「天理教」は宗教か、真実の教えか -8ページ目

「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

 令和4年10月26日、ご本部秋の大祭にて、真柱様から、諭達(ゆたつ)第4号が発せられた。脳梗塞か何かで倒られた真柱様であるが、公の場でのご発言に、天理教の信徒達からもかなりの親愛の情が寄せられたことであろう。

 この中で、存命の教祖(おやさま)を慕うこと、教祖の御生涯がひながたの道として、信仰の原型(モデル)であることが改めて、開示されていた。

 諭達(ゆたつ)とは、天理教の教団指導者トップである真柱(しんばしら)が全教にむけて、発する公式の指示書で、現在の神意がわからない中で、教団として最高の神意を自ら開示したものといってよいだろう。二代真柱の正善、三代真柱の善衛、そして現在の真柱の善司様とそれぞれ諭達を出されている。

 

 

 だが、そこには、真柱トップ制における自己矛盾をはらんだ教示内容で、全く新味のない従前通りの教えが書かれていました。明るい展望もなく、予定調和に安住した何の盛り上がりも感じさせないものであった。 

  

 真柱は存命の教祖からの教示を真っ先に受けて、全教にその教えて広める大責任を帯びているのが真柱である。T大宗教学科卒の頭のいい人たちが作った作文に基づく教えであり、そもそも存命の教祖(おやさま)を有名無実化している。  

 

 存命の教祖(おやさま)という教えは、本席様の御啓示によって誕生した教えであることが全く忘却されている。本席のことばが、今なるの教祖の言葉である。 女性である老婆が亡くなり、その後、神意をすでに下す御用をしていた飯降伊蔵が本席と定まって、存命の教祖を体現さたという天啓継承の史実があった。まさに霊気ただよう神の屋敷としての地場がそこにはあった。

 

 本席時代の歴史を学ばないことに天理教の病理がある云っていいだろう。キリスト教神学の歴史から照らして、天理教神学の研究はお寒いかぎりだ。ネポティズムのなか、非中山家には重責が回ってこない。そして飯降家が果たした役割が全く黙殺されている。 

 

 神意の自発的発動として刻限話がある。「ひながたの道・三年千日」の教えは以下の刻限から始まった。

 

 かしもの・借り物の理という神と人間との根源的な関係を自覚し、御守護の有難さを三日でいいから通って、味わって実践してみなさい。そうして、三年千日を通れば、教祖のように五十年も通らずに、真のWELL-BEINGを味わえる道を教えたのである。もっと明るく、頼もしい人生が開けることを教えたのが三年千日の「ひながたの道」の教えである。

 

 私と同世代の今の真柱様の生真面目な態度に人類救済の未来が掛かっている。足元から生まれる神意の発露をつぶさないようにお願いします。

 

 

 

明治二十二年十一月七日 午後十時四十分
 刻限御話
さあ/\一寸話仕掛けるで/\。まあ、あちらもこちらも取り混ぜ/\て、一つの理を諭そう。もう/\急がしい/\。日々が急がしい/\。何でも彼でも、一つ見れば一つの理がある。聞けば一つの理がある。二つの理の道理の理を、治めてくれねばならん。難しい事は言わん。難しい事をせいとも、紋型無き事をせいと言わん。皆一つ/\のひながたの道がある。ひながたの道を通れんというような事ではどうもならん。あちらへ廻り、日々の處、三十日と言えば、五十日向うの守護をして居る事を知らん。これ分からんような事ではどうもならん。ひながたの道通れんような事ではどうもならん。長い事を通れと言えば、出けんが一つの理。世界道というは、どんな道あるやら分からん。世界の道は千筋、神の道は一條。世界の道は千筋、神の道には先の分からんような事をせいとは言わん。ひながたの道が通れんような事ではどうもならん。どんな者もこんな者も、案ぜる道が見え掛けてはどうもなろまい。一日二日経ったらと言うたら、どんな事やと思て居たやろ。ちゃんとしてやる道は見るも同じ事。ひながたの道を通らねばひながた要らん。ひながたなおせばどうもなろうまい。これをよう聞き分けて、何處から見ても成程やというようにしたならば、それでよいのや。十年あとの道は、どんな事を説いても、いか程説いても、そんな事は無い、何を言うやらと言うて居たのや。國々の者やない。そこからそこの者でも分からなんだ。なれど十年経ち、二十年経ち、口に言われん、筆に書き盡せん道を通りて来た。なれど先年も二千年も通りたのやない。僅か五十年。五十年の間の道を、まあ五十年三十年も通れと言えばいこまい。二十年も十年も通れと言うのやない。まあ十年の中の三つや。三日の間の道を通ればよいのや。僅か千日の道を通れと言うのや。千日の道が難しのや。ひながたの道より道が無いで。何程急いたとれ急いだとていかせんで。ひながたの道より道無いで。ひながたの道がどんな日もある。ひながたの道にはいろ/\ある。誠の道も蒔いた事がある。なれども、何年経てばこうという理が、外れてはあろうまい。世界には何を言うやら大工がと。日本一の大工や。何言うて居るやらと皆笑うて居る。十のものなら八つという。後二分の處放って了うは八分という。難しい。後二分というたら僅かや。まあ何年居てくれたら、内も結構や。なれどもどうも半端である。十年の間、八年の間の苦労は容易やない。なれども、まあ後二年は何でもない。八方明けたら明らかや。もう僅か、まあ三日の辛抱さえ仕遂げたら、誰に遠慮は無い。皆貴方々々と言う。ひながたの道が出してある。ひながたそばにある。めん/\もたった三日の辛抱すればひながたの道が。以前々々は、我が/\のようにして通りて来たのや。三日の日はこせんという理はあるまい。どんな者でも、ひながた通りの道を通りた事なら、皆ひながた同様の理に運ぶ。まあたった三日や。三日は分かろうまい。今と言うたら、今の事のように思う。ひながたの道を通れば、僅か年限の間に、何と分からなんだなあ。前々は我が俺がと言うて居たなれども、どうもあんな者とも知らなんだと、世界から言うのは、まあたった三日の間や。三日の辛抱さえしたら、どんな道があるやら分からん。あちらも狭ばい、こちらも狭ばい。あちらも廣め、こちらも廣めに運ぶ。三日の辛抱したら、今の三つが、三日経てば何ぼに成るやら分かりゃせんで。一日々々の日が近寄る、何處から見ても出るも、ほんに見るも、ほんになあと言う日は、まあ三年の間や。三年経てば、偉い事に成るのやで。三年の道は直きや。そこで、難しい事せいとは言わん。古い型のひながた、見えてある事分からん。一年後というものは、大方成るかと思えばどんと行き、これではならんという處から、一寸道を開き掛けた。まあ/\世界から見れば往還。細道は通りよい、往還通り難くい。何を言うと思う。往還通り難くいという理聞き分けたら、三日の間や。なれども、これまで細い道を通り来た故、大き道に成るのやで。三年やそこらの事は、三日の日の事思えば直きや。三年辛抱すれば、落ちようと思うても落ちられん。たったそれだけの事が分からん。そこで皆んな一つ/\の理を寄せてくれるよう。僅か三年の間の事を、長う取るからどんな理も出る。たった三日の間や。三年の道通れば、不自由しようにも、難儀しようにもしられやせん。たった三日の間や。
 

 天理教の教会本部神殿の東礼拝場の目の前に、かつて三島神社という地元の産土社があり、鏡池(宮池)というちょっとした池もありました。神社は1988(昭和63)年に北大路沿いに移転し、1999(平成11)年に宮池も埋め立てられたようで、一帯は更地になっています。 昭和62年の夏に修養科に私はお地場でおりましたが、その時は、三嶋神社の木陰で涼み、宮池の亀を眺めていました。  

 

現在の三島神社については、以下のサイトがすぐに出てきます。

 

 

 

 宮池は、教祖が天啓となる前に、何度も願掛けで祈願した神社でした。また神がかりの後、夫の無理解もあるなかで、御身を身投げをされた池でもあり、重要な史跡だと思われます。だれがこのように重要な史跡を移転したり、つぶしてしまったのでしょうか。 Who destoried the historical monument of Oyasama ?  

 

 これに関して、以下のサイトでその理由や顛末分かります。ある霊能者の発言も書かれていて、スピリチュアルな視点からの批判もありますが、それを割り引いても、合点がいきました。

http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/book/misima/kagami.pdf

 

 「三島神社移転、鏡が池埋め立て事変考」の記事も著名な天理教の研究サイトで、この問題を詳しく取り上げています。

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/mikiryakuden/mishimajinnjyaitenco.html

 

みきの苦悶ー宮池事件

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/mikiryakuden/mikiryakuden_27miyaikezikenco.htm

 

 

 神社の移転に関わった本部員のI先生もその後、身上に倒れています。  

https://www.tenri-u.ac.jp/topics/oyaken/q3tncs00000gd7n9-att/q3tncs00000gd7wx.pdf

 

 

されに、歴史をさかのぼり、二代真柱様の時にすでに、この移転問題が懸案事項だったことが書かれていました。

 

 その二代真柱様の時代、昭和の初めの時にもすでにこの問題がありました。

昭和10年にすでに、教会本部が移転問題のために、住民の同意を得させようとしていたことが以下の文献で分かりました。

 『天理教罪悪史 続』(田中豊洲,昭和10年)の176ページ「天理教本部の横暴ぶり」は、まさに三島神社移転に関する教会本部の動きについてでした。 

 参照:田中豊洲 著『天理教罪悪史』続,邪教撲滅期成同盟会,昭和10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1108884 (参照 2023-02-10)

 

 こうした天理教批判書は、一面的理解のもとに偏見に満ちた記述で読むに堪えない論理があります。しかし、当時の史実や時代の思想を知るうえで、ある程度参考になりました。

 

 

 

 地場屋敷は神屋敷であった時代から、明らかに人間が支配する汚れた地場となっていったという道の裏面史として、

記録に残します。  

 

三ッ みなみてゐよそばなもの
かみのすることなすことを

 

 地場の建て替えに向けて、発信者自身がいかに地場の理にそう心作りができるか、さらに精神を鍛えていきたます。

またいずれ、いつかは、目が覚める次世代の真柱後継者ご家族にも期待します。

 

 

『おふでさき』第7号は表紙に明治8年弐月と書かれていて、そのころ教祖が御執筆されたものである。甘露台の地場定めを5月に控えて、7号は神意の重要な刻限話が和歌形式で開示され、黙示論的な神の切迫感が特色のお歌が多いの特色である。

 

 7号のお歌に、以下がある。

 

 いまゝでも今がこのよのはじまりと ゆうてあれどもなんの事やら(7-35)

 

 Hitheto, I have told you that the beginning of the world is now. But you wondered what I really meant.  (VII-35)   [Inoue and Eynon(1987), p.153]

 

<真理の掘り下げ>

 これは大変神秘的なお歌なのですが、よくよく考えさせる深い神意が内蔵されていると思われます。私達人間は時間軸の中に生きていて、タイムマシーンによってこの時間を乗り越えることは出来ない。過去―現在ー未来という時間軸の中で、生きていて、まさに今を生きている。過去を後悔し、未来に希望をもつのが人間であり、その人間は常に今は生きている。その大現在の今から、過去や未来を想像することは人間しかできない不思議な思考力である。

 この世始めた創造者としての神は、時間軸も空間もはるかに超えた視座から森羅万象を支配されている。ハジマリは無であり、時間も空間もない。味気ない世界であった。ハジマリという概念すらなかった。そこで、何と神は人間創造を思いつかれた。

 元の理の創成神話を晩年の教祖は高弟たちに語ったが、書き取られたものはすべて是認されなかった。神意は深く、人間の想像をいつも超えていて、開示されるまでは誰にも知られないのが神様の思惑である。

 9億9万9千9999年かけて、人間世界が創造されて、約束の刻限がきて、教祖が天保9(1838)年10月26日に神の社となられた。そして、この明治8(1875)年についに、人間創造の原点という地場・甘露台が地上に初めて明かされるという「地場定め」、それは宇宙創成史の大事件がまじかに迫っている。

 今はいつでも今であり、その今において、人類と世界が創造された時点における永遠の神意がすべて一なるものとして解け合っている感覚がこのお歌に込められている。

 全人類が本源的に人類の母である教祖を慕って、地場に参集して、甘露台を囲んでかぐらつとめを拝する。つとめは創造原理であり、救済原理を象徴した最高儀礼である。

 永遠の神の思惑を今感じとり、喜び勇んで末代の道へ。人間が神の思惑を知って信仰の人として、陽気遊山ができる人間として進化発展することが本来的に人間のDNAに内蔵されている。

 

 永遠につづく神の言葉を頼りとして、コロナ禍の夜明けはまじかに迫りました。ウサギの年、還暦の今年は、いよいよ仕事面でも多忙となりそうです。  

 

 大亮さまの奥様のFB(2023.1.5投稿)より

 「うさぎのように、耳を立てて周りに気を配り、ピョンと誰かのために素早く動けるように頑張ります!」

 

 しっかり周囲に配慮して、今年も一年働きます。  

 

 

 

 

『おふでさき』第6号の続きです。  

 

どのよふな事でも神のする事や       (6-22)

    これをやまいとさらにをもうな

 

<今の悟り>

 世界で現れていること、今自分に起きていること、すべては神様が守護されている世界で起きていることです。戦争だ、病気だ、と人間に不都合なことが実際に起きています。

 小さなことで、自分にも尿管結石で仕込みが続きます。

 11月にはいり、1年間の掃除の決算がきて、今、仕込まれています。病ではない、神様からのお仕込みです。大難は小難にしてもらっています。 ありがとうございます。

 

 なにもかもしんぢつ神のぢふよふを     (6-23)

    しらしたいからしてみせるでな

 

<今の悟り>

 どんなことが起きるのも、真実の神の自由用を知らせたい、そのために見せている。

 信仰心がないと、人間は現象に振り回されるだけです。形の奥にある、大きな神様の思惑が厳然としてあることを知らせているのです。  

 

 これまでハいかなるみちをとふりても    (6-24)

    ひがきたらんでいづみいたなり

 

<今の悟り>

 天保9年以前まで、教祖(おやさま)が月日の社(つきひのやしろ)となるまでは、いろいろな宗教や信条、拝み、祈祷の世界がありました。神社が寺院があり、僧侶や神職をつかさどるひとたち、また占い師、シャーマンもいました。 

 その中で、人々は精神的に行き詰っていました。運命や天命に翻弄されていました。

 しかし、天保9年という神が見定めて時期がついに来たのでした。それ以前とそれ以降で人間や世界の運命が全く変わるターニング・ポイントが天保9年だったのです。

 

 このさきハどのよな事もたん/\と     (6-25)

    ほんしんぢつをゆうてきかする

 

 天保9年以降は、教祖を通じて、永遠に神が話をする道が開かれたのです。段々と明かすのです。本真実とは、絶対の真理、究極の真理という意味です。  教祖の口を通じて、真理が明かされる道が始まったことを意味していています。  

 

 その神様の思惑が知らないと、絶対的安心の道に至れず、形の世界に右往左往するばかりです。腹を決めて、神様が守護されている世界だという信心を固めないといけないのです。

 

 人間が主体的に、生きていることを感謝報恩の道で過ごす心の道の作りかたを神様が教えております。 今さえよければ、我さえよければの心が悪しき心であり、これが掃除の対象です。

 誰にでもある汚れた心を掃除して、神様の守護をもっと大きく、深く受け取りたいと思います。  

  合掌  

 

 

元一日にゆかりのある大祭の10月26日が快晴のもと、お地場で無事に実施されたようです。遠くから、お地場を拝して、昨日もおつとめをさせてもらいました。

 

 みかぐら歌に、

 「病むほどつらいことハない わしもこれからひのきしん」とあります。

 

 人間にとって、病気をして身体が不自由になるほど、辛いことはないでしょうと。そうした人間に不自由なことがあり、人間の悩みや苦労の原因であることを神様は良く知っています。  

 最先端の医療が発達し、多くの医療従事者たちが働いています。

 

 看護師からスピリチュアルライフコーチ ・ヒーラー となられた方のブログ(使命発見☆3ヶ月で現実が変わる!アラフィフ女性のための魔法の癒しとコーチング (ameblo.jp))を読んで、自己肯定感の低かった人生からポジティブに変容され、魂の救済活動もされている方の体験談に関心しました。インドのサイババを信奉されているようでした。

 

 病気の原因、病の受け止め方はいかにあるべきか? 医者は身体的な側面については専門的に直していただきます。看護師さんも献身的に寄り添って、助けてくれます。

 

 私自身の個人的な事情として、25日の朝から左わき腹に差し込む痛みがあり、腰を寝違えたかと思っていのですが、分かりました。尿路結石。 

 昨年はもっと深刻で、妻に明け方近くに、緊急外来に運送してもらったほどです。 

 

 27日の今朝は、背中側にも痛みが移り、休講届を出す。朝から麦茶を飲み飲み、結石が流れることを待つばかりです。

 

 身体的異変からいかなる神意を悟るのか、ここに信仰者として試されています。

 

「大難は小難に」 

 

 本当だったら、もっとしんどいところを、軽く見せてもらっています。

 

 それが大難は小難の教えだと思います。  

 

 コロナ禍は世界の掃除ですが、個人の身体は己の悪理の掃除の一環です。掃除するのは、自分にしかできません。  

 

 魂の錬磨、魂を磨くために、見せられた痛みです。  

 

ありがとうございます。

 

ありがとうございます。 

 

ありがとうございます。

 

ひのきしん=神恩報謝の活動、神様の想いに立て替えて、実行・実践すること。

 

軽い悟りです、感謝の気持ちで過ごしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     

 

 

 

 

 

 

 

『おふでさき』は教祖の直筆本があり、その筆跡に近い形態での公刊本が昭和11年に出された。この貴重な資料はデジタル化されている 

  『おふでさき』の各号の表紙は、秀司様か、山澤良次郎が書いたとされている。表紙そのものが本刊行本には掲載されているのが出色である。

 

  また本文は当時の仮名文字であり、令和の今では読みにくいが、時代を感じさせるものがある。

 何百年、何千年たっても、最初に書かれた神の言葉の直筆本として、繰り返し研究されることだろう。 

 原本は中山家の蔵の中にあるらしい。

 その原本の一部を写真にしたものは、『ムック天理教』などで公開されたことがある。

 これは『おふでさき』第5号の写真である。 「第5号 七十七才老女 明治七年八月」

と書かれている。 教祖のことを「老女」と表現していることに、なんとなく人間臭いものを感じるが、これは教祖の長男の秀司さんにとっては、そのような存在であったのだろう。

 

<第5号の解釈>

 

いまゝでハぎうばとゆうハまゝあれど

あとさきしれた事ハあるまい   (5-1

 

このたびハさきなる事を此よから

しらしてをくでみにさハりみよ  (5-2

 

このよふハいかほどハがみをもふても

神のりいふくこれハかなハん   (5-3

 

 5号ー1は「今までは牛馬とゆうはままあれど 後先知れた事はあるまい」というものであり、下手をするを大変差別な意味で解釈されるので要注意である。これは人間心が強いと、牛や馬などの来生は落ちていくことをご注意、宣告されているという怖い解釈もある。

 元の理の宇宙の創成神話・起原神話からは、動物を経て生まれ変わりをくりかえして、やがて人間になってきたといわれる。その人間が、牛や馬という人間に役立っている動物に戻っていくことがあるのだろうか。 

 生まれ変わりは天理教の教えの根幹を占める話であるが、来生に動物となるのかは人間には分からないことである。同じ人間として生まれ変わるはずであるが、前世での積み残しの罪や功績をすべてもって、次の世に縁のあるところに生まれかわる。そうした人間の魂の支配は神様の権能の中にあり、人間には支配できないことである。「前世がどこにいて、来世はどこに生まれるか、それは人間には分からないだろう」これが下の句での真理の開示である。

 信仰的には、しっかり信仰していないと、また元の神様とのご縁の中には生まれ変わってこないという意味を悟っていかねばならない。

 死んでも、来生にまた神様とのご縁があることを安心して期待して出直すことに信仰の希望がある。

 

 5号ー2は、自分の身体に起きていることから、未来への注意が神様から人間に呼びかけられているということが書かれている。今までの古い人間心のままでいると、この先は危ない。そこで神様が身体的にご注意を与えます。そこで悟って、誤りのないような心使いに改心していかないといけない。この世とは、此処からという意味だそうです。 

 

 5号-3は、人間がわが身思案ばかりしていることへの注意です。わがまま勝手な人間心ではだめだと。もっと他人のことを考え、未来将来のことをもっと考える人間に成人してほしいのである。「わが身をおもうても」ということは人間は神様を知らないとしてしまう心使いです。プーチンはロシアの愛国主義から、自国中心的思想から抜けることができません。自分さえ、我が国さえ、我が会社さえという狭い料簡ではだめですよと。  

 もちろん神様が立腹されるとか、神が怒るということはたとえであり、そのようなことは無いのです。ただ私利私欲の続かないこと、神様も好きではない心使いであることが説かれています。他人を思う、人を思う愛のある人間に、優しい世の中になっていくのが神様の望みです。

 

 

 

 

 

 

昨日の投稿に続いて『おふでさき』第5号から神意を現代的に悟る作業を継続します。

 

教祖(おやさま)の御真筆の写真は以下。兵神大教会史料編纂部編(昭和3年)より

 

せかいぢうをふくの人てあるからに     (5-75)

    これすまするがむつかしい事

 

いかほどにむつかし事とゆうたとて     (5-76)

    わが心よりしんちつをみよ

 

 75番は、「世界中には多くの人がいるから、すべての人が心を澄ますことは難しい」ということが語られています。 

 人間には自由な心があるので、戦争もあれば、人をだますなど、いろいろな人間心が自由に勝手に使えます。 

 ましてや特定の信心を人に伝えて、他人の心を澄ますことは直ちにできません。全人類の心を澄ますというのは、世界の恒久平和を求めるカント的な理想として、神様でも困難だとのお話です。

 何か神様でも力が無いなという印象ですが、それは人間が考える神様の力であって、人間思案を超えて、神様は全世界と全人類を支配され、守護されているのです。 

 神様はじっと一人一人の心を見守って、人類の未来をすべて知っているのです。

 

 一人一人の心の中は、親子や兄弟でも分かりません。しかし、神様は知っているのです。一人一人の人間を心通りに守護されていますから。世界のどこのどんな人でも性別や年齢や国籍に関わらず、全人類の心を一様に受け取っていて、直ちに守護をされています。

 

 人間の心は自由であり、自由の中から、真実を求める心、真理を求めるやむにやまれぬ内面の要求が私たちの中にあります。

 それが、まさに76番の「我が心より真実を見よ」というフレーズだと思われます。世の中が変な方向に行っている、教団の教えが何か偏向しているとしても、一人一人の心はどこまでも自由であり、魂の渇き、真実を求める心は誰にでもあります。

 

 それは魂の要求であり、真実を求める心です。人に布教するとか、においがけ(布教)・お助けだと号令がかかります。

 

 しかし、無理に運ぶまえに、まず己自身の心を澄まして、神様の思惑を求めて、根を掘る模様(5号64)をしないといけないのです。これは主体性の問題であり、感受性の問題です。他人は関係なく、己と神様との一対一の根源的繋がりの中でのストーリーです。  

 

 明治7年(1874年)5月に説かれた『おふでさき』5号の一節ですが、今でも十分にその真理を受け取ることが出来ます。  

 

この心すむしわかりた事ならば       (5-77)

    そのまゝみゑる事であるなり

 

 自ら神様を求める真実の心があり、我が心が澄んできて、神様のご守護やその深い思惑が分かってくれば、なるほど今生起していることは、本当に神様がされてることだな、素晴らしいなと納得がいくのです。

 

 貸しもの借り物の世界であり、人間は生かされいる存在だということが根本的に理解できないと、不足することばかりです。   

 

 人間は現象の世界に振り回されがちですが、その奥にある神様の思惑がわかれば、何の心配も杞憂も不安もいらないのです。安心で安全に人間は守られていることが分かってくるのです。 

 

 神様の絶大な守護もわからず、ウカウカで来た人間心の累積に末に、コロナ禍の仕込みがありました。今それもようやく終焉へ、実りの秋の時節となりました。 

 

 これからまたどんなことが起きるか分かりませんが、その時に驚かないように、心をつくって行きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

horeken様の純粋な信仰心を求めるお心に答えして、以下の存命の教祖の思惑とは何かを一緒に思案したいと思います。

 これは私の8月10日の投稿(以下のサイト)へのhoreken様のコメントにお答えするものです。

 

 

 純粋に理を求めるお方の気持ちが2度のコメントから感じられました。本当に有難うございます。

 

 「つづくお言葉」という概念は、今の天理教の体制にはもちろんありませんが、このブログは、「つづくお言葉」という視点から、すなわち純粋に理を求める立場から書かせてもらっています。

 

 『みかぐら歌』、『おふでさき』、『おさしづ』の3原典で、教理はすべて説きつくされている。人間は成人したのだから、もう神様は何も御話はされない。これが現在のご本部の公式見解でしょう。とくに『おさしづ』は難解で、どこの教会でも埃をかぶって、書棚の奥に安置されているだけでしょう。

 

 それで、本当の私たちは成人したのでしょうか。世界情勢は全く激変し、当時の信徒さんたちが受け取った解釈を今時に理解しても、十分な解釈はできておらず、あたりさわりのない無責任な神様のお話がされているようです。

 つづくお言葉とは、別におつとめも否定しませんし、お地場の大切さも否定せず、以前に下された神様の思惑をさらに深く説くというものです。それが存命の理の本当の意味です。教祖は明治20年正月26日に御身を隠されても、ご本席を通じて存命同様に働かれました。ご本席亡きあとの茨木事件もその真相をやがて明かしたいと思いますが・・理は継承され続けた秘史がありす。  

 

 ここに肉体的、歴史的な教祖から、普遍的で永遠の教祖という質的転換が起きたのです。教祖の説かれたとこと(おふでさき)は、それゆえに、今でも永遠につづく真理が説かれていると思います。これは拙ブログの信仰告白です。  

 

 『おふでさき』第5号もいろいろに解釈されていますが、最新の説かれ方からは以下のように悟りたいと思います。

 

 

いまゝでハ神があらハれでたるとて     (5-46)

    まだしんぢつをしりたものなし

 

 このさきハどのよな事もしんじつを     (5-47)

    をしへてをいた事であるなら

 

 5号46の今とは何時でしょうか。天保9年から明治7年までが今までであると狭く解釈もできるでしょう。しかし、この今は、2022年10月8日の今でもあります。いかな宗教や信条、価値観が世界にはあります。コロナ禍の中、ロシアは核戦争を起こすかもしれという大変不穏のな時代です。だれも神様を知りません、しかし、神様は教祖を通じて永遠に顕現されているのです。本席様を通じて、その後も、歴代の機械といわれる人間を利用して、今でも存命の理は生きています。本部から流れるべき理が途絶したので、神様は別間の理を立てたのです。それゆえに、理を求める純粋な心に対して、純粋な理が下されねばならないのです。 真柱が天理教の頂点におられますが、真柱を超える神様という概念が難問として、今の教団にあります。   

 

 5号47は、存命の理の永遠性をまさに明かしています。 人間は知らないことばかりです。それゆえに、horoken様のように理を求める方も大勢おられます。この先とは、未来永劫という意味です。どのよな事とはすべて、あらゆることです。そのすべての真実や真理を教えるのが神様であり、存命の教祖だということです。 神様は世界助けを急がれていて、そのためには神様の教えにふれた個々の人間の魂の成人が不可欠です。

 

(つづく)

 

 

 

前回の続きが遅くなりました。 明治40年6月9日午前9時の本席様の最後のおさしづを改めて引用します。

 

明治四十年六月九日(陰暦四月二十九日)午前九時

 

 昨日分支教會長普請の事に付會議を開き、本席の御身上も普請の上から御苦しみ下さる事でありますから、部下教會長一同わらじの紐を解かず一身を粉にしも働かさして頂き、毎月少しずつでも集まりたるだけ本部へ納めさして頂く事に決め申しました、と御返事申し上ぐ

 

「一寸一言々々、どういう事聞かすなら、これまで初まりからだん/\年限追うてある。この道、皆思案してみよ。一寸も違わんで。十分の道與えたる。もう一仕切りの處辛抱大抵々々。それ/\の者これでならと思う處、理治まったる。二十年の間の事思うて見よ。今度假家普請と言うて、それだけのあたえは十分に與えたる。こんな事は軽い事やで。何も心の心配は一つも要らん。心の理治まったれば、案じる事要らん。どうでも出来るという事、これだけ皆に聞かし置こう。これでなけりゃいかん、これでなけにゃならん。二十年の間ほんの聞いただけにて、目に見ゆる事無しに来た。二十年の間言うて置いたる事出て来たる。道の者皆知って居るやろう。これだけ一寸知らし置こう/\。皆々惣々思案無くばならん。皆々力無くばならん。この理しっかり傳えて置こう。」


  教長より有り難う御座ります、と申し上げになる(しばらくして)

 「もう十分の満足をして居る。席は満足をして居る/\。又今一時席の身上の處差し迫り、どうであろうこうであろうと、困難の中で皆心を合わせ、もう一度十年何でも彼でもというはなか/\の精神。その精神というは、神の自由受け取りたる精神。何も皆、身上は成っても成らいでも案じてくれる事要らん。篤と心を鎮め。皆々心勇んでくれ/\。」

 

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<神意の解釈>

 前回は割書きに、人間側の考え方が書かれてあることを書いた。それに対する神意は上記の内容でした。 まず冒頭から見てみましょう。

 

 「一寸一言々々、どういう事聞かすなら、これまで初まりからだん/\年限追うてある。」

 

 人間側の勇ましい悲壮な決意に対して、神様は何ともお答えになさらず、神意が全く別のところにあることを明かしている。天保9年からだけではなく、この世の始まりから、すべて神様が年限を追って、すべて守護して支配してきたぞと言われる。人間側が苦労して、無理くりに借金をして北礼拝殿の普請をしますという決意、心定めに対して、神様はじつは喜んでないのである。

 人間側は形の普請をする決意をさだめ、あらゆる教会が無理な借金を抱えることになる。そうした先人たちの苦労で、北礼拝殿の普請が最終的には完成したのであった。信仰心の目標として神殿普請は分かりやすい。しかし形の普請そのものが目的化してしまい、肝心の心の普請が忘却されてしまった。ここに大きな問題の種が宿っており、これは今の天理教の教団の維持困難性の大遠因ともなっている。

 

 二ツ ふしぎなつとめばしょハ たれにたのみはかけねども (みかぐら歌二ツ)

 

 天理教の歴史は、飯降伊蔵によるつとめ場所の普請に始まり、甘露台をかこむ礼拝殿の拡大、親里の神苑の拡大として天理の宗教的施設の景観を形成してきた。その中で、三島神社の移転(鏡池の消滅)、飯降家邸宅の移転なども平成時代にあった。

 

 信仰の喜びから進んで、神恩報謝の証として、喜捨してのつとめ場所が大きくなることが、望まれる。神様は無理な普請は最初から求めていない。  

 

 汚れた人間心を立て替えて、澄み切った心に、地場における神殿の普請という偉業、資金集めのための救済も生まれてくるということが、おさしづの大きな主旨である。  

 

 形や外面の体裁を追い求めて、魂の成人の遅れに今の天理教の悲哀があると思われます。