「AKB48の平均顔を作ってみた」という投稿動画がYoutubeにアップロードされている。グリコが昨年仕掛けた「江口愛実」を超える実験結果報告だ。これは、極めて興味深い実験である。このAKB48の他にSKE48の分もある。
この結果を公表した実験者に敬意を表します。公表されたそれぞれの平均顔の最終形を作者に無断で貼っておくが、問題あれば、写真は削除します。
この実験に意義があるとすれば、実験者が元のデータに主観で修正を加えることなく、飽くまでも「画像の平均を取り続けてトーナメント式にエスカレーションしていった」ことにある。この手の理想形を創造する場合、良くある手法としては、目や口などの構成部品を個別に寄せ集めたり、それぞれの部品の絶対位置や相対位置を変更して顔を再構成するという手法があるが、どうしても実験者の趣味や嗜好が入るために完成形はフェアではない。その点、この実験は機械的に平均化したというところがミソである。つまり、かわいく見せようとする作為的な力が加わっていないということだ。
実験に使用したモーフィングについて、どの様なソフトを使用したのかはわからないが、顔の各構成部品のばらつきを考慮して、単純な平均ではなく二乗平均平方根を取るなどの統計的手法でばらつきを調整しているのかもしれないが、ともかく実験者の主観は含まれていないはずだ。そこにこの実験の意義がある。
ここで示された最終形の画像が好みかどうかについては評価者によって個人差があるものの、「かわいい」か「かわいくないか」というカテゴリで分別すれば、概ね「かわいい」という方に分類されると考えられる。
であれば、概して言えることとして「容姿上の美人とは、決して個性的な部品で顔が構成されているのではなく、極く平均的な部品で構成されているにすぎない」ということになる。
「自然は、安定な状態を求める」ということは物理現象の大前提だ。地震も台風も、すべて安定な状態へと動く自然の持つダイナミズムという営みの一部に過ぎない。
そもそも「かわいい」という価値観は、どうしても評価する側の嗜好が入る上、感性的でファジーなものだから定義付けは極めて難しいが、そもそも自然とは平均をもとめて動くもの、ということであれば、たとえ没個性であるにせよ平均値で構成された顔こそが嗜好を超えた究極の「かわいい」顔なのかもしれない。
癒し系というカテゴリがよく言われるが、癒しを求めるということは、即ち精神的な安定を求めたいという心理が根底にある。翻って言えば、究極の癒しは安定、つまり平均を求めることとも言えそうだ。だとすれば、平均を求め、平均をかわいいと思うことは、実は自然の摂理にかなっているのではないだろうか?
人間の心理も、自然の一部なのだと改めて認識させられる。
そういえば、よく「整った顔」という表現をすることがある。ここでいう「整った」ということは、つまり平均的ということを表しているとも言えそうだ。そもそも、整形手術と云う手術も、基本は平均顔に調整することかも知れない。
この実験結果、今後の化粧方法や、完成部品のメインテナンス方法について、有益な情報となるだろう。
ところで、この平均顔でちょっと考えてみた。
顔の構成については、上から2つの眉毛、2つの目、鼻、そして口という主要部品と、それらの部品の配置によって決まるワケだが、これ等の主要部品の少しずつのバリエーションによって人の顔は千差万別となる。また、これ等の部品が配置される場所は概ね決まっている。例えば目は水平に2つあるもので、決して縦に並ぶものではないし、口と鼻の位置が逆ということも無い。つまり、配置については相当な制限があることになる。にも拘らず、地球上の人口分、つまり70億通りのバリエーションがあることになる。考えてみると、これはスゴイことだ。
この実験は、AKB48やSKE48の顔をサンプルとし、2名の平均値を求めながらボトムアップして最終形を得た結果であるが、この実験結果として示されている平均顔が基準形であるとすると、仮に地球上の全人口の平均顔があるとすれば、その平均顔から実に70億のバリエーションが生まれていると考えることが出来る。この全人口の平均顔こそが、宇宙のビッグバンの最初の様なものであり、ビッグバン後、再び安定を求めて動いているということかもしれない。