淑女との戯れ ダットサン フェアレディ -18ページ目

淑女との戯れ ダットサン フェアレディ

フェアレディSP311の再生記事を中心に、あれこれと気ままにつづっています。

あれから何年たったのだろう

 

ニューイヤーミーティングがなくなり、お台場旧車天国がなくなり、コロナパンデミックで様々なイベントが休止になった。

だけどもだんだんと各種イベントが開催されるようになってきました。

 

そんな中で、来る23日(日)開催の「 第37回 裾野ミーティング 」に行ってみることにします。

こちらはブロ友のyota-1967さんが関係されているイベントで、ヨタハチとパブリカを主体としたものです。

 

実はパブリカとはちょっと縁がありまして、亡き父が商売用に最初に購入した車がパブリカ700のバンでした。

 

(さて何のポーズなのでしょうかね? 全く分かりません!

向こうに見える小屋みたいなのが当時の小田急南林間駅です。)

 

 

母も父に色んな所に連れて行ってもらったり、小生も座席で飛び跳ねていたり、車窓から見えるクルマを指さし「タイヤ!タイヤ!」と叫んでいたという思い出があるそうです。

また、パタパタ・・・というエンジン音はよく覚えているというのです。ぜひ聞かせてあげたい。

 

そこで、認知も入ってきてしまった母に少しでも当時を感じることができ良い刺激になればと思い行ってみようと思ったのです。

また、ここのところ出かけることもなかったので、富士山のふもとの新鮮な空気や風景を見たりすることも大いに結構なことだと思ったのです。

 

もちろん、小生もパブリカもヨタハチも大好きなので楽しみにしています。

 

そうそう、翌日は母の誕生日でもあるので、プレゼント?・・・にはならないかな(笑)

この人の辞書には反省というモノがないのだらうか?

 

現在地に赴任して1年が過ぎました。昼休みには街を歩き楽しんでいます。

そんな中、古本屋さんを見つけました。なんとこの街にはブックオフ以外にも数件ありました!

この中でも交通系の充実したお店がありました。しかも1960年代のものがひしめいています。

大変誘惑に駆られてしまうのであまり寄り道してしまわないように心がけていますが、先日寄ってしまい一冊の雑誌を手に取ってしまいました。

 

 

「月刊 自家用車 昭和37年2月号」です。西暦では1962年、小生は生まれていません。ちょうど60年前のものです。

表紙のクルマは「初代プリンススカイライン」です。

読んでみると中々面白いのです。当時の交通事情をはじめとした。知ることのなかった今では考えられないようなことが書かれています。

 

今回はその中でもかなり"とんでもない”話があったので、固有名詞などに配慮し多少書き換えたものを書いてみます。

 

「免許証の詐取に新手あらわる」

●●市〇〇の某A(35)は同市××で、小学校2年のBちゃん(7つ)をわき見運転で自転車ごとひき殺した。

●●署は某A を業務上過失致死、無免許運転の疑いで逮捕、免許証から違反前歴を調べたところ、某Aは昨年2月Cさん(53)をひき殺し、8月3日から100日間の免許停止処分を受け、更に今年7月にDさん(85)をひき殺し12月1日に取消処分を受けていることが分かった。

さらに、昨年8月3日に停止処分を受けた時に、その足で▲▲署に行き「免許証をなくした」と噓をついて再交付してもらい、免許証の二重取りで運転していたことも分かった。某Aは「罰金も払わなければならないし、正月も近いので働けるだけ働こうと思った」と自供したという。

 

3人もひき殺しておいて、あきれてものも言えませんね。

今とは違いコンピュータ管理などしていないですし、もちろんインターネットもありませんから、処分を受けた警察署とは違う警察署に行って再交付を受けるということができてしまったわけですが、よく調べずに素直に再交付を受理してしまった警察も落ち度がありますね。

でもこの人、ほっといてもまた無免許運転をして同じことをしてしまいそうです。同じような人が今の世にも居そうですけれど、いかがなものでしょうかね。

 

他の記事に「替え玉を使って免許を取っても」というものがありました。問題の多い運転手は相当いたのでしょうね。

 

 

 

 

高齢者はつらいよ!

 

ここのところブログが中断していたのは訳があります。

急遽実家を引き払わなければならない事情ができ、母の引っ越しをしなければならなくなったため、淑女の作業なぞはやってはおれない状況となったのです。振り重なる自然災害が親戚を襲い、更には新型コロナによる影響で大変な状況となってしまったために助けると言っては聞こえは良いですが、こちらも普通では考えられないほど今まで大変助けられているので当然のこととしてのものなのです。この家系は本当にみんなが仲良く稀にみる素敵な関係だと感じています。そして優秀な方がそろっているのも感謝に値します。(小生はダメですが・・・)そんなわけです。

 

2年半前にちょうど新型コロナのことが大事になり始めた矢先に、脳梗塞をはじめとする病によって言葉も失い半身不随であった20年以上の長い闘病生活を終え父が他界しました。もうちょっと長生きしていたら面会もままならず葬儀さえ行えない状況になってしまうようなそんな時期のことでした。ただ、尋常ではない前向きさであったことは、その生命を永らえた糧であったのだと思います。逆に言えば、その積極さがその病を誘引してしまったともいえるのですけれどね。その後も心臓病や敗血症にも打ち勝ちましたが、直腸がんが発覚し、人工肛門の生活が始まりました。ケアマネさんに様々な組み立ても行っていただき訪問看護ステーションの看護師さんの協力もあって人工肛門ケアの内容を軽減できたものの母には介護の内容が重くつらくなり、それまでの時間をうまく使った大好きな山登りなどの息抜きもままならない状況で次第に気丈な母の精神にもきたすようになって、とうとう弱音を吐くようになってしまい、更には認知症の症状も出てきてしまいました。小生も兄弟も可能なものはしていましたが同居しているわけではないので、その負担は母を蝕んでしまったようでした。

 父の他界後も更に進行していくのを感じていましたが、あまり環境を変えない方が良いという考え等々錯綜し2年が経ちました。

 

そして、冒頭の状況となり母の引っ越しをする算段を取ることになりました。

やはり、施設には入れたくないというのが一番で、できるだけ近い方が良いということも大事なものです。

もちろん今後はケアマネさんにも相談しながら良いものを模索していかなければなりませんが、最終的には施設入所も必要になってくるのかもしれません。

 

まずは、物件探しです。世間一般では80を超えるような高齢者に物件は貸したがりません。

これが一番の障壁でしょう。それと、閉鎖的な空間ではすぐさま精神的な問題も出てくるかもしれません。

さらに、家賃も抑えなければなりません。そんなことを考えながらいろいろと考えました。

様々な物件も検討しましたが良いものがなく決めかねていました。

 

そして、実は小生の家の隣に古いアパートがあるのは認知していました。ただ、もう大家さんは貸す気がなく管理していた不動産屋とも契約を解除していました。その一室には大家さんの息子さん一家が住んでいるので、その内取り壊して一戸建てでも立てるのだろうと思っていました。ですが、聞いてみる価値はあります。

そこで、大家さんに聞いてみたところ、いろいろ問題はあるけれども、貸しても良いという返事をいただきました。しかもすごく格安で!その問題についてはココでは書きませんが以前の居住者はそのことがきっかけで退去されたとのことでした。けれども、我が家にとってその問題は大したことではないので、「大丈夫です」と答え内覧させていただき、すぐに母にも見てもらいここに移住することを決めました。

 

このアパートは昭和50年の建築です。大した断熱材も入っていません。良いところは、この地区は防衛省の防音工事というものはあり、防音サッシと各部屋にはエアコンが完備していることです。しかも更新してそれほど年月が経ってないものです。洋式トイレにも改修済みで浴槽もきれいで釜ではなく湯沸かし器なので安全性が高いものです。

ただ、洗濯機は外に置くことが標準とされた時代のものなので室内に置くような作りにはなっていません。以前の住人は風呂場に置いていたそうですが、洗い場のスペースがなくなってしまうのでよろしくありません。

 

そこで、入居前にしかも契約前の段階から少しずつ改良をさせていただくこととなりました。

 

洗濯機は検討した結果、キッチンに置くことにしました。

 

 

6畳くらいの広さがあるので、大きさは問題ないのですが、洗濯排水をどうするかが問題です。

そうですここにはシンクの排水管しか排水できるところがありません。

そこで、改良工事を実施することにしました。

 

まずは、シンクをどかすと排水管の入口があります。

こちらに写真のY字管を取り付けて合流させようという考えです。

 

 

床下に潜り、匍匐前進で目標地点に到達し塩ビ管を切断し取り付けました。

 

 

上面の体裁を整えて一丁上がりです丁

 

 

更には、システムキッチンにホールソーで穴をあけ、塩ビ管を取付けます。

 

 

排水ホースを通していきます。

この時摩擦で引っかかるので、シリコンスプレーを使うことでスムースに導くことができました。

 

 

シンク下はまだ通していませんが、洗濯機の位置が決まり次第余分なホースを切断し垂らし込んで右の配管のように密閉すればOKです。

 

 

ホース入口には飾り版を入れているので見栄えも純正?に見えるかもですね。

 

 

防音断熱の観点からタイルカーペットを敷き詰めました。

母が楽しくなるようなイメージでカラフルにやってみましたところ、とても喜んでくれたので良かったです。

 

 

畳の下も、断熱アルミシートを敷き詰めました。4mm厚のものを2つ折りし8mm厚にし、両面にアルミ地が出て効果も倍増を期待しています。

 

 

写真にはありませんが、押し入れも棚を取り去り床板を張り、母の結婚記念の桜の木のタンスを収納するようにしました。

 

引っ越しは台風の中、9月17日に行いました。

その他順次、元の家の片づけをしながら運び込みをしています。

 

元の家は昭和44年に或る大工さんが自分で住むために設計し建てたものでちょっと凝った作りになっていました。

それを父が、中古で購入し長らく貸家としていました。父が病気で倒れ事業も清算することになったときに伯父のものになりその相続によって従兄弟のものになっています。この20年以上家賃も取らずに、こちらが家賃を払いたいと言ってもいいから住んでいてくださいとの言葉には感謝に堪えません。今回はその従兄弟の営む食品工場が水害で被災し大変なことになってさらにコロナの追い打ちを受けてのことです。良いことも悪いこともこのタイミングが「時」というもので与えられたのだと思っています。

 

母も兄弟も、小生の隣に住むことになったことで安心することができているように思います。

 

一応実家の写真をお見せします。

 

ガラスブロックのエントランスの彩は趣があってよい感じですね。

玄関は無粋なものですがこれは例の防衛省による防音工事によって取り付けられたものなので仕方ないですね。何か飾りつけでもすればよいかもですが、この家も近々壊される運命だと思います。

 

 

玄関灯は取り外してアパートに移設する予定です。

 

まだまだ片づけは続きます。

 

 

 

 

 

中断していた良かったのかも・・・

 

久しぶりに淑女のドアを開けると、なんだかすごい臭いが充満していました。

酷くゴム臭いのです。

 

そこには、作業を中断しているシートを定位置に置いていたのですが・・・

 

 

どうやら原因はこれらしい。

 

新規で張ったゴムシートが事業用の新品ということもあり、その性質上の臭いを放っていたわけです。

中古品や時間が経っているものならこれほどのことはなかったのだと思います。

 

となりますと、いったん取り外して消臭しなければなりません。

調べたところ、洗剤で洗うことと、重曹溶液に漬け込むことでその効果が期待できるとのことでしたので、さっそく実践してみます。

 

まずは、片面に残っている保護シートを剥がします。

すると、

香ばしい香りが・・・イエイエ、ゴムの異臭が放出されてきました。ウゲ!

 

 

続いて、洗剤で洗います。

ゴムの表面に幕になっている異臭物質を一皮剥くような感じですね。

 

 

更に、重曹を溶かした水に漬け込みます。

(重曹は、100均に掃除用として販売されています。)

 

 

適度に付けておけばよいので、

放っておき、一昼夜程度の時間が過ぎました。

 

あとは、乾かして再度取り付ければOK?かなあ・・・

 

臭いですか?

 

とりあえずは、だいぶ臭いは弱まったようです。

 

また、一週間淑女内に置いておいてその効果を期待することとします。

 

なんで、以前の作業中に気付かなかったのかって?

臭いはそのうち飛ぶと思っていましたし、作業に集中していてあまり気にしていなかったということもありますね。

プロじゃないのでイロイロありますね~

 

 

 

色々と悩みどころがありますね~

 

以前オーバーホールしたヒーターコントロールバルブをようやく本日取り付けました。

 

新品のように美しく仕上がっています。

 

 

まず、ボディに仮止めしてヒーターコアとの接続ゴムホースのサイズを探ります。

パイプ同士が接触した状態に差し込んで接続するものです。

 

 

測ってみたら35㎜~40㎜位でしたので、40mmでホースを切り出しましたが、収まりが悪かったので35㎜に短縮しました。

 

 

これでしっかりと取り付けることができました。

 

あとは、ワイヤリングをしてコンソールのレバーとつなげれば作動します。

 

さて、

実はこの時代の日産車はヒーターコアのパイプサイズとエンジン側のパイプのサイズが違うのです。

 

ヒータコア側は15.5㎜でした。

 

 

インマニに接続するパイプのサイズは、13.0㎜でした。

 

 

なので、中継の変換が必要なのです。

 

今回は、車種を忘れた解体車から頂戴した変換パイプを取り付けていますが、

30型セドリックなどではこのようなホースを使っているようです。

 

 

多分小生の淑女はそのような変換ホースはついてなかったようで、太い方のホースを無理やり取り付けられていたように記憶しています。既に廃棄してしまっていてどうだったのかもわかりませんが、変換パイプや変換ホースはついていなかったのでそうだと思います。

 

ついでにおまけの情報です。

ヒーターコントロールバルブからインマニへつなげるホースは、パーツカタログにヒーター関係が載っていないのでわかりませんでしたが、最近単品で入手したので番号がありましたので画像として参考に載せておきます。

 

 

 

 

 

 

増設配線を敷設するのであります。

 

余計な装備品がない!

というのも旧車としての美徳のようなものだとは思ってはいるのですが、

やはり日々道路を走行していると、やっぱりないとマズいよね・・・と感じる装備品はあるものです。

 

ハザード装置やETCは必須ですし、ドライブレコーダーも防衛という意味でも必要でしょう。

その他ちょっとした便利な装置もつけて近代化しちゃいましょう。

 

そのようなわけで、内装がバラされている今のうちに目立たないように将来を見越して増設配線をしております。

そのまま純正配線から分岐したのでは負担がかかってしまいますので、新たにフューズボックスと各部のリレーも新設します。

 

写真ではタコ足配線みたいな部分だけのものになりますが、古い頭を洗脳しなければならない事態にも遭遇しました。

それは、ETCの配線を調べていた時でした。電源線とACC線の配色が今まで思っていたものと逆だったことです。

それまでは、電源が「赤」ACCが「黄」と思い込んでいたからです。危なく逆の配線をしてしまうところでした。

それは、取付予定のドラレコにも当てはまりました。

確かに昔からメーカー独自の配色基準があるので何とも言えないところですが、こんなところの注意も怠ると痛い目に遭うかもしれませんね。

 

こちらがETCの配色です。

亀の子は嫌いなので切断しギボシ端子に付け替え、この部分で配色をクロスさせ電源接続部まで延長配線しました。

(間違えのないように、この表示チューブは残しています。)

 

 

装備品からの配線です。

テプラを貼りました。

 

 

増設回路~ヒューズボックスからの配線です。

 

 

トランクオープナーは20年以上前のスワップミートで当時ものを購入してホッタラカシになっていたものを今回ようやく取り付けることにしました。

 

これらの装備は、また別の機会に紹介します。

 

外は台風が来ています。

水害の多発している今日この頃、これ以上の被害のないようにと祈ります。

 

 

 

結局コア交換をしてもらいました・・・

 

前回、「オーバーヒートに泣かされるようでは本末転倒。」などと締めくくっては見たものの、

自分の中でなんとも言えない不安にさいなまれていました。

要は、自分の修理に対して信用していないのです。

 

そんなわけで、その呪縛から解き放たれるために、「コア交換」をしていただくことにしました。

初めからそうするのが当たり前の話なのですが、セコイ小生はごまかし修理の選択をしていたのでした。

 

さて、今回依頼したのは、目黒区の「高崎ラヂェーター」さんです。1967年創業の老舗です。

ホームページもあります。 

 

 

早速出来上がってきたものがこれです。ありがとうございました!

 

 

きれいに仕上がっていてワクワクしますね!

 

自分では気づかなかった漏れ部分もありました。ちょうどインシュレーターがかぶさっていて気付かなかった場所です。

こちらも、はんだによる修理が行われて完璧です。

あのままでしたら変な疾病に悩まされていたかもしれません。

 

 

 

 

未塗装も、スケルトンな魅力はあるのですが、やはり塗装しておきましょう。

腐食防止にもなりますから。

 

まずは、プライマーを施します。

 

 

その後、ブラックに塗装します。(写真撮り忘れました。)

 

塗装後に、いつものダンボールブースで焼き付けしました。

 

 

塗装が冷めれば完成です。

 

まるで新品!

やはりきちんとしている部品は安心感がありますね~

 

 

あとは元のヒーターユニットに戻して車体に取り付けなおせばOK!

 

ちょっとしたわだかまりが取れました。

随分な遠回りでしたね。

 

これで、安心して次の作業に進むことにします。

 

完璧を目指さないことが気楽なんだな

 

シートはどうなっているの?

という声も聞こえてきそうなものであるが、少々集中した時間でやりたいと思い棚に上げております。

 

さて、以前から気になっているドアの閉まり具合の付いて、本日は格闘してみました。

 

まず、夏といえばこれである。

 

 

蚊取り線香は必需品なのです。

 

レバーの動きに渋さを感じたので、古いグリスを洗浄してグリスアップ。

 

 

これだけでも、軽くなってよい感じに。基本は大事ですね。

 

そして問題はドアの立て付けである。

正直なところあまり褒められたボディではないのです。元々事故車ですから。

なので、チリはいまいち合っていないところは多く、合わせること自体に諦め半分なのです。

とはいえ、もうチョット気持ちよくしたいものである。

 

立て付けの調整の肝はココです。

 

助手席側は、全部メートルねじに変わってしまっています。

しかもバラバラ・・・

 

 

 

運転席側は、下部の2本のみメートルねじに変更されています。

 

 

本当は、7/16サイズのインチねじでなければなりません。

 

 

とはいっても、このままねじは変更せずこのまま使ってドアの立て付けの調整を行いました。

ドアを持ち上げながら締めたり緩めたりを繰り返して開閉具合を確認しながら作業をします。

 

助手席ドアは納得できる閉まり具合となりましたが、運転席ドアはまだもう少し調整が必要なようですが、これ以上良くなるのかどうか疑問である。

 

また気分が向いたら続きをすることにしてこの作業はおわります。

 

ポンコツはつらいよ!

 

 

同じに見えても違っていて困るのだ!

 

ここのところ作業ができずブログ更新もままならぬ状態でついに7月も終わってしまいそうなので、小ネタにて締めくくろうと思う。

などと威張って云うことでもないのですが、ちょいとバックミラーについて書いてみようと思うのです。

 

フェアレディSP311には、パーツカタログ上に2種類のバックミラーが記載されています。

 

 

右にある記号の、S.U.は右ハンドル用で、L.は左ハンドル用です。

つまり、一見同じに見えてもどこかが違うはずなのです。

 

これが、バックミラーです。

 

 

なんてことのないものなのですが、よく見てみると左右が対象ではなかったのです。

 

 

なんと、付け根の部分がオフセットいていたのです。

すると、別番号の方は逆にオフセットしているはずです。

そのサンプルはないのですが、小生のものが右用か左用かが気になってきます。

このクルマを入手した時には欠品だったので、のちにスワップミートで見つけたものを取り付けた為、真相不明ということになります。

 

そこで、友人のSP311を見せてもらうことにしました。この車体は初代オーナーが長年放置していたものを復帰させたものなので新車時の部品でほぼ構成されています。なので、信憑性が高いのです。

 

それがこちらです。

 

 

同じようにオフセットしてますから右ハンドル用に間違いはないようです。

 

で、問題解決と思いきや、そうは問屋は卸さないのであります。

 

それは何かというと、実は取付台座が2種類あったというものです。

 

ひとつは直径26㎜、もうひとつは直径30mmなのです。

 

 

サイズが違いますので、当然バックミラー本体のナットは共通ではありません。

 

これはどういうことなのでしょうか?

 

淑女入手当初にバックミラーが欠品であったことは先に書きましたが、台座だけは残っていたので、スワップミートで入手したものを取付けようとしたところ、取り付けることができませんでした。車体に残っていた台座は②の方でした。

そこで、いろいろと探した挙句に見つけたのが①の台座で、これに取り換えることで事なきを得たのです。

 

となりますと、①の台座は何用だったのかということになりますが、憶測ですが、SP310後期型用だったのではないかと考えています。部品番号はわかりませんが、上記の部品番号の「146」はSP311の固有番号ですからそのように考えました。

それでは、SR311用ではどうかというとバックミラーの形状がまったく違うので当てはまりません。

 

ただ、この部分の大きさを変えることに何か意味があったのでしょうか?

やや大きくなっているものの強化品とも思えませんしなんなんでしょうね。

 

そんなわけで、否が応でも結果として部品の知識が、"やや” 付いたというわけです。

 

以上、小ネタでした!

 

 

といっても、野郎です!

 

中学校の同級生が淑女と共に我が家にやってきました。

といっても艶やかなハナシではありません。

 

Z33フェアレディZを購入したので乗ってきたのです。

 

 

実は春先にちょっとした相談を受けたのでした。

それは「Z33に乗りたい」ということでした。

無責任な小生は、乗れるうちに乗っておいた方が良いよ。ガソリンのことやら法律やら年になったから乗ることができなかったなんてことで後悔してしまうかもしれないから仮に車検期間の2年間だったとしても乗っておけば気持ちも安心するんじゃないかな?

なんてことを話していたからです。

これ見つけたんだけどどう思う?と中古車情報を見せてくれ、実際にその車を購入するに至りました。

 

相談してくるようになったのは以前酷いだまされ方を車屋にされたからです。

その時も事前に「〇〇」が欲しいんだけどと相談されたのですが、その車はとても一筋縄ではいかない車種なので、おぬしには扱え切れないからやめた方が良いとアドバイスしたにもかかわらず、某車屋に出物といわれてしっかりした品定めもせず盲目的になっていた彼はその車屋のいうがままに小生に内緒で買ってしまったのです。もちろん小生は親でもないただの同級生ですから確認取るようなする資格はないのですが、クルマいじりができない彼にはどうしても薦められなかったのです。

 

しばらくして泣きっ面に蜂のような状態で申し訳なさそうにやってきました。

クルマが壊れてその都度高額な修理代を取られるとのことです。

オリジナルといわれた塗装もへたくそな再塗装でゆず肌が酷く見る人が見れば一見でおかしな車とわかるような代物でした。

その他諸々、変な部品でごまかされた修理など、だまされ加減が酷かったのですが、一番この野郎と腹立たしく思わせたのは、この車屋のブログをたどっていくと明らかに彼を小ばかにした文面がちらついていたことです。のちにこの車屋に乗り込みそのことを告げると、「名前書いてないからわからない」などと・・・書き出すときりがないくらいに彼は騙されました。

しかし、この車屋、某雑誌で連載持っているのが悔しいです。このレベルでは昨今話題の「侮辱罪」のボーダーラインにも難しいかもしれませんが、この一件はクルマ好きなら仲良くできるなんて幻想を一気にかき消されるような気持になった一件でした。

 

そんなこともあって、彼は次にS15シルビアを買う際には一緒に中古車を見に行き、しっかりとしたおかしな改造のされていないワンオーナー車を見つけ、これを入手し長らく乗っていました。

 

その後しばらくはスポーティカーを離れていた彼も、気持ちをもたげるものがあってブランクは合ったものの今回のお話になったのです。

 

 

 

少し運転してみる? との誘いもあって近所ですが少々ハンドルを握らせてもらいました。

ああ、まだこんな車も運転できるんだな~と、ちょっと安心した瞬間でもありました。