教祖の宮池での投身自殺を図ったという事件について | 「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

 月日の社である教祖がなぜ、宮池への投身自殺を図ろうとしたのか? 教祖は信仰に絶望したのか? これは捏造されたストーリーではないか? 教祖は実は単なる人間であった。神を自ら創造したのである。などなど、島薗進元東大教授も「信仰と疑惑」の間で、この史実を取り上げて、中山みきを人間学的・心理的に想像した論文で学会賞をとられました。

 村上道昭先生のエッセーも、この問題を取り上げていました。

 

 

 

 私も不思議に思って、お機械様となった先生に、その昔、お尋ねしました。答えは明白でした。

 神様が教祖に神様が「宮池に飛び込むように命じた」というのです。おそらく神様から「はやまるやない」との声が聞こえたというのが、捏造かもしれません。このストーリーでの神の言葉の史実の由来を調査する必要があるでしょう。教祖伝はよく書かれていますが、稿本なので、分かりやすく一部変えたかも知れません。

 

 ちなみに、宮池へ飛び込む教祖を止めたのは、神様ではなく、三島村の近所のおばさんだった。そのおばさんの息子である古老から昔、聞いたことがあります。

 

 イエスが磔になるために、エルサレムに帰還する。教祖も、親神様から投身自殺を命じられ、素直に従った。こちらの方が、教祖の信仰態度の絶対性を証明してはいないでしょうか。  私の勝手な解釈ですが・・・。  周囲の誰も教祖のいう事を聞かない、そこで、教祖がみずから身投げするという演技を神様がさせたかも知れません。教祖のひながたの中での大変な道中の一コマだと思案します。

 

 宮池とは、今の真柱邸の前にありました。更地となってしまいました。 三島神社と宮池(鏡池)という、教祖伝の舞台は前の真柱様の時に消されました。昭和62年、私が修養科にいたときは涼むこともできた神社でした。 

 

http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/book/misima/kagami.pdf