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「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

 

前回に投稿した、お歌の前にこのお歌がありました。

なぜか、その時、抜かしていたので、改めて、同時にあった、2首のお歌を以下に掲げます。

 

「 平成2年12月24日

 

  我慢で通れる道やないで 何かをしたら それが誠でなければならん

 

  一点の曇りもない真実の心 ただそれだけを望んでいる 」

 

 

 

 

 

 以上の2首のお歌が当時、一女性を通じて下されました。平成2年は1990年で、33年も前になってしまいました。

 永遠の神が、当時19歳の人間を通じて、何かを伝えようとしています。外見は普通の女性です。高校を出たばかり、大学に落ちて、修養科、講習を終えて、天理教の単独布教師の父親の手伝いみたいな感じでしかないですが、その女性を通じて下されました。  

 

 外見から軽く扱っていたことを反省し、今現在、神様が私に何を問いかけているのかを反省します。

 

 心の成人、魂の進化が神様によって求められています。倫理や道徳の観念と何か違うところが、神様を求める信仰心にはあります。  

 

 道徳や倫理団体も素晴らしいですが、目に見えない神様を求める心は人間に普遍的です。  

 

 我慢(patience)は必ずしも美徳ではないということです。忍耐とか克己心とか滝修行とか、身体をいじめたり、スポーツで肉体を酷使して我慢をすることがアスリートの美徳ともなっていて、だれもが「ガマン」することを礼賛するでしょう。

 

 神様は、実は、我慢をそれほど、推してはいないのです。これは人類があずかり知らぬ大真理ではないしょうか!

 

だからと言って、人間を甘やかしているわけでもない。 

 

 我慢そのものを否定しているというより、我慢に伴う汚れた欲の心、不満の心が戒められていると思われます。

 

 我慢する際に人間心が生まれることが、神様の望みではないと思われます。 我慢することで、喜ばなかったり、不平や不満が混じっていると、それは、澄んでない心であり、神様の望まない心使いでしょう。

 

 我慢して難しい公認会計士の勉強に励んだ。だから、会計士は高給なのは当たり前だという言説には、我慢して苦労して勉強した努力の心に、私利私欲な心が混じっていれば、それは神様の好きな心ではないでしょう。

 

 我慢に高い志があるのか?    

 

 何かをしたら、それが誠の心であるかが真に問われています。

 

 我慢でもない、欲の心でもない。誠実な心。喜びの心。 

 

誠の心(sincerity)は澄んだ心であり、利己心を超えて、我欲を超えて、利他の心。

 

今さえよければという目先の損得勘定とも違う。  

 

 そして、前回も紹介したお歌が続いていました。

 

 「一点の曇りもない真実の心 ただそれだけを望んでいる」

 

 人間の心は自由であり、誤りもあり欠点だらけです。 

 

 人間にとって、日々が試行錯誤の人生です。人間の自由の心から、真実の心に集約できていけるか。

目ざす心は真実の心。 

 

 大きな節(SNSの詐欺事件)を頂き、真から己の人間心の強さ、癖の強さを反省します。  およそ真実の心とはかけ離れていました。 What is Shnjitu-no Kokoro ?  

 

それが何なのかを求めていきたいと思います。

 

 合掌

 

 

 

 

 

上記のブログの思想傾向に感銘しましたので、リブログさせてもらいました。

 

言霊思想の現代版、言葉=光透波という言辞に注目しました。

その出典は、マンガ作家・美内すずえ『アマテラス』からだそうです。 ヨハネ福音書の「はじめて言葉ありき」も引用されていました。

 

心通りに守護する神様の理から照らしても、正しい心使いのあり方を啓蒙している、優れたブログ『尼僧 愛真』だと思いました。

 

 マイナスの言葉を出せば、マイナスの事態が生じる。

 

 ポジティブに発言すれば、その通りにプラスの事態が生まれて来る。

教祖(おやさま)が執筆された、『おふでさき』は人類に公開されている啓示書である。1875(明治8)年に、甘露台の地場定めがあり、人類の根源地・礼拝対象の基点が明らかにされた。救けられた信徒集団が次第に形成されるが、その存在は、明治政府からは弾圧の対象となっていく。

 

 人々が単に救われた、有り難いだけでは、社会化される契機とはならない。1838(天保9)年から、教祖である中山みきを通じて顕現した親神には、独自の唯一なるメッセージがあった。それは、一挙に開示されることはなく、分かる者の成人に合わせてながら、叱咤激励して、明かされいく神の言葉である。少しずつ信徒は広がり始めていたが、立教からすでに37年間もたっていた。40歳の農家の主婦から、生き神となっていく中山みきのこの間の37年間については、断片的な史実しか残されていない。

 

1876(明治9)年頃に書かれた『おふできさき』第12号には、以下のお歌があった。

 

 

 このたびハ ほんしんちつをゆてきかす なにをゆうてもしかとしよちせ (12-141)

 

 

        [現代語表記: この度は 本真実を言うて聞かす 何を言うてもしかと承知せ」

 

 

 これは明治9年という特定の時節だけでなく、これを聞いている今も未来も、永遠なるこの度だと認識すべきであろう。

 

真実ではなく、本真実と強調しているところに、神のメッセージの絶対性、正当性が含意されている。そして、受け取る人間側に忠告として、これから神がどんなことを言っても承知しなさいという語りがある。 

 

 神様は、いつ、いかなることを語られるのか。

 

 その後、明治20年に生き神である教祖中山みきの肉体的死は、信徒に危機的な衝撃を与える。しかし、本席定めを通じて、飯降伊蔵が二代目の啓示者となり、月日の社であった教祖から存命の理を継承する。存命の理の啓示は、『おさしづ』として残されているが、それは1907(明治40)年までつづいた。

 

 その後は、啓示の継続性は否定される方向で、脱神秘化に傾斜していく。近代的な教学の整備、諸制度の整備、学校・建物の普請などで今に至る。

 

 「このたびハ ほんしんちつをゆてきかす なにをゆうてもしかとしよちせ」 (12号-141)
おふでさきのメッセージは、今でも永遠性を感じさせる。それは、明治40年以降も、継続した神のことばから仕込まれた魂の目線から言えることだ。 
 神の言葉は限定的に終わったと限界を自分で、つくれば、それが限界となる。 永遠に神の言葉は持続すると信じる者には、神の言葉が与えられる。 地場の夜明けを待ち望みます。

 

 

 

 

 

久しぶりに、平成時代の「神の詞(うた)」シリーズの続きです。00さんという若き女性から下された13度目のご啓示が以下のものでした。平成2年ですから、1990年で、まだ私が大学院生の頃でした。  

 

平成2年12月24日

 

 

「一点の曇りもない真実の心 たヾそれだけを望んでいる」 

 

 

                                               00拝す 合掌

 

 

本来ならお地場で下されるべき、神様のご啓示ですが、ところ変わって、受け取れる人たちがいるごく少数の集団に与えられた神様のお詞です。 信じるか信じないかは、人それぞれです。 

 天理教の教会本部からすれば、異端扱いとなるのが落ちです。そのようなご本部の偉い先生方がどう思おうが、それはその人たちの心のレベルの問題で、私自身が一信仰者として、この神意をいかに受け取るかを、此処で勉強します。

 

 神様がいるのか、いないのか、それは誰にも分からない主観的な個人の信仰領域の問題です。先日、インドネシアの熱心なムスリムの女性から、アッラーの信仰について、その素晴らしさを聞く機会がありました。人生に行路がいかようにあろうと、それは、アッラーに向かう行路である。一日5度の礼拝。祈りこそが人生そのものであると。

 

 人間には自由の心使いが与えられ、心のあり方、心の問題は人間の一大関心事である。 誰もが人生について迷い、アドバイスを求めている。 このお詞は、神の声を感じて、神の守護とは何かを分かり始めた女性に対して、ずばり出された神様の願いのメッセージである。

 

 

 「一点の曇りもない真実の心」

 

汚れ切った人間の心は多様にある。私の心も汚れてているので、大金の詐欺にあってしまった。心の隙があり、欲の心から、詐欺に騙されたのである。大反省しないといけない。汚れの無い澄んだ心、誠の心を神様は望まれている。それが、一点の曇りもない晴れた澄んだ真実の心なのだろう。  

 

 今なるの神様の守護が真実に分からないと、心は澄んだとはいえない。  あれができない、これができないと人間にはいろいろな不足がある。そこから、いかに、これもできた、あれもできたといように、いかにポジティブに受け止められるかが問われる。マイナスの不足した心では、いつまでたっても心は晴れない、澄まない。

  

 形の世界は神様の守護される世界である。貸しもの借り物の世界である。 

 

人間の肉体も、自然も世界も、森羅万象は神様が守護し、支配されている。 

 

この与えを、最高の心で受け取れるか、不足するか。  

領土欲から戦争を起こす国もある。穀物を輸出するという合意も反故にしている。世界がそれで悩むのである。 

 

 

 「四ツ 欲に切りない泥水や 心澄み切れ極楽や」

 

             (四ッ よくにきりないどろみづや こゝろすみきれごくらくや) 

                              (みかぐら歌十下り目四ツ)

 

「みかぐら歌」のこのフレーズが想起されます。 この精神が平成時代にも同様に歌われていると言っても良いでしょう。

 

 短いたった1首のお歌ですが、何度も何度も心に刻みたいと思います。     合掌

 

 

 

 

 

 天理大学の講師から、母校の東京大学の准教授に栄転された、渡辺優先生は、恐らく、天理教の神学と宗教学(哲学)を架橋するうえで、最高の知性と思われる。東大宗教学科の鶴岡先生の衣鉢を継承するだけあって、その神秘主義研究はフランス大使館も認める優れた研究のようだ。 

 

 その彼が書かれた、以下の論文がある。

 渡辺優(2015)「教祖の身体 : 中山みき考」『共生学』(10),上智大学共生学研究会編,6-44頁。

 

 

 教祖の身体性について、哲学的にも神学的にも同等の熱量で書かれた優れた論考に脱帽した。ただ、教祖伝の史実や、教祖論そのものに重心があり、本席の啓示の意義について、現在の教団的立場を超えないもののように感じられた。そのことは、おいておいても、Yu先生が引用された諸井政一著『正文遺韻』の一節に、むしろ驚かされた。

 

 これは、教祖が投身自殺をされた宮池事件の典拠となるものらしい資料である。

以下、Yu先生の論稿の一節を切りとった。

 

 

  80代を過ぎた老齢になることを、神様は教祖(おやさま)に期待された。その一節の引用なのだが、その前に、教祖がため池や井戸に身投げを試みて、足が止まったことが書かれている。

 

 かしものかりものの理そのものに、みきの身体は、肉体の貸主である神が止めたということになる。

 

 二代真柱によって、教祖の心が神格を帯びて、人間的感情が全くないという公式教義が仕上げられたが、それは無理な解釈である。教祖という女性は確かに老齢となり、怪力を発揮するなど不思議なこともあったが、生身の人間であったことにより意義があるのである。 

 

 40歳での神がかり、貧のどん底への道、亭主や親族からの反対、その中、不思議や奇跡が起きるわけではなかった。神に乗っ取られた中山みき自身は、信仰と懐疑の間に苦しみ、何度も自殺を試みたのは確かな史実らしい。  

 

 一挙に神を信じ切る段階に行かれたのではない。50年の長き雛型の道中で、磨かれ、魂が錬磨され、不思議な力、霊視、人の魂の前生も見れるようになったのであろう。  

 

 啓示現象そのものは、神様がみきの身体を借り受けて、刻限話があり、また『おふでさき』の執筆をさせたものである。

 

 中山みきは確かに、他者としての神を身体的に感じ、涙を流して、創造者しての月日親神の人間世界創造の思惑を我々に伝えようとされた。

 

 80歳過ぎた老婆の語りには、より説得力が増したのであり、その身体性の意義は渡辺論文からも学べました。

 

 以前、以下の論稿で、宮池問題を考察したが、上記の考察に訂正します。  

 

 

参考資料

諸井政一著、諸井道隆編『改訂 正文遺韻』天理教山名大教会史料部発行、昭和28年初版、平成26年復刻,266-268頁。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段は経営コンサルタントなのだが、山の中で修験道の修行積まれた方の手記を紹介します。

 

「カエルをおどすなと先輩行者から言われていたが・・・」

  なお「蛙飛び行事」が金峰山の蔵王堂で行われ、修験道のエッセンスを伝えています。

 

 

<山で神仏がやどる動物にいっさい手を出しけてはいけない>

 

 

<数珠を山中に落としてしまい・・・>

 

 

 

 

 天理教の古い文献が国会図書館デジタルコレクションで誰にでも見らるようになり、天理教を攻撃した法蔵館などの出版による書籍や、戦前期の天理教が大日本帝国のもとで国策に協力したことなど、赤裸々に分かるようになりました。

 読者にスピリチュアル系の人が多いので、少し不思議な霊救話を紹介します。

 

 大正4年12月13日に、永(ながい)氏宅で、教会設立のために、御分霊奉祀祭があった時、神鏡に、赤衣を着た女性を80名ほどの参列者たちが見ていたというお話である。以下、そのご婦人の御姿を表現している。 

 

 

 

出典は以下でした。

 

天理大学宗教文化研究所 編『真実の道 : 信仰例話集』,天理教道友社,1952. 405頁。国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2976617 (参照 2023-03-19)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おふでさき』第8号の一節から

 

いまゝてもなにをふしへてきたるのも     (8-74)

    みなこのどふりはじめかけたで

(今までも 何を教えて来たるのも みなこの道理 はじめかけたで) 

 

 道理とは、決まった神の道理であり、一つの未来への変わらぬ神の方法、真実の真理を神様が天保9年から現れて、話をはじめられた。この道理が分かったら、真に心に治まったら、人間は生かされている喜びをもっと感じるのである。道理は人間の絶対的幸福と直結する。

 

 道理の第1は、かしもの・かりものの理である。人間の肉体も食物も自然も万物のすべては神様が用意して、人間を喜ばすために与えているものである。「ぢきもつ」とも第79号では語られているが、形の世界はすべて神様が支配されている世界である。

 道理の第2は、心通りに神が守護するということ。すなわち、永遠の神と人との関係性を意味する。人間は好き勝手にわがまま一杯に生きてきたが、そこに心通りの守護という真理が隠されていたのである。自分の思想が形として現れて、誰でも幸福を感じる。お腹空いた、空腹だ。食べたものがある、飲み物がある。それを頂けて、腹八分目で満足。こうした身近なところから人間の幸せがある。

 道理の第3は、心の自由である。人間には本来的無限の可能性がある。性別、年齢、人種、出自に関わらず、一人一人の人間は主体性、自由の心が与えられている。その自由を支えているのが、陽気暮らし世界を求める神様の最大の贈りものとして人の心の主体性である。  

 

 にんけんをはじめたをやがも一にん      (8-75)

    どこにあるならたつねいてみよ

(人間を始めた親がも一人 どこにあるなら尋ねいてみよ)

 

 教祖(おやさま)を通じて、真実の神、究極の根源神が現れた。神様は人間の親(おや)であり、親神ともいう。人間の喜ぶ姿、楽しむ姿がみたい。そのために、自由の心を与えたのである。世界中にいろいろな信条・宗教、イデオロギーがあっても、究極の実在がここに現れた。それも、天保九年以降、永遠に表れたということである。何時尋ねても、永遠に答える仕組みを神様は本来的に構築された。究極性、絶対性、唯一性を示す、驚くべきお歌である。

 

 

 

月日よりやしろとなるを二人とも

   べつまへだてゝをいてもろたら     (9-5)

 

教祖の書かれた啓示書である『おふでさき』第7号から11号は、明治8年に連続して出されていて、特に明治8年陰暦5月26日に、甘露台の地場定めという重要なことが初めて開示された。根源性、唯一性、絶対性を明かす重要な教えである。一つの独自で唯一絶対の教えが開示されたことを意味する。

 

 そのような一連のお歌の中にある、このお歌も外形的にこれまで十分に理解されてこなかった啓示であり、無形の理からの最新の解釈をここに明かしたい。

 

 月日とは、月日親神であり、月様と日様という二柱からなる神である。

 

 「やしろ」とは、月日の社(やしろ)となった、教祖(おやさま)を指している。教祖は永遠の変わらない、ひながたの道を残された。

 

 「二人」とは、これまで、教祖と三女のこかん様を指しているとされてきた。しかし、何と、この「二人」とは、月様と日様の二人が意味されているという。普通の人間心の発想からは、意外であるが、それが神意だという。

 

 なお、こかん様は、この年の陰暦8月28日には出直される。

 若き神こかんともいわれ、教祖と同様に神意を取り次ぐことが期待されていたが、こかん様は月日の社ではない。月日の社が二人という意味は全く違うということである。それゆえ、上記のように、二人とは、月様と日様という親神そのものを指しているという。   

 

 月日親神の思惑を体現されるのが、教祖(おやさま)である。

 

 その教祖を別間(べつま)にへだてて、おいてもらったら、というお話で、大変なぞめい言葉である。何時、どうして、別間が必要なのかという点がこの時点では不明である。この明治6年には、教祖は存命であり、別間を用意して神意を下す必要はないからである。   

 

 このお歌の前は、月日からの啓示をしっかり聞きなさいと。

 「月日よりどのよな事もしいかりと ゆいかけるでなこれきいてくれ」(9-4)

 

 そして後の歌は、人間が何を言っても神様が救済を引き受けることが説かれている。

   「なにゆうもそれよりしかとうけよふて たすけするぞやしかとみていよ」(9-6)

 

そして、このお歌(9-5)だけ、なぜか浮いた感じである。 

 

 後のお歌(9-6)は、人間の意識に関わらず、救済の永遠性を説いたものである。地場屋敷の本宅で、教祖が存命で働く。御身を隠されてからは、本席を通じて、神の言葉が続いた。この間、地場の本宅での啓示は続いているので、別間は必要がない。

 

 そして、地場の人衆が、神意をうけなくなったら、神様はどうすればよいのか? 

 

 永遠の救済に責任をもつ神様は、所を変えて、別間を通じて、求める者に言葉を与え続けるのだろう。

 

 本来は、地場で聞くべきことを、聞くべき魂の人間を集めて、仕込み直すのである。

 

 

「・・・

      神のやかたの地場さだめ 理を打ち出す やしろ定め  

 神の手引きで 地場に引き寄せ 理の仕込み だんだんに及ぶで 

 なれど その地場から 曇りかかれば どうもならん

 

     地場の掃除 理の掃除 どうしても 遂げにゃならんのや 神の不思議 自由用

 そのために 離れ座敷 別間にて 改め直す 理の仕込みや

 地場でする仕事なれど 聞き分けでけん これがため 

 誠の者を集めて 真の磨きを掛けるのや 別間とは 神の思いが深くある

 縁あるものは 神の見定め 前生よりの 理があるで

 さあさあ うかうかでけんのやで 

 うかうかすると言うは 詞の理 心に刻むこと 忘れることや

 心に 理が治まらねば 成りくる理 人間心で 世界並に思うやろう

 日々に かしもの知らず 世界並に思うなら ほこりの道を行くも 同じこと

 今の旬は 世の立て替えの順序 通りているのや 道の要造りの順序や 

 そのために 大きな心 かかりているのや 

 どんな不思議も見せてある 日々の運び 神の運びや

 神の心かかるから 詞の理 しっかり聞き分け

 聞き分け出来た心をもって 日々通ることなら 

 これから未来 神の運び 必ず 見えて来るのやで

 これまでの詞  よう思案して 心勇んで 楽しむのや

 心さえ 澄んだことなら 今がこの世の始まりや  合掌」(平成9年7月26日 午前8時20分)

 

 かしものかりものが分からず、うかうかしたら、恩を着る。恩が重なり、恩に倒れる。

 貸しもの知らず、世間並に思うなら、ほこりの道を行くも同じこと、と神様は話される。

 

 コロナ禍が3年以上続き、世界には植民地戦争が再発し、巨大地震もある。世界には大掃除の事情が続く。

 

 3月11日は節目の日である。  

 

 見る理、聞く理から魂を錬磨して、心勇んで楽しむことが求めれる。 その澄んだ心が、今がこの世の始まりとなる。 

 

 私の心は余りにうかうかの心が多く、詞の理をしっかり受けていないも同じとのことです。

 

 しっかり通ります。

 

 

 

 

 現教団が『おさしづ』を軽んじ、天啓継承の可能性を無視しながら、教祖(おやさま)のひながたの道をたどりなさいと諭達四号で、強調されております。存命の理をはきちがえて、教祖(おやさま)は存命であると言っても筋が通りません。

 

 改めて、存命一つの理について、『おさしづ』にどのような書かれているのか、復習してみましょう。

 

 本稿の参考資料として、植田義弘氏の『おさしづに啓示された理の研究  第一部 天の言葉』(なるほど編集室、昭和52年改訂4版、42頁)に引用された、『おさしづ』を利用します。

 

 本席の声は、本席様が神がかりの状態、いわゆるシャーンのような状態の中での発言を周囲の筆取り人が書き写し、あらためて清書したものです。本人に後から確認を取ったものですが、中には書き損じも有るかもしれません。どんな漢字をあてるか、音声言語、話言葉を誤って聞き取ることもあるかもしれません。

 この点が、教祖が直々執筆された「おふでさき」とは異なります。

 

 神や神霊、大霊など、超自然からのメッセージを聞き取れる方は、ウェブサイトに溢れていて、玉石混交です。このサイトもそんな大海への一滴にしか見えないでしょう。心ある人にお届けします。  

 

 本席様を通じた神の言葉、存命一つの理と同じであることについては、以下の刻限話の最期の箇所に書かれれてありました。

 

 人間側に神意が十分に治まらず、神様はじいっと人間の心を認識しています。現象界における浮き沈みの事態に人間の心は右往左往しています。その中、本当に理を信じて心倒さずに誠の心を立てられるか、たんのうの精神が治まっているかが信仰心として問われるのです。 

 そして本席の言葉は、教祖存命の理と同じであることが改めて明かされているのです。 

 

 教祖や本席様を通じて、人間の肉体や世界は一切、かしもの・借り物の理であること、人間の心通りに神が守護する世界であるという普遍的な真理が何度も何度も語られました。

 そして人間には自由の心があり、その主体性・創造性に喜びの源泉があることが、全人類に普遍的な真理として明かされたのでした。

 しかし人間は心が弱く、形の世界に左右され、真の心の建て替えができません。国際政治の世界でも、NHKスペシャルであるように拒否権という仕組みを作って、一部の大国のエゴがまかり通るのです。 

  

 教祖が存命であることが、本席の言葉が教祖の言葉であることが何度も説かれたのでした。 

 

 お道とは、神直々の言葉を頂き、それにしたがって神の道を歩む、神と人の応答の中で、道が歩まれるのです。

 

 草がしこりて道知れずとは、本当の道を通っていない今の教団体制を神様が預言したものでしょう。

 

 天啓継承の存命の理を真に信じる中に、この道の偉大な役割があり、世界の未来をはぐくむ大責任があるのです。   

 

・・・・・・・・・以下引用・・・・・・・・・・

 

 明治三十七年七月二十七日
 本席身上障りに付願

 さあ/\日を以て尋ねにゃならん日が出て来る。さあ/\日を以て尋ねにゃならん日が出て来る。もうこれ一度どうでもこうでも、どうにも行かんから、一日の日を以て尋ねにゃならん日が出て来る/\。
 皆々よう聞き分けにゃならん。あれこれ取り混ぜの話する。もう長い話ではない。夜が明けたら明かい、日が入ったら暗い事、決まったもの。二つ三つ程の理を諭し置く。よう聞き分けにゃならん。身上どうもならん/\と言うて、日が経った/\。今日の日どういう事諭すなら、皆々これまで餘程の苦労、年限置いたであろ。年限を経た中に、楽しんだ日があれど、苦しみ多い。楽しみは四分、六分は苦しんで居る。ならん/\の日を経った。そこで明らかな事待つであろ。明らかな事待てば、日々に明らかな心を持って、日々運んでくれにゃならん。それはどういう事に思う。どういう事なら、心はめん/\の持ち寄りの心、鮮やかな心に皆々の心治まればよし。一日の日あるによって、日が詰んで了うてはどうもならん。若き者にも、よく仕込まにゃならん。これまで残し置いたる席という。これだけの理諭し、場所とさしづ、これまで時々諭したる事ある。よく心に辨えてくれにゃならん。治まる事もあれば、治まらん事多い。治まらねば、どれだけの事運んでも何もならん。初めは軽き些かな心を傅えて道出けたもの。一時初めから一分始終出けやせん。よく聞き分けてくれ。これまでの道容易ならん道、教え一つの理から年々に道出来て来たる。よう聞き分けにゃならんで。これがいかん、どれがいかん、教え一つの理を放って了て、世界一つの理取り運び、通ろうと思たて通れやせん。餘程難しい。これまでの日を数えてみよ。年限の内一箇年経ったら、これだけ/\と世界映りたで。國々まで及ぼした。世界映し難くい/\と、一寸話して置く。そら何もならんとは言わん。世上の道三四十年以来の道から諭すなら、萬人の中ほんにそれから出来て来た道かいなあと、何處へ行ったとて得心出けんではない、と諭し置こう。成らんと思て行ったとて、さっぱりの日成ってからどうもならん。これまで國々遠く厭わずして出て来る者に、皆諭したであろう。若き者に仕込まにゃならん。柔りこいものは、年寄りも若きも子供も皆々喰うであろ。今席と言うたら教祖とは違うなれど、萬事入り込んでの話すれば、教祖一つ理も同じ事、と諭し置こう。

 

・・・・・・・引用終わり・・・・・・・・・・・・

 

「今席と言うたら教祖とは違うなれど、萬事入り込んでの話すれば、教祖一つ理も同じ事、と諭し置こう。」(明治37年7月27日)

 

 「詞を失ったものは 草がしこりて道知れず 元の悪因縁に戻る心
  神の残念が見えかける ただ現れた神を 澄んだ心で
  見ることが出来る人間が 誠の思案をする 
  誠の思案の土台は 神の広大な守護に守られて 
  人間心を すっかり落とした魂が 魂の性質から思案する神の心
  そこにかしものかりものの教理の 真髄がある」(平成00年9月25日「命捨ててもの覚悟」)

 

「存命のをやの声 忘れて どんな道もないのやで」(平成●●年7月12日)

 

「をやの道 草がしこりて 道知れず 世界並では 世は治まらん」 (平成■■年7月22日)