もう仕事が忙しい話しは聞き飽きたと思うけど、ほかに話すこともない。
毎日つまらないなあと思いながら仕事をして残業をする。
俺の仕事量を誰かが正確に量ってくれているとも、理解ができているともとても思えない。
「とりあえず、こいつにやらせればいい。」といった感じで仕事がどんどん増えてくる。

そういえば今週は中学2年生が3人、体験学習にやってきた。
生徒達はとても真面目で好感が持てた。
これからあと、3校ほどやって来る。


体験学習はいいんだけれど、間に入っている学校の先生っていうのがよくわからない。
まず、アポも取らずに突然やって来る。
そして彼らは名刺を持ってこない。

ひどい学校になると、間に先生が入らず、生徒に直接依頼の電話をさせてくる。
電話口の向こうで、先生が生徒の言葉遣いなどを怒っている声が聞こえる。
そういう学校は依頼文も送ってこず、何の連絡も寄越さず、当日、生徒だけ送り込んでくる。
無責任だと思う。


そして俺は中学校の教師ってのを嫌いなんだ、と改めて実感する。


週末は実家に帰った。
もっとも日曜日は午後から仕事だったので、大して休むこともできなかった。
「仕事がどんどん増えてくるんだ。うんざりするよ。」
母親に文句を言っていたら「どうせやらなければならないなら、嫌な顔をしないでやりなさい」などと言われた。
簡単に言ってくれるが、実践は難しい。


今年度に入って、忌野清志郎が死に、マイケル・ジャクソンが死んだ。
実家に帰ったとき、母親に「マイケル・ジャクソンって、そんなにすごい人なの?」と言われたので、「地球上で今まで一番レコードを売った人」だと説明しておいた。
あとで、どう考えてもビートルズやツェッペリンの方が売っているよなあ、なんて思い直して、「1980年代に」って付け加えようかと思ったけれど、めんどくさくなって説明するのをやめてしまった。


実家ではビールを飲みながら、A.J.クィネルの「燃える男」(集英社文庫)を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-燃える男

舞台は誘拐犯が続出するイタリア。
一人の有能な傭兵が、生きる希望を失くし、アルコールに溺れている。
信頼している友人が、ガードマンの職を見つけてくれて、娘のような女の子のガードマンをすることになる。
この女の子が、頭がよくて、健康的でとてもいい。
イタリア女性の素晴らしさがこれほどわかる本もない。
そんな彼女が、誘拐犯のターゲットになる。


久しぶりに骨のある重厚な冒険小説で、読み応えも充分だった。


***おまけ***


「燃える男」のなかで気に入ったジョーク


テキサス男が初めてヨーロッパへ出かけるのに、フランス号という汽船で海を渡って行った。出港第一夜、給仕長は彼を、あるフランス人と同じテーブルにつかせた。このフランス人は英語が話せなかった。料理が出ると、フランス人は「ボナペチ」と言った。テキサス男は彼が自己紹介をしたものと思って。「ハーヴェイ・グレインジャー」と答えた。
翌朝、朝食のテーブルでフランス人がまた「ボナペチ」と言った。驚いたテキサス男もまた「ハーヴェイ・グレインジャー」と答えた。続く5日間、これが食事のたびに繰り返された。
最後の夜、テキサス男は夕食前にバーで一杯飲んでいて、べつのアメリカ人と言葉を交わした。
「奇妙な連中だね。フランス人てのは」とテキサス男は言った。
「なぜ?」
テキサス男は、あるフランス人に少なくとも12回出会ったが、彼は会うたびに自己紹介したと話した。
「彼の名前は何と言うんだい?」
「ボナペチさ」
アメリカ人は笑って、それはフランス人の名前ではないと説明した。「たんと召し上がれ」という意味だった。
テキサス人はひどく赤面し、その晩の食事のテーブルについた時、彼はフランス人ににこやかに笑いかけて「ボナペチ」と言った。
フランス人はにこやかに笑い返して「ハーヴェイ・グレインジャー」と答えた。

ようやくカラーコーディネーター2級の試験が終わった。
毎日9時過ぎまで残業があったし、昼休みも勉強ができなかったので、何度も挫折しそうになったけれど、最後まで諦めなくて、少し自分を見直した。


昨日の土曜日も東京に出張だったけれど、朝5時前には起きてずっと勉強をして、行き帰りの新幹線のなかも、着いてからも時間が許す限り1問でも多く問題を解いた。
昼も他の人たちとは別れて、喫茶店で勉強をし続けた。
すごく集中していたので、帰りの東京から長野までの新幹線に乗っている時間を短く感じた。
帰ってきてからも、長野駅前のマックで夕食を取りながら問題を解いて、家に帰ってからも寝る直前までして、今日の日曜日も5時30分には起きて勉強をした。


ここまで追い詰められるほど勉強をしてこなかったのは問題だけど、よく試験に臨めるレベルにまで持ってこれたと思う。
問題集は、高橋書店の「これで合格!カラーコーディネーター2級」と中央経済社の「カラーコーディネーター検定試験2級問題集」をすべて解いて、できなかった問題もすべてやり直した。


My Kiasu Life in JAPAN-カラーコーディネーター問題集1


My Kiasu Life in JAPAN-カラーコーディネーター問題集2


日曜日の朝、それまで手をつけなかった中央経済社の「カラーコーディネーター検定試験2級問題集」についている模擬試験を力試しだと思いながら解いてみたら、新たな視点からの問題が多く、全然できなくて、「結局、間に合わなかったってことかあ。」とため息をついた。
でも、そこでできなかった問題も、試験会場まで勉強を続けて、なんとか間に合わせた。


試験自体は、模擬試験よりもできたと思う。
カラーコーディネーターの試験は100点満点で問題数は100問。
すべて4択マークシートで、70点が合格点。
逆に言うと30問は間違えることができる。
そう思って、できない問題があってもあまり気にしなかった。


実は、土曜日に合コンのお誘いがあった。
人生全体を考えたら、試験なんか放っておいて、行くべきのような気がしたけれど、結局、行かなかった。
間違った方向に人生を歩いているような気がするけれど、それもまあ仕方がない。


海堂 尊の「ナイチンゲールの沈黙」(宝島社)上・下巻を読み終わった。
風呂に入っているときやトイレに入っているときに読んでいたのだ。


My Kiasu Life in JAPAN-ナイチンゲールの沈黙上


My Kiasu Life in JAPAN-ナイチンゲールの沈黙下

この本は「音楽」が重要なテーマになっているが、この作者の音楽センスのなさは暴力に近い。
伊坂幸太郎や村上春樹が支持されるのは、音楽のセンスがいいことも一因だと僕は思う。


「ナイチンゲールの沈黙」では美人で美声の看護師が人前でアカペラで「アヴェ・マリア」を歌った後、「證誠寺(しょうじょうじ)のタヌキ囃子(!!)」を歌う設定になっているが、それだけで読む気力がなくなる。
意外な組み合わせで、読者を面白がらせようと思っているのかもしれないが、1ミリも面白くない。
そのほかのユーモアのつもりで書いている文章もことごとくつまらなく、メインの謎解きの面白さもほぼ不発だ。


「チーム・バチスタの栄光」が、後半から面白かったので、いつか面白くなるのではと思っていたんだけど大失敗。
最初から最後まで、本当につまらなかった。
俺の時間を返せ、と言いたい。


「ONCEダブリンの街角で」という映画をDVDで見始めた。


My Kiasu Life in JAPAN-ONCEダブリンの街角で

昔、ダブリンに行ったことがある。
夜10時過ぎにパブに飲みに行ったら、店のお客に話しかけられた。
「日本から来たんだ。仕事で。アイルランドは初めてだ。」
ロンドンと違って背が低い人が多くて、アイルランドは親しみが持てる国だった。


パブのなかで、バンドが静かなロックを演奏していた。
「アイルランドで一番おいしいウイスキーを飲ませてやる。」
親子で来ていたお客が、ウイスキーをご馳走してくれた。
アイルランドではアイルランド航空機内で出されるコーヒーですら、びっくりするくらいまずいのだが、そのとき飲んだウイスキーの味だけは深く、強烈な印象を受けた。


My Kiasu Life in JAPAN-ONCE画像1

そういえば、ダブリンはカナダのジェニファーと一緒だった。
僕たちはダブリンに3日くらいいたのだと思う。
ダブリンの町並みが懐かしく、ジェニファーと一緒にいろんな大学に行ったり、散歩をしたことを思い出した。


この映画は、街中でギターを弾いている男が主人公だ。
パリやロンドンの駅では、よくギターを弾いて歌っている人を見かける。
世界中から芸術家が集まる場所だから当然と言えば、当然だが、日本のギターを弾いて歌っている若者とは技術のレベルが違う。
ときどき、長野駅前で歌っているやつを見かけることがあるが、もっとうまくなってから人前に出てこいって思う。


まだDVDも見始めたばかりで途中だけれど、この映画は音楽のセンスがかなりいいみたいなので、それだけは安心だ。

土曜日は仕事で、医師を連れて、松本まで出張した。
行き帰りともに、僕が運転していた。
帰り道、対向車線を、若葉マークをつけたおばちゃんが、まだ日が沈んでもいないのにハイビームを点灯して走って来るのを見て、助手席に座っていた医師が「最強だな。」と呟いた。
「若葉マーク、おばちゃん、ライトをつけっぱなしで、しかもハイビーム。」
「本当ですね。でも俺もああいう人間になりたかったんですけどね。」
思っていたよりも、医師はとてもいい人で、往復のドライブは楽しかった。


家に帰ると疲れていて、カラーコーディネーターの試験勉強も進まなかった。
もう来週の日曜日が試験なのにな、と思う。
来週の土曜日も東京に出張があって、勉強ができるとはとても思えない。


本を読んだり、映画を観たりする時間もあまりなく、本当につまらない人生を送っているなあ、と思う。
今の人生脱出する方法も意欲もなく、なんだかいつも途方に暮れたような気分になる。
天使のような女の子が舞い降りてきてくれたり、宝くじが当たったり(買ってもないけど)しないかなあ、なんて思うけれど、そういうことは起きないこともよく知っている。


仕事は過酷になってきた。
去年までの仕事の方が、責任は重かったし大変だったけれど、優秀な仲間や上司がいてくれて、いろいろと話しができて、それなりに楽しかった。
今は文句を言いあう仲間もいないし、仕事はどんどん押しつけられてくるし、休日は片っ端からつぶれるし、自由になる時間がずっと減った。


それでも、試験はできる限り頑張りたい。
あと、1週間、1日30分だけでも勉強を続けたい。
そして、この試験が終わったら、しばらくは勉強から離れて、のんびりと本を読んだり、映画を観たりしようと思う。

木曜日と金曜日に飲み会があった。
木曜日は接待する側で、テーブルを何周もしてビールやウーロン茶を注いだ。


隣に座った女の人は初対面だった。
同じ職場で働いていても、とても広いので会わない人はまだまだいっぱいいる。
「年はいくつ?」などと聞かれたので、正直に答えた。
「私も同じ年。」
「ふーん。そうなんだ。」
明らかに、僕よりも若そうだ。
それからビールを飲んで、「あ、そうだ」と思って「そう、見えませんね。」って付け足したら、「遅い!」って怒られた。


「最近、太っちゃって…。」
「そうなんですか。」
ビールを飲む。
「(あ!)そうは、見えないですよ。」
「遅い!」


すごく飲む人だった。
マタニティ・ドレスっぽいのを着ていたので、妊娠しているのかとも思ったんだけど、さすがに外したときの衝撃を恐れて質問できなかった。
そもそも妊娠していたら、こんなに飲んで大丈夫なのだろうか…。


「私たち、いいお友達になれそうですね。」
「結婚しているんでしょ?」
「してたっていいじゃん。友達なんだから。」
「そうだね。」
「今度、飲みに誘うからね。」
気さくな感じの人で、こんな友達が一人増えて嬉しかった。


車を運転して帰れないので、木曜日は職場近くの旅館に素泊まりした。


金曜日は新しく職場に来た人の歓迎会だったけれど、この日は運転をして帰るつもりだったので、お酒は飲まなかった。
話しが血液型の話しになって、B型の女の子に「助けてください」って小声で言われたけれど、結局、助けられなかった。
血液型の話しになると、結局、最後は「B型の人は変な人だ」という結論に陥ることを彼女が先読みして助けを求めてきたことは、僕もよくわかっていた。


「だからまともそうに見えるけれど、変なんですよ。この人は。」
相変わらずの結論に達して、話している奴の言葉を苦々しい思いで聞いていた。
それを聞いて悲しそうにうつむいた女の子に、「気にするなよ」って声をかけたかったけれど、タイミングが見つからなかった。
いつまでも、その嫌な気持ちを引きずっていた。


木曜日の夜は楽しかったけれど、金曜日の夜のような飲み会はつらい。
俺も飲んだとき気をつけようって思った。


6月21日にカラーコーディネーター2級の試験がある。
思っていたよりも遙かに難しい試験で、途方に暮れている。

問題集もほとんど進んでいない。
やっぱり3級から受けるべきだったのかも…などと今さら思ったりもする。


いつも帰ってくるのが遅いので、勉強できる時間と言ったら週末しかないんだけど、来週末は13日の土曜日に出張、再来週も20日の土曜日に出張が入っていて、いったいいつ勉強をしたらいいのか…と思う。


消去法で考えれば、今週末しかまともに勉強ができる日はないわけで、当然、僕自身もそんな自覚を持って週末に突入したんだけれど…。


土曜日は一日中ゴロゴロしているばかりで勉強はまったくせず、日曜日も1時間ほど勉強したら嫌になってしまって、あとはぐうたらしていた。


「もう諦めた方がいいのかな…。」
すぐに安易な方向に流れる自分がいて、困ったものだと思う。


明日から、毎日30分ずつ時間を作って勉強する。
不可能な話しではない。
それができれば、まだ可能性はあると思う。

僕は「サザエさん」が嫌いだ。
小学生の頃から嫌いで、あのアニメを観て楽しかった思い出がない。
いつも納得がいかない思いになる。
特にカツオが大嫌いで、ずる賢くて責任を取らない姿を見ては腹が立つ。
「こいつ卑怯なんだよ。」
のび太のようなダメな子やハックルベリー・フィンのような悪ガキ、それから出来杉くんのような優等生たちとは友達になれそうな気がするのだが、カツオだけは苦手だ。


つい先日、仕事の延長でマンガの話しになった。
「サザエさん」が好きだという女性の上司に少し頭に来てしまい「やっぱり、女の描く男ってのは魅力がないんですよね」などとつい本音を言ってしまった。
言ってしまった直後に「まずい」と思った。
「マスオさんなんか素敵じゃない。いいわあ。」
「そうですか?マスオのヤツもどうかと思うんですよ。根性なしで。俺はどうも苦手なんですよね。」
地雷の上でついツイストを踊ってしまう悪いクセが僕にはある。
さんざん文句を言った後、あきれ顔の上司の顔を見て少し反省をして、最後は「つい、へんなこと言っちゃってごめんなさい。サザエさん。いいマンガです。僕大好きです。」と大嘘をつきながら上司の部屋を出た。


6月1日の0:00までに、100ページ以上の資料を入力して、ネット経由で提出をしなくてはならなくて、金曜日の夜はずっとパソコンに向かっていた。
週に6時間だけ、僕の仕事を手伝ってくれる人がいる。
深夜に職場に1人残って彼女の入力した分もチェックしていたら、かなりミスがあった。


多かったのは、カンマと小数点の打ち間違いで、確かに数字の意味がわからずに入力していれば、そういうこともあるだろうなあ、なんて思っていたんだけど、3桁ずれちゃうからなあ。
トホホって感じだ。
「手洗い調査」という項目が「手荒い調査」になっていたり、「償却費」が「焼却費」になっていたのには笑った。


金曜日の夜だけでは終わらなかったので、土曜日にもまた仕事に行った。
残りはわずかだったので、2時間ほどで入力を終了し、ネット経由で資料の提出をした。
なんとか間に合うことができて、ホッとして、帰りにビールを買って来て飲んで、チーズの料理なんかいっぱい作って食べていたら、それだけで2キロ近く太った。


日曜日は、東京で仕事だった。
朝、7時10分に家を出て、東京から新橋を経てゆりかもめに乗ってイベント会場へ。
一生懸命働いて、長野に帰ってきたのは午後8時過ぎだった。


本当に5月は休みがなくて、ゴールデンウィークがあったのに、結局4日しか休めなかった。
カラーコーディネーターの試験が迫っているのに、何も勉強ができていない。
仕事のせいばかりではないんだけれど、もう少し時間があったらなあって思う。


1週間かけて、DVDで映画「ミスト」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-mist

街がある日突然に霧に覆われ、知能の低い昆虫型エイリアンに襲われる、という映画だ。
随分と評価が高い映画なんだけど、俺にはさっぱりだった。


My Kiasu Life in JAPAN-mist1

昆虫型エイリアンだって気づいた時点で、日本人だったら電気を暗くすると思うんだよ。
虫が灯りに寄ってくるなんて常識だし、空襲時に目標にならないように灯火管制をした歴史を持っている民族だからなのかな?


My Kiasu Life in JAPAN-mist2

ところが、この映画では、「あ、昆虫型エイリアンだ」って気づいてわざわざ避難先のスーパーマーケットを明るくするんだよ。
「何やってんだよ。」
その辺りの感覚が僕にはわからない。


My Kiasu Life in JAPAN-mist3

また、昆虫型でないタコの触手型エイリアンというのがいて、こいつは鉄製のシャッターには体当たりするけれど、窓ガラスには体当たりしないという不思議なヤツだ。
「なんでなんだろう?バカなエイリアンだなあ」って思う。


My Kiasu Life in JAPAN-mist4

大ピンチ、という時点で「生け贄」が必要だってわめき出すおばさんがいるんだけど、それに乗っかる人が多いというのもよくわからない感覚だ。
でも、人殺しを煽っている人がいて、それに従っている人がいる場面では、反撃は、実際に殺害をしている人ではなく、煽っている人間にするべきだ、という理屈はよくわかった。


この映画のウリである「衝撃の結末」というものを僕は誤解していて、何がどうなったのか、次元をつなげるとはどういうことなのか、何を失敗したのか、その成功と失敗の全貌が明らかになることだと思っていた。
ところが、最後まで、どうして霧がかかったのか、そしてどうして霧が晴れたのか、エイリアンはやっぱりバクテリアにやられたのか、等々の説明は全くなし。


この映画は「人間の本性を描いている」なんて意見が多いけれど、観ながら「えー?なんでそうなるの?」って疑問ばかりが先走ってしまったので、僕は結局、この映画の意味論にまでたどり着くことができなかった。
僕は不合理なシーン展開を観ると、どうも思考がそこに捕らわれてしまうみたいだ。

先週の木曜日から、仕事で毎日5時から3時間ほどのヒアリングをこなさなくてはならなかった。
職場の機能を評価するためのヒアリングなのだけれど、仕事も終盤にさしかかった5時以降に毎日続くとさすがに疲れる。
ヒアリングを待たされている側にもストレスが溜まり、前の人のヒアリングが延びて、時間が遅れたときなど、事務方の担当者である僕は何度もいろんな人に謝らなくてはならなかった。


今週の金曜日にようやくすべてが終了した。
ここからは、僕が一人で結果をコンピュータに入力していくという、不毛な作業が続くのだが、とりあえず他の人が関わる部分は終わったと言うことで、少しほっとしていた。


ご褒美と言うことなのか、ナンバー2の人に部屋に呼ばれた。
沖縄の古酒をご馳走してくれるという。
「車で来ているから」と断ったのだが、寝る場所も用意してくれるというので、安心して飲み始めた。


アルコールは50度近くあるらしいのだが、そんなことを感じさせない飲みやすさだ。
つまみはサバ缶。
男2人で、サバ缶をつまみに酒を飲むというのも、まあ楽しいと言えば楽しいし、悲しいと言えば悲しい。


本が好きだというので、いろんな本の話しを聞いた。
聞きながら題名などのメモを取っていたのだが、だんだんと書いている字が判読不能になり「おまえ大丈夫か?」と言われた。
「大丈夫ですよ。」
力を込めて答えたけれど、この時点で僕は完全に酔っぱらっていたと思う。


途中で、「僕たちもう帰るから」と他の事務の人が来て、「戸締まりはお願い」と言い残して帰って行った。
「了解。」なんて答えていたけれど。


気づいたら、僕は2階の仮眠室に寝かされていた。
時計を覧たら朝の7時だった。
慌てて事務室に行ったけれど、ちゃんと電気も消えて鍵がかかっている。


断片的な記憶はあるけれど、なぜ、事務室に置いてあった僕の鞄が仮眠室に置いてあるのか、誰が事務室の鍵をかけたのか、謎として残った。


おそらく、ナンバー2がすべてしてくれたのだろう。
それにしても、酔いつぶれるとはだらしがない。
本の題名を書いたメモも置き忘れてしまった。


家に帰ってからも、体がだるく、何もする気が起きない。
土曜日はテレビを見たくらいで、後は寝て過ごした。


日曜日の朝は髪を切りに行き、その後時間がぴったりだったので、クリントイースト・ウッドの映画「グラン・トリノ」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-gran-torino

その後はまた仕事に行って、3時間くらい働いてから帰ってきた。
働いて、飲んで飲みつぶれて、寝て、映画を観て働く。
やれやれ。何て人生だ。なんて思う。


「グラン・トリノ」が車の名前だと、この映画を観るまで知らなかった。
一人で暮らす偏屈な男の隣に、モン族というアジア系の民族が住み始める。


My Kiasu Life in JAPAN-gran-torino1

「米食い人」などと最初は差別的な言葉で罵っていた男だったが、次第に彼らの存在を身近に感じ始めるようになる。
そして、そこの家の息子にだんだんと友情を感じ始める。


My Kiasu Life in JAPAN-gran-torino2

味わい深く、僕が高校時代に観ておきたい映画だった(無理だけど)。
そして、「シャイン・ア・ライト」のときも感じたんだけど、じいさま達がなぜ、今もこんなに魅力的なのか、僕たちは考えなければならないように思う。


My Kiasu Life in JAPAN-gran-torino3

俺も弱音を吐きすぎだよな、ってこの映画を観て反省した。


今、生きているこのときにも、世の中には自分ではどうしようもない環境下に置かれ、それでも必死に努力をしているヤツがいるんだと。
そして、そういう努力しているヤツの姿は美しいし、そういうヤツは何らかの形で救われるのだと、この映画は語っているように思う。


DVDで「ファーゴ」も観た。


My Kiasu Life in JAPAN-FARGO

残虐な殺人事件を描いた映画だが、映像ではその残虐性をあまり感じない。


My Kiasu Life in JAPAN-fargo1

犯人を追う警官は妊婦で、彼女を支える夫の演技が実にさりげなくて共感が持てる。
この映画の支持が高いのは、そのまっとうさだと思う。


My Kiasu Life in JAPAN-fargo2

殺人なんか犯すのは変なヤツで、平和な家庭生活を送ることこそ幸せで価値があるのだというこの映画のメッセージが、皆の心の腑に落ちるんだと思う。


My Kiasu Life in JAPAN-fargo3

平和な家庭生活なんてものを築いたことがない俺が言うのも変な話しなんだけどさ。

仕事が忙しすぎる。
「どう考えても俺たちに仕事が集中し過ぎているよなあ。」
「本当ですよ。」
5月になってから、休めたのは4日から6日までの3日間だけだ。
夜も最近は9時前には絶対に帰れない。


他の人たちはさっさと帰っていく。
いつも僕と同僚の2人だけが取り残される。
ひとつひとつの仕事は、他愛もないもので、普通の人ならできる仕事が多い。
でも量が、半端じゃない。


この程度の仕事で弱音を吐くのもどうかと思うけれど、人事と仕事のバランスが取れていないような気がする。
上司はまったくその点は無頓着だ。
むしろ、仕事を増やしてくるのがその上司なので、僕たちには何もできない。


今週の土日も仕事だった。
土曜日は会計処理の仕事がメインだったが、日曜日はブースを出して新人を勧誘する仕事だった。
準備する時間がほとんど取れず、出勤した土曜日の2時間くらいですべてを用意した。


ブース出展する会場は、通常の勤務地から30キロほど離れている。
開会が1時なのに、準備は10時30分からだというので笑ってバカにしていた。
「準備なんか、俺一人で40分あればできる。10時30分になんか行くヤツはバカですよ。」
手伝いもすべて断った。


ブース会場にはポスターを貼り、宣伝のロゴを貼り、コンピューターで勧誘のDVDを再生して、モニターで流す予定だった。
もちろん、パンフレット、チラシも並べる。


本当に僕は1人だけで40分あればセッティングする自信があったけれど、会場のほかの人たちに失礼かと思って、一応11時に会場に到着した。
会場はすでに準備態勢に入っていた。
6人がかりで来ているところもある。
「俺は一人で十分だ。」
いろんな人に挨拶をした後、コンピューターのセッティングをしたり、パンフレットを並べたりした。


ポスターを貼っているとき、なかなか両面テープを受け付けてくれないボードだったので、少し苛ついて、貼っては落ちるポスターをにらみつけていた。
そのとき、ふと、ロゴを貼るときはどうしようか、なんて思った瞬間、ロゴを職場に置き忘れてきたことに気がついた。
それが11時20分。


駐車場まで走り、車を飛ばした。
渋滞に遭うたびに、「ああ、もう!」とイライラが募った。
ゆっくりと渋滞の先頭を走っている軽自動車のおばさんに腹が立つ。
職場に着いたのは11時55分だった。


復路は渋滞がもっとひどかったけれど、飛ばせれるところは思いっきりアクセルを踏んだ。
会場には12時25分に着いた。


「大丈夫、落ち着け。まだ間に合う。」
コンピューターのセッティングとポスター貼り、ロゴ張りをいっぺんにやる。
なんだか難しい料理をしているみたいだ。


職場では簡単にできた、モニターにDVDの画像を表示させることがなかなかできない。
設定を何度変えても元に戻ってしまう。
「落ち着け。落ち着くんだ。」
時間に追われて手が震えてしまう。
再起動したら、何とかうまくいった。


いったん貼ったポスターが落ちて、両面テープが至る所にくっついて、元通りに広げたら何カ所か破れてしまった。
「いいんだ。気にするな。」
自分に言い聞かせる。
「全体を進めるんだ。部分に捕らわれるな。」


ポスターに必要以上の両面テープを貼りまくり、二度と落ちないようにした。
ロゴは、思ったよりも簡単に固定ができた。
その間、主催者側の挨拶はすべて無視して作業に没頭した。


すべてが終わったのが、12時50分。
後片付けをしていたら職場の説明をしてくれる組織のトップ3や同僚が到着した。
「なかなかいいセッティングじゃないか。」
僕は汗だくで、「ええ、まあ。」と言うのが精一杯だった。


会場は盛況で、僕たちは自分たちのブースに空席ができるたびに、次々と勧誘をしていた。


2時頃にテレビ局の人が来て、勧誘しているところを撮影したいと言われ、生まれて初めてピンマイクというのをつけた。
僕はワイシャツだったので、ワイシャツの下を通して、ネクタイの付け根近くにマイクを設定した。


「大活躍しちゃってください。」


ブースへの勧誘なんか別に大した技術もいらないけれど、カメラが追っていると思うと変に緊張する。
声もへなちょこで「えとえと。こっちへ。んとんと。えーと。今日はどーも」なんて感じだ。
俺が他人だったら「お前、どうでもいいけど何語でしゃべってんだよ」とツッコムところだ。


「声、ばっちり、取れました。」
テレビ局のクルーが言うのを「うそつけ」と思いながら、ピンマイクを外して返した。


他のブースがまだ話しをしているのに、「もう片付けちゃっていいよ。十分だ。」と物わかりのいいことを言うナンバー2に親近感を感じたのが3時50分。


ブースをすべて撤収して家に帰ったのが5時だった。


すぐにビールを飲んで、シャワーを浴びる。
「なんでこんなに忙しいのかな…俺。」
忙しいのをさらに忙しくしているのは、忘れ物をしたりする自分自身だよな、なんて思ったりもした。



スタンリー・キューブリックの「現金に体を張れ」というモノクロの映画をDVDで観た。

My Kiasu Life in JAPAN-現金に体を張れ

登場人物の性格設定がキッチリとできている。
演技もいいが、カメラワークが斬新で、ひとつひとつがカッチリと決まっている。


My Kiasu Life in JAPAN-現金に体を張れ1


My Kiasu Life in JAPAN-現金に体を張れ2

ストーリーはいろんな意味でタランティーノの「トゥルー・ロマンス」の失敗版のような感じだ。


My Kiasu Life in JAPAN-トゥルーロマンス



時代は感じるけれど、不運な人間の普遍性みたいなものを映し出していて、シーンを思い出すたびに味わえる映像が多い。

My Kiasu Life in JAPAN-現金に体を張れ3


My Kiasu Life in JAPAN-現金に体を張れ4

今日はこれからコーエン兄弟の「ファーゴ」をDVDで観てから寝る。
いい映画だと思う。
期待したい。

金曜日はまた偉い人と一緒に埼玉に出張した。
食事をしていたら、前の職場の人たちとバッタリ会った。
「何しているんですか?こんな所で?」
「講習会があるんだよ。」
「僕たちは申請に来たんです。」
「そっかあ。頑張ってね。」
前の職場の人たちと会うと嬉しい気分になる。
いつか飲もうぜと言っていたのに、結局、1回も飲みに行けなかった人もいる。
気分がいい人が多くて、その点では僕は恵まれていた。


夜は、友達に誘われて飲みに行った。
時間がずれ込んで、結局、飲み出したのは午後11時30分を過ぎていた。
それから午前2時30分まで飲んでいた。


土曜日も日曜日も仕事だった。
本当は土曜日にやろうと思っていた仕事があったのだが、ほかの仕事に邪魔されてできなかったので、結局日曜日も出勤した。


僕は苦情係も担当しているので、組織に関するすべての苦情が僕の所に持ち込まれる。
鉛筆で殴り書きされて、ポストに突っ込まれた苦情を読んでいると、その負のエネルギーの強さにげんなりする。


「プロ意識が足りない。全体にのんき。」
「○○という女は今まで会った女のなかで最悪だ。男のようだ。さっさとやめさせろ!!」
「○○は態度が悪い。働く資格がないと思います!」


話し合いのために、そういった苦情をワープロで書き写しながら、具体的にどういうことで、何があったんだろう?と思う。
これが私生活なら「まったく、うるさいなあ」と言いながらゴミ箱に叩き込んでそれで終わりなんだけど、回答案を考えて、会議にかけなければならないので、そういうわけにもいかない。
なんだか、自分自身が騒ぎを大きくして、それを解決するマッチポンプの役をしているみたいだけど、それも仕事なので仕方がない。


もっと、こう、みんなおおらかな気持ちになれないものなのかなあ?と思う。
ときどき、感謝の言葉がポストに入っていることがある。
べつに僕に感謝しているわけではないんだけれど、そういう文章を読むとほっとする。


日曜日は母の日だったけれど、そんなわけで僕は仕事だった。
花を贈る年が多いけれど、今年は「もう花はいらない」なんて言うので、任天堂のDSliteとテトリスをプレゼントした。
高い母の日になったけれど、電話をかけたら、気に入ったようなので、よかった。


先週見た「初体験~リッジモント・ハイ」で、モテ男が相談に来た男友達に「本当に彼女をものにしたい気分になったらツェッペリンの4枚目のアルバムをかけろ」と言い(たぶん冗談。ロマンチックには世界一遠いアルバムだ。)、その男友達が実際に車のなかで、彼女と一緒にツェッペリンⅣを聴いているシーンがあって笑った。


My Kiasu Life in JAPAN-ツェッペリンⅣ

それでも少し気になったので、仕事の帰りに、久し振りにツェッペリンⅣを聴きながら帰ってきたけど、これを聴いてエッチする気には、たぶんならないだろうと改めて思った。


「いとこのビニー」という映画をDVDで観た。


My Kiasu Life in JAPAN-いとこのビニー

ラルフ・マッチオが出てきた瞬間に、「俺、これ前に観た映画だ」とわかったけれど、すごく久し振りだったので、新鮮な気持ちで見ることができた。


それなりに面白いし、脚本としてはものすごくよくできた脚本だと思う。
映画ではなく、脚本コンテストに出品するならかなり上位に食い込めると思う。
ジョー・ペシの演技もとてもいい。


My Kiasu Life in JAPAN-いとこのビニー1

ただ映画としてはそれでも今ひとつの感が否めない。
法廷劇なんだけど、観客は主人公が無罪だと最初からわかっているし、まともな弁護士ならどうやったって楽勝の事件なので、緊張感が足りない。


My Kiasu Life in JAPAN-いとこのビニー2

コメディに仕立てるための仕掛けが見え見えだし。


それにしてもジョー・ペシの婚約者役をしたマリサ・トメイって僕には理想の女性だ。
きれいで、頭がよくて、個性が強くて。


My Kiasu Life in JAPAN-いとこのビニー3

この映画の演技でアカデミー助演女優賞を取ったのか…。
確かに生き生きとした、いい演技だった。

4月28日は、組織のトップ2人と東京に出張した。
行き先は神保町。
有楽町まで行って、それからどうしようかと思った。
方法はいくらでもあるので、自分1人なら簡単なんだけど、偉い人を連れて行くと迷ってしまう。
長距離を歩かせるわけにはいかないし。
東京駅でタクシーを拾えば簡単なんだけど、経費節減の折、なかなかそういうわけにもいかない。
結局、三田線の日比谷駅まで歩いて、そこから神保町まで三田線に乗った。
少し歩かせたけれど、あまり不満にも思っていないようだったので、よかった。
帰りも同じルートで帰った。
僕は、帰りは東京駅で別れて、上野に飲みに行った。


上野駅周辺の店で、前の前の前の職場の女性と久しぶりにあった。
「久しぶり。もう何年も会ってないよね。」
「そうだよ。本当、久しぶり。」
江戸っ子の彼女からいろんな話を聞いて楽しかった。
話しながら、お腹がいっぱいになったのに、無理をして食べた。
上野駅で別れて、僕は終電に乗った。
酔うと僕はまず満腹中枢からダメになる。
新幹線のなかの車内販売で釜飯を頼んで食べ、長野駅に着いた後もマクドナルドに行ってビッグマックを買って帰り、家で食べた。


大学時代、マックが大好きでそれこそ毎日のように食べていたけれど、今食べると、パテが塩辛い。
年を取ったせいなのかな、とも思う。


塩辛さが相対的なものだと知識で知ったのは、高校の頃に読んだ国語の問題集だったと思う。確かこんな話だ。
遠洋漁業に調理師見習いとして雇われた少年が、朝、味噌汁を作って出したところ、塩辛いと怒られ、夜に全く同量の塩を入れた味噌汁を出したら、今度は塩が足りないと怒られ、どうしたらいいか分からなくなった、というような話だった。
先輩が少年に教えてくれる。
朝は塩が薄くていい。でも、昼の間は漁で、皆汗を流して、塩分が足りなくなっているから、夜に出すときは塩味を濃くしなくてはいけないんだ。


若いうちは、特に「中国語の授業は野球でいいんじゃない?」などと勝手に決めつけて、グローブとバットをグランドに運び出し、野球をしていた僕たちには、塩味が必要だったんじゃないかと思う。


ともかく、そんなわけで28日は大量に食べたので、たった1日で3キロも太った。


5月は5連休のはずだったが、最初の2日間は仕事だった。
社内報を完成させて印刷し、それから1時間の会議のテープ起こし。
他にも細々とした仕事をいくつかこなした。


そんな生活で2キロ落としたが、その後の3連休は実家で、山ほど料理を食べた。
そして、僕は実家の自分の部屋に行くと、ものすごく眠くなる。
5月5日など、16時間くらい寝ていた。
「食べる、寝る、でぶ」一直線(旅行雑誌の「るるぶ」は本当は「見る、食べる、遊ぶ」を略したものだが、編集者に意味を聞くと、たいてい「食べる、寝る、でぶ」だと教えてくれる。)。
随分と太ったような気がする。
また、ダイエットしなくては。


道尾秀介の「向日葵の咲かない夏」(新潮文庫)を読んだ。

My Kiasu Life in JAPAN-向日葵の咲かない夏
終業式の日に、学校に来なかった友達の家に行くと友達が首を吊って死んでいた。
その友達はクモとして生き返り、「実は殺されたのだ」という。
妹のミカと僕は、犯人を追い込むために証拠を固めようとする。


謎解きが高度でサスペンスとしては面白かったけれど、読後感は最悪だ。
優秀な能力を持った小学生が、犯罪にその能力を注ぎ込むというのが僕は気に入らない。
小賢しい嘘を平気でつくのも、彼らの周りにいるほとんどの大人たちが歪んでいるのも気に入らない。
作者の技術の高さは認めざるを得ないけれど、この暗さと歪みは何とかならないものか、と思う。


「ジェイミーのグレート・イタリアン・エスケープvol2」をDVDで見た。

My Kiasu Life in JAPAN-ジェイミーのグレートイタリアン・エスケープ2
イタリアの保育園を訪れたジェイミーは、3歳の子供がナスやキュウリの形を知っているのを見て驚く。
イギリスで同じ質問をしたら小学生でも答えられない、と彼は言う。そっちの方が、僕は驚きだ。
その一方で、北部イタリア料理は南部イタリアの人は食べない、味付けも「ママの味がすべて」で挑戦をしない姿勢に腹を立てる。
ジェイミーは、最終的には、無理矢理自分の味にチャレンジさせるのではなく、その土地の味付けを学び、その土地で受ける料理を作ることに方向転換する。
結論から聞けば、それはそうだよな、と思うけれど、この結論に至るまでのジェイミーの悪戦苦闘はなかなか見応えがあった。


「初体験 リッジ・モント・ハイ」もDVDで見た。

My Kiasu Life in JAPAN-初体験
別にそれほど面白い映画だとも思わないけれど、異性を意識せざるを得ない青春時代を鮮やかに切り取っている。
そしてこういう映画を見るたびに、僕はなぜ、高校時代もっと女の子と楽しいときを過ごさなかったのかと深い後悔をする。


My Kiasu Life in JAPAN-初体験1

結局のところ、高校生になっても僕は発想が子供だったんだよなあ、なんて思う。
俺と遊びたいって思っていた女の子もきっといたはずなのに。
硬派を気取ってからなあ。本当に馬鹿だ。

My Kiasu Life in JAPAN-初体験2

残念で、でも、もう涙も出ない。

金曜日に前の職場に行って、足りない文房具を分けてもらった。
「ナンバリングマシンはないの?」
「ないけど、どうして必要?コピー機の印字機能を使えばいいじゃん。」
「なるほど。君って賢いね。」
話しをしているうちに、飲みに行くことになり、焼き肉を食べに行った。


いろんな愚痴をこぼしたかったけれど、明らかに今の俺よりは仕事をしている人たちを目の前にして、こぼせる愚痴は少なかった。
結局、3時まで飲んでいた。


翌朝は9時に起きて、12時頃に職場に行って仕事をした。
決算調書と監査調書を作ったのだが、簡単で、自分が担当する部分は2時間もしないうちにできあがった。
あまりにもあっけなく、これでいいのか、と自問した。
これでいいのだ、と思ってついでに他の人の分も少しやっておいた。


前日に、前の職場に行ったとき、決算を担当している人は、青い顔で数字と格闘していた。
彼の前任者はとても優秀だったが、書類のまとめ方が一般的ではないので、たいていの人は理解ができない。
「彼、吐き気がするって言ってました。」
焼き肉を食べながら、以前の同僚が話していた。
その気持ちはわかる。
どこかに道があるはず、そう思って数字をずっと見つめていると、吐き気がこみ上げてくるものだ。
道が見つかりませんでしたって言えないつらさもある。


簡単に出来上がった調書を指定されたサーバーに保存する。
もうできあがったのか…。
監査調書と決算調書を作るんだから夜遅くまでかかると思っていたのになあ。
環境が違うところに来たんだなあ、と思うのはこんなときだ。


土曜日の夜は、スナックの女の子が店をやめる日だったので、また飲みに行った。
「花とかないの?」
「買ってこようかとは思ったんだけど…。」
「プレゼントは?」
「それもないんだ。」
女の子は不満そうだった。
「俺は経済力が乏しいんだ。」
抵抗したけれど、安めのシャンパンを抜かれてしまった。
まあいいか。最後だし…。
「もうこのお店来ないでね。他の女の子と飲んでいたら怒るから。」
「うん。もう来ないよ。」
もうたぶん一生会わない女の子と、あまり意味のない約束をする。
2時間ほど飲んで、ラーメンを食べて帰ってきた。


日曜日は、家で社内報を作っていた。
前任者から引き継いだワードのレイアウトが崩壊してしまい、何度直しても壊れてしまう。
諦めてPCデポに行って「パーソナル編集長Ver.8」というソフトを買ってきた。


My Kiasu Life in JAPAN-編集長ver8

使い勝手がよく、狙いどおりの位置に狙いどおりのレイアウトを配置することができる。
レイアウトもだいたい出来上がった。
あとは、頼んでいた記事のできあがりを待つだけだ。


伊坂幸太郎の「チルドレン」(講談社文庫)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-チルドレン

緊張感は薄いものの、意表を突くトリックがそこかしこにあり、楽しめる。
陣内という困りものの主人公?は、ギターがうまく、口が達者で、分け隔てがなく、自由で喧嘩っ早い。
困りものだが、反感を感じないのは、彼が男のひとつの理想像であるからなのかもしれない。


DVDで「ジェイミーのグレート・イタリアン・エスケープ」の1本目を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-グレートイタリアン・エスケープ1

イギリスでパパラッチに追い回される日々から逃れるために、ジェイミーはイタリアに渡る。
そこで料理の神髄を学ぶ。


レシピという概念はイタリアの修道院でできたものらしい。
ジェイミーはそのレシピの誕生した修道院に行くが、そこでは缶詰料理が出され、あるはずのハーブも見あたらない。
その修道院で、ジェイミーは料理を学ぶはずだったのに、逆に、修道僧に料理を教える。


僕は、彼の臨機応変だけど最終的に意見を通してしまうものの考え方が好きで、やらなくてはならないことがあるのに2日酔いになってしまう彼の弱さも好きだ。
そして、自分の料理が受け入れられなかったときや最悪な状況で笑う彼が好きだ。
最悪な状況では怒ったり泣いたりするより、笑った方がいいと俺も前からずっと思っていた。
笑う門には福来たるんだと、本当に僕はそう思う。