25日の月曜日に仕事の引き継ぎを受けた。ぐったりするような仕事の量と質で、引き継ぎに5時間もかかった。でも、まあこのくらいの仕事は、世の中の多くの人が歯を食いしばってやっているんだろうし、丁寧に引き継ぎをしてくれたことを感謝するのが筋というものだろうと思った。世の中には、きっと楽な仕事というのもあるのだろうが、なかなかめぐりあえない。


27日は朝7時から引っ越しだった。前日、仕事を終えてからパッキングをしたが、当日の朝も5時には起きて、パッキングをした。
いくつかの段ボールは重く、段ボールを積み上げるのも一苦労だった。


引っ越し業者が来て、荷物を部屋から運び出す。若い兄ちゃんたちで、俺が苦労して積み上げた段ボールを2箱まとめて持ち上げる。
「すっげえ。」思わず声をあげてしまう。


荷物を運び出した後、長野市の支所で転出届を提出し、それからすぐに実家に行った。支所で転入届を提出して、それから引っ越し荷物が届くのを待っていた。
その間にも、近所の家で回れるところには、引っ越しの挨拶回りをした。日曜日に姉に言われて、挨拶用の品をデパートで買っておいたのだ。


引っ越し荷物は、とりあえず、実家の一室にまとめて入れてもらうことにしていたので簡単だった。1時間も経たないうちに、すべての作業が終了した。途中から来てくれた姉が、業者の兄ちゃんたちにペットボトルのお茶を渡してくれた。


そして、僕はそれからまた長野に戻って仕事をした。部下が、OBから勝手な仕事を押しつけられて困っていたので、それを断った。それからホテルにチェックインをして、送別会に出た。


送別会は2次会まであった。すっかり酔ってしまい、その後、一人で飲みに行き、12時30分頃にホテルに帰って寝た。


翌朝、職場に荷物を取りに行った。4年間もいるといろんな荷物が溜まるものだ。それから以前から予約していたダスキンに清掃を依頼した。ダスキンが掃除をしてくれている間は、僕がいても邪魔なので、銀行を回って住所移転の手続きをした。駐車場も解約した。


その作業が終わった後、いったんホテルに帰って、僕の後に宿舎に入る人に「郵便物の転送依頼はしているけれど、誤って送られてきたら、この袋に入れて、着払いの伝票で送ってください」という手紙を書いた。そして、着払い伝票を書いたり、お礼の図書券をセットしたりした。


ダスキンが、清掃が終わったのは4時過ぎだった。部屋は見違えるほどきれいにはなったが、経年劣化もあり、ユニットバスのドアに付いた水垢など、諦めなければならない汚れもあった。


6時に宿舎の管理人に最後のチェックをしてもらった。部屋が汚れていたり、壊れていたら、弁償しなければならない。でも、そんな指摘はなく、「随分、きれいにしましたね。」とほめてもらった。鍵をすべて返して、ブレーカーを切って部屋を出た。


この日も送別会があって、スペイン料理を食べた。でも、さすがにお酒は飲まずに、ずっとアルコールの入っていないビールを飲んでいた。


最終日は、結構、タフな仕事が入って忙しかった。苦情を言ってきた女性に2度会う必要があった。2度目に会ったとき「私は忙しいんです!こんなことばかりしていられないんです!」と怒っていたが、俺もまったくの同感だった。


最終日に最後の挨拶回りを済ませた頃、同僚が500ml入りのダイエットコーラを24本もプレゼントしてくれた。ありがたいが、やっぱり明日も車で職場に来なくてはならないと、ため息が出た。


「送別会の花なんか、俺はいらないよ」と宣言していたので、5*5のルービックキューブや面白い形をした置物などを職場の方たちから頂いた。


そして、この日も送別会があった。随分と飲んだけれど、そんなに酔わなかった。暴言を吐くこともなく、最後の飲み会は幸せな気分で終えることができた。


土曜日に、ダイエットコーラを取りに職場に行き、その場に居合わせた何人かの人に挨拶をして、それから車に乗った。「もう来ることはないんだろうなあ」と思った。


週末は実家に行き、近所の家に挨拶まわりをしたり、引っ越し荷物から、新しい職場で必要になる道具をそろえたりした。


でも、これを書いている今でも、明日からまったく新しい仕事に就くことが現実だという認識がなかなかできていない。


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木山泰嗣の「小説で読む民事訴訟法2」(法学書院)を読み終わった。


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前作よりも、法律論は高度に、そして小説の部分はなんだかよくわからないものになっていた。


主人公は付き合っていた彼女に振られたという設定なのだが、そのことを友達の男と若い女の子2人に話しているときに、思い出して泣き崩れるのだ。こういうメンタリティの男には俺はどうしても感情移入ができない。


普通のまっとうな男だったら、どんなに未練があろうとも、自分を振った女のことなんか思い出しても泣いたりはしない。「けっ、あんな女」などと吐き捨てながら、心の中でそっと「でも幸せになってくれればいいな」なんて思うものだ。


そういえば、僕を振った以前の彼女はもう結婚したらしい。もし不幸になっていたら嫌だなあとずっと思っていたので、それを聞いてほっとした。もちろん、そのことで人から何か言われたら、口ではもちろん「いらねえよ、あんな女」と答えるつもりだ。


また、この主人公は、どんな法律用語でも、じつにスラスラと定義を答える。そのあたりも非常に憎らしい。


正直言って、この小説に出てくる人物像がつまらない。作者が笑わそうとしているところもレベルが低すぎて、そんなんじゃ笑えねえよ、と思う。小説の出来としては三流以下だ。


何度もゴミ箱にたたき込む寸前まで行くのだが、それでも最後まで読んでしまい、読んだあと「まさか読み終わるとは」と驚いた。そして今回のストーリーは、後半、多数当事者の論点が連続し、僕の理解も今ひとつで、僕にとってはあまり勉強にもならなかった。


でも、悔しいけれど、きっとこの本の続編が出たら、俺は買ってしまうような気がする。正直、面白くないのに。たぶん、なんとなく、勉強したような気になるからだけだと思うけれど。


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ジェームズ・ロリンズの「ユダの覚醒」(上・下巻)を読み終わった。


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今回もスリル満点で、アクション映画を観ているように面白かった。マルコ・ポーロが14隻の船と600人の随行者を連れて帰る途中、何かが起こり、2隻の船と18人の随行者になってしまったという歴史事実が、このストーリーのベースになっている。


興味深い(多少、まゆつば物の)知識が散りばめられているのも、この本の特徴で、少し賢くなったような気分にもなれる。何より、主人公のグレイや敵組織の刺客セイチャンの魅力が素晴らしい。


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その他、堀尾省太の「刻々」(第6巻)(講談社)、岡本健太郎の「山賊ダイアリー」(第3巻)(講談社)も読んだ。どちらも面白く、特に「山賊ダイアリー」からは学ぶことも多かった。


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My Kiasu Life in JAPAN-sanzokudiary

今週は火曜日と金曜日に送別会があった。


ビールばかり飲んでいたので、ひどい酔いにはならなかった。
飲酒時に騒ぎすぎて、翌日の2日酔いのときに、僕はよく鬱気分になるけれど、それも軽かった(軽かったが、相当バカな話もしていて、自分を撃ち殺したい気持ちには当然になった。)。


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土曜日には、長野に異動してきた友だちに、炊飯器、テレビ、DVDプレーヤー、冷蔵庫、電子レンジ、オーブントースター、洗濯機などをあげた。実家には全部揃っているからいらないのだ。エアコンも、次に入居する人が使うというので、外す必要がなくなった。


友だちとその奥さんと協力して、彼の引っ越し先に、家電を荷物を運び入れた。自分の部屋に帰ってくると「こんなに広い部屋だったのか」と改めて驚いた。本当にものに囲まれて生活していたんだなあ、と思う。


引っ越し作業は、想像以上に大変だ。最初は、文房具の箱、清掃用具の箱、などと分類しながら入れていたが、途中からどうでもいい気分になり、片っ端から段ボールに詰め込むことにした。これで、簡単になったかと思ったけれど、捨てるものもいっぱいあるし、コンピューターでの仕事も残っているしで、未だに荷物の山のなかにいる。


声をかければ手伝ってくれたであろう人の顔が(有料だけど)目に浮かぶ。でも、もう自分でやるしかない。奥さんがいれば、こんなことも全部やってくれるのかもしれないが、まあ、そういう人生を選択できなかったのだから仕方がない。


長野に異動してきた友だちは、あの人がどこに異動して、この人がどこに異動したなどととても詳しい。どうやったらそんなに覚えられるのかが不思議だ。俺なんか、日本史で重要なことを成し遂げた人物の名前も覚えられないのに。ごく普通のサラリーマンの異動を、どうしたら覚えられるのか、俺には想像もつかない。


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明日の25日には、早起きをして実家まで日帰りで往復して、新しい仕事の引継を受ける。長野に戻ってきたら、転出届も出さなければならない。それから27日に引っ越しをして、28日に今いる部屋の掃除、という段取りでいた。


27日は、朝7時から引っ越し業者が来て、夕方には実家で搬入がある。それから荷ほどきをして、実家で1泊して28日の早朝にまた長野に戻ってくる。


そんなつもりでいたら、2年ほど前に担当していた仕事の関係者が27日に送別会を開いてくれるという。「その日は引っ越しなので」と断っていたが、「君の送別会にみんながスケジュールを合わせるんだから」と言われて、断り切れなくなった。


それで、27日も引っ越しの後、実家から長野に帰って送別会に出席することになった。
嬉しい気持ちはもちろんだが、大変だ。


今こうして、片付かない引っ越し荷物に囲まれていると、果たして引っ越しすら順調にいくのか不安になってくる。


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ジェームズ・ロリンズの「ナチの亡霊(下巻)」(竹書房文庫)を読み終わった。


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ヨーロッパとヒマラヤが発端だったが、最後の決着がついたのは南アフリカ。
アクションも謎解きも満載で、これだけのできごとをまとめあげる構成力に驚くばかりだ。


この小説のなかで、アミノ酸のスープから人類が誕生するまでの進化のスピードが速すぎることが取り上げられている。量子力学を使うと、進化をコントロールすることができるという話しがこの話しの肝で、そこでは「祈り」が重要な要素になっている。


今まで、初詣などで神社で祈っている人を見て、問題に対する解決法としてはどうなんだろう?と思っていたけれど、「自らの進化を促す効果がある」のであれば、それは確かに大きな意味があるよなあ、と思った。


まだ続編があることにほっとする。多少のご都合主義は目をつぶる。本を読む楽しさを感じる本だ。



***おまけ***


もう5年以上前から(違うアドレスだった頃から)、読んでいる「加藤ハイネ」っていう人のブログなんだけど、最近、ますます暴走度合いが増して、面白いので(勝手に)紹介しておく。


http://d.hatena.ne.jp/ikkou2otosata0/

http://d.hatena.ne.jp/ikkou2otosata0+eroman/

実家のある市に異動することになった。
引っ越す距離も200km近い。


仕事は今までと全く違う仕事になる。
もめ事も多いらしいが、仕方がない。
どんなこともしっかりと学んで、成果を出していきたい。


金曜日の夜には、全然違う部署の送別会に無理矢理呼ばれ、挨拶までさせられて、そして花束をもらった。呼ばれた理由は「コンピューターの使い方がわからないときに、すぐに来て教えてくれて、嬉しかったから」だそうだ。


「俺、忙しいのになあ」なんてブツブツ言いながら、何度も手助けに行っていたことを思い出した。こんなに喜んでくれていたのなら、もっと積極的に手助けしてあげればよかった、と思った。


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日曜日には、これから住む実家の掃除をするために実家まで行った。
でも、実際にはほとんど掃除をすることはなく、ただ引っ越し荷物が入るだろう場所だけ確認してまた、長野に帰ってきた


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穂積という作家の「式の前日」(小学館)というマンガを読んだ。


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「式の前日」はなかなかいい話で3度ほど読み直した。

短編集で、「式の前日」と「あずさ2号で再会」がよく、ほかの短編はそれほどパッとしない。。


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ジェームズ・ロリンズの「ナチの亡霊」上巻(竹書房文庫)を読み終わった。


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帯に「圧倒的に面白いから売れてます!」とあるが、その言葉どおり確かに面白い。


ナチスドイツが戦争で負けた後、連合軍はナチスドイツの科学技術の奪取に夢中になったという。イギリスだけで、そのために5000人が投入されたというが、その創設者の名前がイアン・フレミング(007の原作者)だと知って、ほほお、と思った。


また、当時の最先端科学「量子論」と「相対性理論」のうち、ドイツは「量子論」を選択して兵器の開発をした。「相対性理論」を選択しなかったのは、アインシュタインがユダヤ人だったからだと知って、また、ほほお、と思った。「相対性理論」を選択していれば、もしかしたら、原子爆弾を開発したのはナチスだったかもしれない。


アクション満載、謎解き満載。まだ下巻もあるし、続編もある。
読みすすめるのが楽しみだ。




***おまけ***


日本に出張に来ているキアちゃんがフェイス・ブックに載せていた写真。



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そして、キアちゃんのコメント。

「神様ありがとう!私を日本語が読めるようにしてくれて!」


なるほどなあ。そうだよなあ。って思った。


転勤するという内示が出た。
でも、内示は「転勤する」というだけで、どこに転勤するかはまだわからない。


週末は、散髪とクリーニングのために外に出たくらいで、あとはほとんど家にいた。
黄砂のせいで、車は薄汚くなっていたが、どうせ車を洗っても、すぐにまた黄砂にやられてしまうと思って、車は洗わなかった。


引っ越しが必要かどうかも不明なので、部屋のなかもまだ散らかったままだ。
引っ越すとなったら大ごとになるよなあ、なんて思う。でも、そろそろ実家に帰らないと、という思いもあって、引っ越しをしたいのかそうではないのか、自分のなかでも微妙なところだ。


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ジェームス・ロギンズの「マギの聖骨」上下巻(竹書房文庫)を一気に読んだ。


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バチカンをはじめとするヨーロッパが舞台の小説で、カトリック教徒の世界が描かれている。僕は小学校6年まで、カトリックの教会に毎週土曜日に通って、聖書の勉強もさせられていたので、なかなか興味深かった。


マギというのは、イエスキリストの誕生を祝福した3人の博士のことだ。
僕は幼稚園に通っていたとき、クリスマス会で、この博士の役をした。


祝福の言葉を書いた紙を広げて、朗読するという役割だったが、実際には紙には何も書かれておらず、台詞は暗記しなくてはならなかった。


シスターが言う台詞を覚えながら、「どうせ紙を広げるのだから、書いておけばいいのに」と思っていたのを思い出す。そしてなかなか台詞を覚えなかったので、シスターが怒っていたことを思い出す。


本番前にはメイクをされる。僕はこのメイクというのが大嫌いで、腹が立って仕方がなかった。化粧品の感触が気持ち悪かったし、そもそも人前で何かをすることが見せ物になるみたいで嫌いだった。でも、母親やシスターは「かわいい」などと大はしゃぎで、僕は文句を言うのを我慢していた。正直なところ、メイクした姿をかわいいと言われるだけでも腹立たしかった。


ヨゼフ役の男の子は、台詞も長く出番も多いので、最も賢かった男の子がその役をした。彼がいったいどこから、この幼稚園に通っているのか僕は知らなかった。小学校で一緒になったことはなかったから、きっと違う学区から通っていたのだと思う。


僕がピアニカでようやく覚えた曲を吹いているときに、彼が隣に来て、突然、仮面ライダーの主題歌をサラサラと弾いて、笑っていたのを思い出す。僕は仮面ライダーの曲をピアニカで吹けるということすら想定していなかった。初めて能力の差というのを感じた。


この本は、僕が幼稚園の頃にやったその3博士のことが書かれていると思ったので、とても親近感を感じて読んでいた。最初は、風呂のなかだけで読むつもりだったが、思っていた以上に面白く、土曜日の夜はほとんど寝ないで読みふけっていた。


ダヴィンチ・コードのような謎解きと、強大な敵と闘うスリルと、美女とのロマンス。この小説は盛りだくさんだ。


この小説を読み終わったとき、僕の心に一番深く残ったのは主人公の父親が、かつて言ったという「一人前の男になりたかったら、一人前の男のように振る舞うことだ」という言葉だった(言い回しなど既に間違っているかもしれないが、すまん。)。


僕は後悔しすぎるし、愚痴が多すぎる。もう少し、シンプルに一人前の男らしく振る舞おうとこの本を読みながら思った。そして、この主人公の生き様が、僕にはとても参考になった。


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スコット・ベドベリの「なぜみんなスターバックスに行きたがるのか?」(講談社)を古本として購入して読み終わった。


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ナイキやスターバックスのブランド開発を担当した人が「ブランドとは何か、そしてその戦略」について書いた本だ。邦題が軽薄なので飛びついた人も多かったかもしれないが、中身は教科書のレベルだ。

ブランドに必要なのはまずは「商品」あるいは「サービス」。これがなくして、ブランドなんてものはあり得ない。


以前、大手広告代理店の電○のブランドの講義を受けたことがあるが、彼らはブランドはイメージ戦略だと言っていた。でも、そもそも「商品」あるいは「サービス」がなくては成り立たないことは一切、説明がなかった。


電○の話しでは「関サバ」というブランドを構築して、それからサバを水揚げしました、というくらいの話しだった。しかし、現実にはまず、そこに「良質のサバがいた」というところから始まっていたはずだ。先に、「関サバ」ブランドを作ったわけではない。前後が逆になっている。


一匹でも品質に劣るサバに「関サバ」というブランドをつけてしまったら?それだけでブランドは終わりになる可能性もある。そんなリスクについての説明もまったく抜けていた。


ブランドを誕生させる難しさも、生き残らせ、発展させる厳しさも、この本のなかで指摘がされている。ブランドは、知名度ではない。「ブランドは最高の商品によって定義されると同時に、最低の商品によっても定義される。もっとも優秀なスター社員の業績によって定義されると同時に、最低の社員がしでかした失敗によっても定義される。」。


この本は、ブランドの基本的なとらえ方をマスターするのにうってつけの本だと思う。ブランド戦略により、成功したり失敗する企業は必ずある。


ただこの本を読んで、思い知るのは、ブランドイメージがどんなに悪くても、マイクロソフトも電○も決してつぶれないだろうということ。必要不可欠とされる「商品」あるいは「サービス」がある限り、ブランドなんか消費者の情緒的な欲求に過ぎないと開き直られれば、ぐうの音も出ない。


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「フライング・スマグラー」という映画を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-gangsterexchange

http://www.youtube.com/watch?v=sREKuIsPoPg

ヘロインを混ぜた陶器で便器を作り、日本からニューヨークに輸出をする。
到着を待っていたのは、ニューヨークの複数のギャング。


My Kiasu Life in JAPAN-gangsterexchange1

ギャング同士の抗争に、日本からきたチンピラも巻き込まれる。
どこかコメディ・タッチなハード・アクション映画で、まあまあ面白かった。


My Kiasu Life in JAPAN-gangsterexchange2

「フライング・スマグラー」は直訳すると「空飛ぶ密輸業者」だが、原題は「ギャングスター・エクスチェンジ」で、直訳すると「暴力団員の交換留学」くらいの意味だろうか?


いろんなギャングが様々な思惑で麻薬に絡んでくる。真実の姿がどうなのかは知らないが、大変な世界があるものだと思った。

会議で、職場の収納スペースが狭い、という意見が出た。必要な収納スペースがそもそもない。これは設計ミスではないか、と。


設計ミスだということになっても、解決しないので、どこかの部屋を収納スペースに変えるしかないのだが、それも難しいという。


会議の後、その責任者の女性に「ラクダでも敷地内に放し飼いにしてさあ、荷物を背負わせて、で、必要なときに呼びつければいいじゃん」と言ったが、もちろこれは冗談だ。
「ええ?ラクダ?呼びつけられるの?」ちょっと本気にされたので、驚いた。


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土曜日にはマイクロソフト・オフィス・スペシャリスト・ワード2010の試験があった。


それまでにFOM出版の問題集で7回くらい、ランダム試験をしたが、96点を下回ることがなかった。


My Kiasu Life in JAPAN-mosword2010


この試験は1万円以上もする高価な試験なのに、問題集の方が、まともな問題を出す。今回も「太字の『中国』という文字だけを『インド』に変えろ」という問題が出て、混乱した。インドを太字にするのかどうかわからないと対応しようがない。


全体的に意味が今ひとつつかめない指示が多く、イライラした。「何を、どうしてほしいのか」が「正確に」わからない。コメント表示を入れようとすると変更履歴ウィンドウが立ち上がってしまう。どうしてこんな状態をデフォルトにしているのかよくわからない。変更履歴ウィンドウを閉じても、コメント表示を入れようとする度に立ち上がってしまう。


「受かればいいんだから、点数なんかとうでもいいや。」と途中から見直しもほとんどしないまま、「次へ」進んだ(「次へ」のボタンを押すと、もう見直しも訂正もできない。)。


この試験は試験終了と同時に合否判定が出る。合格点数が700点のところ、931点で合格した。

でも全然、納得がいかず、本当にこの試験はむかつく、とイライラしながら運転をして帰り、バーボンをラッパ飲みして寝た。


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「小6社会をひとつひとつわかりやすく」(学研教育出版)をやり終えた。


My Kiasu Life in JAPAN-sho6social

最後の問題の答えは「地球温暖化」だった。そしてその解説に「地球温暖化が進むと、北極海などの氷がとけて海面が上昇し、小さな島は水没するおそれがあります。」と書いてあった。


「北極海の氷なんかいくら溶けたって海面上昇しないよな。するとしたら、南極大陸の氷だろ?」
そんなことを部下と話していたら「なんでですか?」と言う。
「例えば、コップに氷を入れて、そこになみなみと水を入れた後、氷が溶けても水はあふれないじゃん。」
「そうなんですか?表面張力とかで。」
「それもあるかもしれないけど、基本的にはアルキメデスの原理だろ。氷は膨張して軽いから浮いてるけど、溶けると元の水の大きさになるからこぼれないんだよ。」
「氷って水より軽いんですか?」
「だから浮いているんじゃん。もし水より重かったら、池の底の方から凍ってきちゃうから池の魚はみんな死んじゃうよ。」ちなみに水の比重は4度が一番重い。だから冬は、池の水の底は4度であることが多いはず。


ちょっと調べたら、このことは小4の理科で習うらしい。


http://www.tos-land.net/teaching_plan/contents/7962
(この解説では、この氷が溶けたら、コップの水はどうなりますか。 ①あふれる  ②少しあふれる  ③あふれない の3つの選択肢から小学生に選ばせている。①と②にどんな差があるのか、俺が小学生だったらきっと疑問に思うと思う。今の俺には ④どうでもいい という選択肢がほしいところだ。)


それで、今度はいよいよ中学校の社会に手を出す。「高校入試 合格BON!社会」をこれから数ヶ月は昼休みに勉強することになる。


My Kiasu Life in JAPAN-gokakubon!syakai

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岡本健太郎の「山賊ダイアリー」(講談社)というマンガの1、2巻を読んだ。


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リアル狩猟マンガで、一見、ごく普通の青年が、きちんと狩猟免許や罠の資格を取って、カモや鳩を撃っては食べる過程を描いている。


あまりにリアルで、読後感は今ひとつよくないが(内蔵処理等が苦手なので)、以前から興味はあった世界なので面白く読んだ。次の勤務先がどこになるのかわからないが、場所によっては狩猟をすることになるかもしれないしなあ、なんて思いながら読んだ。


今まで知らなかった世界を知ることができるし、きちんとした知識が身につく点でもこのマンガは優れていると思う。


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杉作の「猫なんかよんでもこない。」(実業之日本社)というマンガも読んだ。


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網膜裂孔でボクサーの夢が破れた男と、2匹の猫の物語だ。猫嫌いの男が2匹の猫と心を通わせていく過程がいい。


2匹の猫は、オスとメスで、オスは地域のボス猫にするために去勢をせず、また特訓などと称してつらく当たる。後にそのことを作者は後悔するが、その後悔こそが、このマンガに力を与えていると思う。


ちなみに、古代の遺跡には多産のシンボルとして、像の男性器に装飾を加えたものがあり、美術品の闇市場に出回っているらしい。女性の盗賊は、そういった像を見つけた際、その部分を躊躇なく切り取るのに対し、男性の盗賊は諦めて、頭などを切り取るだけのことが多いらしい。これらの知識は最近読んだ本に出ていた知識だが、そこにも男性はペットの去勢にも躊躇する人が多いと書かれていた。


「弱った猫が身を隠すのは、病気を敵だと思うからだといわれている」という知識は、このマンガを読んで初めて知った。


いずれにしても、この「猫なんかよんでもこない。」は優しく、おおらかで、そして小さな世界を暖かく描いていて、心を打った。猫を飼うことで、この作者が成長したあとが見られたことも、とてもよかった。


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リバー・フェニックスが主演の映画「リトル・ニキータ」を見た。


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舞台がサンディエゴやメキシコだったので、そういえばこういうところにも行ったなあ、なんて昔を思い出しながら見た。


リバー・フェニックスは尊敬していた俳優の1人だった。極端なベジタリアンで、肉はもちろんのこと、魚も牛乳もハチミツも口にしない。日本に来たときは、そばを食べさせたら、「ダシに鰹が入っている」と言って、途中で食べるのをやめたそうだ。


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熱帯雨林を買って、人間の手が入らないようにする、などと人類の模範のようなことをインタビューで答えていた彼は、ルックスだけではなく、演技も抜群だった。


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結局、ドラッグが原因で亡くなったが、それを聞いたときは信じられないような気分になったものだ。


この映画のなかでは、彼は苦悩するばかりで活躍をしていないが、演技は素晴らしい。
輝くばかりの彼を見ていると、彼がもうこの世にいないことに寂しさを感じてしまう。


ただ映画としては、この映画はどうってことのない映画で、特に語るようなことはない。まあまあ面白い映画だった。
                     

職場の昼休みを中心に解いていた「高校入試合格BON!数学」(学研教育出版)をようやくやり終えた。


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勉強をしながら、中学生の頃、僕は「高校入試はほとんどが中学1年から2年の分野から出ているんだから、そこを中心に勉強すればいい」と勝手に思って、中学3年で学ぶ部分の数学の勉強をしなかったことを思い出した。昔から、(よく言えば)要領がよかったのだ。


でも、実際に勉強してみて、ずっとその分野は苦手だと思い続けるくらいなら、ちゃんと勉強すればよかったのになあ、と反省した。所詮、中学生が解く数学なんだから、そんなに難しい話しではなかったのだ(大体、人類が紀元前には発見していたような数学的な理屈を学んでいるに過ぎない)。


ただ中学数学の特徴として、数学的な能力があるだけではダメで、きちんと計算をしなければならないことが、僕は少し腹立たしかった。「きちんとコツコツと計算ができる子」じゃないと点数が取れない仕組みになっている。だから、解答も(13a+5b)/9cmなんて、解答が出てからも「こんな数字で本当にいいんだろうか?」と思い悩むものになっている。


問題の向こうに「だから、きちんと計算しなくちゃダメだと言っただろ」と得意げになっている教師の顔が浮かび、「ぐぬぬぬ」と思ったりもした。


1カ所間違えると、その後処理も大変だ。問題集の解答を消すのに、大量の消しゴムのカスが出るので、卓上掃除機を買おうかとも思ったんだけど、アマゾンに手動の「ミニクリーナー2」という掃除機があったので買ってみた。382円で買える。これが思ったよりも消しゴムのカスを回収できてなかなかよかった。


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そんなわけで、中学数学の勉強は大変だったけれど、いろいろな発見も多く、総体的にはなかなか面白かった。


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とりあえず、中学校の数学もひととおり終えたので、僕の超苦手科目の社会を勉強することにした。もっともいきなり中学校の社会はハードルが高いように思えたので、とりあえず小学校6年生の社会科を勉強し直すことにした。


それで、職場の昼休みに「小6社会をひとつひとつわかりやすく。」(学研教育出版)を勉強することにした。


My Kiasu Life in JAPAN-sho6social

さすがに小学校レベルの勉強なら僕でもついていける。なかなか歴史の勉強も楽しいものだと思えるようになってきた。


ただ、僕たちが勉強していた頃と用語が違っているものがあって、それは少し驚きだった。
例えば、僕たちは縄文人の住居を竪穴式住居などと覚えたが、今は「竪穴住居」だ。「高床式倉庫」も「高床倉庫」だし、そもそも「縄文式土器」が「縄文土器」だ。


江戸時代に行われた「踏み絵」も「絵踏み」である。これにはちょっと驚いてネットで調べてみた。すると踏む絵のことを「踏み絵」と呼び、踏む行為のことを「絵踏み」というのだと、ちょっと論理的なことが書いてある。


「ふーん」とは思ったけれど、じゃあ「円盤投げ」は行為の呼び方で、円盤投げの円盤は「投げ円盤」って呼ぶのか?「やり投げ」は行為の呼び方で、やり投げのやりは「投げやり」なのか?「投げやり」はちょっとひどいだろ、などと疑問が残った。大人になるといろいろと余計なことを考えるので大変だ。


余計なことと言えば、銅鏡も不思議だった。あれは本当に「鏡」としての機能があるのだろうか?銅と言えばすぐに10円玉が思いつくが、あれを磨いて何かが鏡のように映るとは到底思えなかった。


それでやっぱりネットで調べてみた。そうしたら、三重県の教育委員会が銅鏡の模造品を作ったという記事があって、そこに写真も出ていた。その写真には驚くほど鮮明な鏡が映っていて、銅鏡って本当に「鏡」なんだと初めて理解ができた。


http://www.pref.mie.lg.jp/KYOIKU/HP/details/index.asp?cd=2012120366



聖武天皇が、飢饉や貴族の争いを防ごうと、思いついたのが「大仏建立」だと知ったときは「どうしてだ?」と思った。そんなもの作ったって飢饉が防げるわけないだろ、誰か止める人はいなかったのか、とも思ったけれど。


仕事帰りの車のなかで冷静に考えてみたら、「大仏建立」も公共事業としての意味はあったし、確かに民衆の不満も「日本一の大きさ」とかいうもので、若干は和らげることができたのかなあ、と思った。スカイツリーみたいなものか、と。


そんなわけで、歴史の勉強は始めたばかりだが、これもなかなか面白いことがわかってきた。少なくとも、小学校レベルは終え、中学校の社会レベルまではマスターしようかと思った。


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ところで、気がつかないフリをしていたけれど、「マイクロソフト・オフィス・スペシャリスト ワード2010」の試験が3月2日の土曜日にある。そんなに難しい試験でもないので、どうも力が入らない。でもまあ、どう転んだって落ちることはないと思う。


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マット・デイモンから始まったボーン・シリーズの新作「ボーン・レガシー」をDVDで見た。今回はマット・デイモンは出演なしで、ジェレミー・レナーという俳優が主人公だ。


My Kiasu Life in JAPAN-bournelegacy

ハリウッドの伝統なのか、美人博士が、いまひとつ賢くないことを除けば、何にも考えずに見ることができるアクション映画で、それなりに楽しかった。


http://bourne-legacy.jp/



My Kiasu Life in JAPAN-bournelegacy1

My Kiasu Life in JAPAN-bournelegacy2

暇なときに見るには最適な映画だとは思うが、この映画で、人生観が変わるとかそういうことはたぶんない。


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ケリー・マクゴニガルの「スタンフォードの自分を変える教室」(大和書房)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-stanforduniv

http://www.youtube.com/watch?v=AGUwwe3ePfc


正直言って、この本を1冊読むのに少し時間をかけすぎた。だから、あまり内容を覚えていないが、でも、すごく自分のためになったように感じる。


この本を読んで、僕も少しものの考え方が変わったと思う。堕落に導く自分のなかの自分の存在を自覚したし(でも、彼には想像力がある!)、それから、平然とやるべきことをやり遂げる賢い自分の存在も自覚した。どうも僕には3人くらいの人格があり、もう1人は本当の自分で彼らの調整役だ。僕たちはかなりうまくやっているように思う。


印象深かったのは、タバコのパッケージに「タバコがガンの原因になる」と書いてあっても喫煙者には無意味だということ。仮に、それが本当に喫煙者の不安をあおり立てることができたとしたら、その不安を解消するために、喫煙者は不安を除去する簡単な方法に飛びつく。すなわち「喫煙」に。


この本で僕が学んだことは多かったけれど、それは僕にはちょうど、こういう本が必要だったからなのだと思う。要はタイミングがよかったのだ。だから、この本がそんなに支持されていないとしても、僕はそんなに不思議だとは思わないし、実際、人にもそんなに勧めようとは思わない。

テレビで「恋愛のスペシャリスト」という人が、どうしたら異性を口説けるかという話しをしていた。


その人が言うには、視界に入ったものを、話すといいのだという。そして「すべて」という言葉をつけるといいらしい。
「君の服、すべて。君の顔、すべて。君の目、すべて。君の唇、すべて。」
そして最後に「好き。」と言うと口説けるのだそうだ。


「ばっかばかしい。」と思ったところで目が覚めた。目が覚めて、あの「恋愛のスペシャリスト」って奴も、俺の脳のどこかにいる奴なんだよなあ、なんて思って呆れた。


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先日、久し振りに職場で会った女性と海外旅行の話しをしていた。
僕が昨年フィリピンに行った話しをしたら「もしかして、結婚相手を探しに行ったのでは?」などと言う。
「まあ。そんなもんかなあ。」と言うと「20歳以下はダメですよ。」と釘を刺された。


この話しを別の部署の女の子にも話した。
「20歳以下はダメですよ。ってことはさあ、もしかしたら19歳はダメってことかなあ?」と言うと「19歳は20歳以下ですよ!」って怒られた。
ちょっと男のロマンのある夢を話しただけなのに、本当に女は怒りんぼが多い。


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2月14日はいろいろと忙しい1日で、夕方からは裁判もあってバタバタしていた。


それでもいろんな人がチョコレートをくれた。机にまで来て渡してくれると簡単なのだが、みんなそれぞれに呼び出すので、そこまで取りに行かなくてはならない。


そしてまた、僕にチョコレートをくれるのは「労働の対価」という意味合いが大きい。だいたい「またいろいろと手伝ってね。」という言葉が付いてくる。なかには「このパワーポイントに矢印を入れてくれる?それから、顔写真の目を隠してほしいのよね。あ、そうそう。はい、これ、義理チョコ。」なんて実際に仕事を頼みながらチョコレートをくれたおばさんもいた。こういう人にもお返しをしなくてはいけないのかと思うと、「くそう。チョコレート業界め。」という気分にもなる。


さらにやっかいなのは、「2人からの気持ちです」とか「3人からの気持ちです」などと言って持ってくるチョコレートで、これは返すときに「じゃあ、1個あげるから2人で分けて」と言うわけにはいかない。それぞれに返さなくてはならない。
ある部署には女性が20人くらいいる。だから、そこの女性2人が渡してくれるときには「課全員の気持ちとかじゃないよね。」と思わず予防線を張ってしまったくらいだった。


昔は自らチョコレート中毒を名乗るほど、チョコレート好きだったが、今はそうでもない。随分とたくさんもらったけど、どうしようかと思う。シャッフルして3月14日にそのままお返ししようか、なんてこともつい、考えてしまう。


雪が降ったときに、気分が高揚しなくなったときが、たぶん「大人になったとき」だ。そしてバレンタインデーにチョコレートをもらって「お返しめんどくせえ」と思うのが中年になったときなのだと思う。チョコレートの味は恋そのものの味だという人もいるが、俺はバレンタインデーにもらったチョコレートの包装紙を見るだけで、おなかがいっぱいになってしまう。もはや爺さまに近い。


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週末は、実家に帰った。でも郵便物の整理をしただけで、また土曜日のうちに長野に帰ってきた。帰る途中、姉の家に寄った。
姉の家の犬を抱いていたら、やたらとジーンズを舐めていて、帰るときジーンズの舐められた部分が冷たかった。


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役所広司と小栗旬の映画「キツツキと雨」をDVDで見た。

My Kiasu Life in JAPAN-kitsutsukitoame

http://kitsutsuki-rain.jp/


ここのところ、何本か日本映画も挑戦はしていたんだけど、今ひとつ最後まで見る気になれなくて、挫折していた。


この映画は129分もある長い映画で、最後まで見ていられるか疑問だったが、実際のところなかなか楽しい映画だった。


My Kiasu Life in JAPAN-kitsutsukitoame1

日本映画らしい、リズムのゆったりとした映画だった。のどかな山村でゾンビ映画を撮るという、それだけの映画なので、特に盛り上がりがあるわけでも人が死んだりするわけでもない。


そんな特に主義主張もない、でも成立している映画だった。「マルホランド・ドライブ」のような、あらゆるシーンに特別な意味を埋め込むような映画ではまったくない。


My Kiasu Life in JAPAN-kitsutsukitoame2

僕は役所広司が、軽トラックのなかで、もらったゾンビ映画の脚本を、涙を流しながら読んでいるシーンが胸に残った。いい脚本を読んだとき、人はこうなるんだな、と思った。そして、いつか僕も、そういった脚本が書くことができればなあ、と思った。今はまだまだ他人事だけど。



***おまけ***


カリフォルニアのクリスがフェースブックに載せていたお話。

(訳は俺が適当に。。確かにTどんが言うように、日本向きの話ではないかもな。)



My Kiasu Life in JAPAN-speeding

女性:何か問題でも? おまわりさん?
警察官:スピード違反です。
女性:わかったわ。
警察官:免許証を見せてもらえますか?
女性:見せたいけど、持ってないの。
警察官: 持っていない?
女性:飲酒運転で4回もなくしちゃって。
警察官:わかりました。では自動車登録証を見せてください。
女性:できません。
警察官:どうして?
女性:この車、盗んだんです。
警察官:盗んだ?
女性:はい。持ち主は殺して、ぶった切りました。
警察官:なんですって?
女性:もし見たいのなら、スーパーの袋に入れた彼のバラバラになった体が車のトランクのなかに入っているわ。

警察官は女性を見つめ、ゆっくりと後ろ足で下がると応援を呼んだ。数分のうちに5台のパトカーが女性の車を囲んだ。年配の警察官が、留め金を外し、銃を半分ほど取り出しながら、ゆっくりと車に近づいた。

警察官2:奥さん、車から出てください!

女性は車から出た。

女性:何か問題でも?おまわりさん。
警察官2:さきほどの警察官が、あなたが車を盗んで持ち主を殺したというんです。
女性:持ち主を殺した、ですって?
警察官2:ええ。車のトランクを開けてくださいませんか?

女性はトランクを開けたが、なかはまったく空っぽだった。

警察官2:奥さん、これはあなたの車ですか?
女性:ええ。ここに登録証があります。

最初の警察官は呆然とした。

警察官2:さきほどの警察官は、あなたは免許証も持っていないと言っているんですが。


女性はハンドバッグのなかから、留め金の付いた財布を取り出して警察官に渡した。警察官は財布を開いて、免許証を調べた。彼はとまどっているようだった。

警察官2:奥さん、ありがとうございました。さきほどの警察官が、あなたは免許証を持っていないし、車を盗んで、持ち主を殺し、ぶった切ったなんて言うものですから。
女性:そうでしょ。その嘘つき野郎は私にも、私がスピード違反をしたって言ったのよ!



写真の著作権は© Dieter Spear

1月28日の月曜日に、1月13日に受けたTOEICの結果表示が開始された。
今回は勉強もロクにしていなかったので、600点台も覚悟をしていた。


でも、結果はリスニング405点、リーディング395点で、ギリギリだけどここ1年間ほど目標にしていた800点に辿り着いていた。
前回、9月に受けたときが740点で、このときはそれなりに勉強したのだが、結果に結びついていなかった。今回、それを60点も上回った最大の理由は、「回答がマークシートで運がよかったから」というのが、一番だとは思うけれど、問題を素直に聞いて解いたというのも大きかったかもしれない。


今回は自分が勉強をしていない自覚があったので、「When…?」と聞かれたら、「時に関することしか答えないぞ!」と思っていた。実際には「知らない」とか「トムが知っている」とかいう解答もあり得るけれど、ちゃんと勉強してないから愚直に解答を探そうと思っていた。


実際にTOEICの試験を解いているときは、この戦法で「When…?」と聞かれているのに時に関する選択肢がひとつもなくて呆然、というケースも多々あったけれど、この決め打ちで救われた問題もいくつかあったのかもしれない。


英語ができるようになった自覚はあまりないけれど、それでも800点が取れたということが単純に嬉しかった。もっと勉強しようとも思ったし、あの日、TOEICの試験をサボらなかった自分を褒めてやりたい気がした。


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ここのところ、毎日中学の数学を解いている。もう問題集も残り少ない。中学校の頃、このくらい勉強していたらなあ、とは思うけれど、そんな後悔はしても仕方がないことだ。


問題を解いていて、面積を出すときにSという記号を使うのはなぜだろうと思った。Sから始まる面積という単語が思いつかなかった。正方形の面積だけならSquareってこともありそうだけど、面積は正方形に限らないからなあ。


ネットで調べてみたら、Sum(合計)、Summation(合計)、Surface(表面)、Square(正方形・2乗)あたりが由来らしく、有力なのはSumなのだそうだ。実際のところ、アメリカでは二次元の面積はAreaと表し、立体の面積はSurfaceで表すのだそうだ。なるほど。


中学数学でややこしいのは式と単位が答えになるときだ。3x+2(cm)と単位にカッコをつけるときと、18πcmと単位にカッコをつけないときがある。そのルールがあまりよくわからなかったが、どうも+か-が答えのなかに入ってきたときは単位にカッコをつけることになっているらしい。


そしてまた、+か-が答えのなかに入っていても、それが分数の一部であれば、単位にカッコはつけないようだ。たとえば(3x+2)/5cm。


それは式に出てくる数字の片方にだけ単位があると違和感を感じることが原因らしいが(たとえば3x+2cmだと、3xはcmなのかわからないからだという。)でも、余計な心配のような気がして今ひとつ納得がいかない。つい「うるせえ」と思ってしまう。


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週末は3連休だったが、土日は家から一歩も外に出ず、本を読んだりDVDを見たり、勉強をしたりしていた。今は3月2日にあるMOS WORD2010の勉強をしているが、あまり面白い勉強でもなく、身が入らない。こういったがらくたのような資格を宝物のように集めて、本当に必要なものを見逃している気がするが、他にどう生きたらいいのかわからないので仕方がない。


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「ある愛の詩」という1970年のゴールデン・グローブ賞を取った映画をDVDで見た。


My Kiasu Life in JAPAN-lovestory

姉が小さな頃、ポール・モーリアのレコードを20枚近く持っていて、僕もよくそのレコードを聴いていた。だからこの「ある愛の詩」のテーマもポール・モーリアの指揮で、何度も聴いているし、「愛とは決して後悔しないこと」という有名なセリフも「君の瞳に乾杯」並みに有名なので、この映画のことはよく知っていた。


http://www.youtube.com/watch?v=WOyFOlC12x4
(ポール・モーリアの「ある愛の詩」)


でも、「恋人が白血病で死ぬ」というストーリーが、いかにも女性好みな話な気がしていたので、今までは手を出さなかった。


My Kiasu Life in JAPAN-lovestory1

見終わって、僕が感じたのは、この悲劇の恋人同士ではなく、男の父親の愛だった。
決して心を開かない息子を広い心で受け止め、無理を聞いてやり、それでも頑なに拒まれているこの父親の姿に、自分の父親の姿を投影させていた。


My Kiasu Life in JAPAN-lovestory2

俺もこんな感じだったよな、と思った。とても申し訳ないような気がした。


「愛とは決して後悔しないこと」かもしれないが、僕自身は愛がないのか、僕の人生は後悔することばかりだ。

今週は監査などがあって忙しかったが、でもまあ、大したことはないといえば大したことではなかった。


木曜日の夜は職場でエアロビなんかがあって、それにも出たくらいで、余裕があるとまではいえないまでも、十分にコントロールできる忙しさだった。


ここ1か月間くらい、職場のトップの許可をもらって、職場ではイスの代わりにバランスボールに乗っていた。特に今まで支障なく仕事をしていったが、やはり少し気が散ることがある。知的高度な仕事をしようとするときには、僕にはバランスボールは不向きで、監査前の数日間は普通のイスに戻して仕事をした。


監査は金曜日にあって、午前中2時間という話しだったのが結局1日がかりの監査になった。担当者が勘違いをしていたらしい。会議室の手配や、対応する僕たちも午後には別の会議に出席を予定していたので、スケジュールのやり繰りが大変だった。でもまあ、無事に終わって何よりというところだ。


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翌日の土曜日は休みだったが、夕方の5時30分からマイクロソフト・オフィス・エクセル2010のスペシャリスト試験があった。スペシャリストといっても、vlookup関数も、ピボットテーブルも出てこないから、まだまだ実務で使えるほどのレベルではない。


それでも1万円もかかる試験なので、バカにせず、真面目に勉強をした。問題集は「Microsoft Office Specialist Microsoft Excel 2010 対策テキスト& 問題集」(富士通エフ・オー・エム株式会社)1冊だけを使った。


My Kiasu Life in JAPAN-mosexcel2010

問題集で5回の模擬試験を終えた後、ランダム試験を10回くらいした。満点はそのうち4回くらい取った。夕方の試験の前にも、満点を取るまでやろうと思って、ランダム試験を2回ほどしてから会場に向かった。


試験会場は、あまりパッとしない建物で、従業員も1人いるだけだった。1万円もかかる試験の割に受験票も送って来ず、顔写真も不要だった。試験会場で、運転免許証を提示させ、それと突合するから不要ということらしい。


模擬試験は25問だったが、本番では18問だった。


オートフィルでコピーをするときに、模擬試験では書式についても細かい指示が出ていたが、そういった指示がなく、どうしたらいいのか困った。コピーは簡単にできるが、表全体の書式が壊れてしまうから、本当にコピーだけすればいいのか、書式は保護するべきなのか迷った。


「目標 A空港」のセル範囲を変更してください。という問題では、何を言っているのかすらわからず、しばらく手を休めて呆然としていた。
もしかしたら、「目標 A空港」の名前の定義を変更するという意味では、と思い、名前の管理をクリックしてみたら、「目標 A空港」が出てきた。どうやらその通りだと思ってほっとした。


エクセルには「名前の定義」って書いてあるんだから、「セル範囲」なんて言葉使うなよ、などとマイクロソフトに対して不満を感じた。その他、操作方法というより問題が意図していることがわかりづらく、不満が残る問題が多かった。問題集の方がずっとまともな日本語だ。


結果はすぐに、会場で出た。それまで知らなかったが、1000点満点で、ボーダーは700点ということだった。そして僕は975点だった。わからない問題もなかったのに満点でなかったのがとても悔しかった。


帰りに、マイクロソフト・オフィス・ワード2010のスペシャリスト試験も申し込んできた。確かに、それほど難しい試験ではないので、履歴書に書く資格が何もない人が取るには狙い目の資格かもしれない。そして、好き嫌いにかかわらず、マイクロソフト・オフィスのこのレベルは実務では当然、要求されるから決して無駄にはならない。受験料が高すぎるとは思うけれど。


試験の後、久し振りに権堂に1人で飲みに行った。8時少し前だった。どうも8時が権堂のホステスさん達の出勤時間になっているらしく、きれいなお姉さん達がいろんなお店に入って行くのをぼんやりと眺めていた。


僕が行きつけのスナックに行くと、まだお客はいなくて、ママやホステスさん達がお客に携帯電話でメールを書いているところだった。「お客を維持するのも大変だよな」と思った。


店が混み始めてきた10時30分頃には店を出て、代行を頼んで帰ってきた。代行のお兄さんは「景気回復はまだまだ先か、長野には来ないかもしれない」なんて話しをしていた。


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浅井 隆 の「いまさら誰にも聞けない医学統計の基礎のキソ 第2巻 結果の解釈ができるようになろう!」 (アトムス) を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-igakutokei2

難しいことがわかりやすく書かれていてとてもいい本だと思う。ただ1巻に書かれている内容について言及している所が何カ所かあるので、1巻が手元にある状態で読みすすめた方がベターかもしれない(僕は1巻を人に貸していたので。)。3巻もいつになるかわからないが、きっと買うのだと思う。この本は読む価値がある。


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憲法の勉強をしていればプライバシー権のところで必ず出てくる、三島由紀夫の「宴のあと」(新潮文庫)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-utagenoato

名古屋の司法書士さんと話しをしたときに、僕が三島由紀夫の本を読んだことがないことに軽く驚かれた。確かに僕は、三島由紀夫も川端康成も読んだことがなく、読書家として非常に問題ではあった。


この「宴のあと」を選んだのは、憲法の勉強中、何度も目にした題名で興味があったからだ。


読んでみて、人物や情景描写の精確さが見事なのに驚かされたし、人の気持ちをここまで見透かしてしまう能力にも驚いた。こんな人間がいるのかと思った。作家という人種の能力に恐れを感じた。


裁判官が感じたのは、マスコミが得意とするただ無遠慮に個人の領域にずかずか入り込むということに対する恐怖ではなく、自分もこの作家の手にかかれば、思考方法も自分の偏狭さも、本来あるべき能力で自分に欠けている点も、全て丸裸にされてしまうということに対する恐怖だったのではないかと思った。


これからは自然を愛したいという主人公の野口に対して、三島由紀夫は「野口は自分が決して自然を愛さないだろうということを知らなかった。」と言う。野口は「こうあるべき」と思った自然を愛したいだけで、現実にある自然を愛そうとはしていないというのだ。この点、今のエコ活動にも通じるものがある。彼らもまた、自分たちが愛したい自然だけを愛したいから。


読んでいて、本当にすごいと思った。そして、俺は高校生のときに椎名誠や半村良ではなく、三島由紀夫を読んでいたら、人生が変わっていたのかもしれないなと思った。

金曜日の夜、土曜日に母の3回忌を迎えるため、実家に帰った。


どんな小さなイベントも、きちんとやろうとするとなかなか大変なものだ。
車を洗ったり、ネットでお返しの品を用意したり、お花を頼んだり、それから和尚さんに予約を取ったり、来るべき人に(姉とその夫だけだけど)アポを取ったり、喪服をクリーニングに出したり、お茶菓子を買ったり、やることがいっぱいあった。


実家に近づくにつれ、雪が激しくなる。雪の高速道路を運転していると目が疲れる。


家に着いてからも、お菓子を食べるテーブルや座布団を出したり、掃除機をかけたり、余計な荷物を運んだり、やらなくてはならないことがここにもいろいろある。


翌朝は6時30分に起きてお墓に行った。雪が降り続いていて、お寺の水栓は凍り付いていて水が出なかった。だから、白い菊の花は、雪をいっぱいに詰め込んだ花受けに刺した。
雪を掃いてきれいにした。


家に帰ると、なかなか暖まらないエアコンに文句を言いながら、茶碗や茶托を用意した。
玄関前の雪をほうきで掃いたりして、まあまあ準備ができた。
お茶は姉が持ってきてくれることになっていた。それで、姉が来るまでぽっかりと時間ができたので、その間に近くの神社に行った。


雪の中、石段を登るのは疲れる。賽銭を投げ入れると、特に願うようなこともなかった。客観的に見ると、僕は「3回忌がうまくいきますように」と神社に頼みに来ているっていうことになるのだろうかと、ふと考えて、そんなこと別に無理して考えなくていいんだ、とも思った。俺は本当に余計なことを考えすぎだ。


姉の夫婦が、お茶を持ってきてくれて、挨拶をして、それからいろんな細々とした仕事をして、それから、僕は和尚さんを迎えに車に乗ってお寺へ行った。


僕の家は冬は必要以上に寒くなるので、エアコンをどれだけ入れてもなかなか暖まらない。
読経の間も、そのあとでみんなでお茶を飲んでいる間も寒かった。
和尚さんの話しは面白く、いろいろとためになった。


それから、雪の中、みんなでお墓参りをして、それで3回忌は終わりということにした。
準備から何からいろいろと大変だったけど、ようやく終わったなあ、という気がした。


本来なら僕がごちそうをしなければならないのだが、昼は姉の夫が、母が好きだった天ぷらうどんをごちそうしてくれた。久し振りに食べたが、かなりおいしかった。


そしてその土曜日の夜のうちに、また長野まで、雪の中を運転して帰ってきた。


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来週の土曜日にはマイクロオフィス・スペシャリスト検定のエクセル2010を受ける。
もう一通り勉強はした。一通り勉強はしたけれど、僕がエクセルでもっとも優れた機能だと思っているピボットテーブルはスペシャリスト検定の試験には出ず、それはエクセルのエキスパート検定の試験で勉強することになっていた。


それで、随分と意欲がなくなってしまった。あんまり意味のない試験を受けることになるんだなあ、と思った。セルに色を塗る試験に受かってもなあ、と思う。やっぱりエクセルはデータ処理ができないと意味ないだろ、なんて思う。


確率だけの話しをすれば、今、この段階で試験を受けても、8割方受かるような気がしている。ただ、僕が知らない関数や、知らない機能(必要ないと思っている機能も含む)の問題が出ると、僕はそれを解くのに夢中になって、時間が足りなくなりそうな気もする。
そんな不安をつぶすのに、でもまだ1週間もあるから何とかなると思う。


この試験は1万円もかかる試験なので、落ちるわけにはいかない。意欲があろうとなかろうと、あと1週間、頑張りたい。


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ちょっと職場で人に頼まれて、統計について勉強をしなければならないことになった。将来的には診療情報管理士の試験でも統計は勉強することだし、しておいてムダではないと思った。


今はまだP値って何?信頼区間って何?なんていうレベルだ。それで、アマゾンで浅井隆の「いまさら誰にも聞けない医学統計の基礎のキソ第1巻 まずは統計アレルギーを克服しよう!」(アトムス)という本を注文した。


My Kiasu Life in JAPAN-igakutoukei


水曜日に届いて、水曜日のうちに読んでしまった。字もでっかいが、わかりやすい。
テレビでよくやっている、4人中3人に効果があったなんて、統計上の信頼度はほとんどないことがわかった。統計としては400人中300人に効果があったというなら信頼が置けるが、4人中3人なんて偶然かもしれないだろ、ということなのだ。


例えば、毎日ごまを食べた人が4人いて、3人が血圧が下がったとしよう。テレビでは効果があったことになっているが、統計学的には「ごまを食べると血圧が下がる」とはこの段階では何とも言えない。毎日ごまを食べた人が4人いてコイントスをしたら、3人が表を出しただけで「ごまを食べるとコイントスで表が出る」という結論はおかしい。


この話を読んで笑った。


P値も信頼区間の意味もよくわかった。でも、この本に書いてあることをそのまま説明するのもバカバカしいので、重要そうなところに付箋を貼って、この本そのものを聞いてきた人に貸してあげた。ただ、人に統計を説明するにはこの本だけではまだ足りない。慌てて2巻目も注文した。そして、これも読まなくてはならない。


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BBCが作成した「昆虫の世界 2 ハネの進化」を見た。


My Kiasu Life in JAPAN-takingtotheair

古代には、片翼だけで30cmもあるトンボがいたのだという。そういうことであれば、その幼虫であるヤゴも大きかったんだろうなあ、と思う。
トンボの場合は、幼虫の方が成虫のときよりも小さいからまだ微笑ましく見ていられるが、最後の方に出てくるカミキリムシは体長18cmもある。こちらは現在も生きている。


カミキリムシのような甲虫の場合には、幼虫の方が成虫よりでかいから、18cmのカミキリムシの幼虫の姿はそれはもうたまんないだろうなあ、と思う。カブトムシの幼虫でさえ、腰が引けるのに、それが20cmの大きさでいたら、と想像しただけで、体がかゆくなってくる。まだ発見されていないらしいが、そんなでかいものがどうしてまだ発見されていないのかはわからない。


今回、最も感銘を受けたのは17年ゼミで、これは17年間も地中で木の根から樹液を吸って生きている。そして、ある日突然、一斉に今まで樹液を吸っていた木に登り始め、やがて成虫になる。


誰もが疑問に感じるのは、幼虫たちが17年目の今日が成虫になる日だと、どうして一斉にわかるのかということだ。カレンダー機能でもついているのだろうか。昆虫学者は、樹液の成分の変化で季節はわかると言っていたが、成虫でいられる期間は短いので、雌がいない時期に間違って成虫になってしまったら、とても困るはずだ。1日のズレも許されないだろう。昆虫の世界ではセミにかかわらず、カゲロウなどでも「あるとき、一斉に」ということが多い。子孫を残すために、そのようになっているのだが、どうやって連絡を取り合っているのか?


また、その日が大雨で、地上に上がった時点で溺死して全滅、ということも考えられるので、当然カレンダー機能に加え、雨天の場合にはどうするのか、という予備プランも立てられていなくては困る。


その辺りがどうなっているのか?「虫の知らせ」というジャンルは、まだまだ研究の余地がありそうに感じる。