職場にいる女の子とは仲良くしておいた方がいい。
先日、職場の女の子が文房具を探しているときに、ふと気がついて「髪の毛切った?」と声をかけてみた。
こういう気配りが大事なんだよな、と思った。
「うん。」と女の子が言うので、心の中でにんまりとした。
「随分と前に。」
「ああ。そうなんだ。あ、そうかあ。」
近くで別の女の子も言う。
「私も最近髪の毛切ったんですよ。」
「ああ、本当だ。どうりできれいになったなあって思った。」
適当なことを行って誤魔化していたけど、正直、誰がいつのタイミングで髪を切ったのかなんてさっぱりわからない。
女の子はそんなことあり得ないと言うけれど、わからないのは本当だ。
金曜日の朝に8時から会議がある。
毎日午後9時過ぎまで残業をして、朝8時からの会議というのは疲れる印象がある。
会議の間中、右目に違和感があった。
逆まつげになっているような気がしたので、何度かまつげを引っ張ってみた。
でも、あまり気にしなかった。
よくあることだ、と思った。
会議が終了した後、職場に戻って缶コーヒーを飲んでいた。
僕は1日にコーラを約1.5リットル、コーヒーを1リットル近く飲む(ちょっと計算してみた)。
目の前にいた同僚が「どうしたの?右目真っ赤じゃん」というので、鏡を見てみた。
確かに、右目の白目の部分が赤い血の色に半分ほど染まっていた。
よく見るとなかなかきれいだ。
鼻から黒目までが白く、黒目は黒く、そこから耳の方までが深紅に染まっている。
「目医者に行った方がいい」と言うので、眼科に行った。
診察時間は1分程度。
「目やにも出てないんだよね。大丈夫。放っておけばいい。目薬も出さないよ。」
医師は笑顔でそう言った。
それから『「放っておいても大丈夫」と言われたけれど気になる結膜下出血』というタイトルのパンフレットをくれた。
なんてタイトルだと思ったけれど、まさしくその通りの気持ちだったので、笑った。
血が引くまで2週間くらいかかるらしい。やれやれ。
話しはまったく変わるけれど大雪山系で10人の死者が出た。
僕も昔、大雪山系の山に合宿で2週間ほど入っていたことがある。
ちょうど今くらいの時期だ。
夏山だからと用意してきた半ズボンはとうとう最後まで履くことはなく、ひたすら寒く、毎日ガスに覆われ、何が楽しくて登っているのかわからないような登山だった。
本当に寒かった思いばかりがある。
1年生だったので、鍋などの水洗いをしなくてはならなかったが、水はすべて雪解け水であまりの冷たさに手が動かなくなった。
渡渉箇所(川を渡る部分)もいくつもあり、麓では泥道で、一歩踏み出すごとに膝下まで泥に埋まるような体験もした。ちゃんと縛っていないと、靴が脱げてしまう。
くわえタバコのまま登山道で転び(当時はこういうふざけた登山者もいたんだと温かい目で見てください)、荷物のあまりの重さに起き上がれず、タバコの火で皮膚が焼けるのをじっと見ていた経験もした。
今回の事故は天気図を間違って読んで出発させたガイドが悪いのか、それは僕はわからない。
でもガイドを信じて、ちゃんと山をバカにしない装備で登って、気象条件が原因で亡くなった人を責める気になれない。
「高齢者」だから死んだわけじゃないと思う。
俺だって、あの気象条件下であの場所にいたら死んでいた気がする。
雨に打たれて、テントをザックから出すなんて単純な動作もできなくなって、仲間がいなかったら死んでいただろうなと思ったことは、今まで何回もある。
山登りは時間もお金もかかる。
仕事で定年を迎え、ようやく好きだった山を目指すことができる高齢者を「無謀だ」「やめろ」とだけ言うマスコミは残酷だ。
今回亡くなった方のなかにもいろんな人がいると思う。
「無謀だった」というだけではなく「残念だったけれど、でもあなたは頑張りました。冒険心を忘れず最後まで難関にチャレンジしようとした精神は立派でした」って言ってあげられる人もなかにはいたと思う。
俺はそういう人は誇りに思っていいし、褒めたいと思う。
安全な所にいて、文句ばかり言っている奴らより、あなたはずっとマシな挑戦する人生を送ったんですよって褒めたい。
日曜日は東京に出張だった。
朝、8時30分にお台場に行く必要があった。
始発の6時00分長野発の新幹線でないと間に合わない。
本当は前の日に東京に泊まりに行こうと思っていたんだけど、なんだか面倒な気がしてきてやめてしまった。
「明日、早起きすればいいんだろ。」
4時50分に起きて、シャワーを浴びて20分くらいで準備をした。
そしてそのとき、ふとロゴを職場から宅急便で送付していないことを思いだした。
この前、ブースを出したときも忘れたヤツだ。
「またかよ…。」
少し迷ったけれど、遅刻してもロゴの方が大切だと判断した。
自宅から20キロほど離れた職場まで取りに行き、そこから15キロほど離れた長野駅まで車で行くことにした。
早朝の道をぶっ飛ばした。
時速何キロで職場まで走ったのか、諸事情があって、ここには書けない。
職場は鍵がかかっていた。
当直の人を呼び出し(走ってきてくれた)、ロゴを車に詰め込んで、また車をぶっ飛ばした。
思ったよりもはるかに早く長野駅に着いた。
地下駐車場に車を駐めて、始発から1本遅い新幹線に乗った。
新幹線のなかでサンドイッチと缶コーヒーの朝食を取りながら村上春樹の「1Q84」BOOK1(新潮社)を読み始めた。
既に途中までは読み進めていた。
冒頭、渋滞のタクシーから降りて高速の避難階段にたどり着くまでだけで30ページ近くもあって、展開の遅さにイライラして、よっぽど投げ捨てようかと思ったけれど、我慢して100ページほど読んでいるうちに面白くなってきた。
この1Q84年の世界は現実の社会と微妙にずれている。
ずれ加減が微妙で、でもこの本を読んでいると現実の社会がなんだか頭のなかでカチッとはまる気がする。
茫洋としてつかみ所のない社会が(あくまで僕にとってということだけれど)、この小説を通して見ると、何かがつかめそうな気がしてくる。
そんなことを思いながら、窓の外の景色を眺めたり、本を読んだりしているうちに上巻を読み終えた。
仕事は、時間的には十分に間に合った。
ロゴも貼り、なかなかよくできたと思う。
仕事はもう手慣れたもので、別に困ることも何もなかった。
忙しかったので、昼はカロリーメイトを食べた。本当にまずい食い物だと思いながら食べた。
帰りの新幹線に乗り込む前に、湊かなえの「贖罪」(東京創元社)を買った。
小説の構成は「告白」と似た形だ。
5人の少女のうち、1人だけが殺される。
犯人はつかまらない。
殺された少女の母親は、目撃証言をきちんと言えなかった4人の少女に「償え」と言う。
その4人の少女がその後、どんな人生を送り、どう償おうとしたのか。
4人の少女、それから少女の母親のそれぞれの視点から、この事件をあぶり出し、そして償いの行く末を描く。
精神的にぐったりする話しが続いて「たまんねえな」と思うけれど、文章もうまいし、展開から目が離せない。
新幹線のなかでは全部読み切れなかったけれど、月曜日の朝、最後まで読み終わった。
「すごい話しだな」と思って、それから女の子にとっては、どんな母親でも不満が残るものなんだなって思った。
読みながら久し振りに、母親からのプレッシャーというものを思い出した。
「俺もいい子だったからなあ。残念なことだ」読みながらそう思った。
アリステア・マクリーンの「最後の国境線」(ハヤカワ文庫)も最後まで読み終わった。
最後までレナルズは超人的な活躍をするが、あまりにも活躍がすごすぎてリアリティが欠けているように思う。
古き良き時代、野球でも完投が当たり前で連投も当たり前の、男が男だった時代の物語だよな、と読みながら思った。
月曜日は映画を観に行こうと思ったけれど、なんだか全然行く気がわかなくて、朝からカティ・サークをストレートで飲みながら、DVDで「ギルバート・グレイプ」を見た。
映画には、観るべき時期ってものがあると思う。
この映画を僕が10代か20代前半で観ていたら、きっと手放しでほめいていたと思うけれど。
もちろん、ディカプリオの演技は素晴らしいし、ジョニー・デップやジュリエット・ルイスにも文句のつけようがないんだけれど。
デップみたいに仕事してんのに、俺にはジュリエット・ルイスはなしかよ…、ってつい不満が。
でもDVDを観ている間、昔、僕が肌で感じていた風のようなものを感じていた。
その頃に観ていれば、僕の心にしんと積もるような映画になったんだと思う。
**おまけ**
村上春樹の「1Q84」BOOK1で印象深かった点
○「ハシゴのいちばん上の段に『ここが最後の段です。これより上には足を載っけないでください』って書いてあるか?」というタマルのセリフ。
○「『ものごとには必ず二つの側面がある』というのが彼の意見です。良い面と、それほど悪くない面の二つです。」という天吾のセリフ。
○主人公の青豆がクイーンをあまり好きでなく、アバをバカにしているところ。俺は、この感覚がまっとうだと思う。クイーンもアバもよく聴くけど、俺も実はそんなふうに思ってるってことに気づかされた。