暇な職場だという淡い期待が裏切られ、毎日つまらない仕事が続いている。
以前の仕事は、俺が頑張らないと間違いなく困った事態に追い込まれる人がたくさんいた。
その人たちのためには、どんな仕事でも、なんとしても締め切りまでに間に合わせるという必要があった。


今度の仕事は、俺がしなくても、誰も現実には困らないけれど、とりあえずやらざるを得ないという仕事が多い。


例えば、毎月の社内報の発行。
A4サイズのページを8ページを作る。
責任者は別にいるけれど、事実上、僕が編集長で記事を書いて印刷までする。
発行しなくても、世の中には何の支障もないことだし、誰も気にしてないと思うけれど、やらないわけにはいかない。
そんな社会的責任は軽いけれど、たまってくるとヘビーな細々とした仕事を毎日うんざりするほど頼まれる。


土曜日には600ページを超える書類を80冊印刷して冊子にしなければならない、という仕事を頼まれた。
いきなりサービス残業ですか…。
取れるはずのない代休をくれるという。


印刷機は一度に原稿が100枚分しか入らないし、途中に見出しを挟む必要があるので、事務量は相当なものになる。
途中で印刷機が壊れ、業者を呼び出さなくてはならなくなったときには「もうダメかな」と諦めかけた。
それでもパートの女の子が午前10時から午後6時まで手伝ってくれたし、業者も30分ほどで修理に来てくれたので助かった。


6時からは1人きりだったので、ずっとi-podでX JAPAN BEST~FAN'S SELECTION~を聴きながら印刷をしたり冊子の形に綴じたりしていた。


My Kiasu Life in JAPAN-XJAPANベスト ファンズセレクション

昔、名古屋で仕事をしていた頃、隣の席の子がX JAPANのファンで、追っかけをしていた。
彼女が好きだったのはhideだったけれど、当時の僕は聴きもしないで馬鹿にしてた。
「Xジャンプとかするんでしょ。」
hideが亡くなってhideミュージアムができたと聞いたときも、彼らの音楽を聴いたことがなかったので、ふーんとしか思わなかった。


聴いているうちに、X JAPANというバンドは、圧倒的にhideのギターが優れていたんだ、とわかってきた。
リッチー・ブラックモアとレインボーみたいな感じだ。


My Kiasu Life in JAPAN-レインボー

ギターに較べると、(怒る人がいっぱいいるかもしれないけれど)ボーカルはかなり落ちる。
yoshikiの美意識が、このバンドを特異なものにしたのは否定できないにしても、hideの功績っているのは大きいよな、って思った。


圧倒的に高レベルのギターとボーカルがいるハードロックバンドっていうのが、昔は洋楽でもいなかった。
ギターがいいバンドはボーカルがダメで、ボーカルがいいバンドはギターがダメ。


ガンズ・アンド・ローゼズが「アペタイト・フォー・ディストラクション」を出したとき、「とうとうそういうバンドが現れた」という喜びがあったけれど、同時にハードロックのゴールを見せられた気がして、それから急速にハードロックに興味がなくなった。


My Kiasu Life in JAPAN-アペタイト・フォー・ディストラクション


X JAPANはyoshikiが曲の最後に英語で囁くのがどうも今ひとつよくわからないけれど、聴いてみてなかなかよかった。
それでもこのアルバムはよくわかってないファンが選んだベストらしく、X JAPANはもっと優れた曲を多く残しているらしい。
もっと前にちゃんと聴いていたら、あの子ともX JAPANについていろんな話ができたのにな、って後悔した。


日曜日は、社内報に載せる「おすすめレシピ」のために料理をして、写真を撮った。
以前から考えていた若鶏の胸肉料理で、少し焼きすぎたけれどまあまあだった。


My Kiasu Life in JAPAN-若鶏の胸肉料理


それから土曜日の夜、仕事の帰りに買ったマンガを5冊、読んだ。
のりつけ雅春の「上京アフロ田中」(小学館)1巻と2巻、中村光の「聖☆おにいさん」(講談社)1巻と2巻、末次由紀の「ちはやふる」1巻だ。


「上京アフロ田中」はまあまあ面白かったけれど、特に目的もなく生きている様が物足りない。


My Kiasu Life in JAPAN-上京アフロ田中1

My Kiasu Life in JAPAN-上京アフロ田中2

「聖☆おにいさん」もそうだ。


My Kiasu Life in JAPAN-聖☆おにいさん1

My Kiasu Life in JAPAN-聖☆おにいさん2

ブッダとイエスが現代の東京で暮らす、という設定はなかなか面白いが、特に何をするわけでもない。
力のある人が、誰も救わずにただ無為に過ごしているというのが僕はどうしてもダメで2巻目の途中で読むのが嫌になってしまった。でも、最後までとりあえず読んだ。


その点「ちはやふる」は小学生が主人公のマンガだが、頑張るマンガでなかなかいい。


My Kiasu Life in JAPAN-ちはやふる1

何の取り柄もないと思っていた女の子が、競技カルタに才能があることに気づき、努力をする。
僕は、やっぱりこういうマンガが好きだ。
女の子の夢は「お姉ちゃんがミスコンでいつか1位になること」。
でも彼女は「そんなのは夢とは言わない。自分のことでないと夢にしたらいかん」と同級生に言われて、初めて自分で努力することに目覚める。


今、売れてる青年コミックは、目的を失い、日々をそれなりに楽しく過ごすことを描いているのに対し、女の子の売れているコミックは目的を持って一途に頑張る姿を描いていて好対照だ。
「働きマン」「のだめカンタービレ」も女の子が頑張る話しだ。


男の若者が夢を持ちづらく、夢を目指したマンガっていうのがリアリティを持てないせいがあるのかもしれない。


なんてマンガを読んで能書きたれている俺もどうかとは思うけど…。
あーあ。まったくなあ。

新しい職場の食堂はかなりおいしい。
僕はお弁当を頼まずに、いつも食堂にまで食べに出かける。
カラーコーディネーターの本を読みながら食事をすることが多い。
食堂は小さいので、ときどき席がいっぱいになり、組織のトップが僕の隣で食事を始めたりもする。
いろいろと話しかけてくるのだが、かなり苦痛だ。


先日はついうっかり気象の話しなんか始めてしまい、最後はバタフライ・エフェクトの話しまでしてしまった。
「初期のほんのわずかな差が、結果として大きな差になるんです。北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで大嵐が起きるなんて、言われているんです。」
「なるほど。君は話題が豊富だ。」
なんて言われたけれど、そんな褒め言葉も自己嫌悪の元になるだけだ。
何を馬鹿な話ししているんだ、俺は…。


仕事はだんだんと理解してきた。
自分が仕切らなければならない会議が今後、次々と出てくる。
どんなメンバーでいったいどういうことになるのかかなり不安ではある。
いろんな不文律があって、言っていいことと悪いことがあるというのもまだ理解ができていない。
頼りにしようと思っていた人が、どうやら一番頼りにしてはいけなかった人のようで、会議の後、何人かの人に注意を受けた。
結局のところ、僕は実際に痛い目に遭ってみないと、理解ができないのかもしれない。


以前の職場よりも仕事の量も責任も格段に下がってはいるが、思ったよりも楽ではなく、夜10時頃までは残業しなければならない。
金曜日には花見兼歓迎会があったが、あまり面白くもなく、かなり退屈な飲み会だった。


土日はほとんど寝て過ごした。
花粉症の薬を飲むと、悪夢を見るほどまでにぐっすりと眠れる。


それでも日曜日にはクリーニングに行ったり細かい買い物をしたりするために車を出した。
帰りに、少しお腹がすいたので初めて行くラーメン屋に入り、餃子とチャーハンを頼んだ。
店長はやばいくらいに怖い感じの人だった。
僕は料理は科学だ、と基本的に思っているので、料理が気合いだと思っているような人とは相性がよくない。
店に置いてあるゴルゴ13を読みながら、失敗したかもしれないな、と思っていた。
それにしても、昔からそうだったのかもしれないけれど、たまたま読んだそのゴルゴ13もつまらなかった。


不安は大的中。
ただ塩味ばかりがきついチャーハンで、具も全然おいしくなかった。
最近、読んだ本によると、チャーハンはラードで炒めるのがいちばんうまくできるのだそうだけど、相撲取りが間違ってチャーハン目がけて塩を投げ入れてしまいましたっていうくらい塩辛いので、このチャーハンならどんな油を使おうと一緒だと思った。


餃子も皮が厚すぎで、具の味もタレの味も最悪だ。
餃子に入れる野菜にはキャベツや白菜、ニラなんかがあるけれど、どれも調理には難しい野菜だ。
キャベツも白菜もアブラナ科で(放っておくと菜の花が咲く)、特有の匂いが出るためスープストックにもなかなか使われにくい野菜だ。
おいしい餃子というのは、思っている以上に難しく、もともと辛味の成分があるアブラナ科の野菜から甘さを引き出すため、十分に加熱することが必要になる。
そのためには餃子の皮は加熱に強く、薄いものであった方がいい。
この店ではそんなセオリーをすべて無視している。


よっぽど食べずに出ようかと思ったけれど、とにかくやばいくらいに怖い店長が、妙に僕を見ているので、「まずいなあ、塩味しかしないよ。餃子も皮とアンとタレが最悪」なんて思いながら頑張って食べた。
ただチャーハンと一緒に出てきたスープだけは、あまりのまずさに涙目になってしまい、とても最後までは飲めなかった。
家に帰ってからも、腹は不必要に重いし、口はニンニクでいつまでも臭いし、西原のマンガに出てきた「男たちがあまりのまずさで泣きながら食べる男涙の中華料理屋」っていうのは、きっとあんな感じなんだろうなあなんて思った。


古本屋で買った斉藤ひろしの「1週間でマスター 斉藤ひろしのシナリオ教室」(雷鳥社)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-シナリオ教室

プロットを作って、脚本にまで仕上げていく。
今までその方法を習ったことがなかったので、おおよそのストーリーをメモ書きして、それに肉付けする形で作っていた。
この本を読んで、プロットから脚本に仕上げていくためのハコ書きというものがあると初めて知った。
脚本家にとっては当たり前の話しらしい。


確かにハコ書きで作っていく方が合理的だし、作成過程がわかりやすい。
特に一人だけで作るのではなく、何人もの人たちでガヤガヤと作るのであれば、ハコ書き形式にしてあった方が話がしやすい。
なるほどなあ、こうやって作るのか…。
もし、いつかまた誰かに脚本を頼まれたらこの方法を取ろうと思った。


それから、この方法をちゃんと使いこなせば、小説を書くことだって夢じゃなくなるよなあ、なんて思ったりしたので、きっとロクでもないことになるような気がした。

31日の火曜日は、午前中、新しい職場で引き継ぎがあった。
前日の月曜日に飲み過ぎてしまい、聞いているうちに脂汗がにじみ出てきた。
ときどき吐き気がこみ上げてくる。
長い引き継ぎで、2時間以上、時間がかかった。
二日酔いだと気づかれないように努力したけど、どの程度隠すことができたのかはわからないままだ。


どうして月曜日に飲み過ぎてしまったかというと、課の送別会があったから。
「明日は引き継ぎだから2次会には絶対に行かない。」
鉄より硬い意志で臨んだ送別会だったが、送別会が終わる頃にはそんな決意などすっかり忘れてしまい、それから午前1時過ぎまで、力一杯飲んでしまった。
「お酒を飲むと、あんなに元気になるのね。」
「歌っていましたね。」
あとからいろんな人に声をかけられて、恥ずかしかった。


苦しかった引き継ぎから帰ってくると、課長や部長の退職の式があった。
正面玄関で、課長と部長をお見送りする。


正面玄関の先には、鯉が泳いでいる水深80センチほどの池があり、かつて課長を見送る写真を池の縁に立って撮っていた人が、皆が見つめるなか、後ろに下がってカメラを構えたまま落ちたのだという。
「あいつだよ、落ちたの。よくうちに操作方法聞いてくるヤツ。」
その話を聞いていたらおかしくて仕方がなかった。


退職の式は、いつもタクシーに乗り込むのだと思っていたけれど、今年は立派な黒塗りの車だった。
「あんな車、まだあったんだ。」
「ありますよ。すごい走行距離、22万キロとかいっていますけどね。」


「おまえが部長になってやめたら、あの車の後ろに、空き缶とかいっぱいぶら下げるよ。」
「空き缶よりも、土木なんだから、ゴム長靴の方がよくないですか。」
「ぼこん。ぼこんっていいながら去っていくんだよ。みんな涙流して。笑いすぎで。」
仲間と馬鹿話をするのはすごく楽しく、これが最後になるのかと思うと寂しさも感じた。


6時頃、僕自身の最後の挨拶をした。
ゆっくり考えようと思っていたのに、いきなりだったので困った。
「4年間、えーと、どうもありがとうございました。」
そう言って頭を下げたら、短すぎだ、とやじられた。
「まだ続きがある。えーと、初めてここに来たとき、仕事量にも驚いたのですが、同僚や、上司がすごく優秀だったことに驚きました。それが、4年前でした。」
じゃあ、今は優秀じゃねえのかよ。いっせいにあちこちからヤジが飛んだ。
「それからも、ずっとです。ずっと。次の職場は神聖な職場なので、ちゃんと生活態度を改めて頑張ります。」
今の職場は神聖じゃないのかよ。またヤジが飛ぶ。
「どうも4年間ありがとうございました。」
みんなから笑われて、やじられたけど、俺の挨拶としてはまあまあだったと思う。


翌日の水曜日は、朝から新しい職場で仕事だった。
挨拶回りもあったが、細々とした仕事がかなりあり、なかなか忙しかった。
仕事で話すのはかなり偉い人ばかりで、若い女の子とはあまり話す機会がないんだなあってこともわかってきた。
男ばかりで、仕事ができればいいんだろ、あとはどうでもいいや。という雰囲気の前の職場と違い、皆、おとなしく真面目だ。
直接仕事をする相手の人数は少なく、過激な冗談はとても言えない。
自然と無口になってしまう。


初めての環境で、人は最初はいいところばかりに目がいき、その次に悪いところばかりに目がいき、その過程を経て新しい環境になじむものだと、知識では知っている。
でも俺は、そのラインにきちんと乗れているのかな、と少し仕事をしながら不安になる。
このまま永遠になじめなかったら、どうしようかなと。


木曜と金曜日には今までの無理がたたったのか、風邪を引いた。
仕事中も体や喉が痛くてつらかったが、夜も熱が出て汗がやたらと出た。
喉の痛みは土曜日の午前中に、だいぶよくなった。


土曜日は、午後から昔から知っている新聞記者の観光地取材に同行し、観光地を2箇所ほど行って、その後長野で一緒に飲んだ。
飲むと元気が出て、次の店はどこにしようなんて考え始めていた。
記者に「このまま電車に乗って帰れよ」と言われなければ、また飲みに行ったかもしれなかった。
家に帰って、体調がまだ本調子じゃないのに気がついて、飲みに行かなくてよかったと、心から思った。


日曜日も午後から、千曲市へ取材に同行した。
3カ所ほど観光地を回った。
千曲市の観光地は見晴らしのいいところが多く、青空の下、とても気持ちがよかった。
すごくいい写真がたくさん撮れているのだけれど、記事になる前に載せるわけにはいかないので残念だ(っていうほどいい写真でもない)。


My Kiasu Life in JAPAN-戸倉宿キティパーク
(おそらくメインでは使われないだろうから、この写真だけ載せちゃう。

これは「戸倉宿キティパーク」の写真。

キティパークという名前だけで、ついうっかり行ってしまう家族もいるかもしれないが、キティはどこにもいない。

ひょっとしたら、この天狗の名前が「キティ」なのかもしれないけど。

この天狗の像は高さが9メートルもあり、プラスチックと鉄骨でできている。

鼻が高く、背がおおきく、顔が赤い、運動能力が優れているという特徴から、僕には天狗が日焼けした白人の船乗りに思えて仕方がない。

名前もモルテン・グーラントとかハンセン・グレーブスとかで、きっと日本人には「テング」の部分しか聞こえなかったんだと思う。

もう少し、季節が進むと背景にある桜が咲く。そのピンクの背景を上手に想像ができると、この写真もなかなかいい写真に見えてくるから不思議だ。)



今度の新しい職場で必要になりそうなので、簿記の勉強もすることにした。
とえりあえず雰囲気を知るために、ウエスタン安藤の「世界一わかりやすい会計の本」(イースト・プレス)を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-世界一わかりやすい会計

イメージとしては、会計学の簡単なところを、わかりやすく書いた本、という感じだ。
決して悪い本だとは思わないけれど、僕にはかなり物足りなかった。


あとから、表紙にあるペンネームの上に、「日本で唯一のカウボーイ税理士」なんて書いているあることに気づいた。

ペンネームもウエスタン安藤だし、俺とは相容れない感性で書かれた本だと、僕は気づくべきだったんだと少しぐったりした気分で思った。


日本で唯一のカウボーイ税理士…。くっ…・。まったくなあ…。

水曜日には係の送別会があった。
何度も言うようだけど、俺たちの係には女の子が一人もいない。
4年間、ずーっといなかったのだ。


順番に、転勤先の紹介と今までの勤務内容などを紹介される。
仕事として、仕方がなく、当たり前にやってきたことを、まるで立派なことをしたかのように褒められると、なんだか照れくさい気持ちになる。
褒められ慣れしていないせいだと思うけれど、ついつい飲む量が増えてしまう。


同僚がお礼の言葉を言って、僕はただ飲んでいればいい立場だったので、ひたすら飲んだり食べたりしていた。


「4月にこの職場に入ってきたとき、この職場は威張れるけど威張るなって言われて、そのときは意味がわからなかったけれど、今ならわかります。大切なことだったんだって。」
そんなことを後輩が言いながらビールを注いでくれる。
「そんなこと言ってたんだ、俺…。大事なことだよな。」
よくわからないけれど、すごく大事なことのように話すので相づちを打っておく。


別の後輩が来てビールを注いでくれる。
「書類に、どうやって作った数字なのか書類にメモをちゃんと取っておけって言われたじゃないですか。そのときはよくわからなかったんですが、人って忘れちゃうもんですね。今ならメモの大切さがわかります。今年は取らなかったけど…。」
「馬鹿野郎!何で取ってなかったんだ!」
「いや。なんとなくいいかなあって思って。」
他の人に怒られたりしている。


その後、カラオケに行って3時間、ひたすらスクリュー・ドライバーを飲みながら歌っていた。
「俺たち、さっきから5杯ずつスクリュー・ドライバー注文してるけどさあ、あいつらちゃんとグラス洗ってるのかなあ?グラス、さっきのままのような気がするんだけど…。」
「いいんじゃないの?どうだって。」
翌日の朝、飲み過ぎが原因で2人も職場に来ることができなかった。


そんな送別会も終わり、あとは転勤先の引き継ぎを待つばかり…。
そんなはずだったけれど、現実には相変わらず忙しく、次々と迫る締め切りに追われる毎日が続いている。


それでも土曜日には、さすがに3月末なので、職場から個人的な荷物を運び出した。


今年度から、大きなデータ処理を伴う仕事を担当している人にはディスプレイを2台ずつ設置している。
エクセルを2画面で表示できるのもいいし、エクセルの大きな表を見ながらワープロソフトを使うのにも便利だ。
もう今さら1画面のパソコンなんて耐えられない。
「ディスプレイ、1台持って行ってもいい?」
「備品だからダメ。」
仕事は置いていきたいが、持って行きたいものはある。


引き継ぎがまだなので、新たにどんな仕事をするのか未だによくわかっていない。
それから場所もよくわかっていなかったので、カーナビで調べてみたら、片道50分も運転しなければならないことを知って驚いた。


飲んで帰った日など、車を置いて帰ったら、翌朝は7時10分発の電車に乗らないと間に合わないなんてこともわかった。
思っていたより、大変だなって思うけれど、希望どおり転勤できたのだから、あまり文句を言わないようにしようと思う。


日曜日は職場にも行かず、一日暇だった。
相変わらず、鶏の胸肉料理ばかりを作っている。
昔は、上手に焼ければそれで満足していたのだが、最近ではそれではもの足りず、かなり本格的なものになってきた。
レシピを書くのはもう少し先だけど、今の段階でもかなりの人に「うまい」と言わせる自信がある。
最後のソースを作る段階で、少しだけビールを使う。


日曜日の昼にこの料理を作ると、当然、残ったビールを飲み干してしまうことになる。
満腹して、ビールを飲むと当然のことながら眠ってしまい、気づいたらもう夜だ。


風呂に入るときに、冷蔵庫から500ccのヨーグルトを取り出す。
そこに蜂蜜とサワークリームをたっぷりと入れて、かき混ぜる。
きっとミントの葉をみじん切りにして入れたらおいしいと思うんだけど、そんなものが俺の家にあるはずがないので、セロリの黄色の葉っぱを刻んでいれたりする(それもないときはコショウ→失敗、バジル→失敗、りんご酢→大失敗)。
風呂に入ったままこの冷たいヨーグルトを食べるのがくせになってしまい、これを食べているときがいちばん幸せだ。


今週は本も読まず、料理ばかり作っていた。
観たDVDも 「ジェイミーのラブリー・ダイニング Season2 ハーブの香り 」だけだ。


My Kiasu Life in JAPAN-ジェイミー ハーブの香り

あまりにマイナーな食材が多く、今回はあまり参考にならなかった。

4月から転勤することになった。
忙しいかどうかはまだわからないが、女性がすごくたくさんいる職場だ。
宿舎は今のままで引っ越しはしない。
引き継ぎはまだだが、新しい職場について断片的に、情報が入ってくる。
悪い情報が多いけれど、どんな職場でも精一杯やるだけだ。


今やっている仕事も、昨年は必死にやっていた。
次々と来る締め切りに、溺れかけていた。
今年はエクセルを駆使して、大量のデータを迎え撃つ体制で臨んでいるので、少し余裕がある。
大元のデータさえできあがれば、エクセルがそれぞれのシートで次々に計算をして書類を作ってくれるように式を埋め込んである。
残る人たちは皆、優秀なので、こういったものをいくつか残しておけば、きっと上手に処理してくれるだろうって思う。
俺と同じ苦しみを、後の人には味わなくてすむようにしたい。
せめて、少しでも重荷を軽くしてやりたい。
優秀な彼らには、もっと先の世界を見てほしい。


前回、めった打ちにあったので、次回の試合に呼ばれるかどうか不明だが、春先にはソフトボールの試合がある。
高校時代から、僕はキャッチャーに「ストライクゾーンぎりぎりの球はキャッチングするときにストライクゾーンに微妙にミットをずらせ」と指示をしてきた。


最近、その行為が国際的には審判を冒涜する行為だと知った。
日本のアマチュア野球界でも全面禁止になるらしい。


「そうかあ。審判を冒涜する行為だったのか…。」
審判を誤審に誘う、まさにそのための行為なので、少し考えればわかりそうなものだが、「ドカベン」でも山田太郎が普通にやっていたので、違法性の認識が全くなかった。


My Kiasu Life in JAPAN-ドカベン

「しないやつを怒っていたんだよなあ…。」
恥ずかしい気がする。


金曜日は、ガソリンスタンドにタイヤを積んで持って行き、スタッドレスタイヤをノーマルタイヤに履き替えてもらった。
4月からは車で通勤することになる。
履き替えるのを待っている間に、ガソリンスタンドに置いてあった「頭文字(イニシャル)D」を2巻まで読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-頭文字D1

My Kiasu Life in JAPAN-頭文字D2

主人公は中学1年から父親に頼まれて、豆腐を運ぶためにヘアピンの多い山道を高速で運転していたという高校生。
ガソリンスタンドでバイトをしているが、車の知識は乏しい。
ガールフレンドは、高校の同級生。
彼女は援助交際をしてお金を稼いでいる。
彼女といっしょに海水浴に行くことになり、そのためには、どうしても山道を下るレースをしなければならない羽目になる。
そして、彼は勝つ。


こういう設定を書いていると、リアリティがないけれど、実際の漫画はかなり面白い。
そういえば中学生の頃はトシオに借りた「サーキットの狼」を毎晩読んでいたし、俺、車漫画ってかなり好きだったんだよなあって思い出した。


My Kiasu Life in JAPAN-サーキットの狼

週末は実家に帰って、姪と一緒に母親の携帯電話を新しいものに換えるためにソフトバンクに行った。
店で契約をしていると隣で姪が「パケットし放題ってシステムはソフトバンクとauとで同じなんだよ。料金も一緒」という。
「そうなんだ。」
「うん。ソフトバンクがauをパクったんだって。その逆だったっけ?秋葉原で店員が言ってた。」
思わず、店の人と一緒に笑ってしまう。


春の日差しが暖かく、車に乗っていると暑いくらいだった。
浪人していた姪に東京はどうだった?と聞くと、変な人が多かった、と言うので笑った。
「でも九州の大分とか鹿児島の友達ができたんだ。向こうってお父さんがすごく偉いんだって。男の人は、靴下を履かせてもらうまで、ずっと待っているらしいよ。おじいちゃんとお父さんが、それぞれお母さんとおばあちゃんが靴下を履かせてくれるまで待っているんだって。話を聞いて爆笑。」
「いいなあ。九州。いい文化を持っているじゃん。」
「お父さんがつまらないギャグを飛ばしても、無視なんて絶対できなくて、作り笑いをしなくちゃいけないんだって。」
姪の話はなかなか面白かった。
九州かあって思うけれど、僕は行くことないんだろうな。


井坂幸太郎の「オーデュボンの祈り」(新潮文庫)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-オーデュボンの祈り

誰も知らない「荻島」という島に連れてこられた主人公。
謎の多いこの島で、多くの殺人や処刑がなされる。
「桜」という名の処刑人の行う処刑は、残忍さというよりは清々しさを感じる。


緊張感が続かず退屈するところもあるけれど、謎解きは面白く、サスペンスや探偵小説の存在自体に対する問いかけもあり、野心的な作品であることは間違いがない。
「名探偵は起きてしまった問題に対応するだけで、問題を起こさないようにする予防はできないじゃないか。」
このテーマを「新潮ミステリ倶楽部賞」にぶつけるあたりに、作者の反逆心が感じられて愉快な気持ちになる。


日曜日に長野まで帰る途中に、井坂幸太郎を読んでいる限り決して切り離せないボブ・ディランのCD「ディラン・ザ・ベスト」を聴きながら帰ってきた。


My Kiasu Life in JAPAN-ディラン・ザ・ベスト

ボブ・ディランを聴くのも久し振りだと思っていたけれど、ほとんど覚えている曲ばかりで「でもまあ、そうだろうな」と思った。


DVDで「ジェイミーのラブリー・ダイニング Season2 英国式バーベキュー」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-ジェイミー 英国式バーベキュー

どうやらジェイミーは日本に行ったらしく、日本料理についても語っている。
「イギリスの寿司屋ではマグロは薄く切るけれど、日本では厚く切る。相手を尊重している気持ちの表れだ」などというコメントには思わず笑った。


ジェイミーを観るようになってから、映像を見ながらノートを取るのが当たり前になってきた。
オリーブオイル・赤唐辛子・塩・胡椒・レモンあたりがどうやらジェイミーの料理には不可欠らしい。


僕はノートを取るのが昔から苦手で、高校の頃はノートを提出させられる教科は、隣の席の女の子に、全部取ってもらっていた。
当時はそんなことも当たり前だと思っていたのだから、思い上がった高校生というのは手に負えない。


ノートを取りながらいろいろと反省をする。
人生はたった一回しかないんだから、誰もがアマチュアだと、「オーデュボンの祈り」のなかで、誰かが言っていたような気がする。
やり直しはきかないし、今さら過去の自分に助言をしてあげることもできない。


でも、これからは、自分なりにいろいろと気をつけて、できるだけ正しい道をできるだけ楽しく歩いて行きたいと思う。

仕事帰りに、ビールでも飲んで帰ろうと思って、バーに入った。
初めて入った店だ。
お客は誰もいなくて、なんだか不潔な感じがする男の店員が一人いるだけだ。


カウンターに腰掛けると、おとおしが出され、メニューを渡される。
「ギネス。生で。」


ギネスのサーバーが僕の座った位置から丸見えだ。
店員はギネスのサーバーの下にグラスを置き、ボタンを押すが、湿気った空気の漏れる音しか聞こえない。
彼は、グラスを持った体を反転させると冷蔵庫を素早く開け、なかから取り出したギネスの缶から急いでグラスにビールを流し込む。
そして、何事もなかったかのように、サーバーの下にギネスの入ったグラスを置く。
泡を落ち着かせるかのように、しばらく待ってから、おもむろに僕の前に出す。
「お待たせしました。」


当たり前だけど、ギネスの缶ビールの味がした。
話すこともないのだけど、無理して「お客、いつもいないの?」と聞いてみた。
「いえ。金曜日には少し。」
ちょっとむっとして答える。
質問が悪かったな、と思ったけれど、今さら仕方がない。
生のフリをした缶入りギネスを飲み干して店を出た。


大島弓子の「グーグーだって猫である」(角川文庫)というマンガを2巻まで読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-グーグーだって猫である1

My Kiasu Life in JAPAN-グーグーだって猫である2
サバという名前の猫を失った作者が、グーグーという名前の猫を飼い始めるというドキュメントタッチのおはなしである。


猫を飼うことの大変さとその喜びがそのまま素直に描かれていて、好感が持てる。
特に、これを読んで特別な知識が身につくとか、ためになるといったマンガでは決してないが、猫との静かな生活を、淡々としたタッチで正直に描いていて、それだけなのにそれでもちゃんと読み物になっている。


作者自身にガンが見つかって入院するなか、グーグーたち(諸事情から、猫の数は増えていく)がいかに彼女の支えになり、大切な存在となっているのかがとてもよくわかり、きっと猫を飼いたくなる。
いいマンガだと思う。


伊坂幸太郎の「ラッシュライフ」(新潮文庫)も読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-ラッシュライフ

伊坂幸太郎の今まで読んだ本は、つまらなくても3分の1ほど我慢して読み進めると、途端に面白くなるのだが、この本は3分の2ほど読んだところでようやく面白くなってきた。
何人もの人生が絡み合う形で物語が進んでいくのだが、ラストでは細部にわたる箇所までつじつまをピタリと合わせていく。
その才能と労力にとても感心したけれど、本としての面白みは今ひとつという感じがした。


金曜日は比較的早く帰って、それから車に乗って、ローリング・ストーンズの映画「シャイン・ア・ライト」を観に行った。

長野グランドシネマズの8時55分から始まるレイト・ショーで、大音量上映する最終日だったからだ。


My Kiasu Life in JAPAN-シャインアライト

http://www.rrm.co.jp/gs/Shine-A-Light-Pre.htm

(↑これを大画面、大音量で見たんだ)


ストーンズの東京ドーム公演には1度行ったことがある。
チャーリー・ワッツがガンで死んでしまうからと友達に言われて観に行った。
でも、チャーリーは未だに健在で、いったい何を根拠にした話しだったのかよくわからない。


「ペイント・イット・ブラック(黒く塗れ!)」を演奏したときには、友達が東京ドームは禁煙なのに、「この曲の時には吸うもんだ」などと訳のわからないことを言いだし、タバコを吸っていた。
俺がそれでどうしたのかは記憶がない(政治家っぽい答えでよくないなあ。)。


東京ドームのコンサートは当然、録音装置は持ち込み禁止だが、友達はそれも持ち込んでいた。
あとで、家に帰ってから、ほとんど観客の歓声だらけのテープを聴きながら、2人でビールを飲んだ。


「シャイン・ア・ライト」は素晴らしかった。
大音量上映を決定した長野グランドシネマズの偉い人たちには「いっつもセンスのない映画ばっかり上映してるけど、やればできるじゃん。」と声をかけて肩を抱いてやりたい。


My Kiasu Life in JAPAN-シャインアライト1

(観客のノリもよかった)

ミックの燃え上がるような気合いだけでもすごいのに、そこにだるそうに完璧に音をキメるキース、ロニーが加わると最強のロックバンドになる。
チャーリーは完璧に仕事をこなす、学校の先生のようなまとめ役だ。


My Kiasu Life in JAPAN-シャインアライト2

(40年前の曲でも熱狂させる。)

何度も上映中に叫びたくなったけれど、もう大人なのでそんなことはしなかった。

「コエンザイム」だの「にんにく卵黄」だのを飲んで、自分はもう年だからと諦めている多くの中高年に、この映画を観てみろと言いたい。
ミックの年齢なんかには決して負けない不屈の闘志を、僕はこの映画で見せつけられた気がするし、この映画を撮ったスコセッシを好きになった。


週末は暇だった。
土曜日の夜は飲みに行き、日曜日は車の定期点検に行った。


よく眠り、本を読んだ。
西友に行って、安かったのでたくさんのチリ産トラウトサーモン養殖を買ってきた。
それでサケ料理をいくつも作って、片っ端から食べた。
マヨネーズの味がいつも強すぎると思っていて、もっと平坦な味にするにはどうしたらいいか試していた。
今まで酢を入れたりレモン果汁を入れたりしてことごとく失敗した。
マヨネーズに、サワークリームを入れたらいい感じになってきた。


**おまけ**


チリ産トラウトサーモン養殖の切り身料理


A:付け合わせの野菜(鍋で作る)
1 鍋にお湯を沸かして塩を適当に入れ、十字に切れ目を入れたジャガイモをよく洗って放り込む。
2 ほうれん草を洗って3センチ間隔で切っておく。
3 フォークでジャガイモを突き刺して、すんなり入るようになったら、ほうれん草を投入。
4 30秒煮て、全部ざるにあける。
5 ジャガイモは輪切りにする。気が向いたら皮もむく。普通は気が向かない。
6 適当に皿に盛りつける。


B:メインのサケ料理(フライパンで作る)
1 サケの切り身にオリーブオイルをまんべんなく塗る。
2 きれいに洗ったフライパンにサケをいれる。皮側から焼くのが普通だ。
3 たぶん、ここでオリーブオイルで濡れた手を洗うはずだ。そして手を洗いながら、オリーブオイルをサケに塗る前に手を洗わなかったことに気づいたりする。気にするな。
4 皮側がきつね色になった頃、サケをひっくり返して、その上にベーコンを1枚載せる。
5 焼けたと思ったら、ベーコンだけひっくり返して、ベーコンの油をサケにかける。
6 ベーコンを載せたまま適当に皿に盛りつける。
7 上からコショウをかける。


C:ソース作り(ボウルで作る)
1 マヨネーズに、サワークリーム、レモン果汁(すべて量は適当)を入れて、かき混ぜる。
2 よくかき混ぜたら、そこに辛味大根をすり下ろして、ざっくりあえる。
3 できたソースはたっぷりと盛りつける。
4 上からヱスビー食品のバジリコをかける。


大事なのは、ABCをいっぺんにやること。
ひとつひとつは簡単なことなのでジャガイモを鍋に放り込んで、煮えるまでにすべてが終わり、盛りつけは同時にできるはずだ。


食べ方はソースをたっぷりつけて食べるのが普通だと思うけれど、誰も見てないんだから、全部ぐちゃぐちゃにして食べてもうまい。

今年も花粉症になった。
目が赤く充血してかゆくなり、鼻水がダラダラと流れ出る。


1時間ほど仕事を休んで病院に行った。
「花粉症?原因は、杉と桧とダニ?ちゃんと検査したんだ。目がかゆくて、鼻水が出る?じゃあ、薬出しておくから。」
1分も経たないうちに診察が終わった。


目薬以外は、夜寝る前に飲む薬だけだ。
この薬が、意識を刈り取るような強烈な眠気を誘う。
朝も重い体を引きずるようにして起きる。
シャワーを浴びてレタスなんかを食べているうちに段々目が覚めてくる。
春眠暁を覚えずっていうのは、花粉症の薬の副作用なのかもな、と毎年思うことを思う。


転勤の時期が迫ってきて、僕は間違いなく該当者なので落ち着かない。
仕事は相変わらずばたばたとしているが、それでも一時のことを思えば落ち着いている。
隣の席の同僚も転勤対象者だ。
「もし、私が転勤になってあなたが転勤にならなくても、送別会は来てくださいね。」
ふざけたことを言う。
「課長を見てみろよ。本当は君が異動なしで、俺が転勤するのにって笑いをこらえるのに必死になってるぞ。」


次はどんな仕事なのかな、と思う。
どんな仕事であっても、やるしかないんだけれど、暇な職場だったらいいのになって思う。


漢字検定の2級に受かっていた。
木曜日に酔っぱらって帰ってきたら、合格証書がポストに入っていた。
何点取れたのかはまったくわからずじまいだったけれど。
B4版の大きな合格証書で、大げさだなあとは思ったけれど、受かっていてほっとした。


アロマテラピー・アドバイザーの免許更新の通知も来た。
アロマテラピー1級に受かってから指定された講義を受けるとアロマテラピー・アドバイザーの資格をもらえる。
そしてそれから、その資格をキープするのに毎年12000円かかる。
今までちゃんと払っていたけれど、よく考えてみたらメリットなんか何もないのでもう来年度から支払わない。
持っている資格から、アロマテラピー・アドバイザーが消えて、アロマテラピー検定1級に格下げになるけれど、仕方がない。


西原理恵子の「パーマネント野ばら」(新潮文庫)を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-パーマネント野ばら

帯には「泣くほど感動したマンガを読んだのは、人生で初めてです。(26歳・女性)」なんて声が書かれているが、こんなマンガで泣くやつの気持ちを僕は理解ができない。


本気で下品だ。


確かに西原さんはむかしから下品だったけれど、どこかかわいげがあった。
そのかわいげがこの作品にはなく、下品にも全力投球。


「あんたのなめてたまんこは実はしょもないまんこでした。ざまあみやがれ」って
それから「ごめんなさい」って。


たぶん、それが「しょうもないもんをありがたがらせていてごめんなさい」っていう西原の本気の気持ちなのかもしれないけれど、それはなしだろって僕は思う。
「はれた日は学校をやすんで」のときの穏やかな視線が僕は好きだ。


My Kiasu Life in JAPAN-はれた日は学校を休んで

世の中のほとんどのものは「しょうもないもん」だけどそれでいいんだって僕は思う。


伊坂幸太郎の「グラスホッパー」(角川文庫)も読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-グラスホッパー

冗談半分で妻を車で轢き殺された男が、復讐を図る。
ところが、その復讐心は簡単に見破られ、男は窮地に追い詰められる。
車が走ってくる直前に人を押し出す「押し屋」、自殺に追い込む「鯨」、ナイフ使いの「蝉」。
誰が何を図っているのか、「神様のレシピ」は誰をどのようにしたいと望んでいるのか。
相変わらず音楽のセンスがよく、豊富な知識と、冴え渡る会話でストーリーに引きずり込まれる。


僕が伊坂幸太郎を信頼できるのは、その音楽センスが抜群なことだ。
以前は松岡圭祐の「千里眼」シリーズも読んでいたけれど、音楽センスが最悪で、それからあまりに非科学的なこともあって、一気に冷めた。


My Kiasu Life in JAPAN-千里眼シリーズ

結婚指輪って大切なものなんだなあって、グラスホッパーを読んで思った。
僕は絶対に紛失する自信がある。
でも、この本を読んで、なるべくなくさないようにしようって思った。
結婚したことないけど。


DVDで「ジェイミーのラブリー・ダイニング 究極のフリーランチ」も見た。


My Kiasu Life in JAPAN-ジェイミーラブリーダイニング

ジェイミーの料理や社会に対する姿勢が僕にはとても勉強になる。
あとから、レシピなどをノートにまとめるためにもう一度見る。
今回は、僕の好きな「ティラミスの作り方」も出ていて、今はオーブンがなくてできないけれど、すごくおいしそうで、いつか作ってみたいと思った。


DVDで映画「グッバイ、レーニン!」も観た。


My Kiasu Life in JAPAN-グッバイレーニン

父親が西ドイツに亡命。
東ドイツに残った母親は社会主義運動の模範となるべく生活をしていた。


My Kiasu Life in JAPAN-グッバイレーニン1
(東ドイツでがんばるお母さん。こんなお母さんいたなあ)


その母親は、模範であることを表彰された帰り道、息子が自由を求める抗議活動をして逮捕される姿を見て、心臓発作で倒れ、意識不明となる。
母親が意識不明の8ヶ月間の間に、ベルリンの壁は崩壊し、西側の文化が一気に東ドイツに広がる。


My Kiasu Life in JAPAN-グッバイレーニン2

(姉はバーガーキングで働き始める)


8ヶ月後に目覚めた母親に一切のショックを与えないようにと医者から言われた息子は、東ドイツが以前のままであるかのように、ありとあらゆる西側の文化を排除した生活を始める。


My Kiasu Life in JAPAN-グッバイレーニン3
(友達にアナウンサーをしてもらって、ニュース番組をねつ造する)


ストーリーは単純。
でも、それなりのリアリティと人生の深さを感じる映画だった。


東側の価値観が、西側文化に短期間に覆される様子を見て、きっと、鎖国後の日本、第2次大戦後の日本も、こんな文化的な侵略を一気にされたのだろうと観ながら思った。


My Kiasu Life in JAPAN-グッバイレーニン4


(このロシアの子がかわいくって。こんな子がいたら僕もいい子になる)


そして、いつの日か北朝鮮が門戸を開いたとき、西側の文化が一瞬のうちに北朝鮮を飲み込むであろうことが、容易に想像ができて、それはあの国にとっていいことばかりでもないんだろうなって思った。

「おくりびと」がアカデミー賞を取ったことが、職場で話題になった。


「おくりモン、アカデミー賞取ったらしいね。」
「おくりモンじゃないですよ。おくりびとですよ。」
「そっかあ。おくりモンじゃポケモンみたいだもんな。」
ちゃんとぼけると突っ込んでくれる後輩がいて、その面では実にいい職場だ。


僕はそのときはまだ観ていなかったけれど、職場では既に観に行った人が多いらしい。
「いい映画だった。」
「感動した。2年前に他界したおばあちゃんに会ったような気がした。」
職場では比較的好意的な感想が多い。
僕も観にいきたくなってきた。


「ハリウッドがリメイクしたら何て名前になるのかな?」
「ミスター・オクリかオクリマンだな、きっと。」
「スーパーマン、スパイダーマンそして今年はオクリマン!」
なんて話しをしていた(ちなみに英題は「Departures」(旅立ち)でした。)。


土曜日に漢字検定の2級を受けた。
CBTというコンピューターを使った試験で、長野県では佐久の岩村田というところでしか受験できない。
車で行くか電車で行くか迷ったけれど、結局、行きの電車の中でも勉強できるからと、電車で行くことにした。
でも、実際には電車のなかでほとんど寝ていて「俺、疲れてるんだなあ」って思った。


問題集は3冊買ったけれど、結局最後までできたのは「ユーキャンの漢字検定2級ステップアップ問題集」(主婦の友社)だけだった。


My Kiasu Life in JAPAN-漢字検定2級問題集

漢字の勉強は少し不思議で、ラジオとか聞きながらでも十分にできる。

たぶん論理よりも図形認識を必要とする試験だからなのだと思う。
この1週間、仕事が終わったあと、ラジオを聞きながら問題を解いていた。
ノートを1冊使い切る頃、問題集がほぼ1冊終わった。
それでも準備不足の自覚は十分にあった。


土曜日の朝、最後に模擬試験の問題を5回分解いて、200点中ほとんどが190点を超えていたけれど、たった1冊の問題集では心もとない。
出題傾向が変えられると対応できないからだ。
だから、普通であれば僕は3冊の問題集を解く。
でも、それが今回は出足が遅くてできなかった。反省材料だ。


試験会場は思ったよりもはるかに小さく、受験者も僕が一人だけだった。
CBTの試験では漢字を手元の入力板に文字を書くと、画面に反映する仕組みになっている。
書くときは、どうしても手元を見てしまうが、手元には何も痕跡の残らないシステムで、画面にだけ文字が反映する。
画面を見ながら、手を動かすと、どうしても変な字になってしまう。
キーボードのブラインドタッチはできても、ブラインドペン入力は難しい。
「何を書いてるんだよ。俺は。」
練習問題を解いている最中も、なかなかまともな漢字にならず、思わず笑ってしまう。


試験そのものは、まあまあだった。
もっとも、部首の問題は、2級で新たに出た漢字よりも、2級以前の漢字が多く、それであまり解けなかった。
やはり1冊の問題集だけでは足りないのだと思った。
ペン入力には最後まで慣れず、何も痕跡の残らない手元の入力板を見つめながら、一気に書き、出来具合を画面を見て確かめる、という方法をとった。
かなりおかしな字のところもあって、それが採点にどう響いてくるのかが、不安ではある。


日曜日は、「おくりびと」を観に長野ロキシーという映画館に行った。


My Kiasu Life in JAPAN-おくりびと

僕は10時50分の上映開始時間ギリギリにたどり着いた。
アカデミー賞を取ったことと3月1日が映画の日だったことの相乗効果だろう。
すでに満席で、立ち見だった。
チケット売り場の人がすまなそうにしていたけれど、この映画館は長野県のなかでは本当にいい映画を上映する数少ない映画館なので、多くの人がいる光景を見て、僕は少し嬉しかった。


映画自体は、淡々としたわかりやすく面白い映画だ。



My Kiasu Life in JAPAN-おくりびと1
(いい絵だなあ)

オーケストラでチェロを弾いていた主人公が、オーケストラの解散とともに職を失い、山形に帰る。
そこで、納棺師の仕事をするというものだ。



My Kiasu Life in JAPAN-おくりびと2
(あんまり屋外でチェロを弾いてるやつって見たことないよな)


キャストがすごくよくて、演技や編集も素晴らしかった。
僕としては余貴美子さんの演技がよかったなあ。
決して賞を取るような演技ではないけれど、広末涼子さんも、透明感のある柔らかな演技をしていて、僕はこの映画のためにはそれですごくよかったのだと思う。


My Kiasu Life in JAPAN-おくりびと3
(日本アカデミーでは賞をとれなくて、かわいそうだったけど、俺は認める)


あまりにわかりやすい映画過ぎて、考えどころが少ない点が多少不満だったけれど、いい映画だとは思う。

映画館を出ると、長蛇の列。

アカデミー賞の宣伝効果ってすごいんだなあって改めて思った。



映画を見終わったあと、今度は長野グランドシネマズに行って「ラースとその彼女」を観た。


My Kiasu Life in JAPAN-ラースとその彼女
http://lars-movie.com/


アカデミー賞の脚本賞にノミネートされるようなとても評価の高い映画で、おたふく豆さんも絶賛している。
でも正直言って、僕はよくわからなかった。


My Kiasu Life in JAPAN-ラースとその彼女3

(ラースにビアンカちゃんを紹介されて唖然とする兄夫婦)


ビアンカちゃんはかわいいし、みんながラースとビアンカちゃんに優しくしているのもとてもいいと思うんだよ。


My Kiasu Life in JAPAN-ラースとその彼女1
(ビアンカちゃんは写真より実物?の方がかわいい)


でも、僕は保守的な人間だからだと思うんだけど、結局ラースは何の努力もせずに、周囲をいたずらに困らせて、最終的には恋人も手に入れるわけじゃない(主観的にはラースもすごく苦労しているのかもしれないけれど、少なくとも客観的には。)。


俺、そういう何も努力していない男が、ただ「いい人」だからって理由だけで、めでたしめでたしっていうのがよくわからないんだよ。


この映画が示しているのは、仕事や勉強なんかで努力をするのをやめて、もっといい人になることを目指せってメッセージなのかな?
それなら僕が理解できなかったこともわかるけど、ラースがいい人だとすれば、俺はあんな風にはなれない。


僕ができるのは、今以上に努力することだけだ。
それで不幸になったら、それはそれで仕方がないから、そのときは笑って耐えるしかない。

月・水・木と埼玉に出張した。
毎回午前中に埼玉で仕事をして、午後は長野の職場に戻って仕事をした。


そんな木曜日の夜は、職場の飲み会だった。
僕は4件ほどはしごをして、最後は友達とイングリッシュ・パブでギネス・ビールを飲みながら「1パイント」という単位について話していた。


My Kiasu Life in JAPAN-ギネス

「で、1パイントってどのくらいの量なんですか?」
「だから今飲んでいるビールの量が1パイントなんだよ。」
「へえ。」
「パンを作るには、1キロの強力粉、ぬるま湯1パイント、イースト菌3袋、砂糖大さじ2、塩大さじ1で作るんだ。1、1、3,2,1って覚えると簡単だろ。」
つい最近、知ったばかりのことを偉そうに説明する。
「で、1パイントってどのくらいの量なんですか?」
「だから今飲んでいるビールの量が1パイントなんだよ。」
酔っぱらい同士の会話なので、さっき話したことを再び繰り返してしゃべる。
かなり飲んで酔っ払い、どうやって帰ってきたのか知らないが、ちゃんと着替えて寝ていたから、その程度の理性は残して帰ってきたんだと思う。


最近、料理の本をよく読むようになった。
今読んでいるのは、河野友美の「人気料理をおいしくするコツ」 (旭屋出版)だ。


My Kiasu Life in JAPAN-おいしくするコツ

この本は、今から10年以上前に出版された少し古い本だが、料理を科学的、歴史的、地理的に分析している鋭い本だ。
なぜ、焼き肉は炭火焼きの方がうまいといわれるのか、などの説明はこうだ(かなり略してある)。
炭で焼くと炎が出ないから、焦げない。さらに堅い炭であれば、高温で短時間で焼ける。
そして炭はガスと違い一酸化炭素を放出し、脂肪が酸化しないからだ、という。
つまり、一酸化炭素がまわりの酸素を奪う(還元性が強い)ので、脂肪を加熱しても脂肪酸に変質しづらいからなのだと。脂肪酸ができすぎると悪臭になるらしい。
説明がすごすぎて、「ふーん」としか言いようがない。


喜多方ラーメンの麺の弾力が強いのは、喜多方が新潟文化圏でもあって、新潟文化圏がコシヒカリといった非常に弾力が強い米を好むことと関係があるのではないか、といった分析もしている。
ラーメンの地域差は、そこで好まれている食材の差によるものだという分析は、それが正しいのかどうかは別として、なかなか面白い。


そして、金曜日の夜。
僕が作った資料に間違いがあることを自分で発見した。
長い見出しが入るはずだったところに、ただ「k」という文字がぽつんと入っている。
今までなぜ誰も気がつかなかったのか、不思議だがそんなことを言っている場合ではない。
「なんじゃこりゃあ。」
冷や汗が流れてくる。
とりあえず、正しい資料を作り直し、ページ番号を打ってコピーをして、差し替えに走る。
気づいたのが、夜だったので、帰ってしまった課長や係長の分は差し替えができなかった。
「あとは月曜日かあ。」
差し替えができなかった分のコピーを机において、ため息をつく。
同僚に「罰としてもう5年、今の職場で仕事をしてもらうことになる」などと言われたので、「ふざけるな」と力なく言った。


湊かなえの「告白」(双葉社)を読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-告白

題名だけから、僕はてっきり恋愛小説なのだと勝手に決めつけていたけれど、大間違いだった。
女性教師の復讐を、そしてそれが成就していく様を、陰湿に生々しく描いている。
日頃、僕たちが思っているような不満、「なぜ少年は少年法で不合理と思われるほど守られているのか」「ルールを破った少数者のみに気を配る教育のあり方でいいのか」「テレビドラマのくだらなさ」「教育者として取り上げられる人の底の浅さ」そんな静かな怒りを巧みに利用して、読者を上手にミスリードする。


登場人物の造形が優れているので、それぞれの告白に説得力があり、その立場から考えれば、そのことはそのようにも考えられるよな、と思わせる。
とても優れた本だと思う。


同じ作者の「少女」(ハヤカワ・ミステリワールド)も読んだ。


My Kiasu Life in JAPAN-少女

前半は、少女たちが(俺の目からは)同質に見えて、誰が思っていることを描いているのか理解できずに、少しイライラした。


なんとなくじっとりとグループでいる女の子が苦手だ。
そういう姿を見るだけで、僕は少しいらつく。
基本的に強い女の子が好きなんだと思う。
自分一人で立てるのに、立とうとしない、依存しあった姿を見せつけられるのが嫌だ。
この本は、そういう女の子たちの話なので、僕は感情移入がしづらい。


ストーリーは後半から走り始め、鮮やかな面もあるけれど、一人一人の個性が完全に立っていた「告白」の方が僕はよかった。


「ディア・フランキー」という映画をDVDで観た。


My Kiasu Life in JAPAN-ディア・フランキー

心温まる映画で、ストーリー自体に文句を言う人はいないだろうけれど、ドラマとしては深みが足りない。
演技は主人公の少年をはじめとして皆、優れた演技だと思う。
もっともっと難しい脚本でも、十分できるキャストだと思った。


My Kiasu Life in JAPAN-ディア・フランキー1
(パパの乗っている船をバックにパパと写真を撮る。でも、このパパは偽のパパなのだ)



My Kiasu Life in JAPAN-ディア・フランキー2
(エミリー・モーティマーも美しいなあ)


僕は、自分がいい子だっただけに、この映画にも出てくる悪がきに憧れを持つ。
悪がきの先見性が、難聴の主人公に無理難題を強い、ドラマを加速させる。


「彼女をダンスに誘えよ。賭けようぜ。もし誘えたら、俺のカードをやる。」
悪がきのセリフから、僕は温かみを感じる。
正しい方向に導いてくれる悪がきという存在はとても大切だ。


かつて成田空港近くの「トラック・バー」で、マレーシア航空のスチュワーデスが5人ほどでビールを飲んでいた。
そのとき一緒にいたアメリカ人のクリスに「もし、あの席に行って30秒話していられたら、ビールをおごってやる」といわれて、チャレンジしたことを、映画を観ながら思い出した。


ところで、漢字検定2級の試験。
来週の土曜日が試験だというのに、勉強はほとんど進んでいない。
3冊も問題集を買ったのに、1冊できるかどうかさえ、疑問だ。
土曜日が試験なので、僕の得意とする一夜漬けもできないし…。


試験を完全になめていた。
来週は、もう少し頑張ればよかったと思ったまま試験を受けることになりそうだ。
すごく今、反省をしている。

締め切りは来週の月曜日の朝。
作成しなければならない資料は21枚。
複雑な計算と根拠のある数字が必要で、1枚作るのに2時間から4時間かかる。
そして、それを通常業務と同時に進行しなければならない。
そんなボリュームがある仕事をしなければならなくなり、今週も忙しかった。
土日も当然のように仕事だ。


僕の隣の席に座っている同僚は、そんな僕よりもノルマがきつい。
締め切りの迫った今週に限らず、彼は普段から、朝は誰よりも早く出社し、夜は誰よりも遅く帰る。
土日も大抵いる。
建物の守り神のようだ。


「住民票を職場に移した方がいいのでは。」
「実は家に帰っていないんだろ。」
ときどき気になって聞くが、そのたびに「ふざけるな」と言う。


そんな彼が金曜日の午後6時に帰った。
彼が帰ろうとしたので「早退の手続きをとったのか?」などと聞く。
「うるさい。」
「俺、聞きたいこといっぱいあるんだよ。」
「明日、聞いてくれ。」


午後10時頃になって、別件で彼は職場に呼び出された。
「彼が定時に帰るなんて、年に1、2回しかないんだから、そんな日に呼び出さなくてもいいのにな。」
他の同僚は気の毒がっていた。
いろいろ聞きたいことがあって、聞いたけれど「明日にしてくれ」とだけ彼は言った。


土曜日に職場で会ったら、結局、朝まで職場にいたと言っていた。
明け方には部長室で寝て、それから家に帰ったらしい。
「大変だな。」疲れた顔の彼を見て言った。
「でも、そろそろ、その席を時効取得できるよ。」
慰めたつもりだったが「うるさい。」と怒られた。


そんな日々を送っているなか、友達の女の子に東京まで日帰りの切符を2枚手配してくれと頼まれた。
長野、東京間を往復1万700円という格安の切符を手配できたので、それを渡す。
「2枚だから2万1400円だ。」
彼女からお金を受け取る。
「400円ぐらい、気をつけて行ってこいとか明日の朝食にとか言って受け取らないよね、普通。」と言う。
「うるさいなあ。」
いろいろと話すのもめんどくさいので、500円玉を渡す。
「やったあ。100円もうけた。」
「100円じゃねえよ。」
「じゃあ、500円もうけた。いちいちつまんないことにこだわる男だね。」
そう言い捨てて、彼女は帰っていった。
なんだかひどい話しだよなって思った。


「紀元前一万年」をDVDで観た。


My Kiasu Life in JAPAN-紀元前一万年

紀元前一万年と言うタイトルなら、当然、紀元前一万年の生活や生物、環境を映し出していると思うのが通常だろう。
この映画は、そんな時代考証などを完全に無視している。


My Kiasu Life in JAPAN-紀元前一万年1

CGは素晴らしい



My Kiasu Life in JAPAN-紀元前一万年2
カミーラ・ベルも美しい


My Kiasu Life in JAPAN-紀元前一万年3
エンド・ロールが10分もあるんだって。俺は観なかったけど。



CGとカミーラ・ベルの美しさは素晴らしいが、そんなプラスの面も吹き飛ぶほど映画としてはダメ映画で、金を払って観るような映画では決してない。
そして、この忙しいのにそんな映画を観てしまった自分が憎い。


楽器か料理のどちらかができれば、どんな国で生活することになっても、食べていけると思う。
僕は今、料理にすごく興味があって料理学校に行きたいと思っているくらいだ。
「料理は基本的には科学」なんだと思う。
僕は一度きちんと基礎から勉強したい。


今「ジェイミー'sキッチン」というイギリスのテレビ番組を、細切れに観ている。


My Kiasu Life in JAPAN-ジェイミーズキッチン

ずぶの素人15人を一流シェフに育て上げようとする、一流シェフのジェイミー。
俺ならとっくに見込みなしとして解雇するのだが、ジェイミーはサボって学校に来なくなった生徒の家庭訪問をし、いたずらばかりする生徒を温かく見守り、つまらない仕事なんかしたくない、という若者を説得する。
「こういうのが本当の教育なんだな。」
ジェイミーから学ぶことは料理だけではなく、生き方だったり、人をどう慰めたらいいのかだったり、プレゼンテーションの仕方だったりする。


My Kiasu Life in JAPAN-ジェイミー

大金持ちで一流シェフなんだって。そう見えないけどなあ。

彼の生き方やものの考え方を、僕はとてもいいと思っていて、もし、このDVDを観終わったら、もう一度最初からメモを取りながら見たいと思う。
そして、彼の番組をもっともっと観たい。