8/4
B13-3C
勝 石田
負 高橋樹

首位カープに大勝。
先発・石田健大は、初回3点先制されるも徐々にペースを上げて6回3失点。
カープ戦はデビュー以来4連勝。

左腕のピッチングを支えた打撃陣からヒーローインタビューに呼ばれたのは、
ハマの元気印・桑原将志と、引退のピンチからベイスターズに移籍して生き返ったこの男だった。

引退勧告からのコーチ就任要請といえば思い出すのが、カープの打撃コーチとして緒方孝市監督を支える石井琢朗だ。

ベイスターズ不動のショートストップとして、走攻守3拍子揃ったチームリーダーとして活躍。

横浜に石井あり。
ベイスターズと言えば琢朗。

本人も、ファンも、ベイスターズを愛するすべての人が、彼は生涯横浜なのだと思っていた。

2008年シーズン。
最下位を独走するなか、若手の育成との名目から、彼の出場機会が少なくなってくる。
かといって、代わりに出ていた若手が結果を出していたわけではない。

ボロボロになるまで横浜のユニフォームを着たかった琢朗。
引退してのコーチ就任を要請する球団。
交わることのない話し合い。

横浜の宝・石井琢朗はこうしてベイスターズを去っていった。
シーズン終了後に、彼は横浜スタジアムを自費で借り切って、「琢朗ありがとうの会」を開催している。
「ここに念みたいなものを残しました」
「広島で優勝できるようにがんばります」

貴重なベテランとして。
兼任コーチとして。
引退後は、監督を支え、選手を叱咤激励する名コーチとして。
強いカープに、石井琢朗あり。

この日、ヒーローインタビューに立った彼も、愛するスワローズでのコーチ就任よりも、新天地・ベイスターズでの現役続行を望んだ。

チームに溶け込み、若手の良き見本となり、堅実でチャンスに強い打撃と確実な守備で、好調ベイスターズを支えている。
すでにお立ち台の常連になっている彼の勝負強さが、これからより一層光ってくるだろう。

新しい応援歌には、活躍の舞台を与えられた新天地での思いと喜びと決意が凝縮されている。

強気でどんな球も
しぶとく打ち返せ
さあ行こう 横浜で
輝けよ 浩康

横浜DeNAベイスターズ。
背番号67。
田中浩康。

修羅場を潜り抜けてきた男の本領発揮の時は今。
優勝へ、駆け抜けよう!

THIS IS MY ERA.


8/3
B4-3D
勝 今永
負 吉見
S 山﨑康

真夏の夜の一大イベント。
YOKOHAMA STAR NIGHT 2017。

第1戦は、雨天中止。
第2戦は、9回ツーアウトツーストライクから同点に追いつかれ、引き分け。22:00を超える延長戦のため、セレモニーは中止。

そして、迎えた第3戦。
鮮やかな逆転勝利で、連敗ストップ。

ドラゴンズ先発の吉見一起からは、ハマスタで10年ぶりの勝利。

最高の形で、王者カープとの本拠地3連戦に臨むことができる。

試合後のセレモニー。
ゆずの名曲「虹」にのって、昨年最終戦からのベイ戦士たちの勇姿が映し出された。

2003年12月31日。
紅白歌合戦に初出場した彼らは、会場のNHKホールではなく伊勢佐木町の横浜松坂屋前から登場した。
バックには「ゆず☆横浜ベイスターズ」の電飾文字。

この年、優勝したタイガースに42.5ゲーム差の最下位。
世間的には、誰も注目していなかった。
ベイファンには、屈辱の思い出しかなかった。

でも、ゆずのふたりは、横浜の街は、ベイスターズを応援してくれている。
そう思うだけで、胸が熱くなった。

あれから、14年。
ハマスタに、人と熱が戻った。
ベイスターズは、強くなった。

ハマの元気印・桑原将志がいる。


智勇兼備の左腕・今永昇太がいる。


苦労人の首位打者・宮﨑敏郎がいる。


闘志を内に秘めた9番ショートの倉本寿彦がいる。


小さな大魔神・山﨑康晃がいる。


ハマの英雄・ホセ・ロペスがいる。


そして、ベイスターズのキャプテン。
ハマの主砲・侍ジャパンの4番・筒香嘉智がいる。


雨は上がり、暗雲は去り、ハマの夜空に7色の希望の虹が架かった。

「優勝するのは、ベイスターズです」(筒香嘉智)

皆で、その瞬間を見届けよう!

I☆YOKOHAMA!


8/2
B4-4D
(延長12回引き分け)

雨は止んだ。
だが、連敗は止められなかった。

予報になかった突然の雨による、1時間の中断からスタートしたゲーム。

先発ジョー・ウィーランドは、粘りのピッチング。
ドラゴンズ・エースの大野雄大は、完璧な投球。

苦手の左腕を攻略した2度のリードをいずれも守れなかった。

試合後のセレモニーも中止。
選手も、ファンも、スタッフの皆さん方も、ともかく疲労が残る試合となってしまった。


チームを覆うこの暗雲を吹き払うべく、この男が先発マウンドに向かう。


横浜を長きにわたって支えた大エース、ハマの番長・三浦大輔は、言葉を持つ男だった。

勝つ喜び。
負ける悔しさ。
努力の大切さ。
感謝の心。

赤裸々に、等身大に、チームメイトに、そして我々ファンに語り続けた。

2016年9月。
引退を発表し、最終登板直前の調整ブルペン。
投げ込む彼の姿を目に焼き付けるように、じっと見つめる男がいた。

チームの先発選手同士が、このように練習に立ち会うことはきわめて稀であるという。

彼はハマの大エースから、大事なものを引き継ごうと懸命だったのだろう。


この青年もまた、言葉を持つ男である。

「野手の調子が悪い時に抑えることが、投手として一番評価される。負けた投手の名は残らない」

「三振がとれるより、勝てる方がいい投手」

「後半戦の1勝は前半戦の1勝とは価値が違う。後半戦の1敗は前半戦の1敗とは重みが違う」

「雨だから負けていい、なんていうのはレベルが低い。幼稚な考え方。そこをどうするか考えることでランクが上がる」

「僕は野手が苦しんでいるときに信頼される投手になりたい。『今永が投げていれば絶対に抑えてくれる。じゃあ今永のために打ってやろう』って思ってもらえる存在になりたい」


言葉は、人を勇気づけもすれば、人を傷つけどん底まで叩き落とすこともある。

彼の言葉には、皆を勇気づける不屈の何かがある。

勇気の言葉。
信頼の言葉。
情熱の言葉。

勝利の結果と共に、今日も凱歌の言葉を。

横浜DeNAベイスターズ。
背番号21。
今永昇太。


智勇兼備の左腕が、ハマの夜空に勝利の凱歌を轟かせる。

THIS IS MY ERA.


7/30
B4-5×G
勝 カミネロ
負 山﨑康

セットアッパー・三上朋也、ストッパー・山﨑康晃が打ち込まれ、まさかまさかの逆転負け。
チームは今シーズン4度目のサヨナラ負け。
山﨑康晃に負けが付いたのは、4月13日ハマスタ・タイガース戦以来。

チームは3連敗。
だが、7月を12勝8敗1引き分けで終えた。

週明けのハマスタは、YOKOHAMA STAR NIGHT 2017。
今年で6回目となる一大イベントだ。

2012年。新球団出発の際に盛大に始まったこのイベント。

入場時に配られる限定ユニフォーム。
夜空を青く染め上げる記念グッズ。
試合終了後の大花火ショーに、前半戦を振り返るドキュメントムービー。

だが、球団の派手な仕掛けに、チームの実力が追いついていかない。

毎年8月の3連戦で行われるこのイベントで、チームが初勝利するまでなんと3年かかっている。

ふがいない試合ぶりに、多くのファンがそのグッズを、試合後フィールドに投げ入れてしまう場面もあった。
それを拾ったのは、皆に愛される球団公式マスコットDB.スターマンたち。

こんな悲劇、二度と繰り返してはいけない。

2014年8月9日。
スタナイ8戦目にして初勝利。勝利投手はギジェルモ・モスコーソ。セーブはエンジェルベルト・ソトについた。

ここからの3年間のスタナイは、すべて2勝1敗。

チームの実力に比例して、このイベントは験のいいものになってきた。

「一人ひとりが星のように輝いてチームも、街も元気になる」

2016年のスタナイでは、初戦で山﨑康晃が涙の降板。
だが、2戦、3戦を、三上朋也がセーブで飾っている。


上昇気流が止まったかに見える、ベイスターズ。

だが、誰かがつらい時、結果が出せない時、それをリカバリーする力を発揮してきたのが今年のベイスターズだ。

何度も苦しい思いをして、乗り越えてここまできた。

勝負の8月が始まる。


Let's Go BAY    不器用で
かっこ悪くても 選手を信じ 声を枯らし
Let's Go BAY    変えてゆく!
俺たちが変える!!
想いよ届け! 君のもとへ

熱く! 熱く!熱く!
立ち上がれ!!


ハマスタを青く、熱く、勝利の色に染めよう!

THIS IS MY ERA.

7/29
B1-5G
勝  菅野
負  井納

初回に奪われた4点が響き完敗。
またもやジャイアンツ・エースの菅野にしてやられた。
チームは7月6日~7日以来の連敗。

嫌な流れを止めるべく、この男が東京ドームのマウンドに立つ。

7月19日に開催された「三浦大輔さんトークライブ」(横浜市西公会堂  日刊スポーツ新聞社主催)。

「横須賀(ファーム)で期待している選手は?」とのファンからの質問に、ハマの番長は迷うことなく彼の名前を挙げた。

1996年生まれ。新潟県上越市出身。
日本文理高校から、2014年ドラフト7位でベイスターズに入団。

6月19日のデビュー戦は、雨天中止の振替試合でチャンスがまわってきた。
7月4日の故郷新潟での凱旋登板は雨で流れた。
2代目ハマの雨男なのかも知れない。

恵まれた体格。
豪快な投球フォーム。
ピンチでも顔色一つ変えない度胸の良さ。

ドラフト下位指名ながら、チーム内の競争を勝ち抜き、若くして一軍先発マウンドのチャンスを掴んだ。
彼こそ三浦大輔の後継者だ、との期待は大きい。

母校は、彼の代以来3年ぶりの甲子園出場を決めた。

後輩にエールを送るためにも、
チームの勢いを止めないためにも、
まずはプロでの1勝が欲しい。


戦うぞ
闘志みなぎらせて
勝利の海
ゆくぞ  ベイスターズ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号30。
飯塚悟史。

上越の星から、ハマのエースに。
皆が勝利を待っている。

THIS  IS  MY  ERA.


7/27
B3-10T
勝 岩田
負 石田

8回の攻防が明暗を分けた。
かつてのベイ戦士・桑原謙太朗の前にチャンスを作るも、逆点ならず。

その裏、中継ぎ陣が打ち込まれ勝負あり。

連勝が止まってしまった。

雨の降りしきる甲子園球場は、7回裏に40分に及ぶ中断があった。

その難しいマウンドを、3者凡退で切り抜けた男がいた。


1989年生まれ。愛知県新城市出身。
常葉菊川高校のエースとして、春の選抜優勝。夏の選手権大会でベスト4。
輝かしい実績を評価されて、ベイスターズに高校生ドラフト1位で指名され入団。

球団は将来のエースにとの期待から、ハマの番長・三浦大輔がかつて背負った背番号「46」を与えた。

だが、そこからが苦難の始まりだった。

怪我もあり、一軍に定着できない。
毎年、将来有望な選手が入団してくる中、そのまま埋もれてしまうかに思われた。

転機は2015年。セットアッパーとして覚醒。オールスターゲームにも出場。

2016年は、須田幸太、三上朋也と、最強のブルペン陣を結成。
球団初のクライマックスシリーズ進出に大きく貢献。

1stステージ第3戦では、代走の神様・鈴木尚広から牽制死を奪った。
このビッグプレーが、ファイナルステージ進出の大きな原動力となった。

そして迎えた2017年シーズン。
この3人が、昨年の勤続疲労からか、思うように活躍できなくなってくる。

彼も、同点もしくはビハインドの場面での登板が増えた。

この日も、1点ビハインド。しかも、雨。
西岡剛の打席の途中で、40分間の中断となった。

いつ心が切れてもおかしくない状態。
どう考えてもピッチャー不利な状況。

だが、彼は投げきった。

残念ながら、後輩たちが打ち込まれてしまったが、彼のマウンドでの戦う姿勢は、明日以降のブルペン陣の希望になったはずである。


記録にも、記憶にも残らないかもしれない活躍。

だが、野球は団体競技。

シーズンを通した総合力の最も優れたチームにのみ、栄冠は輝く。
そのためには、陰に隠れた見えない力が必要だ。

炎のリリーバー・須田幸太の二軍調整が続く中、選手会長・三上朋也ともにブルペン陣の精神的支柱として、彼は背中で皆を引っ張っていってくれるはずだ。


心をひとつに 共に歩もう
すべての力合わせて 共に闘おう
どんな時も夢めざし 共に輝こう
心をひとつに
心をひとつに

横浜DeNAベイスターズ。
背番号46。
田中健二朗。

勝負の夏の真っ最中。
寡黙な男が栄冠を勝ち取る。

THIS IS MY ERA.

7/26
B6-5T
勝 ウィーランド
負 小野
S 山﨑康

お互いエラーが得点にに結びつく嫌な展開。
追いすがるタイガースの攻撃を何とか凌ぎきり、単独2位浮上。

しかしこの試合、これまでのベイスターズなら間違いなく落としていた。

9回裏1アウト1塁。ベイスターズマウンドには、我らが守護神。

宮﨑敏郎の守備固めで入ったはずの山下幸輝が、サードゴロゲッツーを悪送球。ここでゲームセットのはずが、この後タイムリーが飛び出し、1点差。

バッターボックスには福留孝介。
ドラゴンズ時代から、やられてきた思い出しかない。

昨年春の松山坊ちゃんスタジアムのスワローズ戦でも、同じようなシーンがあった。
味方のサードゴロエラーの後、彼は打ち込まれサヨナラ負けを喫した。

だが、この日は違った。

この大ピンチで、百戦錬磨の大ベテランを見事空振り三振に斬って取った。

2014年ドラフト1位で、亜細亜大学からベイスターズに入団。

2015年開幕より、ルーキーながらストッパーとして破竹の快進撃。
新人セーブ記録を次々と塗り替えていった。

だが、皆が心配した。

ドラゴンズ・与田剛。
ホークス・三瀬幸司。

かつて、ルーキーからストッパーで活躍した選手は、短命だったからだ。

案の定、彼はルーキーイヤーでも、昨シーズンも夏場に失速。
今シーズンに至っては、春先から中継ぎ降格の屈辱も味わった。

もう、だめなのか。
あの豪速球は、見納めなのか。
あの魔球ツーシームは、見納めなのか。

だが、彼は這い上がってきた。

7回を任されると、15試合すべてを無失点。1勝11ホールドを記録。

見事、実力で9回のマウンドを取り戻した。

25日のゲームでは、3者連続三振。
26日のゲームでは、味方のエラーにも動揺せず、リードを守りきった。

壁を乗り越えてきた男は強い。
苦難を乗り越えた人間は負けない。

君が、俺たちのストッパーだ。

横浜DeNAベイスターズ。
背番号19。
山﨑康晃。

試合後のダグアウトには、彼の100万ドルの笑顔。

成長していくストッパーが、仲間と共に、横浜の時代を切り開く。

THIS IS MY ERA.


2017年7月25日(火)
今年初の夏季休暇を取った。
1学期が終わったらステーキを食べに行こう、と家族で約束していた。
この日の夕方、近所のステーキハウス・ケネディ長原店に。

「いつ以来だっけ?」との問いに記憶がよみがえる。
2014年の春以来だった。

様々な記憶がよみがえってきた。

心の病を患っていた私は、おそらく人生でもっともどん底の期間にあったと思う。

ならば、せめて家族で月に1回でも外食をしよう。肉でも食べよう。
そうして食事に出かけたのが、3年前の春の土曜日だった。

当時、かなりひどいパワーハラスメントを受けていた。

その事業所に異動になる直前、その上司のことを誰1人良く言う人がいなかった。

四角四面の彼は、自分が決めたやり方以外の仕事の進め方がわからない。
女性を怒鳴りつけることもしばしば。

心の病を患っていたとはいえ、元来、人の話を聞くことは苦にならない私のもとに、様々な相談事が集中してくる。
この上司への不平不満も、これでもか、これでもかというほど上がってきた。
それが、彼には気にくわない。

私は、然るべき所へ相談したが状況はいっこうに改善していかない。

そしていろんな所に向いていた彼の異常な攻撃衝動が、私に集中してくる。

ただでさえ、モンスタークレーマーの相手に疲れ果てて異動させられた職場。
心の病を理解できないゆがんだ上司の暴言の数々に、心の病は回復の度合いを見せない。
「闘争圏外だ」と言われたこともあった。

ステーキを食べた週末。
週明け出勤すると、人事担当者が私の事業所にやってきた。

これまで、繰り返し繰り返しパワーハラスメントの実態を訴えてきたが、暖簾に腕押し。

「今の君は仕事のパフォーマンスが発揮できていない。休職して気力体力を回復してくるように」
「私も詳しいことはわからないが、リワークというものがあるらしい。探してみてほしい」

休職勧告だった。
全く納得ができなかった。
だが、言われたとおりにする以外に当時の私に道はなかった。

勝ち誇ったように醜い笑顔を浮かべるこの上司の不気味さを、私は生涯忘れることはないだろう。
(後に、状況証拠から人事担当者が、私の相談事を『両方の意見を聞くため』と称して彼に漏らしていたことが判明する)

2014年4月末。
「メディカルケア虎ノ門」という病院を自力で探し出し、リワークプログラムに申し込んだ。

治療を受け、プログラムを実施していくうちに、このような理不尽が世の中にたくさんまかり通っていることを知る。

しかし、最終的には、様々な方策を講じた上で、本人のレジリエンス、回復する力を育てていくことが究極であることも知った。

今まで、我慢して耐え抜いてきたことが嘘のように、自分を取り戻していくのがわかった。
自己肯定感ーーこれまでの自分の築いてきたものに加えて、新しい人生の武器を身につけていく感覚があった。

共に復職を目指す新しい仲間もできた。
アサーション。認知行動療法。3カウント法。悩みの外在化(見える化)。

どんな状況になっても戦っていける知識と智恵と自信と体力がついた。

2015年2月 人事異動が叶い、別の部署で復職。
2016年7月 5年間お世話になった、カウンセリングが終了。
2017年1月 寛解。心の病そのものの治療が終了。
2017年7月    かつて途中で投げ出してしまった4年に1度の一大プロジェクトを見事に乗り切った。

そして、この日のステーキだった。
実にうまかった。
勝利の味がした。

冬は必ず春となる。
もう、真夏だけど。
そして、また冬が来たとしても、乗り越えていける気がする。


7/25
B1-0T
勝 今永
負 岩貞
S 山﨑康

今シーズン最もハイレベルな左腕対決を制して、2位浮上。

8回は、三上朋也が3者凡退。
9回は、山﨑康晃がタイガース打線を3者連続三振で斬って取り、4万8000人の大観衆を静まりかえらせた。

甲子園の夜空に「熱き星たちよ」が響き渡る。

決勝のホームランを放ったキャプテン・筒香嘉智は、この日の勝利投手にヒーローインタビューを譲った。

「投手が5点取られたならば、6点取ってくれる。打者が1点しか取れないなら、0点に抑える。今のチームは本当に勢いがあります」
凛々しい表情で、彼は語った。

2016年4月29日。
甲子園球場。
デビューからいいピッチングを続けるも、ここまで0勝3敗だった彼は、目の覚めるようなピッチングをする。
6回2/3を投げて14奪三振。
奇しくもこの日も、岩貞祐太と投げ合っていた。
だが、陽川尚将に2ランホームランを浴び、敗戦投手に。

「三振を取れる投手ではなく、勝てる投手がいい投手。力のない人間は練習するしかない」
彼はこう語り、一切の言い訳をしなかった。

投げきった後に発する彼の言葉の数々。
ファンはいつの日か、彼をこう呼び始める。

「投げる哲学者」と。

またある日にはこのように語っている。
「『援護点がない』というのは防御率0点台の投手が言うこと。僕の力不足です」

この日の快投で、7月の月間防御率は1.07。

言葉と実力が兼ね備わり、新たな歴史を築き上げようとしている。

左腕がうなれば
狙いは外さない
ピンポイントの技
攻めろ 攻めろ 昇太

横浜DeNAベイスターズ。
背番号21。
今永昇太。

智勇兼備の左腕が、チームを優勝に導く。
THIS IS MY ERA.


2017/07/19(水)
「三浦大輔さんトークライブ」⑥=終
会場:横浜市西公会堂
主催:日刊スポーツ新聞社
MC:南隼人氏

南 「今日は、皆さんいろんなユニフォームやタオルをお持ちくださいました。ここで、掲げて頂けますか!」
三浦「いろんなユニやタオルがあるなぁー。ありがたいなぁ」

南 「ところで今日は、ここに来るまでどんなふうに過ごされたんですか?」
三浦「娘を車で送っていって、アッシーだよ」
南 「その例え、古いですよ」(笑い)
三浦「ジム行って、汗流してね」
南 「お、鍛えていらっしゃるんですね」
三浦「現役時代とは比べものにならないけどね、何もしないのもね。あとは、ゴルフの打ちっ放しに行って、着替えてここに来たよ」

南 「ここからは、抽選会です。日刊スポーツさん特製のキーホルダー10組20名、サイン色紙10組20名です。最後に特別なプレゼントもありますよ。楽しみにしていて下さい。まずは、キーホルダーからです」
三浦(入場券&抽選券を引いて)「334番!」
けんた&光弘(二人して手を上げて)「やったーーーっ!」
三浦「おっ、いいリアクションやね」(笑い)

(けんたくんと筆者、キーホルダーが当たり、大はしゃぎ)

南 「続いて、サイン色紙の抽選です。当たった方の質問にも答えていきますね」
観客「三浦さんはいつも、どんな気持ちでマウンドに上がっていましたか?」
三浦「Hit it,if you can.打てるもんなら打ってみろ、の気持ちでした。でも、こう言い続けて、打たれ続けたという投手人生でしたね」

観客「プロ野球選手になるには、どうしたらいいんですか?」
三浦「どうしたら……。一番難しい質問やなぁ。練習しかないなぁ」

南 「次の方は遠慮をして挙手されないので、私が代読します。『ベイスターズに戻るとしたら、コーチですか? 監督ですか? GMですか?』」(笑い)
三浦「おい、GMなんて書いてないやろ!(笑い) どんな形でも、チームに貢献したいと思っていますよ」

観客「今、一番楽しいことは何ですか?」
三浦「今はね、毎日楽しいですよ。でもね、辞めて思ったのは現役時代のプレッシャーは本当に凄いものだと。休んでいても休んだ気がしない。引退した今だから、わかる。だから、現役の選手たちの苦労というか、そういうのをわかってあげてほしいな、と思いますね」

南 「では、特別プレゼントです」
三浦「おお、楽天の南さんから」(笑い)
南 「やめてくださいよ(笑い) FM YOKOHAMAで『ミナミスポーツ』という番組をさせて頂いているんですが、このポスターに三浦さんにサインを入れて頂きます!」(大拍手)
三浦「おお、番組呼んでよ」
南 「これが、ねぇ」(右手の親指と人差し指でわっかを作って苦笑い。ギャラが高いというジェスチャー)(笑い)
三浦「おい、人聞きの悪いこと言うなよ!」(笑い)
南 「三浦さんと一緒にサインさせてもらいました。初めてですね。リアルに嬉しいです」

(最後、ベイスターズのユニフォームにその場で、三浦さんがサインを入れて、当選した親子に手渡し、男の子には着させてあげていた)

南 「楽しい時間を過ごして参りましたが、最後に三浦さんから挨拶をお願いします」
三浦「本当にありがとうございました。引退してから、まさかこんなたくさんのお客さんが来て頂けるとは、思っても見ませんでした。本当に楽しい時間でした。これからは、テレビでも解説します。ハマスタやいろんな球場などでお会いする機会があったら、気軽に声をかけてください。あと、しょーもない意味不明なブログをやっています。気軽に見て下さい。ベイスターズだけでなく、野球界全てのために力になりたいと思っています。あと、あいつ(山口俊)のこと、一言だけ。正直、言いたいこといっぱいあります。ハラたって仕方ないし、直接言葉をかけてやりたい。でも、あいつ、根はいいやつなんです。どういう状況かもわからないし、これからどうなるかわからないけど、謝るべきは謝ってきちんとしてもらいたいと思います。皆さんには、また球場に来てほしい。プロ野球を盛り上げてほしいです。先日、アメリカに行きましたが、皆さん球場を愛していました。ハマスタもその雰囲気に近くなっていると感じています。僕自身も、日本の野球界のために頑張ります。ヨロシク!」

(矢沢永吉の「止まらないHa~Ha」にのって退場。入場時とは、別の通路からファンとハイタッチしながら)

南 「皆様、今日は本当にありがとうございました。最後に一つだけお知らせです。私も近いうちに、ハマスタのベイスターズ戦の実況をさせていただくことになりました!(拍手) これからも、宜しくお願いします。本日は、大変にありがとうございました。ちなみにハマスタは7回裏、3-3の同点に追いつきました」(笑い、歓声)


(以上、トークライブ終了)