2017/07/19(水)
「三浦大輔さんトークライブ」⑤
会場:横浜市西公会堂
主催:日刊スポーツ新聞社
MC:南隼人氏

南 「質問 これまで着てきたユニフォームの中で、一番好きなものは?」
三浦「今のDeNAのも好きだし、大洋ホエールズのも好きだったよ。真っ白で胸に『B』ってのも好きだったな」

南    「質問    横須賀(ファーム)で一番注目している選手は?」
三浦「飯塚(悟史)。将来楽しみだね。いい球投げてるし、マウンド度胸がいいよ。インコースへの投げっぷりとかね」
南    「だから、雨男なんじゃないんですか?」
(観客)「あーーーっ」(納得の声)
 三浦「こじつけやろーーっ」(笑い)

(飯塚投手は、雨天中止の振替試合(6/19横浜スタジアム)でプロ初先発のチャンスが巡ってきた。地元新潟での予告先発(7/4ハードオフエコスタジアム新潟)が発表されたが、雨天中止となった)

南    「次の方は11番です……」
三浦「ヒソヒソ言うなーーっ」(笑い)
南    「三浦大輔トークライブですからね」(笑い)

南    「質問    最強打者ベスト3を教えてください」
三浦「まずは別格でイチロー。松井秀喜。前田智徳。荒木雅博」
南    「良く打たれましたもんねぇ」
三浦「どんだけ2000本安打に貢献したか!(笑い)    でも、2000本安打達成の時は、お花を贈ったよ」
南    「他のバッターには、バックスクリーンにも打たれましたね」
三浦「いっぱい打たれたねぇ。柳田悠岐。カブレラ。あと、ヤクルトのベバリンな。開幕で打たれたね。相手ピッチャーなのにな」

南    「続いては18番。おっ、少年ですね。本人に質問してもらいましょう」
少年「怪我した時はどうやって克服して来ましたか?」 
三浦「まずは、怪我を直すことだけ考える。トレーナーさんの言うことを良く聞いて、しっかり食べて、しっかり休んで。そして、必ずマウンドに戻るんだという強い気持ちでのぞんでました」 

南   「またも、男の子ですね。直接本人にマイクをお渡ししましょう」
少年「ストライクが入らない時はどうしますか?」
三浦「そういう時は、体が正面を向いているもんなんだ。ピッチングは体をひねって、まわして投げるイメージでやってみるといいよ」
南    「さすが、投手兼任コーチ。わかりやすいですね」

南    「質問   引退後はいろんなテレビ番組に出られてますが、会って嬉しかった有名人はいますか?」
三浦「そう言えば、今夜放送のダウンタウンさんの番組に出させて貰ったんです。本番前に控室の前の溜まり場みたいなところで、浜田雅功さんが気さくに声かけてくれたのは嬉しかったですね」

南    「質問    お料理番組にも出られてましたが、家でお料理はされますか?」
三浦「基本しませんね。前に大きな魚を頂いたことがあったんですが、僕も女房も上手くさばけなくて、身がこんなにちっちゃくなってしまってね。料理をやろうとしても、女房に止められます」

南    「最後は会場の方から直接伺いましょう。では、大きい声の後の方のお父さん、お願いします」
観客  (マイクのいらない大きな声で)「競馬は何頭持ってますか?」
三浦「リーゼントロック、リーゼントブルースの2頭です」
南    「そこら辺は、ブログを読んで頂けると……」 (笑い) 

(質問コーナー終わり) 

(トークは更に続く)


2017/07/19(水)
「三浦大輔さんトークライブ」④
会場:横浜市西公会堂
主催:日刊スポーツ新聞社
MC:南隼人氏

南 「ここからは、質問コーナーです。皆さんには事前に入場券に質問を書いて寄せて頂きました。頂いたものを何も見ないで、この箱の中に入れています。どんな質問が出るかわかりません」
三浦「こわいなー」
南 「○○番の方って、番号で呼びますからね」

南 「質問 娘さんと仲がいいみたいですけど、どんなところにでかけますか?
三浦「そう思っているのは、俺だけかもね。競馬場とか牧場。動物を見に行きます(笑い)。ま、それは冗談として、たまに買い物とか行くよ。もう二十歳だからね。友達といる方が楽しいはずだよ。この間も、ディズニーランド行ってたよ。俺も行きたいなぁ」
南 「えーっ、耳とか着けるんですか?」
三浦「おう、着けるよ(笑い)。お土産にポップコーン買ってきてくれたよ」
南 「ポップコーンを首からぶら下げてね」(笑い)

南 「質問 将来、ベイスターズのユニフォームを着るとしたら、背番号は何番がいいですか?」
三浦「特にないよ。何番でもいい」
南 「ねぇ、ベイスターズに戻りますよね!」
三浦「おう、戻りたいよ。呼んでくれるならね」(拍手)
南 「戻った時には、ニッカン1面ですね」
三浦「でも、ホントに背番号は何番でもいい。こだわりはない」
南 「18は、横浜ナンバーになってますからね」

南 「質問 引退に後悔はありませんか?」
三浦「ないです。悩んで悩んで出した結論だから」

南 「質問 黒羽根利規にメッセージを!」(大拍手)
三浦「頑張れ! しかない」(更に大拍手)
南 「三浦大輔トークショーで花束を送った野球少年が、ベイスターズでバッテリーを組む夢を実現して、ノーヒットノーラン直前までいったのに・・・・」
三浦「俺は、登板する度に目指してたからね、完全試合。あの日も5回からやるよ、とバネと話していた。9回に打たれて、完封もなくなり、負けるかと思ったよ。2-1で勝ったけどね」
南 「で、アンコールヒーローインタビューで黒羽根が『この人、持ってないです』と」(笑い)
(2012年5月12日タイガース戦。黒羽根利規とバッテリーを組んで8回までノーヒットだったが、9回先頭打者の桧山進次郎にヒットを打たれる。試合は完投勝利)

南 「質問 ヤクルトで現役復帰を」
三浦「ごめんなさい」(笑い)

南 「質問 昨年引退を決断されるよりも前に、引退を考えたことはありましたか?」
三浦「よぎったことは、何度かあった。一番最初は、2010年のオープン戦。東京ドームのジャイアンツ戦でホームラン8本ぐらい打たれて。もしかしたらと、頭をよぎったのはこの時が最初かな」

南 「質問、というよりはこれはメッセージですね。『三浦さんに憧れてずっと野球を頑張ってきました。高校野球を引退して、今は消防士になりました。三浦さんのおかげです。本当にありがとうございました』」(拍手)
三浦「こちらこそ、ありがとうございます。ホンマ、うれしいですね」
南 「仕事と言えば、ドラフトでもし指名されていなかったらどうされてましたか」
三浦「社会人野球の内定をもらっていたんよ。実家は花屋だったけど、その大変さが俺にはわかる。だから家業は継いでないな」

(質問コーナーは、さらに続く)


7/23
B8×-6G
勝  山﨑康
負  高木勇

両軍取って取られての乱打戦。
ノーガードの殴り合い。

何かが起こる真夏のハマスタ・ジャイアンツ戦は、劇的な幕切れ。

我らがキャプテンの豪快なサヨナラアーチで試合が決まった。

和歌山県橋本市出身。
関西の強豪高校の強い誘いのある中、彼は横浜高校の門を叩いた。

1年生から才能を見いだされ、4番に座る。
3年生では、キャプテンとして最後の甲子園に挑んだ。

2009年7月26日。
神奈川県大会準々決勝。
横浜スタジアム。
横浜vs横浜隼人。

9回表、彼はチャンスで凡退。
10回裏、彼のエラーをきっかけにサヨナラ負け。
キャプテンの彼は責任を背負い込み、人目憚らず号泣した。
夏のハマスタには、苦い涙の記憶がある。

横浜高校が、今年もハマスタにやってくる。
ハマスタを高校球児に明け渡すベイスターズは、最高の形を作った。

高校時代の涙を乗り越え、日本を代表するバッターになった彼の応援歌が、横浜の夜空に響き渡る。

横浜の空高く
ホームランかっ飛ばせ  筒香
さぁ打て  筒香
飛ばせ空の彼方
横浜に輝く大砲
かっ飛ばせ  ホームラン
GO  GO  TSUTSUGOH!

横浜DeNAベイスターズ。
背番号25。
筒香嘉智。

優勝するのは、ベイスターズだ!
THIS  IS  MY  ERA.


7/22
B1-3G
勝  菅野
負  飯塚
S  マシソン

ジャイアンツのエース菅野智之に捻られ、連勝ストップ。
だが、リリーフ陣の奮闘に、最終回の粘り。チームの勢いは止まっていないはずだ。

そして、この日の先発マウンドには20歳の若武者がいた。

1回表には、味方のエラーから村田修一に3ランホームランを浴びてしまう。
出会い頭の交通事故のような一撃から見事に立ち直り、6回3失点と試合を作った。

長身から投げ下ろす直球。
ダイナミックな投球フォーム。
自信満々に投げ込む姿は、ハマスタのマウンドに実に良く合う。

大きな可能性を感じさせるのだ。

デビュー戦では、バファローズの金子千尋。
この日の試合では、ジャイアンツの菅野智之。
セ・パ両リーグを代表する投手と互角に投げ合えた事は大きな財産になるはず。

だからこそ、次は勝ちたい。
マウンドに上がってしまえば、若手もベテランもない。
きっとそれは本人が一番分かっているはず。

だからこそ、大きな声援を送り続けたい。


戦うぞ
闘志みなぎらせて
勝利の海
ゆくぞ  ベイスターズ

横浜DeNAベイスターズ。
背番号30。
飯塚悟史。

悔しさを闘志に。
次の勝利のために。

THIS  IS  MY  ERA.

2017/07/19(水)

「三浦大輔さんトークライブ」③

会場:横浜市西公会堂

主催:日刊スポーツ新聞社

MC:南隼人氏


南 「紙面を使っての最後は、評論家の初仕事。順位予想です」

三浦「これは、本当に困った!」

南 「ベイスターズは2位。これ横浜パシフィコのイベントで発表して、大ブーイングでしたね」

三浦「まぁ、真剣に考えたからね。でも難しいし、やりにくいよ」

南 「パ・リーグの優勝はソフトバンク。2位はロッテ.....」

三浦「だから、皆さんこの仕事は嫌がってるね。当たるわけないし」


南 「あと入り口でお配りした日刊スポーツさんのチラシご覧ください。高校3年のときの写真です」

三浦「題字も書かせてもらいました。字、へたくそなんやけどね。このグローブは日本ハムで活躍された津野さんから頂いたものなんです」

南 「奈良県予選の天理高校戦ですね」

三浦「そう、1-3で負けた。その日も雨やった! 中断明けに打たれて負けたんよ」

南 「高校時代からの雨男だったんですか!」


南 「次に入団会見の写真です」

三浦「斎藤隆さんが1位で一番前やね。須藤監督が埋もれとるな」


南 「北九州での初勝利の写真です。あの名言『女の子と云々』は、試合後の囲み取材とかでですか?」

三浦「いや、ヒーローインタビューで」

南 「あんなことヒロインで! 今永さんに教えてあげたい」(爆笑)

三浦「あれはもう哲学者やね。でもね言ったんよ。お客さんを喜ばすことを言えと。三嶋、筒香にも言ったな」

南 「それで、先日のヒロインで今永投手は『優勝するのはベイスターズだよ~~』って」(笑い)

三浦「うかれてたな」


南 「続いて日本シリーズ」

三浦「うん、胴上げは手伝った」(笑い)


南 「2004年アテネオリンピック」

三浦「中畑さんやったな。侍ジャパンつながりで、今年のWBCの前にイベント呼ばれたな」

南 「私が司会させていただいて、三浦さんに、中畑さん」(笑い)

三浦「20分の持ち時間で18分あの人がしゃべっとったな」(笑い)


南 「ギネスブックに載った24年連続ヒット。ところで、8番三浦ってありました?」

三浦「あったよ。8番三浦。9番細山田とか」(笑い)

南 「都市対抗野球でがんばってますね」(拍手)

三浦「でもね、ウィーランドとかバッティングがいいピッチャーならいいじゃないかな」


南 「そして、引退胴上げです。引退された後でご覧になる今年のベイスターズは、いかがですか?」

三浦「先発ががんばってるよね。ヤス(山﨑康晃)も中継ぎで成長した。昨日なんかも、もうちょっとすんなりいこうぜ、と言ったけどね」

南 「そこが応援したくなるんですよね」


(写真コーナーはここまで。続いて来場者から寄せられた質問に答えるコーナー)


(続く)



7/21
B3-3G
(延長12回引き分け)

勝てなかった。
だが、負けなかった。

防御率リーグトップのジャイアンツ田口麗斗から、3点ビハインドを追いつく粘りの野球。
延長の痺れる投手戦も、救援陣が踏ん張って引き分けに持ち込んだ。

この日試合を決め切れなかった打撃陣にあって、5打数5安打と猛打を誇ったのは、頼れるハマの4番だった。

どっしりとした広いオープンスタンス。
滑らかなスイング。
失投を逃さない選球眼。

そして、若い選手たちから兄のように慕われるその人間性。

クライマックスシリーズを控えた2016年9月。
月間MVPを獲得する活躍を見せた彼と、球団はいち早く2年契約を結んだ。
彼の流出阻止が、ベイスターズ最大の補強であったといっても過言ではない。

11球団から徹底的にマークされるキャプテン筒香嘉智を3番に据える仰天のアイデアも、彼の存在があったればこそ。

その存在感を、私の友人はみなとみらいの象徴・横浜ランドマークタワーに例えた。
横浜の街を護り見下ろす安定した重厚感は、今のベイスターズに欠かせなくなっている。

「チームもファンもスタジアムも大好きだ。そして、この目で2020年のオリンピックを見届けたい」

これまでも。
これからも。
あなたがいれば、ベイスターズは大丈夫だ。

勝負がかかる
痺れる瞬間
流れを我らに
アニモ ロペス

横浜DeNAベイスターズ。
背番号2。
ホセ・ロペス。

勝利を我らに。
I☆YOKOHAMA!

2017/07/19(水)
「三浦大輔さんトークライブ」②
会場:横浜市西公会堂
主催:日刊スポーツ新聞社
MC:南隼人氏

南 「では、まずはドラフト指名の翌日、1991年11月23日付です」
三浦「1面は若田部(元ダイエー→横浜)さんかぁ」

南 「で、中面の指名選手一覧に初々しい坊主姿の写真が載ってます。拡大してみましょう」
三浦「ほーー」
(と、拡大された写真を見て突然)
三浦「あーーー、あかんあかん。ダメやこれ。実家の住所が載ってる。しかも番地まで載ってるやん」
南 「昔は、選手名鑑にもばっちり載ってましたもんね。時代ですねぇ」

南 「続いて、プロ初勝利。1993年9月5日付。『大沢(親分)怒った』が目立ってます。その下に『19歳の新星登場』と出てます」
三浦「よう覚えとるよ。あとちょっとで完封というところで、代打金本さんにカーブをホームラン打たれた。金本さんの引退試合も登板してるし」
南 「で、こんなコメント出してます。『緊張はしなかったですね。緊張するのは女の子と話する時だけ』」
三浦「プロ初勝利で、しょーもなーこと言っとるなぁ」

南 「続いて1997年。ニッカン1面。三浦完投。背番号46ですね」
三浦「優勝した年に背番号18にしてもらったからね。この年、あとちょっとまでヤクルト追い詰めて、石井一久にノーヒットノーラン喰らったんよ」

南 「1998年10月。横浜優勝。甲子園球場です」
三浦「この年は、神奈川の年やったんよ。高校野球、駅伝、サッカー、ラグビー、みんな優勝したからね」

南 「そして、日本一の時の1面です」
三浦「あ、日本シリーズね。僕も見てました(笑)。胴上げには参加したよ(笑)」
(番長は1998年の日本シリーズ第3戦に登板。敗戦投手になっている)

南 「2002年。横浜1勝。シーズン初勝利の時ですね。この年の1面はこれだけです」
三浦「まぁ、成績が成績やから、しょうがないわな」
(この年からベイスターズは、3年連続最下位)

南 「2005年。完封で10勝」
三浦「記事ちっちゃ」
南 「皆さん、中面も読んで下さいね」

南 「2008年。FA残留会見。『まるで謝罪会見』との見出しです」
三浦「あぁ、今日じゃなかったらなぁ。いろいろ言えんねんけど」
南 「でもね、これで永遠番長になったわけですからね!」(大拍手)
南 「で、引退した後はタイガースファンに戻ったと」
三浦「いやいや、今はプロ野球全体のファンです」

南 「2016年8月。24年連続安打ギネス認定です」
三浦「これも、『ネットで筒香』の記事に完全に負けとるな」
南 「皆さん、ネットで試合を見てくれていますからね」

南 「2016年9月21日。『番長さらば』。そして『永遠番長』の全面広告ですね」
三浦「これね。今だから言えるけど、ハマスタのマウンドで撮ったんですよ。引退決めて発表するまでのわずかの間で。夜中にまわりを囲んで、フタもしてね。18のユニ着てね。上から傘差して。何球かホントに投げてね。超極秘で撮った。本当に引退決めてからですよ」
南 「ランドマークタワーの記者会見も土砂降りでしたね」
三浦「晴れたらきれいなんだろうなぁ、と思って窓から外見てたよ」
南 「この中で、引退試合行った人?」
(たくさんの手が上がる)
南 「引退試合のチケット取るのに、皆さんどれだけ並んだか! ホントに雨男。登板日と天気並べてみたいな」

南 「2016年9月30日付。『番長ボコボコ119球』」
三浦「この黄色の『ボコボコ』だけ目立つな-」
南 「この日は1~3面すべて番長です」
三浦「本当に幸せでした。最高の形で送り出してもらった。次の日の新聞全部、家族が買いに行ってくれてね。スタジアム出たのは夜中の2:00過ぎで。スタッフのみんなが見送ってくれた。で、こんなんでいいのかな?」
南 「大丈夫です。いろんなところでトークショーやらせてもらってますけど、いつもうけてますよ!」

(紙面を振り返るコーナーはここまで。次は、写真で振り返る番長の歴史)

(続く)




「三浦大輔さんトークライブ」に行ってきた。

当日の模様を、記録もかねてここに。

2017/07/19(水)
「三浦大輔さんトークライブ」①
会場:横浜市西公会堂
主催:日刊スポーツ新聞社

まずは、MC:南隼人氏が登場。
大歓声。

かつてのハマスタスタジアムDJの名調子
「トニ・ブゥーーーーーーーーーーーーランコゥ」
を披露し、やんやの歓声。

そして、「止まらないHa~Ha」(矢沢永吉)をBGMに、三浦大輔登場!

会場後方より、通路側の観客とハイタッチを交わしながら入場。

オーラが凄い!

(トークここから)

三浦「今日試合ですよ。皆さん、いいんですか」
南 「最近は、ハマスタチケット取れないから、それで皆さん来て下さったのでは」

南 「ところで、本当に引退したんですよね」
三浦「したよ!」
南 「いろんなイベントをさせて頂いてますけど、今日が一番多いですね」
三浦「昨日もハマスタ記者席で見てた。仕事のつもりが間違いで。15:00に着いたらゲリラ豪雨!」
南 「今日も、帰り皆さん雨大丈夫ですかね?」

三浦「最近は、ゆっくりさせてもらってます。しょーもないブログを皆さん読んでくれてます。ゆっくりしてます。あと野球評論は難しい。自分も一生懸命投げてきたけど打たれたな、なんて思いながら評論してます」

三浦「アメリカに8泊10日で行ってきました。メジャ-3試合、3A、シングルA、ルーキーリーグ。キャンプ地に球団事務所。始球式もやった」

南 「アメリカの球場にもリーゼントで行ったんですか?」
三浦「行ったよ。サインも日本語で書いたし。でね、3Aの球場でベイスターズのTシャツ着てたファンの人がいて。息子さんが日本人と結婚して藤沢に住んでるそうで。日本に行った時に、ベイスターズの試合をスコアブック着けながら見てて。それを見せてもらった」
南 「すごいですね。どうやって声かけたんですか?」
三浦「スタッフが見つけてくれてね。ずいぶん前のベイスターズvsタイガース。1番下園。先発が大家だった」

三浦「アメリカの日程はハードだったよ。ダイヤモンドバックス。アリゾナ。カブスのキャンプ地。ベイスターズにいたランドルフに案内してもらって、ダイヤモンドバックスのブッチャー投手コーチに会わせてもらった」
南 「ランドルフを語ってる時間はないので、知りたい方はウィキペディアで後ほど」

三浦「でもね、俺だけ全く時差ぼけがなかった」

南 「では、ここから日刊スポーツの評論家でもある三浦さんと、紙面でその野球人生を振り返りましょう」
三浦「え?今日の1面」(場内大爆笑。ちなみにこの日の1面は『山口俊暴行』)

三浦「言いたいこと、いっぱいあんねんけどね。みんな喜び過ぎもダメよ。あー、腹立ってきたけど」
南 「その話はそれくらいにして、三浦さんの野球人生を紙面で振り返ってみましょう」

(続く)
7/19
B5-3S
勝 パットン
負 近藤
S 山﨑康

子供たちのため「キッズ STAR☆NIGHT」と銘打たれて開催されたこの日の試合。

試合前には、不動のリードオフマン・桑原将志とともにストッパーの彼が、来場した子供たちに特製ユニフォームを配った。

連日連夜のシーソーゲームを制して、16年ぶりの後半戦開幕3連勝。

最終回のマウンドには、今日もこの男がいた。

東京都荒川区出身。
母と姉との3人家族。
母は、来る日も来る日も、朝から晩まで身を粉にして働き、家族を育てた。

母のいない食卓。
愛に飢えた少年はある日、その怒りを母にぶつけてしまう。
母は、何も言わず泣いた。
その涙に、寂しさ故に自分が吐いてしまった言葉の罪の大きさに、彼も泣いた。

そして、誓う。
二度と母を泣かせないと。
プロ野球選手になって、母を楽にしてあげると。

帝京高校から亜細亜大学へ進学。
大学で野球を続けることの経済的負担に悩み抜いた時も、母は背中を押してくれた。

2014年ドラフト会議。
ベイスターズは、タイガースとの抽選の末、彼の交渉権を獲得。
開幕から、彼はクローザーに大抜擢される。

彗星の如く現れた、ニューヒーロー。
次々と記録を塗り替え、ハマスタに大歓声がわき起こる。

いつの日からか、彼の登場時の大コールと大ジャンプが社会現象にまでなった。

プロ野球選手としては決して大きくない体をフルに使ってのインステップ投法は、両刃の剣。
勝負の夏場に、打ち込まれることが多かったのも事実だ。

そして、3年目の今シーズンは中継ぎ降格の屈辱も味わった。

だが、彼は這い上がってきた。

この日の登板で実に3連投。
苦しみながらも、セーブを記録。
自身初の3連戦3連続セーブを達成した。

歓喜の輪の中心は、彼の100万ドルの笑顔だ。


今日も、ハマスタには彼が招待し続ける、母の笑顔。
親子の勝利の曲が響き渡る。


横浜DeNAベイスターズ。
背番号19。
山﨑康晃。


勝負の夏をくぐり抜け、秋には栄冠を勝ち取ろう!

ハマスタで胴上げ投手になるのは君だ!


7/18
B1-0S
勝 ウィーランド
負 星
S 山﨑康

連日の痺れる投手戦を制した。
一番面白いゲームが8-7のルーズベルト・ゲームならば、
この日の1-0での勝利は、野球の醍醐味そのもの。

野球は団体競技。
総合力がものを言う。

この日の勝利投手は、経験豊富な大リーガーだった。

抜群の制球力。
緩急をつけたピッチング。
そして、なにより相手にペースを掴ませないリズムとテンポ。

日本文化を愛し、日本刀や鎧の購入も考えたという。
横浜の街にも、チームにも溶け込み、ファンからも愛されている。


ヒーローインタビューでは、打のヒーロー梶谷隆幸とともに高らかに優勝宣言。

まさかが現実になりつつあるのだ。


心をひとつに 共に歩もう
すべての力合わせて 共に闘おう
どんな時も夢めざし 共に輝こう
心をひとつに
心をひとつに


横浜DeNAベイスターズ。
背番号56。
ジョー・ウィーランド。

頼れる助っ人が、チームを19年ぶりの栄冠に導く。

We☆YOKOHAMA No1!