仕事が忙しいだけではなく、もめ事も多いと聞いていた。
2週目でさっそくつかまり「おまえはバカだ、常識がない、話す価値もない」などと電話で罵詈雑言を聞くことになった。
これが数年前までだったら、僕も激高して、いちいち反応をしていたはずなのだが、こちら側に落ち度がないことがわかったあとは、何を言われても平然としている自分がいて驚いた。
「おまえはバカだ。わかっているのか!」
「おっしゃられていることは、わかります。」
答えながら「これが経験ってやつなのかなあ」と思った。それから、法的に考えてこちら側に問題がないときちんと判断できているのも大きいのかもしれないと思った。ちゃんと法律の勉強もしていてよかったと思うのは、こんなときだ。
さらには、ケリー・マクゴニガルの「スタンフォードの自分を変える教室」(大和書房)に「他人の欲求は、あなたの欲求ではない。それを区別しなさい」というような一節があって(間違っていたら、すまん。)、相手と自分は違うと判断しているからかもしれなかった。
ただ、訴訟でもして決着をつけない限り、この手のもめ事は永遠に終わらないような気もしている。今度の職場はなかなか訴訟をさせてくれないので、そこがストレスではある。
そんなもめ事にも振り回されるなか、金曜日の仕事を休んで、東京まで、診療情報管理士のスクーリングに行く。
上司に「そんな資格を取ってどうするんだ?」と聞かれたが、「取ると決めたので。」としか言いようがなかった。ただ場合によっては、僕の留守中に上司がそのもめ事に巻き込まれそうな気もしていて、その点については申し訳ないと思っている。
木曜日の夜、仕事が終わったあと茅野駅まで車で行き、そこから「スーパー特急あずさ」に乗って東京に向かった。ホテルに着いたのはもう夜の11時近かった。
翌日の予習をして、その日は寝て、翌朝は10時から笹川記念会館というところで講義を受けた。
ノーベル賞を受賞した山中教授のiPS細胞は、なぜか小文字のiから始まるが、これはMacがi-podなど小文字から始まる製品を売っていたのを真似たのだ、という話を聞いて、ほほお、と思った。それから皮膚炎と湿疹は同じ意味だとか、グルコサミンを飲んだから関節痛がなくなるなんて事実はないとか、医学の話もなかなか面白い。
金曜日の夜は五反田で、ちょっと贅沢をして「うなぎ」を食べて生ビールを飲んだ。ホテルに着いたら、意外と疲れていて、そのまま寝てしまった。それで予習がほとんどできなかった。
土曜日は朝9時から夕方5時30分まで講義があった。僕は朝8時頃から会場に入って予習をしていた。大学時代はロクに授業も出席しなかったが、今では僕もすっかり真面目になった。というか、ほかの人達と違って、僕の仕事は診療情報管理士と何の接点もないので、真剣に勉強しないとついて行けない。
授業は出産、目や耳などの感覚器、精神病などの話がメインだった。
印象深かったのは、通常の食事をしていると痴呆症になりやすいという話だった。飢えている方が脳は若くいられるらしい。
しかし、だからといって肉や油を摂らないと、血管がもろくなって脳出血を起こしやすくなるのだそうだ。戦前はあまり油を使わない食生活だったので、平均寿命が40代だったなんて話を聞く。なるほどなあ、と思った。
土曜日の夜は、授業終了後、五反田駅で翌日の「あずさ」の切符を買うと、すぐにホテルに帰った。この日はビールも飲まなかった。明日の予習をしたり、漫画雑誌を読んだりした。
日曜日も朝8時から会場に入って予習をして、朝9時から午後3時45分まで講義を受けた。
授業中、地震があった。震度4以上だと職場から僕に連絡が入ることになっていて、即集合なので、授業を切り上げて職場に向かわなければならない。焦って何度も携帯電話を見たが、連絡は来なかった。
今日の授業は、血液とホルモン、それから消化器などが中心だった。病気について学べば学ぶほど、僕たちの身体というのは絶妙で微妙な仕組みの上に成り立っていることがわかる。昔は「男は死ぬまで飲め」などと言いながら、本当に危険なほどに酒を飲むこともあったが、とんでもない話だった。今からではかなり遅いが、自分の体も大切にしたいと思った。
5時新宿発の「あずさ」に乗ってまた茅野にまで戻った。電車に乗っている間に、雑誌を2冊と吉田秋生の「蝉時雨のやむ頃」(小学館)を読んだ。
「蝉時雨のやむ頃」は、とてもよくできた漫画で、考えどころも多く読み応えがあった。もう今から何年も前に、「吉田秋生の「BANANA FISH」を全巻買ってくれたら結婚してあげる」という女の子がいたことを思い出した。でも、僕は買ってあげなかった。
そんなことも思い出しながら読んでいたら、ストーリーがますます深く感じられて、腹のあたりがぐんと重くなった。
***おまけ***
「茅野駅」から高速道路を運転しながら帰る途中、こんな話しを思いついた。よっぽど疲れていたんだと思う。かなりグロいので要注意。
題名「よく泣く女」
彼女は、とてもよく泣いた。ペットの金魚が死んだからと言って泣き、近所の子供が転んで怪我をしたからと言って泣いた。どこか遠くの国で、誰かのテロ行為によって少女が死んだ映像を見ただけでも、彼女は泣いた。家の近所で、自転車に乗った高校生が、トラックに轢かれて死んだときなど、僕が泣いている彼女を1人置いて、近所の本屋に行って、雑誌を数冊立ち読みして、それから気に入った文庫本を買って帰ってきても、彼女はまだ泣いていた。
ときどき、僕は自分が小さくなって、彼女のきれいな涙のなかで(彼女の涙は、ほれぼれとするほどきれいだった)、自分が海パンをはいて泳ぐ姿を妄想した。太陽と青空がまぶしかった。泳ぎながら僕は大声で歌う。そして、彼女の涙を大量に飲み込んでしまう。彼女の涙は鉄の味がするのだ。
残念なことに、僕のまわりには不幸なニュースが山のように伝えられるので、彼女が泣く材料には困らなかった。僕に限らず誰のまわりだって、彼女の泣く理由は山のようにあっただろう。
「私がいつも泣いてばかりで、あなたは嫌じゃないの?」
「どうかな?他の女の子と付き合ったことがないからわからないよ。」
僕は生まれつき、女の涙に心が動かされない性格だったので、彼女がどれだけ泣いても平気だった。それに彼女は、どこか人を惹きつける魅力があった。それは、僕にしかわからない類の魅力だったかもしれないけれど。
その日は朝から気持ちよく晴れて、ニュースも見ていなかったので、彼女も泣いていなかった。彼女は笑顔で「おはよう」と言い、僕も「おはよう」と答えた。
僕たちは朝食の前にちょっとしたドライブに行くことにして、車に乗った。青空がまぶしい、素敵な朝だった。
高速道路に乗って、しばらく走っていたときに、前を走っていたトラックが急ブレーキを踏んだ。それで、僕も慌ててブレーキを踏んだのだが、後ろから来たトラックはスピードを緩めることなく、そのままのスピードで僕の車に突っ込んできた。
僕の車はあっという間に押しつぶされて、僕も彼女もぺちゃんこになった。
「俺はこれで死ぬのかな?」彼女に聞くと「たぶんね。」と彼女は答えた。「それに、私も死ぬと思う。」
それからしばらく意識が飛んでいた。次に気がついたとき、僕はもうほとんど死んでいた。「人の体にある骨の数は、数え方にもよるけど、だいたい200本くらいある」そんな知識が頭に浮かんだけれど、そんな知識ももう誰にも話すことができない。何カ所骨折したのか、数えるだけでもうんざりするほど骨折していることがわかっていた。そのうちのいくつかの破片は僕の皮膚のなかから飛び出してもいた。彼女も同様だった。そこで初めて、僕は彼女が泣いていないことに気がついた。
「もう死ぬのに、君は泣かないんだね。」そう言うと彼女は「不思議ね。なかなか自分のこととなると泣けないものね。」と言って笑った。