有り難う 坐高さん
2025年3月に上梓された俳句集「問答無用」
令和7年(2025年)7月7日、長く俳句の会「五駒会」で席を共にした坐高さんが逝去されました。告別式後、荼毘に付されお骨を拾う役を頂き、万感の想いが込み上げました。
2002年に始まった「五駒会」句会の発起人の一人、宗匠のいない句会の宗匠の役割を担われました。メンバーは、坐高、かなぶん、華翔、榛名、呑亀の五駒、最初は全員広告会社A社の現役でしたが、やがて皆OBとなりました。坐高さんは会社卒業後晴耕雨読に徹し、50坪の畑を借り農民になりました。俳句も四季折々「土」との係わりからの作品が増えていった気がします。
句会での坐高さんは実にカッコ良く、句評は的確で時に厳しくありながらも温厚な性格が伝わるものでした。それは明確な美意識と倫理観から来るものでした。残されたメンバーは、話し合いを重ね四人での会の継続を決めました。それが坐高さんへの一番の供養になると考えたからです。心に残る俳句を「五駒会俳句集Ⅰ」、「五駒会俳句集Ⅱ」と2025年3月に上梓された俳句集「問答無用」から紹介し、坐高さんを偲びたいと思います。
秋の水遥かな魚の世の匂ひ (五駒会俳句集Ⅰ)
秋の清らかな水に心癒される。その匂いは地上に魚が登場した昔、彼らが知った水と同じ高貴な匂いがしたに違いない。
葱畑の真中のネールサロンかな (五駒会俳句集Ⅱ)
〈句評〉
深谷名物葱畑の真ん中にネールサロンの店が出来た。すごい時代だと言いたげであるが、そのことを否定も肯定もしない。そこに坐高さんの態度が出ている。変貌する深谷を作品として残したかったのだろう。
栄一像じやぶじやぶ洗ふ立夏かな (五駒会俳句集Ⅱ、問答無用)
〈句評〉
敬愛する澁沢栄一公の像、自らもコンシェルジェであり庭掃除も職務とした栄一記念館。立夏の大掃除に銅像に磨きをかける坐高さんが目に浮かぶ。一万円札の顔が栄一に変わる話を喜んでいる坐高さんを思い出す。
全五段鉛板運ぶ師走かな (問答無用)
〈句評〉
珍しく仕事の話。広告会社の営業マンだった坐高さんの年末の話。新聞広告の原稿は鉛板だった時代が長かった。大きな扱いをする営業は運ぶ量も増える。全五段とはちょっと控えめの様である。
霾るや問答無用の死が迫る (五駒会俳句集Ⅱ、問答無用)
〈句評〉
妹君を看取る時期の話のようだが、自身への覚悟でもあろう。「霾る(つちふる)」と言う難しい季語が効いている。俳句集「問答無用」のタイトルもここから来たのであろう。
深谷にて生涯終へむ根深汁
〈句評〉
産土への心境。故郷で生涯を終えたいと願う人は多いが、叶わない人も多い。季語根深汁がぴたりと嵌り温かい。願い通り晩年を深谷で過ごし物故された坐高さんは幸せ者である。
やがて五駒会の皆が坐高さんの居る所で顔を揃える日が来たら、また五駒で句会を開くことといたしましょう。坐高さんそれまで少しお待ち願います。
令和7年11月 呑亀
涼しさや友と持つ箸友の骨 (追悼句)
*上記追悼文は2025年12月発行のÅ社OB会会報に掲載されたものです(追悼句は加筆)。











































