金曜日に、随分と前の職場でお世話になった人と飲み会をした。
焼鳥屋で生ビールを2杯ほど飲んで、それからバーに行ってウイスキーをストレートで飲んだ。
バーで、もう一人別の人と合流した。
ちゃんとチェイサーも飲んでいたのだが、焼鳥屋から一緒だった人は「飲み過ぎて具合が悪い」と別室のソファーに寝てしまった。


その辺りから、僕も記憶が曖昧になっている。
どんなタイミングでお店を出たのか、どうやって別れたのか全然覚えていない。


とにかくそれから2件ほどお店をハシゴして、知らない外国の人と随分と楽しくお酒を飲んでいた。


代行を頼んで家に帰ったとき、もう4時近くで、「俺、ここのところ寝不足だったのに、何やってたんだ?」ってすごく反省をしたのを覚えている。


土曜日は1日中気持ちが悪く、ほとんど寝て過ごした。
それでも午前10時頃、37型のレグザというテレビが届き、そのときは社会人として、最低限の対応はした。
「部屋の掃除もしておこうかと思ったんだけど、昨日、飲み過ぎたからあきらめた。」
そんな話しを配達に来た兄ちゃんとして笑っていた。


レグザの画面は美しく、それなりの大きさはあるが、今まで一番観ていたヒストリーチャンネルが映らず、BSもすべて映らない。
一般のテレビ番組はどれもつまらなくて、こんな番組しか見られないのは悲しい。


土曜日の夜、11時過ぎに目が覚めた。
だいぶ気分もよくなっていたので、WiiFitを少しだけやることにした。
からだ測定をしようとしたらWiiFitが「昨日はどうしたんですか?」などと聞いてきたので、「やかましい」と答えた。


遠藤武文の「プリズン・トリック」(講談社)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-プリズン・トリック

冒頭、千葉の市原刑務所内の様子が、事細かに語られる。
目立つことをすると連帯責任を負わされるため、全員が互いに牽制し合い、秩序が守られる。
馴染めない人にはイジメが発生する。
作者がいう。「中学校は、受刑者になった時に困らないための教育をしていたのだ。」


前にも書いたけど、資格試験の勉強をするようになってから、僕はますます勉強というのが個人的な作業のように思える。
純粋に学力だけを伸ばしたいなら、集団で勉強するより、個人で勉強した方が遙かに効率がいいと、僕は思う。


この本は、刑務所や刑事罰について、うんちくを身につけるにはいい本だ。
トリックは帯に書かれているほどはすごくはないが、それなりに読ませる。
何より、主な舞台が長野県と千葉県で、描かれている風景が目に浮かび、楽しく読めた。


森下裕美のマンガ「大阪ハムレット」も1巻から3巻まで読んだ。
こういう直球で、人生の痛いところをつくマンガっていうのはいい。

My Kiasu Life in JAPAN-大阪ハムレット1

My Kiasu Life in JAPAN-大阪ハムレット2

My Kiasu Life in JAPAN-大阪ハムレット3

ほろっとくる話が多く、いろいろと反省もさせられる。
このマンガのすごいところは、1巻から3巻にいくにしたがって、ドラマが深くなっていくところだ。
人の善意っていうのは、世の中をよくするんだなあ、という当たり前のことが学べる。
いいマンガだと思う。

職場の建物から飛び降り自殺をした人がいた。
誰だか知らないし、僕はそのときに、職場にいなかったから知らなかったけれど。


警察が帰ってしばらくして、飛び降りた場所に血が残っているというので、バケツとブラシを持って出かけた。
小さな肉片が落ちていたので、ゴム手袋をしてビニール袋に入れた。
それから掃除をして、バケツで何度も水を撒いた。


皆、嫌がるけれど、僕はこういう仕事は平気だ。
何があったのか知らない。
彼がどんな人だったのかも知らない。
彼自身も見たことがない、彼の体の一部を、こうして何も知らない俺がつまんでいるというのも、考えてみると不思議なことだ。


いろいろあったかも知れないけれど、とにかく、安らかにな、と思った。


火曜日に、夜遅くまでかかる会議があった。
会議終了後、ナンバー2が来て、俺の斜め前の席に座ってウイスキーをストレートで飲み始めた。
「チェイサーはどうする?」
「そんなものは、いらない。」
そう言われても、俺はチェイサーを出すべきだったと後になってから思った。
俺は話しを合わせながらウイスキーを飲まないまま仕事をしていた。


なぜ収益が改善しないのか、最初はそんな話題で飲んでいたけれど、俺が貸していた「ミレニアム」の話題になった頃から、暴走が始まった。
「ああいう個人名を出して、こいつがこんな悪いことをやっているって糾弾するような雑誌って日本にないね。」
「そうなんだよね。日本のマスコミって、政府発表を鵜呑みにして、それを右から左に出すだけでしょ。勉強をしてないんだよ、基本的に。」
酔っ払いのたわごとに火がついたら、どんどん油を注ぎ込む。
どうしてそんなことをするかというと、どんな方向に話が進むかわからなくて楽しいからだ。
「やっぱり、プロというものは、失敗したら破滅だっていう世界で、全力を尽くす姿勢が大切なんだよ。」
「そういう姿勢のマスコミって少ないよね。自分が報道機関なのに、取材を一切せず、新聞社が発表する記事を元に得意げにテレビで報道している番組もあるくらいだしね。」


2時間30分ほど飲んで、彼のボトルは半分程まで減っていた。
彼が帰り、僕も一段落がついたので帰ることにした。


ナンバー2が出口から10mの所に座り込んでいた。
「どうしたんですか。だめじゃないですか、こんな所に座っていたら。」
「立ち上がれないんだ。」
考えてみたら、彼はチェイサーもなしで、ずっとストレートで飲んでいたのだ。
「このまま待ってて。車持ってくる。」


駐車場まで走っていき、急いで車で職場に乗り付ける。
抱え上げようとするが、なかなか立ち上がらない。
「大丈夫?家まで送っていくから。」
「俺、もう死にそうだ。」
「死ぬ?まじで?ストレートだったからなあ。」
とりあえず、自販機でアクエリアスを買って飲ませる。
職場に戻り、まだ仕事をしている女の人がいたので来てもらった。
死にそうだという彼を2人で抱え起こして、車に乗せ、その女性に家までガイドをしてもらった。
家はすぐ近くだった。


翌日、彼に会った。
まだ気持ちが悪い、と言う。
やっぱりチェイサーを出しておけばよかったよ、と話した。


真保祐一の「デパートへ行こう!」(講談社)を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-デパートへ行こう!

すべてを失った男が、夜を過ごすために思い出深いデパートに行く。
と、ここまでの流れがとてもよかったので、期待していた。


でも、この後の流れは最悪で、読むだけ本当に時間の無駄だった。
決してヘタではないけれど、志が低い作品で、登場人物が浅く愚かだ。
人には薦めない。


そういえば以前、名古屋の某デパートで1週間ほど働いたことがあった。
ほとんどの時間を催事場とバックヤードで過ごした。
バックヤードには壁紙もないし、雑多な荷物や段ボールが置いてあるだけで、華やかさは全くない。
徹底的に予算を削ってある。
ちょうどその頃、風邪を引いていて、熱が38度以上あった。
本を読みながら、久し振りにその頃の体調やら、暗いバックヤードの風景が頭に浮かんだ。
「重労働だったんだよなあ、あのときは。」
何千冊というパンフの梱包を解いて、台車に並べて、抽選会場を作って、抽選会をして…。
デパートの社長と飲み会の時に、名刺を忘れて、熱があるのに職場まで走って取りにいったこともあった。
あのときは消耗したなあ。
今となってはそれもすべて遠い思い出だ。


DVDで「大阪ハムレット」を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-大阪ハムレット

何がいいのかさっぱり、と思いながら観ていたが、1時間ほどしてふと気がつくと涙ぐんでいた。
松坂慶子がいい。岸部一徳もいい。
でも圧倒的なのは次男の演技のよさだ。


My Kiasu Life in JAPAN-大阪ハムレット1

脚本を読んだら「??」って感じの映画だと思う。
でも、いい。理屈抜きに、いい。
じわじわと良さがわかってくる。


My Kiasu Life in JAPAN-大阪ハムレット2

生きるべきか死ぬべきかって、
生きとったらそれでええやん。


西原のマンガにも通じるこの太いテーゼ。
やられたなって最後には思った。

「明らかに運動不足だからなあ」
そう思って、先週、実家からの帰りにWiiFitを買った。


My Kiasu Life in JAPAN-wiifit soft

毎日30分は、このソフトを使って運動をしている。
運動の質と量が、飽きっぽい僕にちょうどいい。


My Kiasu Life in JAPAN-wiifit soft

最初の2日間は、翌朝、体中が痛くて「俺、大丈夫なのかな?」なんて思っていたけれど、3日目から徐々に体が運動に慣れてきたせいか痛まなくなってきた。


バランスゲームのスキーやスノボーはリアリティーがあって、曲がりたいところで曲がれず、曲がらなくていいところで曲がってしまう。
「要は、俺は動的バランスが悪いんだ」と自覚した。


毎日、運動していれば痩せるんだろうと思っていた。
WiiFitの本体には体重計が内蔵されていて、体重も測って記録してくれる。
最初は痩せたが、最近は始める前よりも太っている。
筋肉がついたのでは、と思って、家に前からある体重計で脂肪率を測ってみた。
脂肪率にも特に変化もない。ただ単純に太ったのだ。
「太った原因はなんだと思いますか?」と聞いてくるので、選択肢から「食べ過ぎ」を選択する。
「昨日も同じ理由でした。気をつけましょう」などと表示されるので、思わず「うるせえ」とつぶやいてしまう。


ロサンゼルスに住んでいるクリスティーナは、毎年、クリスマスになるとカードを送ってくれる。誕生日にはメールもくれる。
結婚式にも行かなかったのに、彼女はいつも優しい。
でも、なかなか返事を書かないでいた。
最近は、Facebookに登録をするように、何度かメールを受け取っていた。
「載せる写真もないしなあ。」
無視をしていたら、僕が持っているいくつかのアドレスに何度も送ってくる。
とうとう登録することにして、手続きを済ませたら、クリスティーナからメールが来た。
「Long time no...nothing!!」という出だしだったので、思わず笑った。
それから、ごめんねって思った。


金曜日は、仕事帰りに自宅でWiiFitを30分ほどした後、友達が働いているスナックに飲みに行った。
すごく混んでいたし、翌日の土曜日が仕事だったので、ビール2本ほどを1時間かけて飲んで、帰った。


土曜日は、会社のトップを家まで迎えに行き、松本にある信州大学に行った。
信州大学の構内は広い。
日差しが強く、セミがわんわんと鳴いている木々の間を、荷物を入れた段ボールを駐車場から研究棟まで持って運ぶ。
息があがりそうだが、WiiFitをしているせいか特に気にならなかった。
仕事は4時に終わり、再びトップを自宅まで送り届け、家に帰った。


ゴーヤとピーマンをオリーブオイルと塩、コショウで炒め、ビールを飲む。
何もかもがいたずらに苦くて、大してうまくもなかったけれど、これが大人の味だって無理矢理に思いこむ。
夜の10時頃に起きて、やっぱりWiiFitをすることにして、30分ほど体を動かしてから、また寝た。


日曜日は、党首討論を見たり、WiiFitで運動したり、昼寝をしてダラダラと過ごした。
全部で5編あるカズオ・イシグロの短編集「夜想曲集」(早川書房)を2編だけ読み(「降っても晴れても」という短編はなかなかよくできている。)、マイケル・シェイボンの「ユダヤ警官同盟」上巻(新潮文庫)も途中まで読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-夜想曲集

My Kiasu Life in JAPAN-ユダヤ警官同盟

そこそこ面白いものの、「ミレニアム」のような面白さは期待ができず、最後まで読み切るかどうかは疑問だ。


キム・ギドクの映画「弓」をDVDで観た。


My Kiasu Life in JAPAN-bow

6歳の1人の少女を船に乗せ、海のなかで老人が17歳にまで育てる。
少女は、外の世界を何も知らない。
17歳になったら、老人は少女と結婚するのだという。


My Kiasu Life in JAPAN-bow1

My Kiasu Life in JAPAN-bow2

My Kiasu Life in JAPAN-bow3

少女が美しく、いつまでも印象に残る映画ではあるけれど、見ていてつらい映画だった。

月曜日の昼休みに、いつものように自販機でコーラを買って、おつりを取ろうとして、ふと足下を見た。
あれれ。
嘘だろって思って、もう一度足下を見てみた。
間違いない。
左右の靴が違う。
左右とも黒の革靴だけど、形が全然違う。


職場にいる女性の職員に話したら爆笑された。
「靴が、左右で違うんだよ。」
「職場で履き替えたの?」
「家から履いてきたんだよ。今まで気がつかなかった。」
特に支障もないけれど、一度気がつくと何度も気になる。
午後は何かと下を向いてばかりいた。


水曜日の仕事帰りに、小布施の蔵部という和食の店で女性と食事をした。
車で行ったので、お酒を飲むことはできなかった。
ビールを一杯くらい飲んだところで、運転ができなくなるようなことはない。
そういう彼女の言葉には説得力があったし、正直、心も揺れ動いたけれど、やめておいた。


3時間くらいいろんな話をして楽しかった。
こんな人と暮らせたらなあなんて思うけど、その女性も結婚していることだし、あんまり頑張ってもなあ、と心にブレーキがかかる。
最近、自分にブレーキをかけ過ぎなんだ、俺は。
誘惑に弱いってことが俺の数少ない長所だったのにな。
また一つ、自分がつまらない人間になったことを自覚して寂しい思いがする。


洋楽が好きだというので、買ったばかりの ロッキング オンの「rockin’on BEST DISC500 1963-2007」を見ながら、どんなアルバムが好きか話した。


My Kiasu Life in JAPAN-ロッキングオンベスト500

まだまだ、俺は聴かなくてはいけないアルバムがいっぱいあるなあって、この本を開くたびに思う。


金曜日には、午後、夏休みを取って実家に帰る予定だった。
ところが予想外の出来事がいくつか起きて、午後の休みは取れなくなった。


そのうちの1つが蜂の退治だった。
職場の建物に1つ。それから宿舎に蜂が5つの巣を作っているのだという。
養蜂場をはじめとしていろいろなところに依頼をしてみたけれど、どこからも断られた。
それで自分たちで除去することになった。


こういう仕事が、僕は大好きだ。
同僚が殺虫剤と捕虫網と虫除けのネットを買ってきてくれた。
ヘルメットをかぶり、虫除けのネットを顔にかぶせる。


地面から10メートルほどの高さにある転落防止用の柵を乗り越え、柵を握りしめたまま、蜂の巣に向けて殺虫剤をかける。
僕自身は平気だったけれど、建物の窓の内側から「怖いー、見てらんない!」って悲鳴が上がって、俺、傍から見るとそんなに怖いことしてるのかな?って少し怖くなって、柵を握りしめる手に力が入った。


殺虫剤は、素晴らしい効果をあげていた。
蜂たちが次々と動かなくなっていく。
ある程度蜂が巣からいなくなったところで、捕虫網を使って、蜂の巣を網の中に落とす。
それを同僚に手渡して、同僚が網からビニール袋に蜂の巣を入れ替えて、1件落着。


宿舎では似たようなことを5回繰り返して、すべて退治した。
殺虫剤の威力はすさまじく、蜂の抵抗が少なくてスリルはあまりなかった。


金曜日の夜、実家に帰った。
部屋は暑かったが、疲れていたせいかぐっすりと眠ることができた。
高校時代から、自分の部屋では寝てばかりいたので、部屋に入った途端に眠くなる。


朝になると、部屋に吹き込む風が涼しく、朝食を食べて満腹をすると涼しい部屋の中でまたぐっすりと眠った。
ときどき、目を覚まし、スティーグ・ラーソンの「ミレニアム2 火と戯れる女」(下巻)「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」(上巻)「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」(下巻)(すべて早川書房)を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-ミレニアム2下巻

My Kiasu Life in JAPAN-ミレニアム3上巻

My Kiasu Life in JAPAN-ミレニアム3下巻

土曜日の深夜には、「ミレニアム3」の下巻まですべて読み終わり、満足感と達成感を味わい、「もう楽しい本がなくなってしまった」という哀しみを味わった。

主人公のミカエル・ブルムクヴィストの女性観や人生観は、僕がこうありたいと思っている性格に似ている。
一度友人になってしまうと、相手がかなり社会的に眉をひそめるようなことをしても、許してしまうところも僕には好ましい性格のように思える。
この続編がもう読めないと思うと悲しい。
リスベット・サランデルがだんだんと真っ当な女の子になってしまって少し残念な気がしたが、本当に楽しく読めた。


土曜日の深夜からは、試験日と仕事の関係で、受けられるのかどうかさえはっきりとしない、砂利採取業務主任者試験問題研究会の「砂利採取業務主任者試験」問題集(技術書院)に取りかかった。


My Kiasu Life in JAPAN-砂利採取業務主任者問題集

昨年受けた採石業務管理者試験よりは易しい感じがする。
この手の問題に対する慣れのせいなのか、どうせ11月の試験だからという時間的余裕のせいなのだろうか。
問題集は3分の1程度を終わらせることができた。
この問題集が終わったら、もう1冊、勉強する。
それだけ勉強すれば合格には十分だろう。
あとは例年平日に行われる砕石業務管理者の試験日が、重要な仕事の日と重ならないことを祈るだけだ。


実家に戻っていた間、外出をしたのは墓参りと集会所の清掃の呼び出しに応じた程度で、土日は残りの時間のほとんどを布団の上で過ごした。
日曜日の午後にはさすがに寝るのに飽きてきた。
4時頃に夕食を取って、明日の午後からの仕事に備えて長野に戻ることにした。


日曜日、帰る途中に姉の家に寄って、5月から飼い始めたというトイ・プードルに会った。
ぬいぐるみのようだが、走る姿は軽快だ。
抱き上げると、やたらと手をなめる。
なんでなめるのかよくわからないけど、きっとうまいんだろう。


姉の家を出るときに「そろそろ結婚しろよ」と義理の兄に声をかけられた。
「はい。ああ。まあ。えーと。じゃあ。」
などと返事をして、それから長野まで車を運転して帰ってきた。

8日の土曜日は、東京に住む叔父の見舞いに行く予定だった。
肺の病気になって、今は自宅で静養している。
元気なうちに会いに行きたいと思っていた。


それとはまったく別の話で、友達から仙台の七夕まつりを紹介されていた。
せっかく8日に東京まで叔父をお見舞いをしに行くのだから、夜は東京から仙台まで行こうかな、なんて思っていた。


ところが水曜日に以前の職場の同僚からメールが来て、「8日の夜に長野で合コンをする」という。
メールを読んだ2秒後には、その長野の合コンに行くことに決めていた。


「合コンなんかいつでも行けるじゃないですか。七夕まつりは1年に3日だけなんですよ。」
電話口で友達はそう言うけれど、俺の合コンだって1年に3日くらいしかない。
「仙台には、9月の連休中にジャズフェスティバル?かなんかに行くよ。あ。もっとも、合コンで知り合った相手と南の島で甘い日々を送っていなければってことだけど。」
「仙台の七夕まつりが、合コンに負けた。」
「しょうがないじゃん。超久し振りの合コンなんだし。」
「失敗しますよ、きっと。そして七夕まつりに行かなかったことを後悔する…。」
不吉な予言というよりは、リアリティのある予報という感じだった。
でも僕の合コンに行く意志は鉄より固かったので、そんなことで挫けたりしなかった。


木曜日と金曜日は、仕事に少し余裕があった。
事故防止の標語を作ってくれと言われたので「いつでも、どこでも、身近で起きる。事故は恋に似ている」と書いて提出したら速攻でボツにされた。
どこか浮かれていたのかもしれない。


予定どおり、土曜日には叔父の家にお見舞いに行った。
来週の火曜日から入院をするというのだが、叔父は元気で食欲もあった。
様々な料理を叔母が作ってくれて、寿司までとってもらい、昼からビールを飲んだ。


叔父が高校時代に描いたという絵が僕は好きだった。
とても緻密に鉛筆でバイクを描いたものだったが、ああいう絵をまた描いて欲しいと頼んだ。
「いい絵だったら、買うから。」
叔父が笑顔になった。
従兄弟も皆、親切で、楽しい時間を過ごせた。
居心地が良く、いつまでもいたかったけれど、4時30分頃には帰ることにした。


長野には7時近くに着いた。
合コンをして楽しかったけれど、南の島に一緒に行くような人は結局、見つからなかった。
男ばかり3人で反省会をして、ビールばかりをがぶ飲みをして、1時頃、タクシーで帰ってきた。


日曜日は、洗濯などをして、一歩も部屋の外には出なかった。
友達の予報どおり、合コンは失敗に終わった。
「七夕まつりに行けばよかったのかなあ?」
そう思ったりもしたけれど、今さら仕方がないことだ。


DVDで「ジェイミー・オリヴァーのスクール・ディナー」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-ジェイミーのスクールディナー1

加工食品を温めるだけの学校給食を食べるイギリスの小中学生。
家でも加工食品を食べることが多く、野菜のアスパラガスを見てもそれが何かを小学生の誰もがわからないが、マクドナルドのマークだけは誰もが知っている。
脂肪分と糖分が多い加工食品ばかりを食べ、繊維質がまったく欠けているため、小学生で6週間もの便秘になる子供がいるのだという。
シェフのジェイミーがその給食改革に乗り出す。
ただ「温めるだけ」だった給食のおばさんと言い争いをし、加工食品に慣れた子供達をあの手この手で懐柔しながら、彼は給食をまともなものに変えようとする。
予算の制限や、給食のおばさんの抵抗を受け、当の児童や生徒からも「野菜なんかまずい」と反対をされながら、説得を続けるジェイミーの姿を見て、俺もこういう人になりたいものだと思った。


『「天井桟敷の人々」は本当に名作なので、合コンで失敗した翌日に一気に観るのがオ・ス・ス・メ』なんだと、仙台の友達がメールをくれた。
そんなわけで、日曜日には、「天井桟敷の人々」を見た。
3時間を超えるこの傑作も今ならDVDで500円で買える。


My Kiasu Life in JAPAN-天井桟敷の人々

第1幕を観終わったところで疲れて、残りは後日観ることにした。


My Kiasu Life in JAPAN-天井桟敷の人々1

「あんなに美しい女性を見たことがあるか?」
そう言われているガランスのいったいどこが美しいのか僕にはさっぱり。


My Kiasu Life in JAPAN-天井桟敷の人々2

パントマイム劇も僕にはなぜあんなに絶賛されているのかわからず、俺には理解できない映画なのかなあと悲しい思いで観た。


諸星大二郎のマンガ「西遊妖猿伝 西域編1巻」(講談社)を本屋で見かけて買った。
「とうとう続編が出たのか…。」


My Kiasu Life in JAPAN-西遊妖猿伝1

彼の「西遊妖猿伝」は「大唐編」からのファンで、こんなにマンガらしいマンガもない。
名前からわかるように、このマンガは西遊記がメインなのだが、三蔵以外の登場人物が実に怪しく、味わい深い。


続編と言えば、スティーグ・ラーソンの「ミレニアム2 火と戯れる女」上巻(早川書房)も読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-ミレニアム2上巻

前作のレベルを維持し、読者をストーリーに引き込む力は圧倒的だ。
リスベットがどうなるのか上巻では先が読めないが、衝撃的なドラマが待っていそうな予感がする。
これだけの作品を世に残しながら、心筋梗塞で亡くなってしまったという作者のことが残念でならない。

先週、大きな会議が終わったので、今週は比較的仕事に余裕があった。
金曜日には10数年ぶりに会った友達と飲みに行き、11時30分頃まで飲んで帰った。
彼は麻雀が強く、桜井章一と卓を囲んだことがあるという伝説があるほどなのだが、最近はもうすっかり麻雀もやめてしまい、得意だったテニスもまったくしていないのだという。
「もうやってないの?やらないの?」
「もう6年くらいやってないからダメだね。君はよく試験勉強なんかするね。」
「まあな。ほかにやることもないしな。」


どうして自分が得意だったものを(それが麻雀であっても)、やめてしまうのか僕にはよくわからない。
「職場で飲むと仕事や出世の話しばかりになるんだよ。」
彼はそうため息を吐くが、他に話題がなかったらしょうがないだろ、なんて風にも思う。
人ってつまんなくなっていくんだなあって少し悲しい思いがした。


仕事の絡みで井上紀良の「メディエーター桐島丈一郎」 (ヤングジャンプコミックス)というマンガを読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-メディエーター

メディエーターという仕事は、仲介者とか仲裁者などと訳されている。
訴訟などによらない紛争の解決方法なのだという。
メディエーターの講習会に行くと、例えば、こんなインチキ臭い話しを聞かされる。


オレンジを姉妹で取り合っていたとする。
姉妹の話を聞いてみると、お姉ちゃんは「オレンジケーキを作りたかったからオレンジが必要」で妹は「オレンジジュースを作りたかったからオレンジが必要」だったのだという。
そうであるなら、お姉ちゃんにはオレンジケーキ作りに必要な皮の部分だけあげて、妹にはオレンジの中身だけあげれば、互いに満足をして円満解決。


「ありえないよ。」
講習会場ではそう思っていたけれど、この「メディエーター桐島丈一郎」というマンガは、そんな話しばかりが載っている。
離婚問題から、民族紛争まで、彼は次々と争いごとを解決していく。
民族紛争を1話のマンガのなかで、展開して収束させなければならないのだから、ご都合主義なのは仕方がないんだけど。
絵もわかりづらくてマンガとして成功しているかは疑問だ。


ただ、このマンガを見ていて気がついたのは、どうもメディエーターという仕事は、争いの当事者に共通する視点というものをまず発見して、そこから考えさせる、という手法を好んで取るらしいということだ。
どこか胡散臭さが残るし、長年にわたる復讐の連鎖がそんなに簡単に食い止めることができるとは思わないけれど、まあ仲裁者を題材にマンガを作れって言われれば、こんな感じになるんだろうなあ、なんて思いながら読んだ。
僕は全然面白くなかった。
人にはまったくすすめない。


シーナ&ロケッツの鮎川誠が出演している映画「ジャージのニ人」をDVDで観た。


My Kiasu Life in JAPAN-ジャージの二人

群馬の田舎の別荘で怠そうに夏を過ごす、無職の32歳の息子とカメラマンの父親が主人公。
想像通りのゆるい映画で、何を訴えたいのか、何も訴えたくないのか、俺にはさっぱり。


My Kiasu Life in JAPAN-ジャージの二人1

鮎川誠も演技らしいものは特になく、世の中の人の暇つぶしのために、暇な人が作った映画という感じだ。
その意味では「転々」に似ているかも知れない。


My Kiasu Life in JAPAN-ジャージの二人2

堺雅人が別荘の畳に雑巾がけをしているシーンが、いいなあって少し思った。


それから韓国の映画「うつせみ」をDVDで観た。


My Kiasu Life in JAPAN-うつせみ

3-IRONという副題がついている。その謎はだんだんとわかってくる。
静かで不思議な感覚の映画なんだけど、冒頭から緊張感が溢れる作品で一気に引き込まれる。


My Kiasu Life in JAPAN-うつせみ1

高そうなバイクに乗った一人の青年。
彼は人の留守宅にピッキングをして入り、食事をし、シャワーを浴び、そこにあるもので遊び、住人のために洗濯をして(なぜか洗濯機は使わない)、壊れた電気器具類を直す。
そんなある日、彼が留守宅だと思って、いつものように自分の家のようにしていると、顔に大きなアザを作った女性がひっそりといた。


My Kiasu Life in JAPAN-うつせみ2

彼は彼女を救い出し、それからは2人で以前と同じような生活を始める。
彼と彼女は幸せになるのか、警察にはつかまらないのか…。


この映画には、余計な説明がない。
でも、静かで美しく、緊張感のある映像が続いていく。
痛みも感じるし、苦さや、意思の強さや、悪あがきをしない潔さの美しさも感じる。
傲慢な警察や刑務官。でも、彼も決して服従しない。


My Kiasu Life in JAPAN-うつせみ3

映画を観た後、掃除や洗濯がしたくなる。


観終わって久し振りに「いい映画を観たなあ」という気になった。

木曜日に、大きな会議があった。
僕はその全体の統括みたいな仕事をさせられていて、とりあえず無事に終わってホッとした。
また11月に似たような会議があって、今回はその前哨戦といった位置づけの会議だった。
「またあるのか」と思うと気分が暗くなるが、「やるしかないんだから、やるしかないよな」という覚悟も少しできてきたような気がする。


家に帰ったら、カラーコーディネーター検定試験2級の結果が届いていた。
100点満点で82点。無事に合格していた。
喜びは、でも自分のなかで既に織り込み済みだったらしく、あまりなかった。
専門学校が発表する回答で自己採点をして、正答率8割は固いだろうという感触は既に持っていた。
結果を見て、喜びよりも安堵感の方が大きかった。
まあ、よかったな、と思った。
落ちていたらびっくりしちゃうけど、でも、まあ受かったんだからいいんじゃない?


よく、結婚式なんかで、2人だと喜びが2倍、悲しみが半分になる、なんて言うけれど、俺なんか1人きりだし、思いっきり保守主義の原則が妥当するような人間なので、喜びはいつも0.8倍くらいになる。
でも、まあ、それも仕方がないことだ。


金曜日は職場の暑気払いがあって、その後、前の職場の人たちと飲みに行った。
僕はかなり浮かれていて、かなり飲み過ぎた。
5次会まで飲んでいて、帰ったのは2時だったのか3時だったのかもわからない。
それでも記憶はほとんど持っていて、翌日もそれほど気分が悪いわけではなかった。


土曜日は、特に体調が悪いわけでもなかったが、酔ったときの躁状態の揺り戻しで、鬱々とした気分のまま、ほぼ1日寝ていた。
寝ながら村上春樹の「1Q84」Book2を読み終わり、「ああ、終わってしまった。」という感想を持った。


My Kiasu Life in JAPAN-1Q84book2

2巻はさほど面白くもなく、特に印象深い話しもなかったが、村上春樹の小説として普段どおりに楽しめはした。


ベッドに寝たまま「ジェイミー's キッチン vol.2」を観て、ジェイミーがフリーターをシェフに育て上げ、店を持つまでの奮闘ぶりに見入った。


My Kiasu Life in JAPAN-ジェイミーズキッチン2

「大変だよな、ジェイミーも…。」
僕が学ぶべきは、彼の奮闘する力というよりも、彼の心の広さだ。
彼は3回や4回裏切られた程度では、相手を見捨てない。
裏切った生徒に怒り、悩み、さぼり続けてようやく出てきた生徒に「いつでも相談に乗る」というのだ。
俺には全くない長所で、この差が、しけた人生を送っているか幸福な人生を送るかの差なんだろうな、と思った。


土曜日は、家の中から一歩も外に出なかった。
そういえば消防設備の点検に誰かが来たけれど、鍵を開けて招き入れた後、僕は寝ぼけていて、ちゃんと目も開けられなかった。
彼が必要だと思う仕事をして、サインを求められたのでサインをして、挨拶して出て行くのをぼんやりと見て、それからベッドに潜ってまた寝た。


日曜日は、10時頃に買い物に行った。
魚や肉、野菜など大量に買ってきて、料理を作って食べた。
信じられないほど食べて飲んで、昼間からウイスキーも飲んで昼寝をした。
本来であれば、韓国の映画「チェイサー」を観に行くはずだったが、鬱な気分が抜けずにそこまでやる気がわかない。


起きてからぼんやりとマドンナの映画「ワンダーラスト」をDVDで観た。
決して名画ではないが、いい映画だと思った。


My Kiasu Life in JAPAN-ワンダーラスト

出てくる男はクセがあるが、女の子はとてもまっとうだ。

My Kiasu Life in JAPAN-ワンダーラスト1

My Kiasu Life in JAPAN-ワンダーラスト2

これが、マドンナが感じていた世界なのか、そう思いながら見た。
最後に演奏するパンクの疾走感は素晴らしく、いつまでも印象に残った。

職場にいる女の子とは仲良くしておいた方がいい。
先日、職場の女の子が文房具を探しているときに、ふと気がついて「髪の毛切った?」と声をかけてみた。
こういう気配りが大事なんだよな、と思った。
「うん。」と女の子が言うので、心の中でにんまりとした。
「随分と前に。」
「ああ。そうなんだ。あ、そうかあ。」
近くで別の女の子も言う。
「私も最近髪の毛切ったんですよ。」
「ああ、本当だ。どうりできれいになったなあって思った。」
適当なことを行って誤魔化していたけど、正直、誰がいつのタイミングで髪を切ったのかなんてさっぱりわからない。
女の子はそんなことあり得ないと言うけれど、わからないのは本当だ。


金曜日の朝に8時から会議がある。
毎日午後9時過ぎまで残業をして、朝8時からの会議というのは疲れる印象がある。
会議の間中、右目に違和感があった。
逆まつげになっているような気がしたので、何度かまつげを引っ張ってみた。
でも、あまり気にしなかった。
よくあることだ、と思った。


会議が終了した後、職場に戻って缶コーヒーを飲んでいた。
僕は1日にコーラを約1.5リットル、コーヒーを1リットル近く飲む(ちょっと計算してみた)。
目の前にいた同僚が「どうしたの?右目真っ赤じゃん」というので、鏡を見てみた。
確かに、右目の白目の部分が赤い血の色に半分ほど染まっていた。
よく見るとなかなかきれいだ。
鼻から黒目までが白く、黒目は黒く、そこから耳の方までが深紅に染まっている。


「目医者に行った方がいい」と言うので、眼科に行った。
診察時間は1分程度。
「目やにも出てないんだよね。大丈夫。放っておけばいい。目薬も出さないよ。」
医師は笑顔でそう言った。
それから『「放っておいても大丈夫」と言われたけれど気になる結膜下出血』というタイトルのパンフレットをくれた。
なんてタイトルだと思ったけれど、まさしくその通りの気持ちだったので、笑った。
血が引くまで2週間くらいかかるらしい。やれやれ。


話しはまったく変わるけれど大雪山系で10人の死者が出た。
僕も昔、大雪山系の山に合宿で2週間ほど入っていたことがある。
ちょうど今くらいの時期だ。
夏山だからと用意してきた半ズボンはとうとう最後まで履くことはなく、ひたすら寒く、毎日ガスに覆われ、何が楽しくて登っているのかわからないような登山だった。
本当に寒かった思いばかりがある。


1年生だったので、鍋などの水洗いをしなくてはならなかったが、水はすべて雪解け水であまりの冷たさに手が動かなくなった。
渡渉箇所(川を渡る部分)もいくつもあり、麓では泥道で、一歩踏み出すごとに膝下まで泥に埋まるような体験もした。ちゃんと縛っていないと、靴が脱げてしまう。
くわえタバコのまま登山道で転び(当時はこういうふざけた登山者もいたんだと温かい目で見てください)、荷物のあまりの重さに起き上がれず、タバコの火で皮膚が焼けるのをじっと見ていた経験もした。


今回の事故は天気図を間違って読んで出発させたガイドが悪いのか、それは僕はわからない。
でもガイドを信じて、ちゃんと山をバカにしない装備で登って、気象条件が原因で亡くなった人を責める気になれない。
「高齢者」だから死んだわけじゃないと思う。
俺だって、あの気象条件下であの場所にいたら死んでいた気がする。
雨に打たれて、テントをザックから出すなんて単純な動作もできなくなって、仲間がいなかったら死んでいただろうなと思ったことは、今まで何回もある。


山登りは時間もお金もかかる。
仕事で定年を迎え、ようやく好きだった山を目指すことができる高齢者を「無謀だ」「やめろ」とだけ言うマスコミは残酷だ。
今回亡くなった方のなかにもいろんな人がいると思う。
「無謀だった」というだけではなく「残念だったけれど、でもあなたは頑張りました。冒険心を忘れず最後まで難関にチャレンジしようとした精神は立派でした」って言ってあげられる人もなかにはいたと思う。
俺はそういう人は誇りに思っていいし、褒めたいと思う。
安全な所にいて、文句ばかり言っている奴らより、あなたはずっとマシな挑戦する人生を送ったんですよって褒めたい。


日曜日は東京に出張だった。
朝、8時30分にお台場に行く必要があった。
始発の6時00分長野発の新幹線でないと間に合わない。
本当は前の日に東京に泊まりに行こうと思っていたんだけど、なんだか面倒な気がしてきてやめてしまった。
「明日、早起きすればいいんだろ。」


4時50分に起きて、シャワーを浴びて20分くらいで準備をした。
そしてそのとき、ふとロゴを職場から宅急便で送付していないことを思いだした。
この前、ブースを出したときも忘れたヤツだ。
「またかよ…。」
少し迷ったけれど、遅刻してもロゴの方が大切だと判断した。
自宅から20キロほど離れた職場まで取りに行き、そこから15キロほど離れた長野駅まで車で行くことにした。
早朝の道をぶっ飛ばした。
時速何キロで職場まで走ったのか、諸事情があって、ここには書けない。


職場は鍵がかかっていた。
当直の人を呼び出し(走ってきてくれた)、ロゴを車に詰め込んで、また車をぶっ飛ばした。
思ったよりもはるかに早く長野駅に着いた。
地下駐車場に車を駐めて、始発から1本遅い新幹線に乗った。


新幹線のなかでサンドイッチと缶コーヒーの朝食を取りながら村上春樹の「1Q84」BOOK1(新潮社)を読み始めた。
既に途中までは読み進めていた。


My Kiasu Life in JAPAN-1Q84book1

冒頭、渋滞のタクシーから降りて高速の避難階段にたどり着くまでだけで30ページ近くもあって、展開の遅さにイライラして、よっぽど投げ捨てようかと思ったけれど、我慢して100ページほど読んでいるうちに面白くなってきた。


この1Q84年の世界は現実の社会と微妙にずれている。
ずれ加減が微妙で、でもこの本を読んでいると現実の社会がなんだか頭のなかでカチッとはまる気がする。
茫洋としてつかみ所のない社会が(あくまで僕にとってということだけれど)、この小説を通して見ると、何かがつかめそうな気がしてくる。
そんなことを思いながら、窓の外の景色を眺めたり、本を読んだりしているうちに上巻を読み終えた。


仕事は、時間的には十分に間に合った。
ロゴも貼り、なかなかよくできたと思う。
仕事はもう手慣れたもので、別に困ることも何もなかった。
忙しかったので、昼はカロリーメイトを食べた。本当にまずい食い物だと思いながら食べた。


帰りの新幹線に乗り込む前に、湊かなえの「贖罪」(東京創元社)を買った。
小説の構成は「告白」と似た形だ。


My Kiasu Life in JAPAN-贖罪

5人の少女のうち、1人だけが殺される。
犯人はつかまらない。
殺された少女の母親は、目撃証言をきちんと言えなかった4人の少女に「償え」と言う。
その4人の少女がその後、どんな人生を送り、どう償おうとしたのか。
4人の少女、それから少女の母親のそれぞれの視点から、この事件をあぶり出し、そして償いの行く末を描く。
精神的にぐったりする話しが続いて「たまんねえな」と思うけれど、文章もうまいし、展開から目が離せない。


新幹線のなかでは全部読み切れなかったけれど、月曜日の朝、最後まで読み終わった。
「すごい話しだな」と思って、それから女の子にとっては、どんな母親でも不満が残るものなんだなって思った。
読みながら久し振りに、母親からのプレッシャーというものを思い出した。
「俺もいい子だったからなあ。残念なことだ」読みながらそう思った。


アリステア・マクリーンの「最後の国境線」(ハヤカワ文庫)も最後まで読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-最後の国境線

最後までレナルズは超人的な活躍をするが、あまりにも活躍がすごすぎてリアリティが欠けているように思う。
古き良き時代、野球でも完投が当たり前で連投も当たり前の、男が男だった時代の物語だよな、と読みながら思った。


月曜日は映画を観に行こうと思ったけれど、なんだか全然行く気がわかなくて、朝からカティ・サークをストレートで飲みながら、DVDで「ギルバート・グレイプ」を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-ギルバートグレイプ1

映画には、観るべき時期ってものがあると思う。
この映画を僕が10代か20代前半で観ていたら、きっと手放しでほめいていたと思うけれど。


My Kiasu Life in JAPAN-ギルバートグレイプ2

もちろん、ディカプリオの演技は素晴らしいし、ジョニー・デップやジュリエット・ルイスにも文句のつけようがないんだけれど。
デップみたいに仕事してんのに、俺にはジュリエット・ルイスはなしかよ…、ってつい不満が。

My Kiasu Life in JAPAN-ギルバートグレイプ3

でもDVDを観ている間、昔、僕が肌で感じていた風のようなものを感じていた。
その頃に観ていれば、僕の心にしんと積もるような映画になったんだと思う。


**おまけ**
村上春樹の「1Q84」BOOK1で印象深かった点


○「ハシゴのいちばん上の段に『ここが最後の段です。これより上には足を載っけないでください』って書いてあるか?」というタマルのセリフ。


○「『ものごとには必ず二つの側面がある』というのが彼の意見です。良い面と、それほど悪くない面の二つです。」という天吾のセリフ。


○主人公の青豆がクイーンをあまり好きでなく、アバをバカにしているところ。俺は、この感覚がまっとうだと思う。クイーンもアバもよく聴くけど、俺も実はそんなふうに思ってるってことに気づかされた。

金曜日に久し振りに飲みに行った。
9時30分過ぎから飲み始めて、帰ってきたのは午前1時頃だった。
11時前には帰るつもりだったけれど、カウンターに座ってお店の女の子と話しているうちに、なんだか帰りづらくなってつい飲みすぎてしまった。


土曜日はそんなわけで軽い二日酔いだった。
それでも大規模災害訓練があるので12時前には消防署に行った。


今回の訓練は、特急電車とトラックが衝突して30人あまりが負傷し、助けるべき人を峻別し(トリアージと言うらしい)、次々と病院に運び込むという訓練だった。


胸から鉄棒が突き出た人、足から骨が突き出た人、頭から出血している人、患者役も様々だ。
僕は右胸を強打し、右肺がつぶれた患者の役だった。
Tシャツを脱いでメイクをしてもらう。
呼吸が浅くて深呼吸ができない、呼吸は左右非対称。
そんな演技は到底不可能だが、具合が悪いことだけは2日酔いの影響で完璧に演じられる。


事故が起きたという合図があり、一斉にあちこちから「痛いよー。助けてー」の声が上がる。
僕は何しろ深呼吸ができない人の役なので、「うーん。うーん」と唸っているだけでいいんだと思って唸っていた。


救急隊が到着。歩ける人はこっちに来いというので、災害現場を離れて歩いていく。
かろうじうて歩ける人の設定だからだ。
軽傷者というシートに座らされてしまい、まずいなあと思った。
確か、俺は中級か重傷者って聞いていたんだけど…。


My Kiasu Life in JAPAN-大災害訓練

軽傷者と書かれた緑色のシートで、「一応俺、重傷っぽいから」という理由で太陽の下で仰向けになって寝ていた。
重傷者や中級者の人が次々と救急車に乗せられて病院に運ばれていく。
「俺はいつまでもこんなところに寝ていていいのだろうか…」と思ったけれど、どうしようもないのでそのまま寝ていた。
日光を浴びて寝ているのはとても気持ちが良かった。


中級の人がだいたい運ばれた頃、軽傷者は歩いて病院に行け、という指示が出た。
僕はかろうじて歩けるってことなので、「それはとても無理」なんて思って寝ていた。


そのまま寝ていたら、看護師と医師がやってきて、トリアージをしてくれる。
症状が記載されているカードを見て「この人は危ない。急いで病院に運べ。」などと言ってくれる。


本当にけがをしているわけでもないんだけど、なんだか嬉しいなあなんて思う。
3人のレスキュー隊員の人がボードに乗せて、運んでくれる。
今までも10人以上も運んでいるのに、すごい体力だ。
ストレッチャーにボードごと載せられ、それから救急車のなかに入った。


救急車には僕のほかに足から骨が突き出た人も乗っていた。
素人考えでは、優先度が高そうだが、命に別状はないので今まで後回しになっていたのだそうだ。


救急車って意外と乗り心地が良くないなあ、なんて思っていた。
坂のたびに頭に血が上ったりするし、道の凸凹もかなり体に感じる。


考えてみたら、救急車に乗るのは幼稚園以来だ。
幼稚園の頃、車に跳ねられて随分大げさに出血をして、救急車に乗せられたのだ。


あまり覚えていないけれど、なんとなく、覚えているようなところもある。
病院で気がついたとき、家族や幼稚園のシスター達がみんな笑顔で僕の顔を見ていて、嬉しかったのを覚えている。
そのときは、全治2日だった。
僕をはねた人は、僕が17歳になるまで母親に手紙をくれていたらしい。
母親に謝ったときに、母親が怒らず「この子は落ち着きがない子なので、車の前に飛び出したのでしょう。そんなに気になさらないで。」と言われたことに感激したらしい。
もう亡くなってしまったそうだ。


病院では、入り口で再度、トリアージをされる。
「この人は危ない。急がないと死んでしまう。」
なんて言われて、そしてレントゲンを撮ったりして(あくまでフリだけど)、治療もされた(フリだけど)。
それから病院のICUに入院ってことで病棟のエレベータの前までストレッチャーで運ばれて、僕の役はおしまいになった。


消防署の人も看護師も医師も、頼りがいがあって、「なんだか本当にすごいなあ」なんて単純に感動した。


日曜日は髪を切りに行って、後は暇だった。
「最後の国境線」をかなり読み進めた。


My Kiasu Life in JAPAN-最後の国境線

それからDVDでコーエン兄弟の映画「ノーカントリー」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-ノーカントリー

じわじわと来る緊迫感。
光と陰だけでここまでの緊迫感が出せるのかと、息を飲みながら観ていた。


My Kiasu Life in JAPAN-ノーカントリー1


目が離せない映画で、この映画は確かに傑作だと思った。
見ている僕もずっと緊張をしていた。


My Kiasu Life in JAPAN-ノーカントリー2

もともとのタイトルは「No country for old men」。
「昔は拳銃も持たない保安官だっていたんだ。」
そんな老保安官の言葉が絵空事になってしまった、すさまじい現実を(あくまで映画のなかだけど)この映画では観客に見せつける。


My Kiasu Life in JAPAN-ノーカントリー3

いい映画というよりはものすごい映画だと僕は思った。

試験も終わったし(次は砂利採取業務主任者資格かなあ?)、今週末は土曜日に少し仕事に行くだけでよかったので、基本的に暇だった。
以前から思いっきり眠りたいと思っていたので、嫌になるまで寝て、それから本を読んだ。


今読んでいるのは新田次郎の「アラスカ物語」(新潮文庫)とアリステア・マクリーンの「最後の国境線」(ハヤカワ文庫)だ。
どちらも今の職場の年配の人に勧められた本だ。


「アラスカ物語」はまだ読み始めたばかりで、今は主人公が氷に閉ざされた北極の船から、不足分の食糧補給を行うために、単身で南下をし、海岸線を探しているところだ。


My Kiasu Life in JAPAN-アラスカ物語

酷寒の地で、喉が渇いたとき、安易に雪を口にしてはいけないことを知った。
雪を口にすると、融かして水にするのに体がカロリーを使うので、命取りになる可能性があるらしい。
なるほどな、と思いながら読み進めている。


「最後の国境線」はすでに絶版になっていて、中古市場で手に入れた。


My Kiasu Life in JAPAN-最後の国境線

昭和52年に出版されたその本は、すでにカバーも本体も黄色く変色している。
内容は、でも色あせていない。
主人公はレナルズというイギリスの特別工作員。
ロシアに連れて行かれた教授を、講演先のハンガリーで奪還するのが、彼の任務だ。


彼の性格としてこんなことが描かれている。
「レナルズの良いところは、自分を責めたり、もっと他の手段を選んでいたらどうなっていただろうなどと、くよくよ思案するために無駄な時間を費やさないことだった。彼は情け容赦を知らぬ厳格な学校で訓練を受けており、そこでは全体の効率を下げる原因になるかも知れない消極的な推測と感情のすべてと、今さら帰らぬ過去のことや決着のついてしまったことについて自分を責めたりすることは、何の役にも立たぬ贅沢とされ厳重に禁止されていたのである。」


今さらどうにもならない過去のことについて、自分を責めたりすることは、役に立たない贅沢かあ。
そんなことばかりしている僕は、彼の目から見たら随分と不合理な思考をしていることになる。
やれやれ。


村上春樹の「1Q84」(新潮社)もようやく上下巻を手に入れた。
読み出したらこれこそ止まらなくなりそうなので、今はまだ読み始めていない。


「ONCE ダブリンの街角で」のDVDもようやく観終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-ONCEダブリンの街角で

ダブリンの街の路上で、穴の開いたギターを弾く男が、チェコからきたピアノを弾く女と出会い、一緒にCDを作る。
ストーリーは単純だが、音楽の味付けで、いい感じに出来上がっている。


My Kiasu Life in JAPAN-once2

街中を掃除機を引っ張って歩いたりするのが、過剰な演出に思えて、僕は映画自体に今ひとつのれなかったけれど、それは映画自体がさびしい男の物語で、身につまされる思いがしたからなのかも知れない。


もともとギターをかき鳴らすU2やコールド・プレイのようなアイリッシュ・スタイルの音楽が僕は好きだ。
そして、この映画音楽はかなりいい。


http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=_SmK41c-WwY


ラストもヨーロッパ映画を感じさせる。
ハリウッドならハッピーエンドにしてしまうところを、「そんな風に世の中はできてない」と現実を描いている。
どこまでも男が現実を見ることができずロマンチストなのも、微笑ましく、また身につまされた。


報われないのに、つい金を使っちゃうんだよなあ。
男の主人公と、場末のバーでウイスキーでも飲み交わしたい気分になった。