ときどき信じられないようなミスをする。


先日、夜中に事故があって呼び出された。
現場の写真を撮っているとき、デモモードというカメラの表示が消えず、おかしいな、と思っていた。


最近、修理に出していたので、まだ不調なのかなあ、なんて思いながら写真を撮っていた。


帰るときに車に戻って再生してみたら、1枚も撮影できていなかった。はあ?と思って、それからすべてを理解した。SDカードが入っていなかったのだ。
「夜中に出てきて、俺は全く何をやってんだよ!」
自分自身に腹が立って仕方がなかった。


今週末は、夏のイベントで使うペーパークラフトの台紙作りをしていた。
簡単にできるだろうと思っていたが、とても難しく、しかも自分でかなりハードルを高くしていたので、完成までに土曜日丸1日と日曜日の午前中までかかった。


こんなことに当然のことながら残業代など出るわけもなく、「まあなあ」と溜息が出る。
でも、なんとか完成できてよかった。これが完成できなかった場合については、ちょっと想像もしたくない。


久し振りに姪と電話で話をした。最近、姪も体調が悪いようなので「あんまりストレスを溜めるなよ」と話したら「あなたが結婚しないことが私のストレス」なんて言われてしまった。「あんまり厳しいこと言うなよ」って言っておいたけど、これもまたやれやれって感じだ。


風邪は大分よくなった。でもまだ本調子ではない。9割くらい回復した感じだ。
咳きこむし、痰もよく絡む。でも少しずつよくなっているような気がする。今週は仕事帰りに温泉に2回行った。温泉に入っていると体が喜んでいるような気がする。


MOSExcel2010エキスパートの問題集は、ようやく本文の部分を終わり、あとは模擬試験を繰り返すのみになった。今月末に試験を受けるとすれば、まあまあのペースだと思う。いずれにしろ、ここからが大切な作業になるので、頑張りたい。


My Kiasu Life in JAPAN-mosexcel2010expert



***おまけ***


明け方、咳きこんで苦しくなったとき、ベッドに寝ながらこんな詩を考えてみた。
読み返してみたら、目が覚めるようなくだらない詩で俺も驚いた。



愛は毒薬


彼女を見るたび、瞳孔が拡大する。
医者にストレスを溜めてはいけませんって言われているのに。
彼女と話すたび、動悸がして息切れがする。
先生、恋の病に落ちたみたいです。
彼女の後ろ姿を見つめていたら、きのうは目眩がしたんです。


それは相当重傷だ。でも今は恋の病に効くいいお薬がありますよ。処方しておきましょう。
家に帰って、その薬を調べてみたら、ただの胃薬だった。


僕は重傷。恋の病が、僕を襲う。
動悸、息切れ、目眩、食欲不振、肥満、便秘に二日酔い。
彼女のことを思うたびに、ビールを飲む。
先生、僕は恋のせいで痛風に。


ああ、それはお気の毒ですね。でも恋の病はそのうちに治りますよ。


彼女が話しがあると僕に言う。
脈拍が上昇する。腎臓のうえの副腎から、アドレナリンが全身に送り込まれる。
のどが渇く。えーと、えとえと。えーと。えと。
彼女が俺を見上げて話しかける。俺が騎士であるかのように。


今度、結婚するんです。
スピーチをお願いできませんか?


ああ、うんうん。もちろん大丈夫。
結婚相手は、当然、俺でなくてもいいんだよね。


それから数日経って体調は元通り。
今は思うんだ。
愛って毒薬だなあって。

先週の日曜日はよく晴れていた。朝6時30分から正午過ぎまでずっと仕事だった。
まだ頭痛もノドの痛みもあって体調が悪く、正直「午後に予定されている打ち上げが中止にならないかなあ」なんて思っていた。


打ち上げは焼き肉店だった。久し振りに食べる焼き肉は美味しく、仲間と飲むビールもうまかった。ビールを飲み始めると、だんだんと体の調子がよくなってきたような気がした。


「なんだか頭痛が消えた。」
「そんな気がするだけですよ。」


部下にそんなことを言われながらも、ビールを次々と飲んでいた。飲んでいるうちに体調が悪いことも、明日は朝早くから出張があることも、みんな忘れてしまった。
それから、2次会に行き、3次会にも行った。途中で金が尽き、お店の人にコンビニまで連れて行ってもらった記憶がある。しかし、それも断片的にしか覚えていない。


結局、最後の店を出たのは9時近かったのだという(そんな記憶も当然ない。)。6時間仕事をして、その打ち上げに7時間をかけるというのは、どう考えてもバカとしか言いようがない。


翌朝、あまりの気持ち悪さに目が覚めて、トイレに行って吐いた。それでも気持ちが悪く、体が一気に50年も年を取ったかのようだった。少し動かすと体がきしむ音が聞こえるような気がした。


それでも、次の日の月曜日は出張だった。朝6時20分には家を出ないと間に合わない。


マトリックスに出てくる弾丸を避けるシーンのように、体をゆっくりとしか動かせない。なんとか時間をかけて、外出できる姿になると、駅まで歩いて電車に乗った。その間も、ゆっくりとしか動けなかった。


電車のなかには、高校生が多く乗っていて、座ることができなかった。電車の振動で何度も吐きそうになったが我慢した。


途中で高速バスに乗り換えた。2時間ほどノンストップで走る。ペットボトルの水を買って、一口飲んだら、それも吐きそうになった。僕は目をつぶって吐き気に耐えていた。バスの振動も、なかなか厳しいものがあった。


出張先にたどり着くと、シャープペンシルを忘れたことに気がついて、売店に買いに行った。途中で何人かの前の職場で一緒だった友だちに会った。
「元気そうですね。」
「うん。ちょっと風邪引いているけど。元気。」
そんな話しをしながら「僕は今はまだ水も飲めない状態だけど、ほかの人からは元気に見えるんだ」と思って少しほっとした。


会議の間も、何度か「気持ちが悪い」という大波に巻き込まれたけれど、自分がやるべきことは無事にこなして、なんとか終わりまで辿り着くことができた。
それから、その会議後も30分ほどの別の会議があったが、こちらについてもなんとかこなすことができた。


午後3時過ぎに職場に戻ると、多くの人が「ちゃんと出張に行けたのか?」と心配をしてくれた。昨日、最後まで一緒に飲んでいた仲間は、どうしても具合が悪くなって早退したのだという。「すごく心配してましたよ」という。その気持ちが嬉しかった。


僕は、朝こそきつかったが、バスに乗っている間、目をつぶっていられたので、なんとか二日酔いから回復できたのだと思う。
「二日酔いは大丈夫だったか?」と上司にきかれたときには、「ええ。吐きましたから。」と答えた。


そして、風邪はかなりよくなったと思う。命の危機になったので、体が風邪なんか引いてる場合じゃないと思ったのかもしれなかった。まだ違和感が残っているが、それでも風邪の症状は軽くなったと思う。


今週末は久し振りに何もすることがなかった。MOSのExcel2010 Expertの勉強をしたり、新たに今週手に入れたKindle Paperwhite3Gに小説をダウンロードして読んだりしていた。


My Kiasu Life in JAPAN-kindlepaperwhite3g


そしたら、日曜日に姉が来て、2時間ほどかけていっしょに家の掃除をしてくれた。
家はいくぶん、きれいになったが、作業の途中から急速に体がだるくなり、なんだか正直、とても疲れた。

また、風邪がぶり返してきたような感じだ。


明日からまた1週間が始まるなんて、信じられないような気がする。


+++


町田智弥という人の書いた「リアル公務員」(英治出版)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-real public servant

読みながら、この作者は公務員として優秀なんだろうなあ、と思った。提言を読んでいても、ほほお、と思うものが多かったし、「鉄道を廃止し、その代替バスを運行するプロジェクト」など、聞いただけで「それは相当な数の問題を多方面に生じさせるだろうなあ」と腰が引けそうなプロジェクトもこの作者はこなしている。問題意識も誠実さもあって、彼自身は(本で読む限りでは)まっとうで、親切だ。


ただ、もし彼のような優秀な公務員がいたら、彼の敵となるのは、公務員を理解してくれない高校のクラスメートや一般人などではなく、旧態依然とした優秀でない公務員たちで、そして、それは相当手強い存在だろうなあ、とも思う。


でも、まあ、考えてみればそれはどんな仕事でも同じことか。


僕としては、「住民は会社でいう株主と同じ」といった表現は気に入らないし(じゃあ、株主と同じように2倍税金払っている人は、2倍意見が言えるのか?なんてつい、思ってしまう。株式会社と地方自治体は根本の発想からして違う。)、彼が優秀な公務員なのはわかったけれど、それで彼自身は幸福なんだろうか?ってあたりが気になったけれど、公務員の仕事を理解するための本としては、とてもできがよく、またマンガもよくできていて楽しく読めた。

熱は下がったが、体調はあまりよくない。特に夕方になると頭が重く、痛くなってくる。
ノドの痛みもまだ残ったままだ。


先週も会議が多かったが、ある重要な会議に出席したときに咳が止まらず、苦しい思いをした。一緒に出席していた上司からも注意をされたし、なによりも後で議事録を起こしているときに、自分の咳のせいで録音していたテープの音がよく聞き取れず、腹が立った。


来週も出張が続く。


明日の日曜日は朝6時30分から出張で、また月曜日も朝6時20分には家を出なければならない。


風邪で体がだるくなるのは、体が休めといっているサインなのだと知識では知っていても、実際には休むことなど夢のまた夢だ。
土曜日の今日は休みだったが、クリーニング店にワイシャツを出したり、洗濯をしたり、ちょっとした打ち合わせをしただけで1日が終わってしまった。
疲れが取れず、「体調がいいって、どういう状態のことを言うんだっけ?」と体調がよかった頃のことを、もう忘れかけている。


20代の頃は朝5時まで飲んで、それから会社に行っても何とか仕事になったが、今はとてもそんなことはできない。あの無理のきいた頃に、もっと勉強をしていればよかったのに、なんて思ったりもするが、きっと当時は聞く耳を持たなかったと思う。


今だってそうだ。
来月MOS EXCEL2010 expertを受験するつもりだが、大して難しくもなく、ただやり方を覚えるだけで受かるのに、なかなか勉強をしようとしない。今は体調が悪いこともあって、言い訳もすぐに思いつく。


家の庭にバラが咲いている。その下に、つぼみがたくさん落ちている。姉が見つけたら怒るだろうなあ、とは思うものの、なかなかそれを片付ける気力も湧かない。


僕は高校時代、ほとんど勉強をせず、そしてまた勉強ができなかったが、地学だけは好きだった。高校最後の地学の試験で、正解の記号をすべてつなぐと「ユタカナ ヨキ ジンセイヲ オクレ」になった。そして採点の隣に「いいセンスをしていました」とコメントが書かれていた。


「豊かなよき人生を送れ」かあ。高校時代のことを思い出しながらベッドに横になったまま天井を見上げる。


思い出しているうちに今までのいろんな人生上の失敗が頭をよぎった。
「ああ。もうどうだっていいや。」と思った。何もかも爆破したいような気持ちになった。


いいセンスをしていたかもしれないが、この辺りは高校時代から、僕は未だに進歩がない。

先週の日曜日の夜から、ノドのあたりに違和感があった。押すと奥の方で痛む。
それでも咳はないし、鼻水も出ないので、軽い扁桃腺炎か気管支炎なんだろうと思っていた。


「寝ていればそのうちに治る。」


そう思っていたのだが、全然よくならない。汗もかかないので、熱はそんなにないと思っていた。火曜日の夜、あまりにも関節が痛むので、念のためにと思って熱を測ったら38度5分だった。
その体温計の目盛りを見たら、急に具合が悪くなってきた。「俺はこのまま死ぬのかもしれない」なんて大げさに思ったりもした。


翌朝、仕事を5時間ほども休んだ。
病院に行って調べてもらったら、インフルエンザでも肺炎でもないということだった。
「じゃあ、抗生物質を飲めばすぐに治る」なんて思ってしまい、なんだか完治したような気になっていた。


翌日は朝から重要な会議があって、宿題をいっぱい抱えて帰ってきた。午後からは部下のお父様が亡くなったということで、その葬儀等があった。なかなか忙しい1日だった。
1日が終わる頃には、体が重くて、つらかった。


その日の夜、あまりに体が熱いので、熱を測ってみたら39度2分もあってびっくりした。
寝なくちゃいけないと思いつつも、寝たらもう2度と目を覚まさないんじゃないかとも思った。


こんなときだけは、結婚していればよかったのになあ、と思う。まあ、思うだけムダだが。


あまりよく眠れなかった。枕元に水を入れた洗面器を置き、マスクが乾くたびに濡らしていた。マスクを濡らすと、少し呼吸が楽になる気がする。
朝になったら体温は37度前後にまで落ちていた。


職場に行って、まだ熱があると話していたら、上司に「職務命令で休め」と言われ、午後から休んだ。ところが、出張で何人か部下が出払っているところに、ちょっとした事故が起きたものだから、休みは取ったものの、3時近くまでは実際には休めなかった。


それから僕は怠惰に過ごしていた。
家でするはずの仕事もほとんど進まず、来月末には受けようかと思っているMOSのEXCEL2010 expertの勉強も進んでいない。


日曜日の今日、体温は平熱だが、頭が重い。でもなんとか体調を元に戻したい。
そうしないと、来週末も仕事で、しばらく休みがない。




***おまけ***


知り合いがフェースブックに貼っていた画像

「あなたがいなくてさびしいなんて!」


My Kiasu Life in JAPAN-i miss you

いい絵だなあ。

今週末は仕事で、直接、現場に行かなくてはならなかった。現場には駐車場がほとんどないというので、僕は自転車で行くことにしていた。


朝9時からだったので、家を8時30分くらいに出る予定でいた。外は雨が降っていた。


家で作業着に着替えた。作業着のズボンを注文するときに、太ったときのために少し余裕を持って頼んでおいたのだが、ズボン丈がウエストサイズと連動していると思わなかった。ズボン丈が長すぎて、折り返さないと引きずってしまう。作業着としては不便だが、とりあえず内側に折り返して、様子を見ることにする。


小さなザックにカッパや持って行く荷物を詰めているときに、ふと名刺を持っていないことに気がついた。今日はいろんな人に会うのに、なんてこった。


財布のなかを見たら名刺が2枚だけあったが、2枚では心許ない。それで迷ったが、会社まで車に乗って取りに行くことにした。
ザックに荷物を詰めるのをモタモタしていたので、会社に向かうために車に乗ったのが、もう8時10分だった。外は小雨だった。


会社の守衛に理由を言って、すぐに戻ってくるからと言ったが、やはり書面に時刻とかどこの部署に行くのかを書けと言うので面倒くさいなあと思いながら書いて、鍵を受け取って机まで走った。


部署内は工事中だったので、鍵がなくても入ることができた。
「くそう。なんてこった。」
守衛と話してムダにした数分間がうらめしい。


机のなかから名刺を取り出して、また入り口まで走り、守衛に鍵を渡して、車に飛び乗った。雨はだんだんと激しくなってきた。


家についてから、ザックを持ってすぐに自転車まで走った。久し振りの自転車だった。乗れるのかどうかも少し不安だったが、自転車に乗るといった「体で覚えた記憶」は、小脳がいつまでも覚えているらしい。スムーズに乗ることができた。ただ、雨で道路にある金属製のグレーチングが濡れていて、車輪が滑るのが少し怖かった。


雨で体が濡れてしまうのはわかっていたが、もう諦めていた。


現場は地図で1度見ただけで、うろ覚えだった。


車幅5メートルほどの田舎道のど真ん中を、目的地を探しながら自転車で走っていたら、突然、車が飛び出してきた。危うく死ぬところだった。
車が急ブレーキをかけ、僕もなんとか回避して、「すみません。」と頭を下げた。運転していたお爺さんも驚いたらしく、しばらくは車も動き出さなかった。


現場は川の堤防の上で、僕は堤防の下の場所に到着した。距離は近いが高低差がかなりある。舗装していない砂利道を、自転車で堤防の上にまで登った。
なんとか間に合ったが、息があがっていた。雨もまだ降り続いていた。


「若いなあ。自転車で来るなんて。」
地元の人に冷やかされる。
「カッパを持っているなら、小屋のなかで着替えればいい。」


小屋の中で作業着の上からカッパを着た。
カッパを袋から取り出すときに、妙にきれいにカッパが袋にしまわれているので、どうしてだっけ?と少し考えた。そういえば前の彼女が仕事でどこかに行くときに、このカッパを貸してあげたのだった。「そういうことか。」なぜか溜息が出た。


現場で部下がいろいろと説明をしているのを聞きながら、僕もいろいろと勉強した。堤防の構造とか、計器のこととか知らないことばかりだったので新鮮な気持ちで聞いた。


午前中で、全てが終わった。結局、いろんな人に会うには会ったが、名刺は1枚も使わなかった。雨が上がり、空は曇りだった。カッパはザックにしまい、また自転車に乗って家まで帰った。


家でシャワーを浴びて雨や汗を流し、洗濯をした。それから昼寝をしたら、ぐっすりと眠ってしまった。


+++


翌朝の日曜日に、ワイシャツ等のクリーニングを頼みに、スーパーのなかにあるクリーニング店に行った。
一応、昨日洗濯した作業ズボンも持って行った。裾上げを頼もうと思ったからだ。


裾上げができるか聞いてみたら、「できますけれど、1200円からになります」と妙に事務的に言われて、「それから1週間はかかります」なんて言われたので、「じゃあ、いいです」と断ってしまった。


帰りの車のなかで、別に1500円だと言われても1週間かかっても頼めばよかったのに、どうして俺は断ってしまったんだろう、と思った。車を走らせながら、裾上げをしてくれそうな店を探したがなかなか見つからない。


大きなスーパーに行った。男物の服を売っている店で頼もうかと思っていた。そこで服を売っているコーナーに行く途中で、ふと「作業着なんだから、作業着ばかり売っているワークマンという専門店に行けばいい」と思い直して、その店に行くことにした。


「でもワークマンで裾上げなんかしてくれるんだろうか?」
ダメならそのときに考えようと思って、とりあえずワークマンに行った。
レジにいるきれいな女の人に裾上げを頼んだら、210円だと言われた。「そんなに安いんだ」と驚いた。話しも簡単だった。
「このくらい切ってください。」裾を折り返しながら頼む。
「このくらい、ですね。」
月曜日にはもうできあがっているという。簡単で安くていいなあ、と思った。


+++


近藤誠という司法書士の書いた「新米司法書士はるかの事件ファイル」(自由国民社)を読み終わった。


My Kiasu Life in JAPAN-haruka

小説のストーリーは凡庸だが、それなりに面白かった。法律知識が楽しく身につく!というキャッチコピーはどうも納得がいかないけれど、司法書士の仕事がよく理解できるという点では優れていると思う。飛び込みの仕事が多いことや、責任の重さ、身勝手なクライアントのことを考えると、この世界も決して楽ではない。


司法書士の友人が仕事の話しになると、いつも顔つきが真剣になる、その意味が少しわかったような気がした。


よく話しには聞く、不動産詐欺というものがどういうものかもわかったが、解決の方法がよくできすぎていて、ちょっと笑ってしまった。こんなに免許証ひとつで何から何までうまくいかないだろう。


あと、本のイラストというのは、読者の理解を深めたり、状況を視覚的に明らかにするために使うものだと思うけれど、この本のイラストはただ「萌え」系のイラストというだけで必要性を全く感じない。俺が編集者だったら1秒でボツにするところだが、著者は喜んでいるようだ。その感覚はよくわからない。



***おまけ***


「新米司法書士はるかの事件ファイル」で不動産詐欺を暴くきっかけとなった運転免許証の数字について


運転免許証には12桁の数字が記載されている。
最初の2桁は最初に免許を取得した都道府県がわかるという。
本のなかでは、「30だから東京都です」なんてはるか先生が言っていたけれど、それを読んで違和感を感じていた。都道府県は47しかないし、普通、東京の番号は13のはずだからだ。


それで調べてみたら、最初の2桁は都道府県別の公安委員会コードらしい。それは、このように振られている。北海道が10番台、東北が20番台、東京が30で、他の関東甲信越が40番台、北陸・中部が50番台、関西が60番台、中国が70番台、四国が80番台、九州・沖縄が90番台になっている。


より具体的には、こうなっている。
10北海道本部、11函館、12旭川、13釧路、14北見、
20青森、21岩手、22宮城、23秋田、24山形、25福島、
30東京、
40茨城、41栃木、42群馬、43埼玉、44千葉、45神奈川、46新潟、47山梨、48長野、49静岡、
50富山、51石川、52福井、53岐阜、54愛知、55三重、
60滋賀、61京都、62大阪、63兵庫、64奈良、65和歌山、
70鳥取、71島根、72岡山、73広島、74山口、
80徳島、81香川、82愛媛、83高知、
90福岡、91佐賀、92長崎、93熊本、94大分、95宮崎、96鹿児島、97沖縄、
00その他


3桁目と4桁目は、初めて免許を取得した年の西暦の下2桁が記載されている。


5桁目から10桁目は謎で、11桁目は偽造かどうかのチェック用数字。
最後の12桁目は、紛失・盗難などによる再交付の回数だという。


自分のを見たら、僕は東京で最初に免許証を取ったので最初の2桁は30だった。それから12桁目に1が入っている。名古屋で仕事をしていたときに免許証を失効させてしまい、再発行を受けたからなのかもしれない。本を読んでいたときには、ここに更新回数が載っているのかと思っていたけれど、更新回数ではなくて、あくまで「再発行」の回数。だから普通は0なんだと思う。

今週も忙しい毎日だった。いろいろな事故があって、その対応に追われた。
それからまた、いろんな人に怒られ、課題を抱え込んだ。


5月1日に飲み会があったが、自分でも信じられないくらいに飲んで4次会まで行き、翌日の仕事は当然、つらかった。体ももちろんだが、僕は飲酒後の翌日はブルーになるので、精神的にもきつかった。


何回、同じことを経験すれば学習するのか、僕にも僕がさっぱりわからない。


+++


友人と出していた本の改訂版を作成することになった。
改訂版とはいっても、ほとんど初版のままで、僕も特に直す必要性を感じていなかったから、最初、その話を聞いたときは「ふーん、そうなんだ」程度の感想しか持たなかった。


ところが、各人の担当部分が送られてきて、それで僕は自分が統計資料も担当していたことをようやく思い出した。


確かに初版を出す際に統計資料の作成の依頼を受けていた。ところが、どんな統計を作ればいいのかわからず、それなりのものを作って友人に送っただけだった。できあがってきたものには、友人がかなり手を加えてあって、随分と迷惑をかけたんだなあ、という思いでいた。


そうだよなあ。統計資料はやっぱり俺が作るんだよなあ。
そんなわけで、GWの3日と4日は、雑用以外では外には出ず、主にその統計を作ることに力を注いでいた。


友人が手を加えたその統計は、かなり情報が「濃い」ので、あちこちのデータを引っ張り出してこないとなかなか完成させることができない。
「いったい、どこにあるんだよ。こんなデータ。」
ネット上に氾濫する数字の海のなかから、意味のあるデータだけを引っ張り上げてくることが、こんなに手間だとは思わなかった。


「県別1人当たりの医療費」のデータを探していたときなど、見つけたと思って飛びついたら、やたらと金額がでかいので、「こんなことあるのか?」としばらく画面を見つめていた。


それからしばらくして、僕が飛びついたデータは「後期高齢者限定」の数字だったことに気づく。「それはそうだろうな」なんて思ってほっとする。それからまた改めて「県別1人当たりの医療費」を探しに行くが、なかなかつかめない。前年度と比較した上昇率のデータは見つかっても、なかなか生の数字が見あたらない。


でも、こういったデータ拾いの作業のなかで、いろいろなことを知った。


驚いたのは、県の面積が毎年変わっていることで、宮崎県など平成22年の1年間だけで537平方キロメートルも面積が増えている。境界確定や境界変更があったらしい。
そしてさらに驚きなのが、まだ、都県にまたがる境界未定地域が12,800平方キロメートルもあることで、これは香川県の6倍以上の大きさだ。


どこの県の持ち物かわからない土地がまだこんなにあるなんて。日本は広いんだなあ、と思った。


統計の作業は、自分ができる範囲は一応4日の夜9時過ぎに終えた。ここから先にどういう作業が必要になるのかは未定だが、一応出版社の方に送って検討を依頼する。


+++


5日には知り合いの人が来て、コシアブラの天ぷらや竹の子の煮物などを持ってきてくれた。それから、簡単な法律相談をした。1時間くらい話して、それで納得されたみたいだった。


+++


カレンダーに休日が並んでいるので、ずっと楽しみにしていたGWだったが、もうあと1日しかない。そして5月は週末に仕事が多い。休み中には、ほかにも勉強をしたり、雑用もあれこれとこなす予定だったが、思っていたほど進まず、またよく寝ていた。


もうGWも終わってしまうのかと思うと、なんだか悲しくなってくる。



***おまけ***


僕は野球やソフトボールで、どうしても外野を守れない。フライの落下地点は、打球の角度で判断するというのだが、前に進んだ方がいいのか後ろに下がった方がいいのか、正直、よくわからない。


いつか、きちんとしたノックを受けて、その感覚をマスターしたいものだと、以前からずっと思っている。


このブルガリアのボヤンカ・アンゲロバ選手のボールの演技を見たとき、衝撃だった。いったい、どういう感覚を持っているのか。このとき13歳だったらしい。最初はCGかと思った。すごい。


http://www.youtube.com/watch?v=IqTSl4Jme0Y
Boyanka Angelova ball final EC Torino 2008

今週は松本に1回、長野に2回の出張があった。
往復にかなりの時間を取られるので、基本的に出張はあまり好きではないが仕方がない。


長野への出張のときは、昔の仕事仲間にたくさん会った。
何もかもが幸せな、そんな仕事ではないから、みんな、それぞれの場所で、それぞれの思いを噛み締めながら仕事をしていたんだなあと思う。


それでも、結婚したり、子供ができたりと幸せそうな仲間もいた。
俺も不思議なんだけど、そういう幸せそうな人というのは、見ているとこちらも自然と笑顔になっている。
家族を持つ幸せというのは、つまりはそういうことなのかなあ、と思ったりした。


出張ではうまくいった仕事もあったが、重い宿題を背負わされた仕事もあった。
どうしようかな、などと考えながら運転をして帰る。
世の中には、俺よりももっと重く責任感のある仕事を、笑顔でこなしている人もいるんだと思う。自省の時間が取れるということでは、長時間の運転も確かに悪いことばかりでもない。


今週は緊急連絡網の訓練があった。訓練は朝7時からということで、まず、僕のところにメールが来ることになっていた。
そのメールが起点となって、僕が電話で第一連絡者に連絡をし、最終的には連絡網の末端の20人近くが僕の携帯電話に「連絡網の伝達を受けました」という確認の電話をかけてくる。
その電話をワン切りしてもらうと、誰が何時にかけてきたのか、記録も取れるという仕組みだ。


前日まで、何度もメールが届くかどうか確認のメールが来ていた。
ところが、訓練本番の日は7時5分を過ぎてもメールが届かない。


朝7時からの訓練だとみんな知っているせいだと思うが、俺がまだメールを受け取ってもいないのに、確認の電話が次々とかかってくる。
「俺以外から連絡網に発信されているのだろうか?」軽くパニックになる。


7時10分頃になって、電話がかかってくる。
「システムダウンで、メールが送れませんでした。それで電話で連絡しています。」
「そうなんだ。俺はてっきり、間違った日付をみんなに広報してしまったのかと思った。」


それから、電話をかける。みんな電話連絡が来ないことを不安に思っていたようだった。


電話をかけている間にも、次々と確認の電話が返ってくる。話し中を避けるためにワン切りにしてもらっていたが、話し中でも着信履歴は残るんだと認識を新たにした。


訓練は、30分くらいで一応、終了した。もっとも12時過ぎくらいに「携帯電話の電源を切っていた」という人から連絡が来た。「そんなこともきっとある」と思っていたので、まあ、そういうこともあるよな、と思った。


ところで、鳥インフルエンザ(H7N9型)の感染が拡大している。
先日読んだジェームズ・ロリンズの「ユダの覚醒」(竹書房文庫)に、アメリカ疾病予防センター編「感染症概説」(2006年5月)のこんな文章が掲載されていたので紹介しておく。


My Kiasu Life in JAPAN-ユダの覚醒

 中世に鼠蹊腺(そけいせん)ペストが突然ゴビ砂漠で発生し、世界の人口の3分の1を死に至らしめた理由は、いまだに明らかではない。そればかりか、この100年を振り返っても、SARSや鳥インフルエンザをはじめとする数多くの疫病がアジアを起源として世界的に流行しているが、その理由も判明していない。ただし、断言できることが1つだけある。次に世界的な流行をもたらす疫病も、再びアジアから発生するであろう。



***おまけ***


知らないうちにフェイスブックで動画サイトのメンバーになったようだ。何をどうしたせいで、メンバーになったのかは僕にもよくわからない。
でも、この動画サイトはセンスのいい動画が多くて、気にいっている。そのなかでも、この動画は秀逸だった。
なんというか、すごくいい。


http://www.youtube.com/watch?v=STK7AZ_Zs_E

駐車場から職場まで、毎日、高低差200メートルほどの坂を登る。
職場に来た最初の日は、ここを歩くのがつらく、息が上がっていた。
仕事を始める前に、帰りたくなるほど疲れていた。


前の職場で一緒だった人に、この坂を登っているときに、たまたま会った。
「この坂を登るのがつらくて。」そう僕が嘆くと、「そのうちに慣れますよ。」とあっさり言われた。
本当に慣れるのかどうか不安だったが、3週間ほど経った今、あれほどつらかった坂登りが、それほどでもなくなっている。


そういえば昔、大学に入って初めての山登りをしたとき、僕は35キロのザックを背負って、たった2分で限界を感じた。滝のような汗が出て、そのときは、僕のチームはほとんど僕が原因で頂上までたどり着けなかった。


それでも、秋に中央アルプスを縦走した頃には山道を登る体力がついてきた。笹ヤブのような滑りやすいところでなければ、もう弱音も吐かなくなっていた。
翌年の春、新人が僕と同じようにダウンしたのを見て、俺は成長したんだなあ、と思った。


新しい職場に来て、体を鍛えるためにジムに行こうかと思ったが、とりあえずは毎日、この坂道を登っているんだからいいや、と思っている。


週末は、NTTに光回線の工事をしてもらった。今までインターネットが遅かったが、これで、動画も(あまり見ないけれど)見ることができるようになった。


それから、土曜日の夜には、近所の人たちが歓迎会を開いてくれた。マイクロバスで細い山道を行き、秘境の温泉というところに連れて行ってもらった。


料理の品が多く、久し振りに鯉の甘露煮を食べた。それから、お酒もかなり飲んだ。


ここのところ、週末も含めて毎日が忙しい。なかなか本を読んだり映画を見たりする気力も湧かない。そればかりか勉強もなかなか手につかない。まだ引っ越し荷物も片付いておらず、やるべきことが多い。そしてそのことを考えると、全てのことに対する気力が萎えてしまう。


もともと、実家にも生活できるだけの食器等が整っているのに、そこに1人暮らし分の荷物を持ち込んだのだから、物が溢れるのも不思議はない。
誰か部屋をきれいにしてくれないかなあ、なんて思いながら、結局自分でしなくちゃいけないんだよなあ、と思って途方に暮れている。


5月のゴールデンウィークには、友だちに協力して作った本の統計の作り直し作業も始めなくてはならない。今まで無視していたが、そろそろ始めなくては。

9月の診療情報管理士の試験のために少しは勉強しないといけないし(6月締め切りのレポートはこの週末に提出した)、TOEICや法学検定の勉強も必要だ。なるべく早く、MOSエクセル・エキスパートの資格も取りたい。


やりたいこと、やらなければならないことが多く、それに対してなかなかやる気が湧かず、困った日々が続いている。

仕事が忙しいだけではなく、もめ事も多いと聞いていた。


2週目でさっそくつかまり「おまえはバカだ、常識がない、話す価値もない」などと電話で罵詈雑言を聞くことになった。


これが数年前までだったら、僕も激高して、いちいち反応をしていたはずなのだが、こちら側に落ち度がないことがわかったあとは、何を言われても平然としている自分がいて驚いた。
「おまえはバカだ。わかっているのか!」
「おっしゃられていることは、わかります。」


答えながら「これが経験ってやつなのかなあ」と思った。それから、法的に考えてこちら側に問題がないときちんと判断できているのも大きいのかもしれないと思った。ちゃんと法律の勉強もしていてよかったと思うのは、こんなときだ。


さらには、ケリー・マクゴニガルの「スタンフォードの自分を変える教室」(大和書房)に「他人の欲求は、あなたの欲求ではない。それを区別しなさい」というような一節があって(間違っていたら、すまん。)、相手と自分は違うと判断しているからかもしれなかった。


ただ、訴訟でもして決着をつけない限り、この手のもめ事は永遠に終わらないような気もしている。今度の職場はなかなか訴訟をさせてくれないので、そこがストレスではある。


そんなもめ事にも振り回されるなか、金曜日の仕事を休んで、東京まで、診療情報管理士のスクーリングに行く。
上司に「そんな資格を取ってどうするんだ?」と聞かれたが、「取ると決めたので。」としか言いようがなかった。ただ場合によっては、僕の留守中に上司がそのもめ事に巻き込まれそうな気もしていて、その点については申し訳ないと思っている。


木曜日の夜、仕事が終わったあと茅野駅まで車で行き、そこから「スーパー特急あずさ」に乗って東京に向かった。ホテルに着いたのはもう夜の11時近かった。


翌日の予習をして、その日は寝て、翌朝は10時から笹川記念会館というところで講義を受けた。


ノーベル賞を受賞した山中教授のiPS細胞は、なぜか小文字のiから始まるが、これはMacがi-podなど小文字から始まる製品を売っていたのを真似たのだ、という話を聞いて、ほほお、と思った。それから皮膚炎と湿疹は同じ意味だとか、グルコサミンを飲んだから関節痛がなくなるなんて事実はないとか、医学の話もなかなか面白い。


金曜日の夜は五反田で、ちょっと贅沢をして「うなぎ」を食べて生ビールを飲んだ。ホテルに着いたら、意外と疲れていて、そのまま寝てしまった。それで予習がほとんどできなかった。


土曜日は朝9時から夕方5時30分まで講義があった。僕は朝8時頃から会場に入って予習をしていた。大学時代はロクに授業も出席しなかったが、今では僕もすっかり真面目になった。というか、ほかの人達と違って、僕の仕事は診療情報管理士と何の接点もないので、真剣に勉強しないとついて行けない。


授業は出産、目や耳などの感覚器、精神病などの話がメインだった。


印象深かったのは、通常の食事をしていると痴呆症になりやすいという話だった。飢えている方が脳は若くいられるらしい。


しかし、だからといって肉や油を摂らないと、血管がもろくなって脳出血を起こしやすくなるのだそうだ。戦前はあまり油を使わない食生活だったので、平均寿命が40代だったなんて話を聞く。なるほどなあ、と思った。


土曜日の夜は、授業終了後、五反田駅で翌日の「あずさ」の切符を買うと、すぐにホテルに帰った。この日はビールも飲まなかった。明日の予習をしたり、漫画雑誌を読んだりした。


日曜日も朝8時から会場に入って予習をして、朝9時から午後3時45分まで講義を受けた。


授業中、地震があった。震度4以上だと職場から僕に連絡が入ることになっていて、即集合なので、授業を切り上げて職場に向かわなければならない。焦って何度も携帯電話を見たが、連絡は来なかった。


今日の授業は、血液とホルモン、それから消化器などが中心だった。病気について学べば学ぶほど、僕たちの身体というのは絶妙で微妙な仕組みの上に成り立っていることがわかる。昔は「男は死ぬまで飲め」などと言いながら、本当に危険なほどに酒を飲むこともあったが、とんでもない話だった。今からではかなり遅いが、自分の体も大切にしたいと思った。


5時新宿発の「あずさ」に乗ってまた茅野にまで戻った。電車に乗っている間に、雑誌を2冊と吉田秋生の「蝉時雨のやむ頃」(小学館)を読んだ。

My Kiasu Life in JAPAN-蝉時雨のやむ頃


「蝉時雨のやむ頃」は、とてもよくできた漫画で、考えどころも多く読み応えがあった。もう今から何年も前に、「吉田秋生の「BANANA FISH」を全巻買ってくれたら結婚してあげる」という女の子がいたことを思い出した。でも、僕は買ってあげなかった。


そんなことも思い出しながら読んでいたら、ストーリーがますます深く感じられて、腹のあたりがぐんと重くなった。



***おまけ***


「茅野駅」から高速道路を運転しながら帰る途中、こんな話しを思いついた。よっぽど疲れていたんだと思う。かなりグロいので要注意。


題名「よく泣く女」


彼女は、とてもよく泣いた。ペットの金魚が死んだからと言って泣き、近所の子供が転んで怪我をしたからと言って泣いた。どこか遠くの国で、誰かのテロ行為によって少女が死んだ映像を見ただけでも、彼女は泣いた。家の近所で、自転車に乗った高校生が、トラックに轢かれて死んだときなど、僕が泣いている彼女を1人置いて、近所の本屋に行って、雑誌を数冊立ち読みして、それから気に入った文庫本を買って帰ってきても、彼女はまだ泣いていた。
ときどき、僕は自分が小さくなって、彼女のきれいな涙のなかで(彼女の涙は、ほれぼれとするほどきれいだった)、自分が海パンをはいて泳ぐ姿を妄想した。太陽と青空がまぶしかった。泳ぎながら僕は大声で歌う。そして、彼女の涙を大量に飲み込んでしまう。彼女の涙は鉄の味がするのだ。
残念なことに、僕のまわりには不幸なニュースが山のように伝えられるので、彼女が泣く材料には困らなかった。僕に限らず誰のまわりだって、彼女の泣く理由は山のようにあっただろう。
「私がいつも泣いてばかりで、あなたは嫌じゃないの?」
「どうかな?他の女の子と付き合ったことがないからわからないよ。」
僕は生まれつき、女の涙に心が動かされない性格だったので、彼女がどれだけ泣いても平気だった。それに彼女は、どこか人を惹きつける魅力があった。それは、僕にしかわからない類の魅力だったかもしれないけれど。
その日は朝から気持ちよく晴れて、ニュースも見ていなかったので、彼女も泣いていなかった。彼女は笑顔で「おはよう」と言い、僕も「おはよう」と答えた。
僕たちは朝食の前にちょっとしたドライブに行くことにして、車に乗った。青空がまぶしい、素敵な朝だった。
高速道路に乗って、しばらく走っていたときに、前を走っていたトラックが急ブレーキを踏んだ。それで、僕も慌ててブレーキを踏んだのだが、後ろから来たトラックはスピードを緩めることなく、そのままのスピードで僕の車に突っ込んできた。
僕の車はあっという間に押しつぶされて、僕も彼女もぺちゃんこになった。
「俺はこれで死ぬのかな?」彼女に聞くと「たぶんね。」と彼女は答えた。「それに、私も死ぬと思う。」
それからしばらく意識が飛んでいた。次に気がついたとき、僕はもうほとんど死んでいた。「人の体にある骨の数は、数え方にもよるけど、だいたい200本くらいある」そんな知識が頭に浮かんだけれど、そんな知識ももう誰にも話すことができない。何カ所骨折したのか、数えるだけでもうんざりするほど骨折していることがわかっていた。そのうちのいくつかの破片は僕の皮膚のなかから飛び出してもいた。彼女も同様だった。そこで初めて、僕は彼女が泣いていないことに気がついた。
「もう死ぬのに、君は泣かないんだね。」そう言うと彼女は「不思議ね。なかなか自分のこととなると泣けないものね。」と言って笑った。

新しい職場に来て1週間。忙しいとは聞いていたけれど、仕事ってこんなに忙しかったんだっけ?なんて改めて思う。昼休みもまともに取れない。食堂に行って、一気に食べてまた仕事という感じだ。それでも、食堂に行く時間があるだけ、まだ4年前までの仕事よりはマシなのかもしれない。


いろいろなところにあいさつ回りに行ったが、4時間ほど席を離れただけで、机の上に決裁を求める書類が山積みされる。僕は印鑑を押すだけでいいが、部下はそれだけの仕事をしているということだ。仕事量が多いのは、俺だけじゃないんだと身にしみる。


そんな忙しいなかでも歓迎会等はきっちりと行われる。そして「僕はお酒が苦手なんです」などという言い訳が一切通じない雰囲気もある。2次会まで上司が行くので、行かないわけにはいかない。バカなので、2次会まで行くと酔っぱらってしまい、よせばいいのに不必要な3次会まで行ってしまう。


3次会には同僚と2人で行った。昔の音楽を聴かせてくれる店で、同僚はキャンディーズを、僕は遠藤ミチロウの「仰げば尊し」を頼んだ。大して好きでもないパンクを頼んでいるあたり、相当、酔っていたのだと思う。翌日はまだ平日で、当たり前のことだが、仕事はいつもに増してつらかった。


先日の会議では、広い管内で障害が発生したときの当番の対応について話し合いが行われた。「1人で抱え込まず、たとえ真夜中であっても、困ったことがあったら責任者に電話をして相談してください。きっと的確な答えを出してくれるはずです。」なんて担当が話しているのを聞きながら、責任者の人は大変だなあ、と思っていた。そして資料をよく見たら、責任者は俺で連絡先は俺の携帯電話の番号だった。


話し合いの後、「たぶん、話し合いに出ていた人のなかで、一番わかっていないのが俺だよ。」と担当に言うと「大丈夫ですよ。1か月も経てばできるようになってますよ。」なんてことを言う。まだどこで障害が起きたとしても、それがいったいどこにあるのかも把握ができていないというのに。俺が責任者だなんて悪い冗談のような気がする。


それでも、とは思う。やらなくちゃいけないな、と。週末は台風並みの嵐になるそうで、いきなりスタートラインに立たされた気分だ。わからないのはわかっているけれど、嘘を吐かず、的確な処理ができるように、前向きに頑張りたいと思った。結局、何もなかったけれど。


週末は、まともなスーツがもう1着しかなかったので、新しく3着を買いに行った。出費は痛いが、たくさん買った方が単価が安くなるので、得なのだ。ただ交換条件として、今、僕の家にあるいらなくなったズボンやジャケットを引き取ってもらうということにした。これで少しは家の中も片付くだろう。


日曜日には、家でNTTの光回線を引く工事をしてもらう予定でいた。ところが、NTTの人に来てもらったら、SECOMが現在の電話回線を利用していることから、今のままでは光回線が引けないことがわかった。いずれにしろ、そのうちに光回線をひくことになる。SECOM側にも出費が必要になると言われたし、いろいろな出費が大きい。


そして、これだけ忙しく、出費がかさんでいるのに、来週の金曜日から日曜日まで、東京で診療情報管理士のスクーリングがある。ホテル代は3泊で2万円行かないように抑えたが、そのほかにもJRの運賃など考えると4月の出費額は半端ない額になる。


俺が結婚していたら「あなた!これだけしか稼ぎがないのに、3次会にも行くし東京にも行くし、スーツは買うし、光回線は引くというし、SECOMにもお金がかかるというし、どういうこと!」と間違いなく離婚の危機に陥るところだが、愛がないから俺は平和だ。残念な話しではあるが「愛さえなければ、なんだってできる。」ってこともままある。