席と、カウンター席4人と別れて呈茶を受けることとなった。早く着いた小生、テーブル席に胡坐の着席をお許しいただいた。お客も揃い時間となると、二艘の小舟は中秋の月を目指し、しばし中国茶の旅に出たのであった。一期一会、テーブル席4人は時間経過とともに打ち解け、愉しい語らいとなった。点心も「かき氷」の後、中秋節に合わせ「月餅」と「白玉ぜんざい」の見事な取り合わせに舌鼓を打った。時が経ち愉しく月へ向かっていた小舟は、元の場所に静かに戻ることになる。夢の時間が現に戻るには、暫しの余韻が必要となる。そして夢が覚めると、漸く客同士別れの挨拶をし、最後に主宰のちょしさんに感謝を伝え、涼しさを感じる日光街道を江戸に向かい歩き出した。

 満ちて引く地球の水を揺する月  (俳茶居)

                        2025年10月4日  俳茶居

 

落ち着きを感じるちょしさんの茶器

 

 行く春や鳥啼き魚の目は泪(奥の細道最初の句)

元禄2年弥生、松尾芭蕉は「奥の細道」の旅で江戸千住を発ち、まず日光を目指し越谷の町も通った。当時大きな宿場であった越谷だが、随行の曽良の日記には、春日部で一泊のあと翌日の宿泊は栃木の間々田となっており、越谷は初日に通り抜けただけの様である。俳句も残されていない。

 

 

テーブル席の茶の木からはかり屋の玄関を望む

 

中秋節茶會 2025年10月1日 於:お茶を贈る人(越谷「はかり屋」)

茶譜

歓迎茶(冷茶) 月悦茶“白秋” 猿島産蜜香紅茶 金木犀 白木耳

文山包種茶    2025年 春

玉山白茶     2024年

鳳凰単叢 南姜香 2024年

 

点心

刨冰 / 紅豆湯 (お茶を贈る人)

中秋月餅     (悦納)

司茶:富田直美(麗茶) 点心:お茶を贈る人 企画:村松悦子(月悦)

 

安藤雅信氏の茶海二つ 懐かしい

それぞれの八十年前の夏

 

「八十年前の夏・祈り」(作:松林真澄 2025年)

 

 ジクレー(デジタルリトグラフ)版画家、松林真澄氏の進化スピードは速い。2025年8月9日~20日開催、『デジタル版画展“これは現実か!”』 JR大崎駅歩2分のO(オー)美術館。力作「八十年前の夏」3点シリーズ作「新吟(うめき)・鎮魂・祈り」を鑑賞した。写真家川田喜久治氏の原爆ドーム内壁の写真集からインスピレーションを得たとお聞きした。80年前に止められた時間に80年後何かを足す芸術家の魂は、並の人間の胆力では成しえない仕事である。

 8月、世界は80年前の人類の過ちを振り返り、それぞれが内省する時である。人類の現実は容易ではないことは理解している。ただ厳しい現実に対し、諦めず言葉や作品を発し続けているのも表現者の力なのである。

 会場には日本版画界の巨匠、星野美智子氏の作品も展示されておりご健在を確認することが叶った。

鏡の中に捉えられた視点(作:星野美智子)

 

 

 

天空茶会第二十四葉 開催御礼 <成長する背骨>

湖緑の茶席(撮影インスト会)

 

山音の茶席

 

    日本中国茶普及協会認定インストラクター会主催の『天空茶会第二十四葉』が、2025年6月29日(日)中央区京橋の明治屋ホールで開催され、延べ115人のお客様と茶席を囲み、素晴らしい交流の場となった。

茶席の他、平野裕美先生によるセミナーが(午前の部・ネパールとの出会い、午後の部・ベトナムの新風)開かれ参加者の好評を得た。

    おいで頂いたお客様に心より感謝の気持ちを伝えたい。2011年に始まった天空茶会、途中コロナ禍で開催出来なかった期間もあったが、14年の歳月を想うときお客様の長きにわたるご厚誼に心より御礼申し上げることとする。日本中国茶普及協会理事の皆様の変わらぬご支援に感謝申し上げ、明治屋ホールのスタッフの皆様のご配慮に謝意を伝えることとする。

     

奏の茶席

 

 天空茶会は当会派の『背骨』と常々言っている。組織が全体で高みを目指すとき、そのことを象徴するような催しが必要となる。幸いにも私たちには「天空茶会」を積み重ねることで『背骨』と言う宝物を成長させてきたのである。そこでは淹れ手、裏方を問わずスタッフを務めることで学ぶことが多い。練習会で先輩たちの叱咤激励を受け、初めての淹れ手に挑戦したインストラクターの方々、自ら背中を押し表演茶藝に果敢に取り組まれたNさんなど、全スタッフの想いが茶会の良き雰囲気を醸し出し、お客様を心地よく包み込む催事が完成したのである。『背骨』はゆっくりと確実に成長している。

嫻靜の茶席

 

     万緑席で淹れ手を務めた。唯一の男子茶席、ペアを組んだのはAさん。もう中堅に入るAさんは重焙煎凍頂烏龍茶、私は石古坪烏龍茶を淹れた。仕事が忙しい現役のAさん、練習会参加の都合がつかず、二人だけの練習会設定となった。ただ2・3の確認事をして、実践練習を繰り返し、愉しく美味しい練習会となった。私の淹れる石古坪烏龍茶は、烏龍茶の始まりとの説もある軽焙煎。二つの烏龍茶、お客様の一煎目を服した後の顔はにこやかに見えた。                      2025年7月3日   俳茶居

 

 

清翠の茶席

 

万緑の茶席(撮影インスト会)

 

天空茶会第二十四葉 茶譜

茶席1 湖緑 こりょく

■明前都匀毛尖  貴州省 緑茶2025年一番摘み 淹れ手:山川幸代

■雲南・金芽茶  雲南省 紅茶2024年春    淹れ手:横倉志津子

 

茶席2 万緑 ばんりょく

■石古坪烏龍 広東省潮州市 烏龍茶2024年5月製 淹れ手:佐藤正夫

■重焙煎凍頂烏龍 台湾南投県 烏龍茶      淹れ手:新井方寸堂 

 

茶席3 奏〜kanade〜 かなで

■紅烏龍茶 台湾台東縣鹿野郷    烏龍茶2024年製 淹れ手:まゆりん

■武夷正岩茶白瑞香 福建省武夷山  烏龍茶2023年製 淹れ手:美風香

 

茶席4 山音 やまおと

■樟樹湖高山茶 台湾嘉義県  烏龍茶     淹れ手:吉田エンジェル真樹

■白毫銀針  福建省福鼎市  白茶2018年製        淹れ手:胡優

 

茶席5 清翠 せいすい

■三峡碧螺春 台湾新北市   緑茶2025年明前      淹れ手:茶米

■烏崠単欉東方紅炭焙煎 広東省潮州市 烏龍茶       淹れ手:河野求実子

 

茶席6 嫻靜 かんせい

■四季春茶 台湾南投県  烏龍茶  2024年春茶     淹れ手:平井まり

■雲南野生餅茶 雲南省西雙版納易武山 黒茶 製後約20年 淹れ手:國枝ゆか

 

 

⊛お茶と暮らしの研究家 平野 裕美氏をお招きして特別セミナー 

世界の茶産地を訪ねて第三弾

茶と共に ~ フィールドワークから見えてきたもの ~

中国・台湾・インドなどの歴史的産地を胸に外側からお茶を見てみた

そこにある大切なもの ネパール ・ ベトナム より

*セミナー午前の部 ネパールとの出会い

*セミナー午後の部 ベトナムの新風

 

 

下北スズナリ、「少女仮面」観劇 老婆に休日はない

 

 2025年6月18日、渡辺えり演出・主演の芝居「少女仮面」(唐十郎作・オフィス3〇〇特別公演)を下北沢スズナリで観た。渡辺にとり古稀の節目となる作品である。彼女の挑戦する姿勢を応援したい。ただ、身体を芝居の最大の武器と考えた唐十郎のドラマツルギーに、彼女の肉体は拮抗することが出来たのだろうか。しかしそんなことも織り込み済みの客席には愚問に近く、2時間近い一幕芝居を演じきった彼女や役者たちに心より安堵した。劇中主役の春日野八千代の危惧する「老」を現実が凌駕しているようであった。肉体から発せられる台詞が演技者の鎧となり芝居(虚構)が成り立つと思うのだが、長い台詞回しに苦労する場面が散見し、彼女が演じる春日野の鎧は脆そうに私に届いた。ただその倍の舞台のエネルギーが、渡辺と世代の近い川村毅(老婆役)や、劇団の役者達のパワーにより彼女を十二分に補い盛り立てていた。

【少女仮面とその時代】

 「少女仮面」は1969年早稲田小劇場の為に書かれた戯曲。翌年、岸田戯曲賞を受賞している。半世紀が経っても色褪せず、再演が繰り返される唐作品のひとつ。唐十郎は今も健在なのである。

 ’60年代・’70年代、唐十郎と彼の劇団(「状況劇場」その後の「唐組」)が、演劇界に与えた影響は大きい。近い世代の私達は、「人さらい劇団」と呼んでいた。半年に一度、新作のテント公演は日本の南から北へ巡った。東京に紅テントが立ち上がる前に、数か所公演があり、その情報は北上する公演先の客の心を揺らし動員に寄与した。そしてテント裏では人さらいが行われていたに違いない。根津甚八や小林薫ら多くの若者たちは、唐十郎とその劇団の魔力にさらわれたのである。当時、超満員東京公演に何度も遭遇している。客はテントの中で、椅子も座布団もない床に胡坐坐になり観劇したのである。巷は政治の季節であり、異議申し立てをする若者達が路上を疾駆する時代であった。そのエネルギーは演劇を目指す者たちにも影響を与え、多くの旧態を破壊し、変革をもたらしたのである。その中で紅テント公演は、中心的な役割を果たしたのではないか。半世紀の時が経ち、唐十郎は2024年5月5日物故する。しかしその霊魂はいまだ狼煙のように、あちこちでくすぶり続け時々焔となり、私達を熱く照らしているのである。

 渡辺えりの古稀の悲願は、この作品で達成されたのであろう。公演のガイドブックには、演劇を生業としたいきさつや唐との縁が丁寧に触れられていた。渡辺えりは稀有の天才を次世代に繋ぐ役割を買って出たのである。50年100年後、唐十郎を日本のシェークスピアにせんが為に。

 終演後、息を切らせながら今回の公演の為に作ったグッヅの紹介に時間を割く渡辺えりの姿が残影となり何かを象徴していた。

 変貌した下北の町に今も暖簾を守っている街中華「珉亭」、その健在を確かめ寄らずに帰った。    2025年6月18日   俳茶居

 

      煌々と唐十郎の夏帽子  (拙句)

秘蔵の普洱茶を愉しむ会」開催御礼

大益(勐海茶廠)#7542 2013年

 

 2025年4月27日人形町『茶韻館』で、阿部克彦氏所蔵の貴重なお茶を頂く「秘蔵の普洱茶を愉しむ会」が開催され、小生今回もスタッフとして参加が叶った。満席(11名)のお客様と素晴らしい一期一会となった。今回で12回目、節目の総集編と位置付け、これまで飲んでいただいた40種以上の茶葉からと、まだ飲んでいないもの中から合わせて9種類を選定し会場に披露し、皆様のご希望も聞きながら淹れる茶葉を順番に決めていった。そして、淹れ手は勿論阿部さん。いつものように丁寧で乱れのない呈茶を堪能していただいたのではないだろうか。

   

陳年金瓜茶 1990年代

 

 今回は3時間に及ぶ長丁場、用意した9種類のお茶から結果的に7種類を淹れることとなった。12回目となるこの会、お客様も普洱茶通が多い。一つのお茶10煎近く飲み続けても誰一人ペースが落ちる人は出なかった(会が始まった頃は、後半になるとペースを落とすお客様もよく見かけた。)。長時間に及ぶ節目の会、6種類のお茶を喫する予定であったが、余韻にもう1種加わり合計7種類のお茶を頂き、全員無事完走の運びとなった。マラソンの一流ランナーが走る時間より1時間長くお茶を飲み続けて頂いた11名のお客様に大感謝である。そして平然と呈茶を続けて頂いた阿部克彦氏、さらに茶韻館亭主松田さんに心より御礼申し上げることとする。再見。

                  2025年5月10日  俳茶居

                             楽茶軒易武正山1994年  

 

第12回「秘蔵の普洱茶を愉しむ会」 2025年4月27日 人形町茶韻館

  茶譜

①   大益(勐海茶廠)#7542 2013年

②   陳年金瓜茶 1990年代

③   年景邁普洱芽茶 2002年

④   今雨軒生熟茶 2008年

⑤   年易武正山 1994年

⑥  勐海茶廠#7542 1986年

⑦   普洱茶茶磚 年代不詳

*用意したが呈茶しなかったお茶

〇珍蔵普洱散茶 年代不明

〇千年古茶樹茶2000年代初頭

 黒茶(普洱茶を含む)は不思議なお茶である。緑茶の様に早く飲んだ方が良いお茶は多いが、何十年と熟成を重ねて価値が増すものは珍しい。その種類・製法は多様で進化を続けている。阿部さんの秘蔵茶の世界に迷い込み茶会を重ねているが、その全貌は見えてこない。尽きることが無い師の普洱茶、しばらく飲み続けることとする。

【野点は楽し雨次第】 

「一人一席春のティーパーティー」再現茶席

 

 現代喫茶人の会主催の催事「一人一席春のティーパーティー」が4月5日(土)・6日(日)に府中市郷土の森博物館で開催され、所属会派「日本中国茶普及協会」の茶席で6日席主を務めた。6日は午後の悪天候が予想され、野点ではなく博物館入り口庇の下と園内の古民家(旧田中邸)に場所を移しての開催となった。私の席は古民家、開始と同時に千客万来、休む間もなく呈茶を続け気が付いたら終了時間(15:00)となっていた。行ってみたい席はあったが、今年も叶わなかった。長年おいで頂いているお客様との再会、熱心にメモを取られる初めての若者等、お茶が運んでくれるご縁、素晴らしい一期一会を満喫することが出来た。

 春の一日茶席を構え、お茶を淹れ客と止めどない話をして過ごす。こんな贅沢な時間はなかなかない。私は長年「一人一席春のティーパーティー」の席主を担当し、素直にそう思うのである。そして席主を務めることで、野点(時々古民家)で遭遇する多くの予期せぬ出来事に、無難に対処出来るよう鍛えられたと感謝しているのである。

 「一人一席春のティーパーティー」は2001年スタートとのこと。初めて参加したのは2000年代後半からだと記憶している。2011年は東日本大震災での自粛、2020~2022年はコロナ禍、2024年は会場が工事の為開催出来なかった時期はあったが、それ以外は毎年開催、私も参加させて頂いている。そんな歴史ある催事に鍛え育てられたことに感謝し、主催の「NPO法人現代喫茶人の会」役員各位、府中市郷土の森博物館催事スタッフの皆様に、心より御礼申し上げることとする。

 

    2025年4月6日「一人一席春のティーパーティー」

        茶譜

  浮梁茶     (江西省景徳鎮市 緑茶 2024年 春)

  石古坪烏龍茶  (広東省潮州市  青茶)

  大禹嶺     (台湾南投県   青茶 2024年冬片)   

  白琳工夫紅茶  (福建省福鼎市  紅茶)

     *茶席は30分で二つのお茶、茶葉は席主が決めた。