
今日の一曲!天音かなた「Last-resort」~『Trigger』プチレビュー~
レビュー対象:「Last-resort」(2025)

今回取り上げる楽曲は、ツッコミ力に定評のあるボクっ子娘ゴリラ天使アイドルVTuber(ホロライブJP4期生)天音かなたの「Last-resort」です。本日8月13日に待望のソロライブ「Amane Kanata 1st Solo Live "LOCK ON"」が有明アリーナで催されたのを記念しての選曲となります。
収録先:『Trigger』(2025)
本曲の収録先は先月にリリースされたばかりの2ndアルバム『Trigger』です。直接ディスク名を冠した表題曲はありませんが、歌詞に鑑みると本曲が実質的な表題曲であり本作のリードトラックだと思います。個人的にも本盤に於けるいちばんのお気に入りであるためそのレビューは後述するとして、本項にはせっかくなのでアーティスト紹介も兼ねたディスク評を先んじて載せるとしましょう。
先行のシングル2曲は何方もネームバリューのあるトラックメイカーが制作を手掛けており、「Knock it out!」(2024)以来再びのしかし此度はTeddyLoid単独によるキュートなエレクトロポップ「きゅーぴっど。」は精緻なオケから対照的に繰り出されるポップなサビメロが印象的で、「メズマライザー」(2024)の超ヒットでお馴染みのボカロPサツキによる「セルフサービス」はそのアグレッシブなビートメイキングおよびサウンドプロダクションにらしさを感じさせるハイポテンシャルな仕上がりです。
次点のフェイバリットは本作に於ける言わばハロヲタ趣味枠(前作『Unknown DIVA』ではつんく作詞作曲による「純粋心」が該当)だと思われる「睡キャン界隈」で、ハロプロのラテン風味楽曲に覚えるような高い中毒性を誇っています。他にもIOSYSのまろんさんの手に成るところから信頼を置ける電波ソング「インキャララバイ」には曲名通り"陰の者"要素が顕ですし、手ずからミックスを行うクリエイター気質が昂じて作詞と作曲を本人が担っている「十万億土」からは曾ての「キセキ結び」(2021)と「別世界」(2022)を経て一段と磨かれたセンスを聴き取れ、とかく彼女の嗜好やパーソナリティに根差した楽曲が揃い踏みです。
また、「わたしのせいだ」はアルバムのラストに据えられし堀江晶太ワークスの感動的な効能を存分に活かしており、同じくホロメンのアルバムでは角巻わため『わためのうた vol.2』(2021)の「My song」(ボートラを除けばラスト)に『Hop Step Sheep』(2023)の「Happy day to you!」、更にはさくらみこ『flower rhapsody』(2024)の表題曲(MV紹介記事の中で映像へのレビューあり)と、過去の成功例を踏襲しています。反対に一曲目の名曲には大神ミオ『Night walk』(2023)の「夜光通信」が挙げられますが、これもラストからループして…と考えると同様のエモさを醸造する配置と言えるでしょう。
要するにホロライブ×堀江晶太には何処までもシナジーがあるという話で、これからレビューする「Last-resort」も実はギターとベースを堀江さんがプレイしておりしかもアルバムの一曲目ですので、「わたしのせいだ」の最後の歌詞に照らして"何もかもを諦めた一秒を/命が「はじまり」と呼んだよ"から繋がる循環の中にあるとの解釈です。
歌詞(作詞:草野華余子)
最後の楽園…ではなく「最終手段」を意味する曲名が象徴するように、バーチャルアイドル天音かなたの強い覚悟が発露したヒリつく歌詞内容に痺れます。先に「実質的な表題曲」と述べた通り『Trigger』に係る銃関連のワードが鏤められており、"撃鉄"や"引鉄"とフィジカルは勿論のこと"ライフゲージ"や"残機"とゲームに寄せたものもあってVTuberらしいです。
フレーズ単位でも銃モチーフのオンパレードながらトリガーハッピー的な無軌道さはなく、敢えて英語で表現しますがthe one and only last bulletを如何に効果的に放つかに主眼が置かれています。"phase.1"から"phase.6"まで示されるステップは全て一発を決めるための動作および心得ですし、"いっそ一撃で使い果たしたい"も端的です。"覚悟しろ 最期の時だ"に窺える死に際の語彙選択(「最後」ではなく)を考慮すると、クー・ド・グラスの向きもあるのかもしれません。そのほうが天使のキャラクター性とも合致しますしね。
そんな慈悲の一撃により止めを刺される対象は"世界"で、"勝者/敗者に分かれたこの世界/遠慮してちゃ奇跡は起こらない"に、"継ぎ接いだ希望の限界値 (At the boundary)/粉々の夢が抉る現在地"、更には"限りあり 格差あり 邪魔者あり人生"と、閉塞感しかない現状が様々に描かれています。これを打破せんとする姿勢が続く"せめても全方位 反逆してやりましょう"や、"「世界を変える撃鉄を、今」"、そして"革命ノ合図ダ/全てをこの一瞬に賭け放て Last-resort"に表れているのでしょう。
これは単に世界が腐っているから壊してしまえという身勝手な話ではなく、そのポイント・オブ・ビューに支配されて世界をそう捉えるしかなくなっている自分自身の不甲斐なさへの挑戦でもあり、ゆえに"最後の敵は 怖気付く弱い自分だ"は撃つ側としても撃たれる側としても真ですし、"売ってんなら買っちゃいたい正解/でもそれすら総じてNot for me"は他者が見出した世界の正解に縋っても無意味であることを弁えた者の立脚地です。
サビの歌詞はより天音かなたの核心に迫る表現で編まれているので一層格好良く、"カリスマの創造性 アイドルの共感性/どっちもない僕のLast-resort Last-resort/ギリギリの白兵戦 踏み越えた境界線/想いの強さを弾丸に込めて"は、VTuberという狭間の存在ならではの苦悩に加えて同じ箱の頼もしい仲間ですら見方を変えれば鎬を削るライバルと化すほどの才能が犇めき合う大手事務所に所属していることの自負と焦りが綯い交ぜとなった一節に映ります。
"カリスマの鍍金 アイドルの高貴/全部ブチ抜けよLast-resort Last-resort"で幻想を撃ち抜いて、"努力値の整合性 壊滅の世界です/死に物狂いじゃ死に切れないんだわ"とゲームの概念に擬えられないリアルの厳しさと向き合う表明で以て、"(Make it real Make it real)"の連呼にも説得力が生まれるというものです。"僕の全てを込めて放つLast-resort"の必中は言わずもがなと結びます。
メロディ(作曲:草野華余子)
作詞作曲を手掛けた草野さんはこれまでにもホロメンへの楽曲提供実績がある方で、当ブログに於いてはこの記事の中に紹介したMia REGINA「月海の揺り籠」(2021)にお名前を出して以来の言及です。同曲では減り張りの利いた美麗な進行で特徴付けられる王道の作曲手腕が披露されていましたが、対する本曲はロックな音楽性に即した中々にプログレッシブな楽想を有しており、作風の幅広さに驚かされました。
半ばセリフの節回しで聴かせる"phase"のセクションを取り敢えずフックと置きまして、シニカルな音運びに倦んだ現状のスケープを見るAメロ("撃たれる前に"~)でじっくりとタメを作った後に、アッパーなラインのサビメロ("カリスマの"~)が暴れ出すカタルシスには闘争心が滾ります。この高揚をサビ後半("狙イヲ定メテ"~)の覚醒的な進行が冷静に受け継ぎ、コーラスラインの間隙を縫う"刹那"と"Make it real"が尚の事クールです。
2番の平歌部は1番と全く異なり…というかサビもないので平歌という用語自体不適格な気がするけれども、歌詞通り"現在地"を確認するワンクッションのフレージング("継ぎ接いだ"~)の美メロっぷりに暫しの陶酔を得てから、変則Aメロとするには原型から大幅に逸脱してナラティブに展開するパート("四六時中"~)が出て来る意外性に新鮮な聴き味を覚えます。
そのまま間奏に入って再びフックからリスタートするのもまた意表を突く構成で、この場に関しては寧ろBメロっぽい振る舞いをしている(ラスサビ前の落ちBメロらしさがある)ため、愈々当ブログに於けるメロディ区分のルールでは扱い難くなって用語に混乱を来した儘に提示している次第です。ラスサビは止めに相応しい最大のリフレインで、拡張されたサビ後半のメロが畳み掛けてくることで革命間近の緊張感に煽られつつも発砲の確かな予感に打ち震えます。
アレンジ(編曲:BLACK ALBATROSS)
ざっと調べた限りではブラック・アルバトロスについての確定的な情報が拾えなかったのですが、過去の担当楽曲を見るに草野さんが作詞作曲をした幾つかの楽曲でアレンジを担うチームないしバンドの名称であるとは推測可能で、本曲のクレジットではギターとベースの堀江さんにピアノとコーラスの草野さん、そしてBeat Programmingの岸田さん(岸田教団&THE明星ロケッツ)に、All Other Instrumentsの篠崎あやとさんは他曲でも共通しているメンバーです。ベースがイガラシ(ヒトリエ)さんのパターンもあります。
上記プレイヤー陣の中で最も聴き馴染みがあるのは篠崎さんだけれど、各種リンク先の通り係る言及の殆どが烏屋茶房さんとのタッグに関するものであることに加えて、AOIもしくはAOP(rogramming)は最終的な装飾音担当との理解であることから、本曲のロックな骨子はその他のメンバーに拠って組み立てられているとの受け止めです。篠崎さんの役割は聴き易さのブラッシュアップではないでしょうか。
楽器単位で語るとベースに重点を置きそうな布陣と言え、その視座がアニソンでどう功奏するかについては過去にこの記事やこの記事で語っています(記事内を「ベーシスト」で検索)。界隈基準で語るならSSWにボカロPにバンド畑出身にトラックメイカーと守備範囲の広さが垣間見え、換言して狙い通りの外さない面子という意味では本曲のテーマ性にぴったりです。
個人的にツボだったのは1番サビ後からのギタープレイで、迸る勢いの儘に駆け抜けた1番から俄に技巧的な趣が顔を覗かせるも、次第に野性味のある演奏に回帰していって果てのソロで爆発する一連のフローが雄弁で素晴らしく、抗えない反骨精神を謳う蓋しロックな変遷だと絶賛します。
Amane Kanata 1st Solo Live "LOCK ON"
ということで、先刻行われたばかりの「Amane Kanata 1st Solo Live "LOCK ON"」から恒例のYouTubeチラ見せ枠をここにも埋め込んでおきましょう。続きは配信チケットをご購入の上お楽しみください。この経験がいつか未来のさいたまスーパーアリーナでのライブに繋がることを陰ながら応援しています。