Memo
死ぬ間際に言えることがある
確実性と不確実性のこと
生きていることは自由
死ぬことは固定
一般的に人は生きながら確実的な言葉を用いる。それは一般的にそういう方向性に流れるということも要因の一つなのかもしれない。
この世での悟りは
あの世では一般的で
この世では魅力的なのかもしれない。
それを思い
この世でそれを
活かすことがあれば
有効に活かしたいと思う。
今後の展開を期待したい
確実性と不確実性のこと
生きていることは自由
死ぬことは固定
一般的に人は生きながら確実的な言葉を用いる。それは一般的にそういう方向性に流れるということも要因の一つなのかもしれない。
この世での悟りは
あの世では一般的で
この世では魅力的なのかもしれない。
それを思い
この世でそれを
活かすことがあれば
有効に活かしたいと思う。
今後の展開を期待したい
今年は・・・
今年は転換期かな、そうじゃないのかな・・・
楽しみであり、まだまだ壁は立ちはだかるのか・・・
乗り越えて次のステージに行きたいと思うが
気を引き締めなければ、そこは茨の道であろうか・・・
とりあえず、またポエムでも書こう!(๑´•.̫ • `๑)!
楽しみであり、まだまだ壁は立ちはだかるのか・・・
乗り越えて次のステージに行きたいと思うが
気を引き締めなければ、そこは茨の道であろうか・・・
とりあえず、またポエムでも書こう!(๑´•.̫ • `๑)!
知恵の実
円周率は割り切れない 頭で考えるとそうなる
人は「手」で一つのものを三等分にできる
遜色の無い三等分だ
天秤で計れば何グラムかの差は出るのかもしれない
それで少し損をした人がいても文句をいう人は
ほぼいないだろう
目測ではわからない次元
手で分けて解決したあとに
頭で解ろうとして数値化された
数字を見ると「人」には何が起こり
何が作用するのか
目に見えなかったものが
見えるようになった代わりに
僕達はなにを失ったのだろう
一つに意識が集中することで何かが見えなくなる
数字はひとつの「真実」だ
「真実」には力がある
その「力」は人間を魅了する
手で分けて解決できていたことが
「真実」によって解決できにくくなる現実
手で分けあっていた時代に当たり前にあったものが
今の時代には無くなってきている
割り切れないことがストレスに成りはじめている
割り切れないことが世の中に溢れ出している
その中で考えないことで諦めてる人がいる
それが最善策と思う人達がいる
それは処方箋のように心を守ってくれている
ヒーローのようなものだ
その先へ近づこうとする人達もいる
少しずつ少しずつ
しかしヒーローは私達を魅了する
そこにいれば個の安全は守られるから
私たちはどうにかしてヒーローから
離れなくてはいけない
なぜだろう
一人じゃ生きれないから?
なぜお釈迦様が人々に教えを説いたのか
皆で悟りを得ること
その後には何が待っているのか
どういう世界に変わっていくのか
一人の智慧と
何十億の智慧
その先
人類が一つになり勢いを増して
加速するものがある
この先の人類の存亡を懸けた挑戦
それは欲との戦い
制することの厳しさ
皆で制することの厳しさ
けれども
インターネットという加速装置が定着し
人々の意識の伝達手段は発展しつつあるが
いろんなモノがあって
そこに集中できずにいる現状がある
今はそれらが削ぎ落とされる時期なのかもしれない
人間は馬鹿じゃない
いつまでも同じ過ちは繰り返さない
遠回りをしても
たどり着くと思う
しかし
とりかえしのつかないこともある
原発が最もたるものなのだろう
核兵器がそうだろう
現状でもう原発は作れないだろうけど
減らすのも時間がかかりそうだ。
人は「手」で一つのものを三等分にできる
遜色の無い三等分だ
天秤で計れば何グラムかの差は出るのかもしれない
それで少し損をした人がいても文句をいう人は
ほぼいないだろう
目測ではわからない次元
手で分けて解決したあとに
頭で解ろうとして数値化された
数字を見ると「人」には何が起こり
何が作用するのか
目に見えなかったものが
見えるようになった代わりに
僕達はなにを失ったのだろう
一つに意識が集中することで何かが見えなくなる
数字はひとつの「真実」だ
「真実」には力がある
その「力」は人間を魅了する
手で分けて解決できていたことが
「真実」によって解決できにくくなる現実
手で分けあっていた時代に当たり前にあったものが
今の時代には無くなってきている
割り切れないことがストレスに成りはじめている
割り切れないことが世の中に溢れ出している
その中で考えないことで諦めてる人がいる
それが最善策と思う人達がいる
それは処方箋のように心を守ってくれている
ヒーローのようなものだ
その先へ近づこうとする人達もいる
少しずつ少しずつ
しかしヒーローは私達を魅了する
そこにいれば個の安全は守られるから
私たちはどうにかしてヒーローから
離れなくてはいけない
なぜだろう
一人じゃ生きれないから?
なぜお釈迦様が人々に教えを説いたのか
皆で悟りを得ること
その後には何が待っているのか
どういう世界に変わっていくのか
一人の智慧と
何十億の智慧
その先
人類が一つになり勢いを増して
加速するものがある
この先の人類の存亡を懸けた挑戦
それは欲との戦い
制することの厳しさ
皆で制することの厳しさ
けれども
インターネットという加速装置が定着し
人々の意識の伝達手段は発展しつつあるが
いろんなモノがあって
そこに集中できずにいる現状がある
今はそれらが削ぎ落とされる時期なのかもしれない
人間は馬鹿じゃない
いつまでも同じ過ちは繰り返さない
遠回りをしても
たどり着くと思う
しかし
とりかえしのつかないこともある
原発が最もたるものなのだろう
核兵器がそうだろう
現状でもう原発は作れないだろうけど
減らすのも時間がかかりそうだ。
精度
究極までに高められた精度は
果てしなく続く円周率のように
何桁も何十桁、何十億桁さらにその何十兆桁をかけても
果てしなく続いていく
考えつくせる
限りなく答えに近い答え
僕らがその境地を追っていくのは
とても大変だ。
人生のほとんどをそれに費やして追いかけていくのだろう
自己のために答えを追っていく日々
その限りなく答えに近い答えを手にした者は
何を思い、何を成す
その姿を見てお釈迦様はなにをおっしゃるのか。
ぼくは思う。
精度は必要なのか。
その理由を今解らなくとも
疑問に思う。
優しさが勇猛心と共に進むべき道を照らしているような気がする
その照らされた道と精度を高めていく道は
似ていれど異なると思った。
しかし、このこともまた精度を高めることに繋がっていて
そう今、頭で考えている。
針の糸を通すように
微妙なところを観続けたい
「そこ」から戻り
またそう思うのだ。
ここは幻想の最前線。
果てしなく続く円周率のように
何桁も何十桁、何十億桁さらにその何十兆桁をかけても
果てしなく続いていく
考えつくせる
限りなく答えに近い答え
僕らがその境地を追っていくのは
とても大変だ。
人生のほとんどをそれに費やして追いかけていくのだろう
自己のために答えを追っていく日々
その限りなく答えに近い答えを手にした者は
何を思い、何を成す
その姿を見てお釈迦様はなにをおっしゃるのか。
ぼくは思う。
精度は必要なのか。
その理由を今解らなくとも
疑問に思う。
優しさが勇猛心と共に進むべき道を照らしているような気がする
その照らされた道と精度を高めていく道は
似ていれど異なると思った。
しかし、このこともまた精度を高めることに繋がっていて
そう今、頭で考えている。
針の糸を通すように
微妙なところを観続けたい
「そこ」から戻り
またそう思うのだ。
ここは幻想の最前線。
そこの続き
そこで無常を見つめ
心が常に変化していることを観る
変化しないものはないということを
日々学んでいる
形はくずれ
匂いはうすれ
音も静かになって
変化しつづけ
無常を観る
上がっては下がり
消えては現れ
その螺旋の上で
私達は
起きては眠り
食べて出して
抜けては生え
生えては切り
切っては直り
直っては汚し
やがては死んでしまう。
その理の中で
怖れとは、心とは
どういうことものなのか
個人個人で学んでいく
今の自分はそこに集中しているのか
そうでないのか
日々そこを観ていないと
忘れてしまい
心とともに
苦楽を思い悩みながら
糸の切れた凧のように
風に身をゆだねたままに漂うまま
世の中には皆で決めたルールはあるけれど
守ったり守らなかったり
それによってまた思い悩みながら
生きつづけている
その中で
よりよく生きようと思って
本を読んだり
話をしたり
いろんな体験をした
僕の中に蓄えられたそれらの経験
それを元に答えらしきものを探し求めた
その蓄えられたもの
人に感謝されたり
人に怒られたり
あれが好きだったり
あれが嫌いだったり
欲しかったり
手に入れたり
手に入らなかったり
苦しかったり
楽しかったり
それをまた欲しがったり
気持ちよかったり
気持悪かったり
照れたり
強かったり
笑ったり
泣いたり
嘘をついたり
正直だったり
面倒だったり
続けたり
止めたり
それらを経験し
知恵を得たり
その知恵が役に立ったり
立たなかったり
もっと知恵を練って
成功したり
しなかったり
友情を育んだり
けんかしたり
仲直りしたり
裏切ったり
約束を守ったり
蓄え
蓄え
慮り
考慮し
よかれよかれと
蓄える
固め
固め
考えをまとめようと
せっせっせっせと
正直に生きる
皆は人にそう求める
求めなくとも
そう勧める
勧めなくとも
示そうとする
示さなくとも
無言のまま
そう思う
そう思わなくとも
無常に変化し続け
あったりなかったり
行ったり来たりしていて。
それが皆で作ったルール
私達は人間で
それを守る事で
守られるものがある
水が凍り
とけ
ながれ
蒸発する
いつか雲になって
また雪になって
僕らの頭上から
降り注ぐ
重力によって
上から下へと
私達は中心に引き寄せられて
歩き
泳ぎ
大地を走って
日が暮れれば
家に帰り
瞳を閉じる
全ての経験を
この地球とともに
この宇宙とともに
体験している
大地
海
空気
光
重力
体
精神
何かひとつでも欠ければ
私達は生きて行けない
その中で暮らしている
それらは全て変化し続けている
その中で
私達は
科学を進歩させてきた
科学とはなんだ
原初的なな1+1は2
であるとすると
1とはなんだろう
人間が決めた単位
単位とはなんだろう
再現性
また同じものを再現するための基準
もしくはこれを基準に新しいものを構築する
過去性と未来性
円周率というものがある
小数点以下が限りなく続く
円周率=真理
とするならば解りやすいのだが。
実際小さくなればなるほど
気にならないし気づかない
生まれたての赤ちゃんにとって
「死」がとても小さいものであるように
たいしたことではない。
それでも年を重ねるにつれ
小さい事が大きくなっていく
日頃、円周率3.14付近で生きていた人は
死に近づくにつれ3.14159 26535 89793となっていくのかもしれないし
近づかない人もいるのかもしれない
生きながらに悟るというのは
その円周率を割り切ってしまえることと似ていて
またその解が存在するのか否かということに似ている
そして小さい事に気づくということは
小数点以下の桁数が多いと言えるのではないだろうか
それは精度が高いということで
それを乗り越えられる人はまた次の桁へと勧めるのではないだろうか。
職人芸といわれるものほど小数点以下の桁が多いか
それを超越して割り切れ、振り切れているのだろうか
そこに至るまでの
迷走、到着は果てしなく感じてしまう。
ひとは打ちのめされて小数点以下の精度を次へ次へと高めていく
いわばレベルのようなものかもしれない。
それらの次元の中で心は揺れ動いている
心の揺れが小さいほど精度があがる
狙いを定める照準のように
そのブレが小さいほど
自己の能力を発揮できる事につながる
それは不動心とよばれたりする
ではその「ブレ」はどうやって収めていけばいいのか
それを解明したのが
お釈迦様であると思う。
続く
心が常に変化していることを観る
変化しないものはないということを
日々学んでいる
形はくずれ
匂いはうすれ
音も静かになって
変化しつづけ
無常を観る
上がっては下がり
消えては現れ
その螺旋の上で
私達は
起きては眠り
食べて出して
抜けては生え
生えては切り
切っては直り
直っては汚し
やがては死んでしまう。
その理の中で
怖れとは、心とは
どういうことものなのか
個人個人で学んでいく
今の自分はそこに集中しているのか
そうでないのか
日々そこを観ていないと
忘れてしまい
心とともに
苦楽を思い悩みながら
糸の切れた凧のように
風に身をゆだねたままに漂うまま
世の中には皆で決めたルールはあるけれど
守ったり守らなかったり
それによってまた思い悩みながら
生きつづけている
その中で
よりよく生きようと思って
本を読んだり
話をしたり
いろんな体験をした
僕の中に蓄えられたそれらの経験
それを元に答えらしきものを探し求めた
その蓄えられたもの
人に感謝されたり
人に怒られたり
あれが好きだったり
あれが嫌いだったり
欲しかったり
手に入れたり
手に入らなかったり
苦しかったり
楽しかったり
それをまた欲しがったり
気持ちよかったり
気持悪かったり
照れたり
強かったり
笑ったり
泣いたり
嘘をついたり
正直だったり
面倒だったり
続けたり
止めたり
それらを経験し
知恵を得たり
その知恵が役に立ったり
立たなかったり
もっと知恵を練って
成功したり
しなかったり
友情を育んだり
けんかしたり
仲直りしたり
裏切ったり
約束を守ったり
蓄え
蓄え
慮り
考慮し
よかれよかれと
蓄える
固め
固め
考えをまとめようと
せっせっせっせと
正直に生きる
皆は人にそう求める
求めなくとも
そう勧める
勧めなくとも
示そうとする
示さなくとも
無言のまま
そう思う
そう思わなくとも
無常に変化し続け
あったりなかったり
行ったり来たりしていて。
それが皆で作ったルール
私達は人間で
それを守る事で
守られるものがある
水が凍り
とけ
ながれ
蒸発する
いつか雲になって
また雪になって
僕らの頭上から
降り注ぐ
重力によって
上から下へと
私達は中心に引き寄せられて
歩き
泳ぎ
大地を走って
日が暮れれば
家に帰り
瞳を閉じる
全ての経験を
この地球とともに
この宇宙とともに
体験している
大地
海
空気
光
重力
体
精神
何かひとつでも欠ければ
私達は生きて行けない
その中で暮らしている
それらは全て変化し続けている
その中で
私達は
科学を進歩させてきた
科学とはなんだ
原初的なな1+1は2
であるとすると
1とはなんだろう
人間が決めた単位
単位とはなんだろう
再現性
また同じものを再現するための基準
もしくはこれを基準に新しいものを構築する
過去性と未来性
円周率というものがある
小数点以下が限りなく続く
円周率=真理
とするならば解りやすいのだが。
実際小さくなればなるほど
気にならないし気づかない
生まれたての赤ちゃんにとって
「死」がとても小さいものであるように
たいしたことではない。
それでも年を重ねるにつれ
小さい事が大きくなっていく
日頃、円周率3.14付近で生きていた人は
死に近づくにつれ3.14159 26535 89793となっていくのかもしれないし
近づかない人もいるのかもしれない
生きながらに悟るというのは
その円周率を割り切ってしまえることと似ていて
またその解が存在するのか否かということに似ている
そして小さい事に気づくということは
小数点以下の桁数が多いと言えるのではないだろうか
それは精度が高いということで
それを乗り越えられる人はまた次の桁へと勧めるのではないだろうか。
職人芸といわれるものほど小数点以下の桁が多いか
それを超越して割り切れ、振り切れているのだろうか
そこに至るまでの
迷走、到着は果てしなく感じてしまう。
ひとは打ちのめされて小数点以下の精度を次へ次へと高めていく
いわばレベルのようなものかもしれない。
それらの次元の中で心は揺れ動いている
心の揺れが小さいほど精度があがる
狙いを定める照準のように
そのブレが小さいほど
自己の能力を発揮できる事につながる
それは不動心とよばれたりする
ではその「ブレ」はどうやって収めていけばいいのか
それを解明したのが
お釈迦様であると思う。
続く