8/4
B13-3C
勝 石田
負 高橋樹
首位カープに大勝。
先発・石田健大は、初回3点先制されるも徐々にペースを上げて6回3失点。
カープ戦はデビュー以来4連勝。
左腕のピッチングを支えた打撃陣からヒーローインタビューに呼ばれたのは、
ハマの元気印・桑原将志と、引退のピンチからベイスターズに移籍して生き返ったこの男だった。
引退勧告からのコーチ就任要請といえば思い出すのが、カープの打撃コーチとして緒方孝市監督を支える石井琢朗だ。
ベイスターズ不動のショートストップとして、走攻守3拍子揃ったチームリーダーとして活躍。
横浜に石井あり。
ベイスターズと言えば琢朗。
本人も、ファンも、ベイスターズを愛するすべての人が、彼は生涯横浜なのだと思っていた。
2008年シーズン。
最下位を独走するなか、若手の育成との名目から、彼の出場機会が少なくなってくる。
かといって、代わりに出ていた若手が結果を出していたわけではない。
ボロボロになるまで横浜のユニフォームを着たかった琢朗。
引退してのコーチ就任を要請する球団。
交わることのない話し合い。
横浜の宝・石井琢朗はこうしてベイスターズを去っていった。
シーズン終了後に、彼は横浜スタジアムを自費で借り切って、「琢朗ありがとうの会」を開催している。
「ここに念みたいなものを残しました」
「広島で優勝できるようにがんばります」
貴重なベテランとして。
兼任コーチとして。
引退後は、監督を支え、選手を叱咤激励する名コーチとして。
強いカープに、石井琢朗あり。
この日、ヒーローインタビューに立った彼も、愛するスワローズでのコーチ就任よりも、新天地・ベイスターズでの現役続行を望んだ。
チームに溶け込み、若手の良き見本となり、堅実でチャンスに強い打撃と確実な守備で、好調ベイスターズを支えている。
すでにお立ち台の常連になっている彼の勝負強さが、これからより一層光ってくるだろう。
新しい応援歌には、活躍の舞台を与えられた新天地での思いと喜びと決意が凝縮されている。
強気でどんな球も
しぶとく打ち返せ
さあ行こう 横浜で
輝けよ 浩康
横浜DeNAベイスターズ。
背番号67。
田中浩康。
修羅場を潜り抜けてきた男の本領発揮の時は今。
優勝へ、駆け抜けよう!
THIS IS MY ERA.
