Free & Fancy
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199〜3,062円

レビュー対象:「パレードが続くなら」(2022)
今回取り上げる楽曲は、多彩なクリエイター陣を招いた楽曲制作体制に特徴付けられるも、手ずからの歌詞世界構築とボーカリストとしての高い実力から一貫性のあるアーティスト像を実現している、YUKIの「パレードが続くなら」です。
前回の宇多田ヒカルの記事と同じく、当ブログ上での言及が平成に止まっていたままの女性ソロ歌手について、令和以降の楽曲にフォーカスして認識のアップデートを示そうとの動機に基いています。具体的にはベスト盤『すてきな15才』(2018)の記事以来、オリジナルアルバム準拠なら8th『まばたき』(2017)のレビュー以来と、長期のブランクが生じていました。
収録先:『Free & Fancy』(2022)
本曲の初出はキャリア初のEP*1という位置付けの『Free & Facny』です。この半年後には2ndEP『Bump & Grind』(2022)がリリースされており、題し方が似ているため連作の向きがあると捉えています。これらに収録の都合6曲は全て11thアルバム『パレードが続くなら』(2023)にも収められていて、既出の曲名がアルバムタイトルの布石になっているパターン*2は久々でした。
※ 1 YUKIのシングルは表題曲とc/w曲もしくは両A面の全2曲であることが多く、3曲収録の場合もリミックスやバージョン違いを含むのが基本で、純然たる新曲が3曲というのは『the end of shite』(2002)・『センチメンタルジャーニー』(2003)・『ふがいないや』(2006)と初期のディスコグラフィーに集中しています。この点は両EPにも共通しているがゆえにシングルとの違いを何処に求められるかと言えば、表題曲の有無で異なるので新形態には偽りなしです。
※ 2 過去には1st『PRISIMIC』(2002)・3rd『joy』(2005)・5th『うれしくって抱きあうよ』(2010)が該当し、とはいえ対応するのはそれぞれの先行シングル『プリズム』(2002)・『JOY』(2005)・『うれしくって抱きあうよ』(2010)だったため情報にラグがなく特段の驚きはなかったけれど、11thについては半年以上の開きがあり伏線回収の性質が際立っていました。
例によって自作のプレイリスト(YUKIは15*3の全45曲編成)から令和以降にリリースされた楽曲に限って好みを明かしますと、上位15曲までに「パレードが続くなら」、上位30曲までに「My lovely ghost」、上位45曲までに「Dreamin'」「Now Here」「YOPPITE」「雨宿り」「ハンサムなピルエット」「ラスボス」「流星slits」の都合9曲を登録しています。このうち「YOPPITE」のみ出典が特殊で、Chara+YUKI名義のシングル『楽しい蹴伸び』(2020)からの選曲です。
残りの8曲をアルバム別に振り分けると、10th『Terminal』(2021)から2曲、11th『パレードが続くなら』から3曲、12th『SLITS』(2024)から3曲となります。バランス良く好んではいるものの、過去曲に比すると未だ聴き込みが浅い僕の実情が浮彫ですね。そんな中で最上位帯唯一の1曲が「パレードが続くなら」なので、近年の楽曲では相当にツボだったと言えるでしょう。ちなみに平成最後の9th『forme』(2019)からは、「トロイメライ」が上位15曲までに入ります。
こうして9thから12thまでタイトルを出すことで当ブログ上に生じていた8thより後のブランクを駆け足で埋めまして、いざ本題へと参りましょう。
歌詞(作詞:YUKI)
リリース当時(2022年5月)の時勢に鑑みると一層の重みを感じられますが、VUCAの時代にも希望ある未来を夢想したって好いじゃないかとの、いや寧ろだからこそ(=パレードが続くなら)そうすべきであるとの前向きなメッセージが窺える歌詞内容です。自分に言い聞かせるような"大丈夫さ 大丈夫さ"の繰り返しに続く1番の"ここから 何処へ行こうとも 抱きしめていたいの"と、2番の"歩こう 雨に打たれても 大きな声上げて"では何方も、不確実性の高い将来に於いて自己を見失わない決意が説かれています。Tipsとして、paradeの原義は「見せびらかし」です。
この点を表題と絡めたのが、"燃え尽きるまで やめない 命のパレード/闇雲に 手探り のらりくらり ネバーエンド"で、一寸先は闇の世界に雨にも負けず灯を点し続けることはそれだけで尊くあります。より端的に"ススメ ワタシノパレード ヒキコモゴモ アルガ"との表現もあり、この電報やポケベルを彷彿させるカタカナオンリーの意図は何だろうと考えたところ、先出しした『雨ニモマケズ』的な趣を察するに至りました。その中盤に述べられている「他者の痛みに寄り添う東奔西走南船北馬の理念」は、本曲の歌詞中にもエッセンスとして盛り込まれていると感じます。
"私が見ている 素晴らしい世界 あなたに見せたい/見えないものも 見る自由"の物質的現実だけに囚われない認知も、"正解も 明暗も 善悪も 割り切れないわ/まだ 終わらないで メロディ"に謳われている二項対立のナンセンスさも、"愛しい思い出を 繋ぎ合わせたい あなたにあげたい/少しの補正 それも自由"の受け手優位のメモリアも、"後悔も 経験も 想像じゃ 計り知れないわ/あふれる 涙が 頼り"に明かされている心身一如の働きも、全て困難を乗り切る指針として機能するからです。これらの気付きの後に紡がれる"今日も 沢山 良い事が あなたに 有りますように"は、説得力を伴った素直さに根差しているために全く陳腐には響きません。
そして最後のスタンザには個人的に最も感銘を受け、"あなたの 寄り道に 私を 巻き込んで/楽しい 悩み事 増えるわ 増えるわ/盛大なパーティは オールナイトロング 夢みたいな/約束をして 指切り 消えないフェアリー"は、リスナーの立場からするとこの手のサジェストをしてくれるミュージシャンにこそ何処までも付いて行きたくなるものだと、パレードへの参列を希望する所存です。
メロディ(作曲:南田健吾)
楽想が中々に変わっているというか、多様なメロディの畳み掛けで充実の旋律性を誇っています。まず冒頭"パ・レード"のリフレインはアドリブ的に捉えて特別の用語を宛がわないとしても、"私が見ている"からのAメロは展開が多く何処までをそれと見做すかがいきなり難しいです。大きく扱って"大丈夫さ"までとしても、"マスタード色"からBメロに移っているとしても、もっと細かく刻んで"掌に"からをCメロと理解する人もいるかもしれないと迷えます。
しかし本記事では最初の大きく扱う区分を採用したく、その根拠はビートメイキングの一貫性[0:10~0:45]およびコーラスラインと交互するような旋律上の特徴です。前者は聴けば瞭然なので説明は耳に任せるとして、後者は"見えないものも 見る自由"と"それは 運命になるから"と"大丈夫さ 大丈夫さ"を何れも副次的に鳴らしている点を共通項としています。
そのギャップ自体が聴き所であるように、やや憂いを帯びつつも流麗な進行の立ち上がりから("私が"~"なるから")、切なさが極まったリズミカルなラインの繰り返しが感情の機微に触れ("マスタード色"~"メッセージ")、溜めて緩やかに放つ対照的な音運びに歌詞通りのモーションを幻視した後に("掌に"~"飲み込む")、その緊張と安堵が綯い交ぜのスケープが"大丈夫さ"の言葉とは裏腹に不安定な着地を見せるという、何処か不穏なナラティブの通奏低音にあるのは理想と現実だったり本音と建前だったりの二面性です。
それらを対立の関係ではなく重ね合わせで共存させていくのが生き抜く秘訣であるのは歌詞解釈に述べた通りなので、明るい展望は以降のメロに委ねられます。Bメロは短く未来志向へのシフトを高らかに告げる役割を果たし("ここから"~"抱きしめていたいの")、解放感に満ちて鷹揚に構えたサビメロの次第にピークを更新していく旋律がただ美しいです("盛大な"~"メロディ")。
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2番A/Bメロに従前と顕著な違いはないけれど、パッドの出音が微かに温かくなった気がするアレンジの妙か気持ちを乗せたボーカルディレクションの巧か、1番よりは不安が軽減されている印象を受けます。その上向きなコンディションの儘に突入する2番サビメロは、打って変わって新鮮な変化に驚かされました。"ないものねだり"までは1番を踏襲しているものの、直後に新規のメロディが表れ意表を衝いて来る構成で、歌詞内容と相俟って愛しい予感に溢れた本曲で随一のハッピーなラインに心が弾みます。
初聴時にはこれを「2番サビ後ノータイムでCメロに傾れ込む楽想」と分類しかけたのですが、再びサビの旋律に復帰したために二度目の意表を突かれ、「2番からサビ後半が出て来る楽想」だったかと認識を改めました。当ブログのメロディ区分のルールに照らして偶に出会す対立「Cメロ or サビ後半」の一例で、より細分化すれば「1番サビが前半だけで終わる&典型的なCメロも存在する」に該当します。しかもサビ後半がサビ前半に割り込む形で出現するのは珍しく、過去にはこの記事の終盤に言及したPoppin'Partyの「White Afternoon」(2019)が同種のレアケースです。
典型的なCメロとは"ススメ"のセクションを指し、しかし主旋律とは別にチャントじみたコーラスが重なる点ではここにも特殊性があります。当該部では2番サビ後の間奏から引き続いてパレードらしさが最も顕に表現されているので、詳細はアレンジの項に語るとしましょう。ラスサビは2番サビを踏襲するつくりで、サビ後半のメロディがまた現れるという楽想が、前述した「サビ前半+サビ後半」の捉え方を支持します。
アレンジ(編曲:南田健吾)
作編曲を手掛けた南田さんはagehasprings Party(onetrap)所属のクリエイターで、大本のagehaspringsに関しては当ブログ内を検索すれば解る通り過去に幾度かの言及をしており、その確かなクリエイティビティに信を置いている音楽制作プロダクションの一つです。具体的に南田さんのお名前を出すのは本記事が初だけれど、過去にレビューした範疇ではBase Ball Bear『光源』(2017)に収録の「寛解」に於けるプログラミングが氏のワークスで、加えてアニソン関連にも馴染みが深く、とりわけ『アイカツ!シリーズ』には複数の有名楽曲に様々な立場での貢献*3を確認出来ます。
※ 3 現在コラボ映画が絶賛公開中の別作品『プリパラ』の記事にcf.として例示している迂遠さですが、「夏色バタフライ」(2016)の編曲はその一例です。自作のプレイリストでMONACAプロデュース以外の同シリーズ楽曲には15*3の全45曲を割り当てており、そのうち南田さんが関わっているものに限って曲名を明かすと、上位15曲までに「夏色バタフライ」「はろー!Winter Love♪」、上位30曲までに「Dreaming bird」「Miracle Force Magic」「STARDOM!」、上位45曲までに「Message of a Rainbow」「スタートライン!」の都合7曲を登録しています。サウンドプロデュースごと手掛けていたりギターのみの参加だったりと濃淡はあるものの、主に編曲に名を連ねてその手腕を存分に振るっているとの理解です。
その豊かなアレンジセンスは本曲でも遺憾なく発揮されており、メロディの項にも触れた繊細なパッド使いと2ステップのビートが絡み合う平歌部は無機質なエレクトロニカないしR&Bの雰囲気だけれど、ビートレスのブレイクを挟んだ後のサビ~間奏は鐘の音と優しいギターリフで俄に血の通った音像を呈してパレードの接近を予感させます。2番も基本的には1番の編曲を踏襲していて、別けてもメロに変化が加わるサビ後半に関しては、その幸せなラインがオケの性質と一段とマッチして腹落ちの度合いが増す技巧性です。
2番後間奏はファンファーレから幕を開け、本格的なパレードの訪れが愈々となります。チャントに煽られながら次第にオケがシンプルになっていくところに、人声によるプリミティブな効能を覚えて気付けば自分もパレードの一員です。ラスサビは"誰かの祈り"が天へと向かう軌道に沿った果てない旋律に浸りながら、サビ後半の有機的なサウンドの鳴り渡りに「ひとりじゃない」の安心感を得ます。しかしその余韻は意外とあっさりで、ともすると『マッチ売りの少女』に於ける幻影らしい虚しさが一瞬過るものの、2番の"消えないで"から懇願の「で」が取れて"消えないフェアリー"と強い信念を抱けているため、怖れるものがなくなったがゆえの潔い幕切れであるとの受け止めです。