『おふでさき』第7号は表紙に明治8年弐月と書かれていて、そのころ教祖が御執筆されたものである。甘露台の地場定めを5月に控えて、7号は神意の重要な刻限話が和歌形式で開示され、黙示論的な神の切迫感が特色のお歌が多いの特色である。
7号のお歌に、以下がある。
いまゝでも今がこのよのはじまりと ゆうてあれどもなんの事やら(7-35)
Hitheto, I have told you that the beginning of the world is now. But you wondered what I really meant. (VII-35) [Inoue and Eynon(1987), p.153]
<真理の掘り下げ>
これは大変神秘的なお歌なのですが、よくよく考えさせる深い神意が内蔵されていると思われます。私達人間は時間軸の中に生きていて、タイムマシーンによってこの時間を乗り越えることは出来ない。過去―現在ー未来という時間軸の中で、生きていて、まさに今を生きている。過去を後悔し、未来に希望をもつのが人間であり、その人間は常に今は生きている。その大現在の今から、過去や未来を想像することは人間しかできない不思議な思考力である。
この世始めた創造者としての神は、時間軸も空間もはるかに超えた視座から森羅万象を支配されている。ハジマリは無であり、時間も空間もない。味気ない世界であった。ハジマリという概念すらなかった。そこで、何と神は人間創造を思いつかれた。
元の理の創成神話を晩年の教祖は高弟たちに語ったが、書き取られたものはすべて是認されなかった。神意は深く、人間の想像をいつも超えていて、開示されるまでは誰にも知られないのが神様の思惑である。
9億9万9千9999年かけて、人間世界が創造されて、約束の刻限がきて、教祖が天保9(1838)年10月26日に神の社となられた。そして、この明治8(1875)年についに、人間創造の原点という地場・甘露台が地上に初めて明かされるという「地場定め」、それは宇宙創成史の大事件がまじかに迫っている。
今はいつでも今であり、その今において、人類と世界が創造された時点における永遠の神意がすべて一なるものとして解け合っている感覚がこのお歌に込められている。
全人類が本源的に人類の母である教祖を慕って、地場に参集して、甘露台を囲んでかぐらつとめを拝する。つとめは創造原理であり、救済原理を象徴した最高儀礼である。
永遠の神の思惑を今感じとり、喜び勇んで末代の道へ。人間が神の思惑を知って信仰の人として、陽気遊山ができる人間として進化発展することが本来的に人間のDNAに内蔵されている。
永遠につづく神の言葉を頼りとして、コロナ禍の夜明けはまじかに迫りました。ウサギの年、還暦の今年は、いよいよ仕事面でも多忙となりそうです。
大亮さまの奥様のFB(2023.1.5投稿)より
「うさぎのように、耳を立てて周りに気を配り、ピョンと誰かのために素早く動けるように頑張ります!」
しっかり周囲に配慮して、今年も一年働きます。