職場の昼休みを中心に解いていた「高校入試合格BON!数学」(学研教育出版)をようやくやり終えた。
勉強をしながら、中学生の頃、僕は「高校入試はほとんどが中学1年から2年の分野から出ているんだから、そこを中心に勉強すればいい」と勝手に思って、中学3年で学ぶ部分の数学の勉強をしなかったことを思い出した。昔から、(よく言えば)要領がよかったのだ。
でも、実際に勉強してみて、ずっとその分野は苦手だと思い続けるくらいなら、ちゃんと勉強すればよかったのになあ、と反省した。所詮、中学生が解く数学なんだから、そんなに難しい話しではなかったのだ(大体、人類が紀元前には発見していたような数学的な理屈を学んでいるに過ぎない)。
ただ中学数学の特徴として、数学的な能力があるだけではダメで、きちんと計算をしなければならないことが、僕は少し腹立たしかった。「きちんとコツコツと計算ができる子」じゃないと点数が取れない仕組みになっている。だから、解答も(13a+5b)/9cmなんて、解答が出てからも「こんな数字で本当にいいんだろうか?」と思い悩むものになっている。
問題の向こうに「だから、きちんと計算しなくちゃダメだと言っただろ」と得意げになっている教師の顔が浮かび、「ぐぬぬぬ」と思ったりもした。
1カ所間違えると、その後処理も大変だ。問題集の解答を消すのに、大量の消しゴムのカスが出るので、卓上掃除機を買おうかとも思ったんだけど、アマゾンに手動の「ミニクリーナー2」という掃除機があったので買ってみた。382円で買える。これが思ったよりも消しゴムのカスを回収できてなかなかよかった。
そんなわけで、中学数学の勉強は大変だったけれど、いろいろな発見も多く、総体的にはなかなか面白かった。
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とりあえず、中学校の数学もひととおり終えたので、僕の超苦手科目の社会を勉強することにした。もっともいきなり中学校の社会はハードルが高いように思えたので、とりあえず小学校6年生の社会科を勉強し直すことにした。
それで、職場の昼休みに「小6社会をひとつひとつわかりやすく。」(学研教育出版)を勉強することにした。
さすがに小学校レベルの勉強なら僕でもついていける。なかなか歴史の勉強も楽しいものだと思えるようになってきた。
ただ、僕たちが勉強していた頃と用語が違っているものがあって、それは少し驚きだった。
例えば、僕たちは縄文人の住居を竪穴式住居などと覚えたが、今は「竪穴住居」だ。「高床式倉庫」も「高床倉庫」だし、そもそも「縄文式土器」が「縄文土器」だ。
江戸時代に行われた「踏み絵」も「絵踏み」である。これにはちょっと驚いてネットで調べてみた。すると踏む絵のことを「踏み絵」と呼び、踏む行為のことを「絵踏み」というのだと、ちょっと論理的なことが書いてある。
「ふーん」とは思ったけれど、じゃあ「円盤投げ」は行為の呼び方で、円盤投げの円盤は「投げ円盤」って呼ぶのか?「やり投げ」は行為の呼び方で、やり投げのやりは「投げやり」なのか?「投げやり」はちょっとひどいだろ、などと疑問が残った。大人になるといろいろと余計なことを考えるので大変だ。
余計なことと言えば、銅鏡も不思議だった。あれは本当に「鏡」としての機能があるのだろうか?銅と言えばすぐに10円玉が思いつくが、あれを磨いて何かが鏡のように映るとは到底思えなかった。
それでやっぱりネットで調べてみた。そうしたら、三重県の教育委員会が銅鏡の模造品を作ったという記事があって、そこに写真も出ていた。その写真には驚くほど鮮明な鏡が映っていて、銅鏡って本当に「鏡」なんだと初めて理解ができた。
http://www.pref.mie.lg.jp/KYOIKU/HP/details/index.asp?cd=2012120366
聖武天皇が、飢饉や貴族の争いを防ごうと、思いついたのが「大仏建立」だと知ったときは「どうしてだ?」と思った。そんなもの作ったって飢饉が防げるわけないだろ、誰か止める人はいなかったのか、とも思ったけれど。
仕事帰りの車のなかで冷静に考えてみたら、「大仏建立」も公共事業としての意味はあったし、確かに民衆の不満も「日本一の大きさ」とかいうもので、若干は和らげることができたのかなあ、と思った。スカイツリーみたいなものか、と。
そんなわけで、歴史の勉強は始めたばかりだが、これもなかなか面白いことがわかってきた。少なくとも、小学校レベルは終え、中学校の社会レベルまではマスターしようかと思った。
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ところで、気がつかないフリをしていたけれど、「マイクロソフト・オフィス・スペシャリスト ワード2010」の試験が3月2日の土曜日にある。そんなに難しい試験でもないので、どうも力が入らない。でもまあ、どう転んだって落ちることはないと思う。
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マット・デイモンから始まったボーン・シリーズの新作「ボーン・レガシー」をDVDで見た。今回はマット・デイモンは出演なしで、ジェレミー・レナーという俳優が主人公だ。
ハリウッドの伝統なのか、美人博士が、いまひとつ賢くないことを除けば、何にも考えずに見ることができるアクション映画で、それなりに楽しかった。
暇なときに見るには最適な映画だとは思うが、この映画で、人生観が変わるとかそういうことはたぶんない。
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ケリー・マクゴニガルの「スタンフォードの自分を変える教室」(大和書房)を読み終わった。
http://www.youtube.com/watch?v=AGUwwe3ePfc
正直言って、この本を1冊読むのに少し時間をかけすぎた。だから、あまり内容を覚えていないが、でも、すごく自分のためになったように感じる。
この本を読んで、僕も少しものの考え方が変わったと思う。堕落に導く自分のなかの自分の存在を自覚したし(でも、彼には想像力がある!)、それから、平然とやるべきことをやり遂げる賢い自分の存在も自覚した。どうも僕には3人くらいの人格があり、もう1人は本当の自分で彼らの調整役だ。僕たちはかなりうまくやっているように思う。
印象深かったのは、タバコのパッケージに「タバコがガンの原因になる」と書いてあっても喫煙者には無意味だということ。仮に、それが本当に喫煙者の不安をあおり立てることができたとしたら、その不安を解消するために、喫煙者は不安を除去する簡単な方法に飛びつく。すなわち「喫煙」に。
この本で僕が学んだことは多かったけれど、それは僕にはちょうど、こういう本が必要だったからなのだと思う。要はタイミングがよかったのだ。だから、この本がそんなに支持されていないとしても、僕はそんなに不思議だとは思わないし、実際、人にもそんなに勧めようとは思わない。