
映画の主人公がカッコ良く持つアイテムは売れる。だが、ソニーの目的は、はそれだけでは説明がつかないほど、それに情熱を燃やした。
最初のタイアップ『007/黄金銃を持つ男』では、ソニーのトランシーバーが使用された。また、モニターテレビとして、ソニーのブラウン管TV、トリニトロンも登場している。しかし、ソニーはそれに満足せず、スパイ活動に使う特殊なアイテムとして、製品の機能を使わせたがった。ソニーは何度もソニー製品をジェームズ・ボンドに使わせたいとスタジオに嘆願した。だがユナイテッド・アーティスツのプロデューサー=アルバート・ブロッコリに「ボンドがスパイ活動に使うアイテムは、すべてQの発明品であり、そこにSONYと言うロゴは書かれてはいない」と、正式に書面で断られている。その後もタイアップは続いたが、登場するのはトリニトロンなどで、ボンドが再びソニー製品を手に持つ事はなかった。
そして、1996年ソニーは強行手段に出た。正式なシリーズではないワーナー製作の『ネバーセイ・ネバーアゲイン』のプロデューサーで、その後ユナイテッド・アーティスツに移籍し『ゴールデン・アイ』をヒットさせたジョン・キャリーを社長として引き抜いた。(2年後CEOに就任)そして、傘下のコロンビアで『ネバーセイ・ネバーアゲイン』のリメイクと言う暴挙に乗り出した。主演はリーアム・ニーソンに白羽の矢が立った。
ここで過去の因縁に触れるねばなるまい。
『ネバーセイ・ネバーアゲイン』は、映画『サンダーボール作戦』のリメイクである。元はプロフェルド率いる悪の犯罪組織スペクターが初登場するストーリーであった。このスペクターは、イアン・フレミングによる原作小説にはなく、映画の為に作られた敵対組織だ。原作での敵は冷戦時代のソ連を始めとする東側諸国であった。映画製作に際して当時の世界情勢を踏まえ、架空の組織を創作したのである。しかし、映画の後で原作者イアン・フレミングが映画脚本を元にした小説版『サンダーボール作戦』を、無断で執筆し、映画版のプロデューサー、ケビン・マクローリーに訴えられ、裁判で権利を剥奪されてしまった。これにより、マクローリーは『サンダーボール作戦』の権利とスペクター及びプロフェルドのキャラクター権を得た。その後、マクローリーはワーナーに移籍した事で『ダイヤモンドは永遠に』を最後にスペクターの登場はなくなってしまった。ワーナーでジョン・キャリーと合流したマクローリーは『ネバーセイ・ネバーアゲイン』を製作し、後にソニーピクチャーズに引き抜かれたキャリーに招かれ、新たなボンドvsプロフェルドのスペクター・シリーズを画策したのだ。
しかし、本家007を持つユナイテッド・アーティスツ(UA)を傘下に持つMGMがこれを察知し、訴訟を起こされ、撮影直前で差し押さえられてしまった。しかもこの裁判で、ジェームズ・ボンドが登場する作品の製作全てにおいて権利が認められず、元々持っていた『カジノ・ロワイヤル』の権利も、事実上無効となってしまった。配給権だけは残ったものの、MGMが撮らない限り、ソニーは007に手出し出来なくなってしまった。この件でソニーは、ボンドの手から、ますます遠ざかってしまったのだ。
だが、転機が訪れた。
巨大化し過ぎたMGM/UAの経営が破綻し、会社を売る事になったのだ。ワーナー・ブラザーズへと売却話が進む中、突如、ソニー・ピクチャーズは株主の猛反対を押し切り、6000億円と言う大金を提示した。「MGMの時価を遥かに上回る額」と、呆れたワーナーは買収から手を引いた。これにより、ソニー・ピクチャーズはMGMの膨大なコンテンツの権利を手に入れた。
当初世間では、MGMの膨大なコンテンツ・ビジネスが買収の目的と言われていたが、あっさりとコンテンツ・ソフトの販売権を、すぐさま20世紀フォックスに売却して、MGM買収による赤字の補填としてしまった。(MGMの過去作品のDVDのほとんどは20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメイントから発売されている)
当初世間で噂されていた目的は、あっさりと否定された形となり、買収目的は謎とされた。だが、目的は007の製作である事は明らかだ。
そして、世間を騒がせた買収劇の翌年に『007/カジノ・ロワイヤル』が公開されたのである。この早さを見れば、いかに買収前からソニーが妄想を膨らましていたかを推察できるだろう。
そして、世間を騒がせた買収劇の翌年に『007/カジノ・ロワイヤル』が公開されたのである。この早さを見れば、いかに買収前からソニーが妄想を膨らましていたかを推察できるだろう。
自由に製作出来る環境を手に入れたソニーは、元々持っていた『カジノ・ロワイヤル』と『サンダーボール作戦』の権利を使った三部作の構想を完成させた。
そして、Qを登場させなかった。当然である。ボンドにソニー製品を持たせなかった張本人である。最大の支障を排除したのである。そして『カジノ・ロワイヤル』が007誕生の物語であるにもかかわらず、ソニーの最新の製品が登場しても違和感のない現代へと舞台を置き換えた。それに伴い、設定年齢も修正された。これでもう、何の支障もない。長年の悲願が達成し、抑圧されていたものが一気に解放され…
少々やり過ぎた…。
通常、映画では、いくら自動車メーカーが協賛していても、1社の車しか出てこないなんて事はない。主役が乗る車など、目立つ車だけに使うのが、自然でオシャレな使い方だ。リアリティが崩れてしまうような、露骨な協賛の仕方は普通なら絶対にしない。
普通は!
だが、ソニーは違った!
ボンドの携帯電話はソニー・エリクソン。カメラはサイバーショット。ナブ・ユー(カーナビ)搭載のアストンマーチン。それだけではない。ボンドやMI6だけでなく、悪役のル・シッフルまでがVAIO(パソコン)を使っている。たかが監視カメラの記録までもが、無駄に高画質なソニーのブルーレイ。勿論、どこのホテルに行こうが、壁掛けTVはすべてブラビアだ!もう、ここまで来ると露骨過ぎでしょ!(この勢いで、AIBO爆弾(犬)なんかも出てくるのでは、と期待したが、残念ながら登場はしなかった)
と、この様に『カジノ・ロワイヤル』はソニー製品オンパレードな映画に仕上がっている。
本作品で出てくる謎の組織がスペクターを指しているのは、おわかりだろう。続く『慰めの報酬』では、謎の組織の中ボスまでたどり着く。よって次の作品ではいよいよプロフェルドの登場!…と期待をしたが、なんと資金が集まらなく、あえなく無期限製作延期となった。なんと、家電メーカーの同業他社から協賛を得られないという誤算が発生してしまったのだ!
007最大のピンチ!
ま、自社製品ばかりを出してれば当然ではあるが…,
脚本を変えて、路線変更で仕切り直したのが『スカイフォール』である。ここで、ついにQが登場した!Qを出さねばならないと、ようやくソニー・ピクチャーズも気付いたようだ。
ま、自社製品ばかりを出してれば当然ではあるが…,
脚本を変えて、路線変更で仕切り直したのが『スカイフォール』である。ここで、ついにQが登場した!Qを出さねばならないと、ようやくソニー・ピクチャーズも気付いたようだ。
早速VAIOを操る若いQが登場した。
次回作のタイトルは『007/スペクター』だ。おそらく無期限製作延期になった時の脚本を、リテイクしたものであろう。謎の組織の正体に辿り着いたボンドが見られるはずだ。
今やソニーは巨大企業のひとつだが本業だったソニーの家電部門は不採算部門扱いとなり縮小化している。カーナビ部門は閉鎖し、エリクソンとは袂を分かち、VAIOは売却された。もはやソニーの本体は家電メーカーではなく金融屋になった。ソニーにとって映画も投資ビジネスのひとつでしかなくなった。もはやソニー製品をボンドに持たせる価値を失った007シリーズは、次回作でソニーの権利が切れるため、シリーズを売却するとの噂も出てきている。
果たして次回作で、Qがどんなソニー製品を持つのか?最も気になる所である。