アメリカのエネルギー省のボドマン長官と農務省のジョハンズ長官が9月7日に共同記者会見を行いました。
http://www.energy.gov/news/4141.htm
10月10~12日の日程で、ミズーリ州セントルイス市で両省主催のバイオ燃料会議が開催されるそうです。
注目しましょう。
それはそれとして、この共同記者会見の内容はなかなか興味深いです。
私が注目した部分を抜き出してみます。
・(1月の一般教書演説で大統領が述べた) 2012年までに年間75億ガロンのバイオエタノールを生産する、という目標はこの調子だと達成できそうである。
・アメリカにおけるエタノールに対する補助金は、1ガロンあたり約50セント
・とうもろこしから製造するエタノールの製造原価は1ガロンあたり1ドル10セント(補助金なしで計算)
・現在、セルロース系エタノールの製造原価は1ガロンあたり2ドル20セント(補助金なしで計算)
・セルロース系エタノール製造原価は1ガロンあたり1ドル50セントまで現時点で下げられると主張する人もいる
・経済的に成り立つセルロース系エタノール工場は、5年程度で実現するだろうと推測している
・最近シェブロンがメキシコ湾深海で発見したと発表した油田から意味があるほどの量の石油が供給されるまでには、5年、6年、おそらくは10年かかるだろう
・石油供給が需要に追いつくのが非常に難しい状況となっているが、これは自分の人生の中で初めてだ (ボドマン長官の発言)
一番最後の部分を私なりに解釈しますと、「現在の状況は70年代の2度の石油危機とは異なる。今直面しつつある危機をかつての石油危機のように簡単に切り抜けられると思うのは間違っている」と長官は言っていると思います。
ここではバイオ燃料について主に書いています。
バイオ燃料は化石燃料系液体燃料と競合しています。ですから、バイオ燃料の今後を占うには、化石燃料の需給について考える必要があります。
そこで今後は、ハバートのピーク/ピークオイルの進行状況について随時述べていこうと思います。
不幸なことに、その進行状況を示す手ごろな事例が日本で最近報道されています。
インドネシアです。
新聞等大手メディアの報道では、今のところ「インドネシアはピークオイルに達した」とは報じられてはいません。記事を仔細に読んだ結果、「ピークオイルに達した」と解釈するのが自然だと私は結論しています。
「石油・天然ガス産出量が減少し始めると何が起こるか」を考える上で非常に参考になる事例だと思います。また、日本が有力な天然ガスの輸出先でこれまであったことを考えると、近い将来(2~3年後?)に日本社会にも影響が出てくるのではないかと思います。
燃料生産に適した植物品種の候補として、エネルギー省は次の2つを挙げています。
(1) スイッチグラス(switchgrass)・・・ 丈の高い(3~4m)イネ科の多年草
(2) ポプラ
この2つを選ぶのにも、相当検討したようです。例えば、以下のような考察をしています。
・多年性の方が、土壌中の養分の豊富な腐植土や塩類を、一年性よりも有効に使える。(節約しながらより多くの生産を期待できる、という意味)
・多年性の方が、一年性よりも、遺伝的な多様性を保ちやすい。(病気や特定の害虫に燃料作物が一網打尽にされる危険性を下げることができる)
スイッチグラスは荒地でもとりあえず育つ植物で、既存の農地を減らさずに荒地で燃料作物を栽培できるという利点を持っています。
ポプラは、その細胞壁に占めるリグニンの割合が比較的小さい植物種です。
セルロース・ヘミセルロース・リグニンが細胞壁に占める重量%は、植物種によって異なります。ポプラの場合、リグニンの割合が18%程度で、植物の中でも最小レベルに属します。
リグニンはエタノールの原料になりませんので、リグニンの割合が小さければ小さいほど燃料作物としては優れているわけです。
ただし、リグニンが植物体を構成する重要な物質であることに変わりはありません。あまりに少ないと、弱い細胞壁になってしまいます。
必要な強度を維持しつつ、最大限の(燃料の)収穫を得る、そういう燃料作物を創り出そうというわけです。
もちろん、光合成量をできるだけ多くする、といった改良も加えるべく想定されている改良の一つです。
(1) 植物体の化学的組成に手を加える。遺伝子を操作することにより、セルロース・ヘミセルロース・リグニンの組成比率を変えたり、それぞれの結合の仕方を変えたりし、新品種を作る。この方法により、酵素で分解するのに都合の良い植物品種を作りだすことを目指す。
(2) 細胞壁を分解するのに適した酵素 - セルラーゼ・ヘミセルラーゼ・リグニナーゼ - を大量生産する方法或いはそれらを生産する生物品種を開発する。
(3) 上記の酵素が最も効果的に機能する温度・圧力等の条件を備えた一連の生化学プロセスを開発する。(エネルギー収支が良くなければならないのは当然の前提)
リグニンを分解するリグニナーゼについては、"white rot fungus"(註)と呼ばれる菌類が注目を浴びています。リグニナーゼを有しているとわかっている生物で、その遺伝子が解読されているものは、まだこれだけだとのことです。
もっとも、遺伝子が解読されただけであって、それぞれの遺伝子がどういう機能を果たしているか、どう生物体が生成されていくのか、といったことは、まだ分かっていません。
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註: 調べてはみたのですが、今のところ日本語でこの菌類を何と表現するのかよくわかりません。"Fungus" は(男性)単数形で、複数形は "fungi" です。イタリア料理店に行くとメニューに茸を意味する "funghi" という言葉が出てきますが、同語源です。この菌類は、自然界には普通に存在するようです。
日刊工業新聞という新聞があります。
日経産業新聞、フジサンケイビジネスアイ(旧日本工業新聞)と並んで、産業系ニュースを広く詳しく報道する日本3大紙の一つです。(フジサンケイビジネスアイはちょっと毛色が違うかもしれませんが...)
私の勤務先は技術指向の企業なので、3紙とも勤務先で購読しており、従業員たる私も図書コーナー(?)で読むことができます。
日刊工業新聞では最近、毎週火曜日と木曜日に、「エネルギー 安全保障と環境のはざまで」という特集記事を載せています。昨日で24回目です。
その昨日の特集記事 - メタンハイドレートに関する内容 - に注目すべき記述がありました。
最後の段落を抜粋します。
「エネ庁はMHが海洋産出試験を経て生産に向かうのは2016年以降と判断。現状は数年前よりは探査技術が向上し、MHの分布エリアははっきりしてきた。ただ地下にあるMHをどう分解するのか課題は多い。原油が生産のピークに向かう中、MHが天然ガスシフトを加速するアクセレーターとなれるのか。」
エネ庁は経済産業省の傘下にある資源・エネルギー庁のことです。
MHはメタンハイドレートのことです。
驚くべきことに、無造作に「原油が生産のピークに向かう中」と書いています。実にあっさりと。
しかし、日刊工業新聞は「ピークオイル特集」なんか載せていません。
「エネルギー 安全保障と環境のはざまで」特集の一連の記事において、いや、私が知る限り、これが日刊工業新聞が最初にピークオイルについて記述した記事です。
私の解釈はこうです。
個人的な見解: 日刊工業新聞社の一部の人たちは、「ピークオイル」、「石油崩壊(Petrocollapse)」の概念をすでに理解しており、近い将来全世界原油産出量のピークがやって来ると考えている。
砂糖に強気なニュースです。
Bloomberg 9月12日記事 "Brazil Ethanol Exports May Soar on Demand From Japan (Update1)"
http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20601086&sid=axLNCtFaNaXU
うーむ、本当に輸入するみたいですね。
セルロースを分解する物質は、その存在がずっと以前から知られてはいます。
「セルラーゼ」という酵素です。
馬や牛は植物の繊維質を消化吸収し、エネルギー源としています。
彼らの腸内にはセルラーゼを生産する微生物が住み着いています。そのおかげで植物の繊維質をエネルギー源にすることができるわけです。
ゴキブリやシロアリの体内にも、セルラーゼを生産する微生物が住み着いています。
これら自然界に存在するセルラーゼによる加水分解反応は、そのままでは工業的に応用するには遅すぎ、工業的なエネルギー生産には使えないようです。
セルロース分子の表面は水分の浸透がなかなか起こらないため、酵素が効きにくいのが理由の一つだそうです。
エタノール製造用に収穫した植物は、多くの場合(人為的に)乾燥されていますが、それも酵素を効きにくくしている理由の一つのようです。
また、セルラーゼが働くのをリグニンが邪魔しているようです。
植物体には色々な成分が含まれています。ワックス/蝋のような油分も混じっています。こういう物質も、セルロース-ヘミセルロース結合/セルロース-リグニン結合の分解を邪魔します。
酸で分解するにせよ、酵素で分解するにせよ、溶媒(液体)がその植物体の組織に浸透しなければなりません。
ワックス/蝋分が細胞を取り巻いていると、溶媒が有効に浸透してくれません。
もう少し単純な話ですが、溶媒を浸透しやすくさせるために、植物体を細かく砕いて表面積を大きくすることも必要です。
なかなか、やっかいな話ですね。
セルロースの細長い分子とヘミセルロースの細長い分子が絡み合っているゲル状の層があります。その外側にリグニンとセルロースから成る硬い層があります。主にこの2つの層でできているそうです。
外側にある層は特に化学変化を起こしにくく、分解しようとしてもなかなかそれを許してくれません。
現状では硫酸のような劇薬を用いて加熱して溶かしているというわけです。
しかし、セルロースとヘミセルロース、セルロースとリグニン、それぞれの分子が互いにどのように結合しているか、が判明すれば、より少ないエネルギー投入でそれらをばらばらにする方法論が見つかる可能性が高くなります。
この「分子間の結合を解析すること」が研究に力を入れている部分の一つです。
「前処理」のために、「細胞壁を硫酸と混ぜて加熱する」と前述しました。
このことは、「細胞壁を構成する3つの主成分がとても強力に結合しているので、硫酸という強力な薬品を使い高温で反応させないと、その結合を崩せない」ということを意味しています。
もっとも、考えてみれば当たり前、というか、そうであってくれないと困る性質のことではあります。
もし簡単に細胞壁が壊れるのだったら、どんな事態になるか...
木造家屋は朽ちてしまいますね。
本や雑誌も腐ってしまいます。
木製のタンスやベッドは、何度も買い換えなければならなくなります。
「細胞壁を構成する3つの主成分がとても強力に結合しているおかげで、また、それら3つの主成分が高分子化合物であるおかげで」、我々は木材や紙を長期間の使用に耐える丈夫な素材として使うことができるわけです。
考えようによっては、「セルロース系エタノール製造技術開発は自然の摂理に対する挑戦/反抗」なのかもしれません。