諭達第4号と「ひながたの道」 | 「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」は宗教か、真実の教えか

「天理教」に関するまじめな宗教学的、神学的な考察

 令和4年10月26日、ご本部秋の大祭にて、真柱様から、諭達(ゆたつ)第4号が発せられた。脳梗塞か何かで倒られた真柱様であるが、公の場でのご発言に、天理教の信徒達からもかなりの親愛の情が寄せられたことであろう。

 この中で、存命の教祖(おやさま)を慕うこと、教祖の御生涯がひながたの道として、信仰の原型(モデル)であることが改めて、開示されていた。

 諭達(ゆたつ)とは、天理教の教団指導者トップである真柱(しんばしら)が全教にむけて、発する公式の指示書で、現在の神意がわからない中で、教団として最高の神意を自ら開示したものといってよいだろう。二代真柱の正善、三代真柱の善衛、そして現在の真柱の善司様とそれぞれ諭達を出されている。

 

 

 だが、そこには、真柱トップ制における自己矛盾をはらんだ教示内容で、全く新味のない従前通りの教えが書かれていました。明るい展望もなく、予定調和に安住した何の盛り上がりも感じさせないものであった。 

  

 真柱は存命の教祖からの教示を真っ先に受けて、全教にその教えて広める大責任を帯びているのが真柱である。T大宗教学科卒の頭のいい人たちが作った作文に基づく教えであり、そもそも存命の教祖(おやさま)を有名無実化している。  

 

 存命の教祖(おやさま)という教えは、本席様の御啓示によって誕生した教えであることが全く忘却されている。本席のことばが、今なるの教祖の言葉である。 女性である老婆が亡くなり、その後、神意をすでに下す御用をしていた飯降伊蔵が本席と定まって、存命の教祖を体現さたという天啓継承の史実があった。まさに霊気ただよう神の屋敷としての地場がそこにはあった。

 

 本席時代の歴史を学ばないことに天理教の病理がある云っていいだろう。キリスト教神学の歴史から照らして、天理教神学の研究はお寒いかぎりだ。ネポティズムのなか、非中山家には重責が回ってこない。そして飯降家が果たした役割が全く黙殺されている。 

 

 神意の自発的発動として刻限話がある。「ひながたの道・三年千日」の教えは以下の刻限から始まった。

 

 かしもの・借り物の理という神と人間との根源的な関係を自覚し、御守護の有難さを三日でいいから通って、味わって実践してみなさい。そうして、三年千日を通れば、教祖のように五十年も通らずに、真のWELL-BEINGを味わえる道を教えたのである。もっと明るく、頼もしい人生が開けることを教えたのが三年千日の「ひながたの道」の教えである。

 

 私と同世代の今の真柱様の生真面目な態度に人類救済の未来が掛かっている。足元から生まれる神意の発露をつぶさないようにお願いします。

 

 

 

明治二十二年十一月七日 午後十時四十分
 刻限御話
さあ/\一寸話仕掛けるで/\。まあ、あちらもこちらも取り混ぜ/\て、一つの理を諭そう。もう/\急がしい/\。日々が急がしい/\。何でも彼でも、一つ見れば一つの理がある。聞けば一つの理がある。二つの理の道理の理を、治めてくれねばならん。難しい事は言わん。難しい事をせいとも、紋型無き事をせいと言わん。皆一つ/\のひながたの道がある。ひながたの道を通れんというような事ではどうもならん。あちらへ廻り、日々の處、三十日と言えば、五十日向うの守護をして居る事を知らん。これ分からんような事ではどうもならん。ひながたの道通れんような事ではどうもならん。長い事を通れと言えば、出けんが一つの理。世界道というは、どんな道あるやら分からん。世界の道は千筋、神の道は一條。世界の道は千筋、神の道には先の分からんような事をせいとは言わん。ひながたの道が通れんような事ではどうもならん。どんな者もこんな者も、案ぜる道が見え掛けてはどうもなろまい。一日二日経ったらと言うたら、どんな事やと思て居たやろ。ちゃんとしてやる道は見るも同じ事。ひながたの道を通らねばひながた要らん。ひながたなおせばどうもなろうまい。これをよう聞き分けて、何處から見ても成程やというようにしたならば、それでよいのや。十年あとの道は、どんな事を説いても、いか程説いても、そんな事は無い、何を言うやらと言うて居たのや。國々の者やない。そこからそこの者でも分からなんだ。なれど十年経ち、二十年経ち、口に言われん、筆に書き盡せん道を通りて来た。なれど先年も二千年も通りたのやない。僅か五十年。五十年の間の道を、まあ五十年三十年も通れと言えばいこまい。二十年も十年も通れと言うのやない。まあ十年の中の三つや。三日の間の道を通ればよいのや。僅か千日の道を通れと言うのや。千日の道が難しのや。ひながたの道より道が無いで。何程急いたとれ急いだとていかせんで。ひながたの道より道無いで。ひながたの道がどんな日もある。ひながたの道にはいろ/\ある。誠の道も蒔いた事がある。なれども、何年経てばこうという理が、外れてはあろうまい。世界には何を言うやら大工がと。日本一の大工や。何言うて居るやらと皆笑うて居る。十のものなら八つという。後二分の處放って了うは八分という。難しい。後二分というたら僅かや。まあ何年居てくれたら、内も結構や。なれどもどうも半端である。十年の間、八年の間の苦労は容易やない。なれども、まあ後二年は何でもない。八方明けたら明らかや。もう僅か、まあ三日の辛抱さえ仕遂げたら、誰に遠慮は無い。皆貴方々々と言う。ひながたの道が出してある。ひながたそばにある。めん/\もたった三日の辛抱すればひながたの道が。以前々々は、我が/\のようにして通りて来たのや。三日の日はこせんという理はあるまい。どんな者でも、ひながた通りの道を通りた事なら、皆ひながた同様の理に運ぶ。まあたった三日や。三日は分かろうまい。今と言うたら、今の事のように思う。ひながたの道を通れば、僅か年限の間に、何と分からなんだなあ。前々は我が俺がと言うて居たなれども、どうもあんな者とも知らなんだと、世界から言うのは、まあたった三日の間や。三日の辛抱さえしたら、どんな道があるやら分からん。あちらも狭ばい、こちらも狭ばい。あちらも廣め、こちらも廣めに運ぶ。三日の辛抱したら、今の三つが、三日経てば何ぼに成るやら分かりゃせんで。一日々々の日が近寄る、何處から見ても出るも、ほんに見るも、ほんになあと言う日は、まあ三年の間や。三年経てば、偉い事に成るのやで。三年の道は直きや。そこで、難しい事せいとは言わん。古い型のひながた、見えてある事分からん。一年後というものは、大方成るかと思えばどんと行き、これではならんという處から、一寸道を開き掛けた。まあ/\世界から見れば往還。細道は通りよい、往還通り難くい。何を言うと思う。往還通り難くいという理聞き分けたら、三日の間や。なれども、これまで細い道を通り来た故、大き道に成るのやで。三年やそこらの事は、三日の日の事思えば直きや。三年辛抱すれば、落ちようと思うても落ちられん。たったそれだけの事が分からん。そこで皆んな一つ/\の理を寄せてくれるよう。僅か三年の間の事を、長う取るからどんな理も出る。たった三日の間や。三年の道通れば、不自由しようにも、難儀しようにもしられやせん。たった三日の間や。