月の下ポエム -21ページ目

修行

悟りへの修行は
円周率の桁を
一桁一桁解いていくことに
似ていると思った。
解を間違えば
振り出しに戻らなくてはいけないことも
あるのかもしれない。
なので石橋を叩いて渡る
作業というものは大事なことかもしれないが
あえて間違い改善していくということもあると思う。
自分に合っているやり方で
渡るのもいいかも
と思う。

Memo

死ぬ間際に言えることがある
確実性と不確実性のこと
生きていることは自由
死ぬことは固定
一般的に人は生きながら確実的な言葉を用いる。それは一般的にそういう方向性に流れるということも要因の一つなのかもしれない。
この世での悟りは
あの世では一般的で
この世では魅力的なのかもしれない。
それを思い
この世でそれを
活かすことがあれば
有効に活かしたいと思う。
今後の展開を期待したい

今年は・・・

今年は転換期かな、そうじゃないのかな・・・
楽しみであり、まだまだ壁は立ちはだかるのか・・・
乗り越えて次のステージに行きたいと思うが
気を引き締めなければ、そこは茨の道であろうか・・・
とりあえず、またポエムでも書こう!(๑´•.̫ • `๑)!

知恵の実

円周率は割り切れない 頭で考えるとそうなる

人は「手」で一つのものを三等分にできる

遜色の無い三等分だ

天秤で計れば何グラムかの差は出るのかもしれない

それで少し損をした人がいても文句をいう人は

ほぼいないだろう

目測ではわからない次元

手で分けて解決したあとに

頭で解ろうとして数値化された

数字を見ると「人」には何が起こり

何が作用するのか

目に見えなかったものが

見えるようになった代わりに

僕達はなにを失ったのだろう

一つに意識が集中することで何かが見えなくなる

数字はひとつの「真実」だ

「真実」には力がある

その「力」は人間を魅了する

手で分けて解決できていたことが

「真実」によって解決できにくくなる現実

手で分けあっていた時代に当たり前にあったものが

今の時代には無くなってきている

割り切れないことがストレスに成りはじめている

割り切れないことが世の中に溢れ出している

その中で考えないことで諦めてる人がいる

それが最善策と思う人達がいる

それは処方箋のように心を守ってくれている

ヒーローのようなものだ

その先へ近づこうとする人達もいる

少しずつ少しずつ

しかしヒーローは私達を魅了する

そこにいれば個の安全は守られるから

私たちはどうにかしてヒーローから

離れなくてはいけない

なぜだろう

一人じゃ生きれないから?

なぜお釈迦様が人々に教えを説いたのか

皆で悟りを得ること

その後には何が待っているのか

どういう世界に変わっていくのか

一人の智慧と

何十億の智慧

その先

人類が一つになり勢いを増して

加速するものがある

この先の人類の存亡を懸けた挑戦

それは欲との戦い

制することの厳しさ

皆で制することの厳しさ

けれども

インターネットという加速装置が定着し

人々の意識の伝達手段は発展しつつあるが

いろんなモノがあって

そこに集中できずにいる現状がある

今はそれらが削ぎ落とされる時期なのかもしれない

人間は馬鹿じゃない

いつまでも同じ過ちは繰り返さない

遠回りをしても

たどり着くと思う

しかし

とりかえしのつかないこともある

原発が最もたるものなのだろう

核兵器がそうだろう

現状でもう原発は作れないだろうけど

減らすのも時間がかかりそうだ。

精度

究極までに高められた精度は

果てしなく続く円周率のように

何桁も何十桁、何十億桁さらにその何十兆桁をかけても

果てしなく続いていく

考えつくせる

限りなく答えに近い答え

僕らがその境地を追っていくのは

とても大変だ。

人生のほとんどをそれに費やして追いかけていくのだろう

自己のために答えを追っていく日々

その限りなく答えに近い答えを手にした者は

何を思い、何を成す


その姿を見てお釈迦様はなにをおっしゃるのか。


ぼくは思う。

精度は必要なのか。

その理由を今解らなくとも

疑問に思う。


優しさが勇猛心と共に進むべき道を照らしているような気がする

その照らされた道と精度を高めていく道は

似ていれど異なると思った。

しかし、このこともまた精度を高めることに繋がっていて

そう今、頭で考えている。

針の糸を通すように

微妙なところを観続けたい


「そこ」から戻り

またそう思うのだ。

ここは幻想の最前線。