きっと熱いくちびる ~リメイン~ (Original Remastered 2018)
Amazon(アマゾン)
250円

レビュー対象:「きっと熱いくちびる ~リメイン~」(1991)
今回取り上げるのは80年代末期から90年代初頭に跨るアイドルシーンで特異な存在感を放ち、現在に於いてもその先進的な音楽性が特筆に値するWinkの「きっと熱いくちびる ~リメイン~」です。
一応自分が生まれてからの話ではありますが所謂世代ではないため事実誤認も甚だしいかもしれないと断りまして、僕がWinkのどういう部分に独自性を感じているかについて以下に説明します。なお、下掲リンクは全て拙ブログ内の記事検索画面に繋がっており、僕が当該ジャンル名を如何様な文脈で用いているかの補足なので特に参照せずとも結構です。
テクノポップのブームがアイドル歌謡に及んだ結果(後年の用語で)テクノ歌謡に類するようなアイドルソングの下地が固められた70年代末期から80年代前半の流れがまずあって、その後電子音楽界隈の主流からポップが外れてテクノが流行り出した80年代末期にまだまだ踊りたいダンスミュージックの人種は70年代後期のユーロディスコから発展したHi-NRGまたはユーロビートに可能性を見出していたかと顧みます。
その兆しがより形を成して日本独自のユーロビートが勢い付いたのが90年代後半であることに鑑みると(因みにこの辺りから個人的な世代と合致してきます)、その狭間にあってアイドル歌謡と元来のユーロビートをミックスしていたWinkは前の時代と後の時代のまさに過渡期にしか存在し得なかったのではないでしょうか。広く電子音楽の括りで通時的な表記に努めた先掲のパラグラフは本来複数の異なるストリームに根差しているけれど、Winkに着眼するとそれらを合流させるルートが見えてくるのがまさに眼目なのです。
背景:なぜこのタイミングでWinkなのか?
普段のフォーマットであればここでレビュー対象曲の収録先ディスクとしてオリジナルアルバムなら『Queen of Love』(1991)、ベストアルバムなら『Raisonné』(1992)ないし『WINK MEMORIES 1988-1996』(1996)を紹介するところですが、今般はWinkにフォーカスしようと思い至るまでに特殊な事情があるのでその説明に代替します。この選曲の決め手というか本曲である理由は単純にWinkのシングル曲でいちばん好みだからですけどね。
一昨日から俄にTVアニメ『ぱにぽにだっしゅ!』の音楽をレビューした二記事へのアクセスが急増していまして、何事かと検索したら放送20周年を記念して関連楽曲のサブスク解禁およびアニメのYouTube無料公開が行われる運びであることを知りました。このうちWinkと関連があるのは更新が古いほうの記事で、作品のキャラソンにWinkを意識したものが存在することを明かしています。曲名を「Link」(2005)と言いまして、同作の音楽制作進行を担った進藤澄子さんも公式ガイドブックの中で「Winkを狙いました」と述べているので確定です。
同曲は当然のお気に入りなので当初は素直にこれをレビュー対象に据えるつもりで、その上で元ネタであるWinkの楽曲を幾つか紹介する構成を考えていました。しかし下準備にWinkの楽曲を聴き直していたら次第にレビュー欲のメインとサブが逆転してきて、元ネタとパロディという力関係からも前者を優先しようとの判断に至ります。加えてせっかく過去の特に更新が新しいほうの記事にアクセスが集中している今、態々セルフ検索妨害の確率を上げなくてもいいかと打算的な目論見も働きました。
というわけで「きっと熱いくちびる ~リメイン~」に閑話休題しまして、後に「Link」の簡単なレビューを行うこととします。その際にも他のWink楽曲を例示しますので、一貫してWinkの記事としてお読みいただけるはずです。
歌詞(作詞:及川眠子)
『淋しい熱帯魚』(1989)を筆頭にWinkの有名曲の多くを作詞しておりその功績だけでも充分に著名な及川さんですが、そのお名前を一段とバイラルさせたのは『新世紀エヴァンゲリオン』関連の楽曲でしょう。「残酷な天使のテーゼ」(1995)も「魂のルフラン」(1997)も氏のワークスですし、当ブログ内では「心よ原始に戻れ」(1997)のレビュー記事に言及しています。
アニメ関連では『ジョジョの奇妙な冒険 4th Season』の1stOP曲「Fighting Gold」(2018)の作詞にも馴染みがあるほか(この記事の終盤にプチレビューあり)、Winkと同じく俗に「アイドル冬の時代」の存在としては次点のフェイバリットであるCoCoへの歌詞提供も多く、折に触れて僕の中でプレゼンスを発揮している作詞家であるためその歌詞世界も自然と意識の上です。
副題通り種々の「リメイン」に後ろ髪を引かれる内容で、サビの"Kiss me"では唇に残るキスの感触が、同じく"Touch me"では触れられた温もりの余熱が、Bメロの"Remain"では"あなた"に振り向いてもらえない"私"自身がリメインそのものであると歌われています。
有り体に言えば「一夜限りでもいいから」の関係性で、あくまでこの歌詞の上でそれは叶わぬ願いとして描かれているため、片恋慕にしても「端から何もなかった」で読み解くことが王道ではありましょう。曲名の「きっと」が意味する未遂もその状況に即した語彙選択に思います。
だけれど実態はそう単純ではないとの受け止めで、前述の"Kiss"と"Touch"が仮定でなく"Remain"するには係る身体的接触が済んでいないといけませんから、寧ろ「あの時どうして?」の向きが強いとの解釈です。つまり正確を期すれば「もう一度だけでいいから」の関係性で、一度目があったからこそ「きっと」の確度が上がっているものと捉えています。
"あなたのこころだけを/待っているのに …なぜ"も裏を返すと「からだ」は手中に収めていることの匂わせとも言え、"Remain 背中を向けて/Taxiを止め 夜を急ぐの"を逢瀬の後と見るならば遠距離を会いには来てくれているわけです。2番はもっと明け透けで、"降りだした雨音が/愛のトビラ叩く/その胸に合鍵を/すべらせたけど …なぜ"は、心象風景であるのと同時に現実の出来事でもあると感じます。
"あなた"が靡かない理由は明確には描かれていないものの、単に心が"私"に向いていない割には構っているようですし、遊びにしてはこの湿っぽさは何なんだという気がしますので、ベタに「家庭があるから」を妄想したいです。"夜を急ぐ"に"時計気にする"から第三者の存在はほぼ確実ですからね。それすら本命でない可能性まで想像するのは意地悪ですが、敢えてカタカナで表記するところのワルいヒトであるのは否めません。
メロディ(作曲:関根安里)
サビ始まりおよびサビメロのキャッチーさはアイドルソングの正解をナチュラルに射抜いている流石の仕上がりで、とはいえ楽曲のテーマ性からか何処の旋律を抜粋してもその趣はセンチメンタルです。リフに揺蕩う"Remain Remain…"の残響も切なく耳に文字通り残ります。
Aメロの儚く消え入るような音運びは"私"への同情を誘う嫋やかなラインが印象的だけれど、"…なぜ"の問い掛けを契機に移行するBメロが秘めていた奥底の感情を攪拌して表層にガイドしていくフレージングであるため、サビのポップな進行に本音が漏れ出るナラティブな展開への橋渡しが自然です。
アレンジ(編曲:門倉聡)
リリース前の『ザテレビジョン』をソースとする上掲Wikipediaページ曰く「WINKお得意のソフトなユーロビート」で、時期的にこのユーロビートは90年代後半の日本に於けるそれを指せませんので元来のユーロディスコから発展したものと理解します。
ダンスミュージックのニーズに呼応するようにBPMが速まってHi-NRGまたはユーロビートに進化した変遷に照らすと、それに対する「ソフトな」は寧ろディスコ回帰への示唆です。この周辺の嗜好では例えばArabesqueを親の影響により僕のルーツに挙げられますが、そこに歌謡の要素が混ざって邦楽らしさが顕となったものをユーロビートと呼称するややこしさこそが唯一性の証と言えます。
シンセベースの刻み方やリフ使いに当該ジャンルの要件を満たす部分があるとはいえ、現代の感性で本曲の音楽性のみを取り立ててユーロビートないしユーロディスコとすることに異論を挟む余地はあり、寧ろ指し示すところが曖昧且つ膨大なシティポップで例示したほうが据りの好い気がするほどです。
そう感じる根源はアイドル歌謡の強固な軸を殊更に彩る煌びやかなシンセサウンドの何処までも切ないレゾナンスにあり、一音一音が空間にも心身にも遠く深く沁み渡っていくところに感動を覚えます。別けても2番後間奏のソロは確かな聴きどころで、アイドルソングと侮る勿れの洗練された音像が琴線に触れました。歌詞以上に抒情的ですよね。
あとは地味に声ネタのインサートを論功行賞ものと評していて、冒頭の"Kiss me"のリピートにスクラッチっぽさを聴き出したり、1番後間奏の同じく"Kiss me"のカットアップにハイセンスを感じたり、細部までオケが作り込まれていて格好良いです。要所要所に登場する「la la(ah ah?)」みたいな聴こえの機械的なボーカル処理も特徴的ですし、ラスサビで"どうか"の直後にけたたましく鳴る非常ベルじみた出音も挑戦的で飽きさせません。
サブレビュー対象:「Link」(2005)
背景の項で予告した通り、TVアニメ『ぱにぽにだっしゅ!』のキャラソンのうちWinkを意識した旨が関係者から明言されている楽曲、柏木優奈&優麻(CV:石毛佐和)による「Link」を併せて紹介します。サブスク解禁ということでアップされたばかりのアートトラックも存在するのがレビューに際して有り難いです。
最たるリファレンスはおそらく「淋しい熱帯魚」だと思うのですが、それだけにしては元ネタよりシリアスなサウンドプロダクションに感じますので、センチメンタルなエッセンスとして先に取り立てた「きっと熱いくちびる ~リメイン~」や、ロックなファクターとして「夜にはぐれて ~Where Were You Last Night~」(1990)辺りも参照されているのではと推測します。
そんな「Link」の制作を手掛けたのは西田憲太郎さんで、nishi-ken名義でならばMEGのPARTY(ライブの意)でプレイとアレンジを絶賛したレポや、同じCubase使いとして共感を覚えたサンレコの書評を記しているくらいには、個人的に信頼を寄せているクリエイターです。
Winkっぽさはとりわけシンセ周りを聴けば瞭然とはいえ、改めて鑑賞すると当たり前ながら2000年代のトラックらしい音の抜け感を有しており、ギターサウンドの力強さも加味すれば古臭い模倣ではない進化系のパロディであると分析出来ます。
双子の姉妹というキャラクター性がその歌詞を一層意味深長にしているのが素敵で、"せめて call me, call me 1度でいい/名前を呼んで。"と迫られる難しい二択が残酷で美しいです。