「殆ど事後承諾だったけどな。カンヤ祭?」
「神山高校文化祭の俗称だよ」
「里志。お前が考えたんじゃないだろうな」
「総務部の先輩が言ってたんだ」
 そして摩耶花さんも。
「漫研でもカンヤ祭って言ってるわ」
 でもカンヤがどう書くか、みなさんわからないようでした。そして摩耶花さん、わたしのために話を戻してくれました。
「千反田さん、文集は書庫にあるかもしれないけど」
 そう話を切り出してくれたのです。続けて書庫の鍵は司書の先生がもっていらしていること、しかし会議で30分ほど待つことになると言ってくださいました。
「待つ?」
 お会いしだばかりのわたしに気をかけてくださいました。丁寧な物言いに摩耶花さんは繊細な心を持っておられる方と推察しました。そう言えば漫研に入っていると言っておりました。気配りが表現されているはずの摩耶花さんの絵、見てみたいと思いました。
 でもまず文集の話です。わたしはあえて折木さんに水を向けました。
「どうします、折木さん」
 折木さんがどう答えるか、確信があったわけではありません。多分「帰ろう」と言われたら翌日に私一人で司書の方にお尋ねしたと思います。しかし折木さんは乗りかかった舟だからか、わたしの頼みを断る方が労力が少ないと思ったか、
「待つか」
 と言ってくれたのです。でも摩耶花さんの、
「あんたは帰ってくれてもいいのに」
という横やりに素直に反応するなんて、お二人の過去にちょっと興味があります。わたしはそんなことを考えてしまったので、いつもはすぐ反応するのに折木さんを止める動作が遅れてしまいました。代わりに呼び止めてくれたのは福部さんでした。
「待って奉太郎! 摩耶花、さっきの話、二人に聞いてもらったら?」
「えっ?」
 摩耶花さんは最初は嫌そうな顔でしたが、折木さんを困らせたかったのでしょう。意地悪な笑顔で言ってのけたのです。
「折木、たまには頭を働かせてみる気はない?」
「ない」
「どういうお話ですか!?」
 折木さんは即答で拒否し、続けて反応したわたしはその折木さんの反応を拒否したのです。多分直観です。長い付き合い、この後で摩耶花さん自身から小中学校の九年間同じクラスと教えていただきました、をしておられた摩耶花さんより、知り合って一か月そこそこのわたしの方が折木さんの魅力を知っていると、摩耶花さんに教えてあげたかった。聞く前から一種のミステリと見当は付きました。それならわたしが見知った折木さんの独壇場だと。
「それは愛なき愛読書の話さ」
 福部さんはそう、話を切り出してくださいました。具体的な説明は摩耶花がしてくださいました。それによると、
 ・摩耶花さんは金曜日の図書室の当番(この日も当然金曜日でした)
 ・摩耶花さんが金曜日の放課後に当番に図書室に来ると、毎週同じ本が返却されている
 ・今日で五週連続。
 そして摩耶花さんは「これがその本」と言いつつ、大判でずっしりと重い、立派な装丁の本を差し出してくれたのです。書名は『神山高校 五十年の歩み』。ということは市販されている本ではないのかも知れません。わたしは「ちょっと中を見てもいいですか」と摩耶花さんに断って、隣に座っている折木さんと一緒に見ようと、その大判の本の頁を開いたのです。そんなの興味ないとばかりに文庫本を読んでいた折木さんにはさぞ迷惑だったでしょうが。わたしは無神経を装いつつ、折木さんにこのミステリを解決するよう迫るのです。
「折木さんも、ほら」
 出来るだけ人懐っこく、でもあまり馴れ馴れしくならないように声をかけたつもりです。
 適当に開けた頁を熟読するまでもなく、それは行事などの日時と写真が多数掲載された普通の学校史でした。
「これを読むのはかなり大変そうですね」
 そうすると……。
「毎週借りるやつがいてもおかしくないだろ」
 わたしの思考は中断されてしまいました。確かに何かの基礎資料、あるいは調べもののネタとして使うのに打ってつけかもしれません。
「折木、ここで本借りたことないでしょう。貸し出し期間は二週間なのよ」
「なのにこの本は毎週返却されるんだってさ」
 摩耶花さんと福部さんの連携プレーに、折木さんの最初のアイデアはもろくも崩れ去りました。となれば推理してもらうには材料が足りません。今では多分プライバシーの問題から、あるいは電子化などでやられていないかも知れませんが、当時はまだ一冊ごとに貸し出しリストがある運用でした。
「折木さん見てください。毎週違う人が借りてます」
 そして全員その日のうちに返していると、わたしと折木さんも貸し出しリストを見て確認したのです。
「しかも五人とも昼休みに借りて放課後に返してるの」
「どうだい、気になるだろう」
 福部さんの誘導尋問気味の問いかけ、それにわたしは素直に反応したのです。
「ええ。わたし、気になります!」