『おふでさき』第6号の続きです。
どのよふな事でも神のする事や (6-22)
これをやまいとさらにをもうな
<今の悟り>
世界で現れていること、今自分に起きていること、すべては神様が守護されている世界で起きていることです。戦争だ、病気だ、と人間に不都合なことが実際に起きています。
小さなことで、自分にも尿管結石で仕込みが続きます。
11月にはいり、1年間の掃除の決算がきて、今、仕込まれています。病ではない、神様からのお仕込みです。大難は小難にしてもらっています。 ありがとうございます。
なにもかもしんぢつ神のぢふよふを (6-23)
しらしたいからしてみせるでな
<今の悟り>
どんなことが起きるのも、真実の神の自由用を知らせたい、そのために見せている。
信仰心がないと、人間は現象に振り回されるだけです。形の奥にある、大きな神様の思惑が厳然としてあることを知らせているのです。
これまでハいかなるみちをとふりても (6-24)
ひがきたらんでいづみいたなり
<今の悟り>
天保9年以前まで、教祖(おやさま)が月日の社(つきひのやしろ)となるまでは、いろいろな宗教や信条、拝み、祈祷の世界がありました。神社が寺院があり、僧侶や神職をつかさどるひとたち、また占い師、シャーマンもいました。
その中で、人々は精神的に行き詰っていました。運命や天命に翻弄されていました。
しかし、天保9年という神が見定めて時期がついに来たのでした。それ以前とそれ以降で人間や世界の運命が全く変わるターニング・ポイントが天保9年だったのです。
このさきハどのよな事もたん/\と (6-25)
ほんしんぢつをゆうてきかする
天保9年以降は、教祖を通じて、永遠に神が話をする道が開かれたのです。段々と明かすのです。本真実とは、絶対の真理、究極の真理という意味です。 教祖の口を通じて、真理が明かされる道が始まったことを意味していています。
その神様の思惑が知らないと、絶対的安心の道に至れず、形の世界に右往左往するばかりです。腹を決めて、神様が守護されている世界だという信心を固めないといけないのです。
人間が主体的に、生きていることを感謝報恩の道で過ごす心の道の作りかたを神様が教えております。 今さえよければ、我さえよければの心が悪しき心であり、これが掃除の対象です。
誰にでもある汚れた心を掃除して、神様の守護をもっと大きく、深く受け取りたいと思います。
合掌




