願い
「悟り」が難しいということには
悟りが目に見えなく
自己で完結してしまっているところがあり
他人との共有が難しいからではないだろうか。
悟った事で他者に認めてもらいたいと
自分の心中で0.0001パーセントくらいの
最小の思いがあってもそれは
悟りとして徹底されない
心というものはその最小の「1」を作りだしてしまうのではないだろうか。
心を完成させて心を捨てるということは
そういう「心の作用を解りえる」こととも言い換えられるのではないだろうか・・・
という事を考えてみたが
到底、心というものを解りえるということは無理な事なのだろうか。
頭の中で考えども解らないのではないのか、それとも・・・
それを日々心を観察することの中で発見したいと思うばかりであるが
毎日の中で色々と考えをめぐらせるということは
終わりのないことのように思えてくる
日は昇り、沈むように
色彩や匂い音をかえて、また同じようなところを
彷徨っているような感覚になる
類似回帰
同じようなことが時間軸の中で類似的に起こること
毎朝寝床から起き上がるように
同じ時間帯に仕事をし、食事をとるように
僕らは周期の中で生きている
その周期の裏で支えているものを
僕たち人類はまだ見つけていない
公には見つけていない、またそれがあるということも
一般的には、オカルトチックであり
ファンタジックであると思われる。
周期があって、突然変則的に動き
また新しい周期を作る
説明できないアノマリー現象
突然起こるイレギュラー
その答えはあるのか否か
その発見と悟りをえることが
ぼくの進みたい道であり願いである。
つづく
悟りが目に見えなく
自己で完結してしまっているところがあり
他人との共有が難しいからではないだろうか。
悟った事で他者に認めてもらいたいと
自分の心中で0.0001パーセントくらいの
最小の思いがあってもそれは
悟りとして徹底されない
心というものはその最小の「1」を作りだしてしまうのではないだろうか。
心を完成させて心を捨てるということは
そういう「心の作用を解りえる」こととも言い換えられるのではないだろうか・・・
という事を考えてみたが
到底、心というものを解りえるということは無理な事なのだろうか。
頭の中で考えども解らないのではないのか、それとも・・・
それを日々心を観察することの中で発見したいと思うばかりであるが
毎日の中で色々と考えをめぐらせるということは
終わりのないことのように思えてくる
日は昇り、沈むように
色彩や匂い音をかえて、また同じようなところを
彷徨っているような感覚になる
類似回帰
同じようなことが時間軸の中で類似的に起こること
毎朝寝床から起き上がるように
同じ時間帯に仕事をし、食事をとるように
僕らは周期の中で生きている
その周期の裏で支えているものを
僕たち人類はまだ見つけていない
公には見つけていない、またそれがあるということも
一般的には、オカルトチックであり
ファンタジックであると思われる。
周期があって、突然変則的に動き
また新しい周期を作る
説明できないアノマリー現象
突然起こるイレギュラー
その答えはあるのか否か
その発見と悟りをえることが
ぼくの進みたい道であり願いである。
つづく