先週、大きな会議が終わったので、今週は比較的仕事に余裕があった。
金曜日には10数年ぶりに会った友達と飲みに行き、11時30分頃まで飲んで帰った。
彼は麻雀が強く、桜井章一と卓を囲んだことがあるという伝説があるほどなのだが、最近はもうすっかり麻雀もやめてしまい、得意だったテニスもまったくしていないのだという。
「もうやってないの?やらないの?」
「もう6年くらいやってないからダメだね。君はよく試験勉強なんかするね。」
「まあな。ほかにやることもないしな。」
どうして自分が得意だったものを(それが麻雀であっても)、やめてしまうのか僕にはよくわからない。
「職場で飲むと仕事や出世の話しばかりになるんだよ。」
彼はそうため息を吐くが、他に話題がなかったらしょうがないだろ、なんて風にも思う。
人ってつまんなくなっていくんだなあって少し悲しい思いがした。
仕事の絡みで井上紀良の「メディエーター桐島丈一郎」 (ヤングジャンプコミックス)というマンガを読んだ。
メディエーターという仕事は、仲介者とか仲裁者などと訳されている。
訴訟などによらない紛争の解決方法なのだという。
メディエーターの講習会に行くと、例えば、こんなインチキ臭い話しを聞かされる。
オレンジを姉妹で取り合っていたとする。
姉妹の話を聞いてみると、お姉ちゃんは「オレンジケーキを作りたかったからオレンジが必要」で妹は「オレンジジュースを作りたかったからオレンジが必要」だったのだという。
そうであるなら、お姉ちゃんにはオレンジケーキ作りに必要な皮の部分だけあげて、妹にはオレンジの中身だけあげれば、互いに満足をして円満解決。
「ありえないよ。」
講習会場ではそう思っていたけれど、この「メディエーター桐島丈一郎」というマンガは、そんな話しばかりが載っている。
離婚問題から、民族紛争まで、彼は次々と争いごとを解決していく。
民族紛争を1話のマンガのなかで、展開して収束させなければならないのだから、ご都合主義なのは仕方がないんだけど。
絵もわかりづらくてマンガとして成功しているかは疑問だ。
ただ、このマンガを見ていて気がついたのは、どうもメディエーターという仕事は、争いの当事者に共通する視点というものをまず発見して、そこから考えさせる、という手法を好んで取るらしいということだ。
どこか胡散臭さが残るし、長年にわたる復讐の連鎖がそんなに簡単に食い止めることができるとは思わないけれど、まあ仲裁者を題材にマンガを作れって言われれば、こんな感じになるんだろうなあ、なんて思いながら読んだ。
僕は全然面白くなかった。
人にはまったくすすめない。
シーナ&ロケッツの鮎川誠が出演している映画「ジャージのニ人」をDVDで観た。
群馬の田舎の別荘で怠そうに夏を過ごす、無職の32歳の息子とカメラマンの父親が主人公。
想像通りのゆるい映画で、何を訴えたいのか、何も訴えたくないのか、俺にはさっぱり。
鮎川誠も演技らしいものは特になく、世の中の人の暇つぶしのために、暇な人が作った映画という感じだ。
その意味では「転々」に似ているかも知れない。
堺雅人が別荘の畳に雑巾がけをしているシーンが、いいなあって少し思った。
それから韓国の映画「うつせみ」をDVDで観た。
3-IRONという副題がついている。その謎はだんだんとわかってくる。
静かで不思議な感覚の映画なんだけど、冒頭から緊張感が溢れる作品で一気に引き込まれる。
高そうなバイクに乗った一人の青年。
彼は人の留守宅にピッキングをして入り、食事をし、シャワーを浴び、そこにあるもので遊び、住人のために洗濯をして(なぜか洗濯機は使わない)、壊れた電気器具類を直す。
そんなある日、彼が留守宅だと思って、いつものように自分の家のようにしていると、顔に大きなアザを作った女性がひっそりといた。
彼は彼女を救い出し、それからは2人で以前と同じような生活を始める。
彼と彼女は幸せになるのか、警察にはつかまらないのか…。
この映画には、余計な説明がない。
でも、静かで美しく、緊張感のある映像が続いていく。
痛みも感じるし、苦さや、意思の強さや、悪あがきをしない潔さの美しさも感じる。
傲慢な警察や刑務官。でも、彼も決して服従しない。
観終わって久し振りに「いい映画を観たなあ」という気になった。
