どうも、星乃 まゆかです。
いつも、ブログを読んでくださってありがとうございます。
何かを選んだあとに、「これでよかったのかな…」って
ずっと不安が残ること、ありませんか?
時間をかけて考えて、条件も悪くないし、
間違ってないはずなのに、なぜか全然安心できない。
周りからは
「自分で決めたんでしょ?」
「考えすぎじゃない?」
そう言われるけど、心だけがずっと落ち着かない。
もしあなたが毒親育ちなら、
それは本当に、よくある感覚です。
毒親育ちの環境では、子どもが何かを選ぶこと自体が否定されやすいです。
・それは違う
・余計なこと考えなくていい
・黙って言うことを聞きなさい
こうした言葉を繰り返し浴びると、脳はこう学習します。
「自分で決める=危険」
「選ぶと否定される」
本来、選択は自分を知るための経験なのに、
毒親育ちの場合は
選択=評価されるものに変わってしまう。
だから大人になっても、
選んだ“あと”に不安が消えないんです。
私の母親は毒親でした。
小さい頃から、私には選択の余地がありませんでした。
洋服一つ選ぶのも、私が選んだものはすぐ却下されて、
母が「こっちの方がいい」と言った服を着せられる。
本当は自分が選んだ方が好きでも、どうせ否定されるなら
黙っていた方が楽だと思って、自分の意見を言わなくなりました。
こうして私は、大きな選択も小さな選択も、
自分で決める経験を
ほとんどしないまま大人になりました。
大人になると、この影響は分かりやすく出ます。
例えば仕事選び。
自分の「好き」「楽しい」ではなく、給料や安定など
条件だけで選ぶようになります。
また、
「なんでもいいよ」
「どっちでもいいよ」
が口癖になり、人に合わせてばかりであとからどっと疲れる。
そして一番つらいのが、何を選んでも
(本当に正しかったのかな?)
と不安になること。
これは選択の問題ではなく、
選択を信じる感覚が育っていないだけです。
だから今、私は「正しく選ぶ」ことよりも、
安心を積み重ねることを大事にしています。
昼ごはんや服選びなど、本当に小さなことから
「私はどうしたい?」と自分に聞く。
失敗しても
「これは学びだった」と捉え直す。
そして「〜しなきゃ」「〜するべき」
という選択が出てきたら、「本当にやりたい?」と問い直す。
自己決定力は、才能でも性格でもありません。
安心の積み重ねで、あとから育つものです。
もし今、選ぶことが怖くても、
それはあなたが弱いからじゃない。
そうなる環境で育っただけ。








