明確な定義を与えないまま「前処理」という言葉を何度も使いました。
セルロース系エタノール製造工程における「前処理」は、「細胞壁を破壊して、細胞壁を構成する成分の一部であるところのセルロースとヘミセルロースを取り出し、加水分解工程に投入できる状態にする工程」を指しています。
細胞壁を構成する主成分、セルロース・ヘミセルロース・リグニンはそれぞれが高分子化合物であるために分解するのが難しい、ということは前述しました。
実はそれだけではありません。
この3つの成分がどのように相互に結合して細胞壁が構成されているか。
実はこのことがよく分かっていないのです。
エネルギー省の報告書はこのことを率直に記載しており、「細胞壁を組成している諸々の物質がどのように細胞壁を構成しているか」の解明が研究開発の重点の一つであると述べています。
Ⅴ部 まとめ
・「ピークオイル論」はあくまで予測であり、石油減退に直面して後手に回らないためのものである。
・有限であることは事実なので、いずれ減退が来ると世を啓蒙し、その影響を最小限に抑える努力をするべきだ。
・重要なことは省エネルギー、資源の有効利用、代替エネルギーへの転換などによって、石油資源の延命をはかること。早めに対応すべきだ。
・埋蔵量増加への努力は引き続き重要だ。
・代替エネルギーへの転換が重要。輸送機関用の液体燃料の代替が特に重要だ。
さて、みなさん、どう思われましたか? 本を買った私は「肩透かしを食った」気分です。もっとハードな予測が書いてあるのかと思いましたから。
冷静に考えてみると、最初に述べましたとおり、現役の業界人としては、特に業界の地質専門家としては、この程度までしか言えないと思います。また、ritaさんが別のところで述べてらっしゃるとおり、地質の専門家はあくまで地質の専門家であり、経済社会への影響を論じるのは著者の能力を超えていることではあります。
それでも、私としては、一つ重要な不満があります。
根岸博士は、エネルギー収支について一言も論じていません。これがこの書の重大な欠陥だと私は考えています。
もちろん、これも厳密に言うと地質の専門家の能力を超えていることではあります。物理学/熱力学の話しですから。それでも、完全に欠落しているのは問題だと私は思います。(わざと書かなかったのか? と勘繰っています。あくまで私個人の憶測です)
#84で将来の需給予測について書きましたが、この予測は人によっては「楽観的に過ぎる」と思うと思います。私もそう思っています。著者が楽観的になれる最大の理由はおそらく「エネルギー収支を考慮せずに論じているから。エネルギー需給を単なる量の問題だと前提しているから」だと私は思います。
Ⅳ部 2章: まとめ - 21世紀のエネルギー需給バランス
・化石燃料は21世紀半ばまでは需要に応じる供給能力がある。(需給バランスが上手に調整される前提で)
・2030年までの需要構成は基本的には現状と大差ない。
・21世紀後半から終盤(2100年頃)に向かっては、石油と天然ガスは主役の座を他のエネルギー源に譲っていく。
・非在来型石油(タールサンドなど)の開発が進むので、2030年前後に在来型石油がピークアウトする後も、石油の寿命は延びる。ただし21世紀後半に入ると、主な石油の用途は輸送用燃料となり、発電用途に使われる量は減少する。
・天然ガスは発電用代替エネルギーの主役として使われ続ける。GTL(gas-to-liquid)などにより輸送用燃料にも供されるようになる。
・資源量は多いが、クリーンコールテクノロジーにより環境問題を解決できないと利用を拡大するのは困難。それさえ解決されれば、21世紀後半の主要な発電用エネルギー源となり、また液化による輸送用燃料としても期待できる。
・廃棄物の安全な処理方法さえ得られれば、原子力は21世紀後半の主要エネルギー源となるだろう。
・自然エネルギー(太陽光発電や風力発電)は、エネルギー源の主役となることはない。しかし利用は拡大するだろう。
代替エネルギー - 天然ガスと石炭 - について、根岸博士は論じています。
Ⅱ部 5章: 天然ガスの生産ピークの予測
ここでは、博士はBPの統計に主に依存しており、以下のように主張しています。
・R/P(Reserve/Production)は65年前後でこれまで推移してきている。
・消費量が増加傾向にあるので、このまま推移すると、将来R/Pが減少する。いずれは、石油同様に減退が問題化するときが来るだろう。
・生産のピークは、早い説で2030年代(ASPO)、遅い説で2090年代。
Reserve/Production とは、「埋蔵量を年間生産量で割った数値」のことです。「現在の生産水準が将来も継続すると単純に考える場合、あと何年間採掘できるか」を考える際の目安となる数値です。
Ⅲ部 2章: 石炭の資源量、埋蔵量、生産量、消費量、R/P
・石炭のR/Pは200~230年。将来回収率が向上するとして、石炭の減退が問題になるのは300年くらい先になるのではないかと考えられている。
・石炭の利用は産出国に偏っている。エネルギー輸入国は石油・天然ガスを輸入することが多い。
Ⅲ部 3章の9: クリーンコールテクノロジー
・CTL(coal-to-liquid: 石炭液化)、DME(dimethyl ether: ジメチルエーテル ・・・ ガソリン代替液体燃料の一種)、石炭火力などが利用法
・日本のクリーンコールテクノロジーは進んでいるので、これを海外に広めるべきだ
筆者註: 個人的な見解ですが、日本のクリーンコールテクノロジーはNEDOが開発した石炭液化(CTL)技術 - NEDOLプロセス - ですが、これは世界的に見て技術水準は高いようです。しかし、商業プラントの稼動実績では、30年以上前からCTLプラントを商業運転している南アフリカに全然かないません。DMEは世界のどこでもほとんど商業プラントの実例がまだありません。石炭火力は、企業によっては日本のレベルは高いようです。
まず、Ⅰ部7章から行きましょう。
根岸博士の指摘は以下のようなものです。
(1) 埋蔵量増加に対して需要増加の方が伸びが大きく、この差が次第に大きくなる傾向にある。また、油田の生産量を置換するだけの埋蔵量新規発見が達成できていない傾向がある。
(2) 大型油田の発見は既に峠を越えている。また、最近発見された大型油田(カザフスタンのカシャガン油田など)は、従前の大型油田と比較して、埋蔵量の大きさに対する生産量が小さい傾向がある。
(3) 産油国で生産量が減退しつつある。すでに18の産油国はピークアウトしている。
(4) 巨大油田で生産減退が起こりつつある。サウジアラビアのガワール油田は1965年から水を注入して圧力を維持しており、減退が近いと言われている。クウェートのブルガン油田はすでに減退が始まっている。メキシコのカンタレル油田も減退が始まっているとされている。
(筆者註:この3つが世界上位3傑の油田で、3つ合わせた最盛期の生産量はざっと全世界の1割超です。この3つが減退したら影響は甚大です)
次に、Ⅰ部8章に移ります。
(1) 未探鉱・未開発地域はまだ残っている。 - 西アフリカ、ブラジル、メキシコ湾(深海)、カスピ海、テンギス(カザフスタン)、アゼルバイジャン、カナダ東部、アルジェリア、イラン(沖合い)、イラク、リビア
ただし、同じ箇所でこういう指摘もしています。
(1.2) 実績を見ると、埋蔵量の成長は既存油田の減退を補えていない。
生産増加への希望として、さらに以下を挙げています。
(2) 技術的進歩 - 新探鉱理論、地震探査、掘削技術、検層技術、IT技術革新、深海油田の開発技術、2次・3次回収技術(EOR)
(3) 石油価格上昇による効果 - 高コスト油田の開発、非在来型石油の開発
この章の結論としては、以下のように述べています。
・未探鉱油田の開発、未開発油田の開発、技術的進歩は、ピーク到来を遅らせるか、或いは生産量の高原状態(プラトー=plateau)を延ばす効果はある。
・非在来型石油開発も同様で、plateauの延長或いは「ピークアウト後のハードランディングを防いでソフトランディングへと持ち込む」効果はある。
つまり、ピークアウトはいずれ避けられない、と暗に述べています。興味深いことに、博士はその箇所でASPOの予測を引用しています。
この書に書いてあるASPOの予測は「非在来型石油を含めて2010年ピーク」です。
なお、根岸博士は「減耗」という表現は使わず、「減退」という表現を使っています。英語の"depletion"です。
内容全体の概略を書くと分量がとても多くなりますので、「今後の世界のエネルギー需給を考える上で重要」と私が思う部分だけ抜き出すことにします。
Ⅰ部 7章 「石油の生産限界を示すさまざまな事象」
Ⅰ部 8章 「石油の埋蔵量の増加を期待できるさまざまな事象」
Ⅱ部 5章 「天然ガスの生産ピークの予測」
Ⅲ部 2章 「石炭の資源量、埋蔵量、生産量、消費量、R/P」
Ⅲ部 3章の9 「クリーンコールテクノロジーの将来」
Ⅳ部 2章 「まとめ - 21世紀のエネルギー需給バランス」
Ⅴ部 まとめ
各部・章について概略を記述していきましょう。
#75でご紹介しましたピークオイル関連書籍について、少し詳しくご紹介し直しましょう。
書名: 石油の生産量はピークに来たのか? ピークオイルの本質と21世紀のエネルギー
著者: 根岸敏雄 (コスモ石油(株)顧問、理学博士、技術士)
出版社: 石油文化社
初版発行: 2006年4月
http://www.amazon.co.jp/%77f3%6cb9%751f%7523%91cf%306f%30d4%30fc%30af%306b%6765%305f%306e%304b%2015%30d4%30fc%30af%30aa%30a4%30eb%306e%672c%8cea%306821%4e16%7d00%306e%30a8%30cd%30eb%30ae%30fc/dp/4915361225/ref=sr_11_1/250-4526773-6099459?ie=UTF8
まず最初に申し上げておきます。
根岸博士は、「何年ごろにピークを迎えるだろう。ピーク生産量は日量 ~ バレルくらいだろう」という具体的な予測はしていません。
あくまで、「本質的にピークをいつか迎えること自体は間違いない。色々な予測がなされているが、遅くとも2040年くらいまでにはピークを迎えるという点では共通している。それほど遠くない将来である以上、今の時点から対策を検討していくべきだ」という“お行儀の良い”主張しかしていません。
業界人としては、このあたりが現時点で公言できる限界だろうと思います。
このブログを書いている私は「エネルギー産業の端くれ」に分類可能な企業に勤務しています。
世間で使われている用語で言うと、「プラント建設」とか「プラントエンジニアリング」とか呼ばれる、そういう分野の企業です(英語だと hydrocarbon/chemical engineering という、もっとぴったりした表現があります)。製油所の建設なども手がけています。私自身、製油所の建設現場で働いたことがあります。
もっとも、私は勤務先で経理をやっています。地質学や化学工学については素人です。それでも働いていれば、そこそこ情報は入ってきます。
先週のことですが、ある中東の国の工事現場から帰国した同期の知人に、私は訊ねてみました。
私: 「石油の生産量が減ってきていると聞いたけど、本当なのかい?」
知人: 「.....」 (黙ってうなづく)
やっぱり、大きな声では言いたくないことなんでしょうね。
#77で述べた「前処理→加水分解」工程に内在する欠点は以下のようなものです。
(1) 酸で細胞壁をどろどろに溶かす過程で、セルロース・ヘミセルロースを構成する糖分の一部が失われてしまう。
(2) 高温に加熱するため、エネルギーを大量に消費する。エネルギー収支が悪化する。
(3) 酸として主に使われる硫酸は、石油や石炭から製造する。化石燃料の投入なので、これもエネルギー収支悪化要因である。(硫酸の原料として化石燃料を投入し、硫酸の製造工程に投入するエネルギーとして化石燃料を投入し、製造した硫酸をエタノール工場まで搬送するのに化石燃料を投入しなければならない)
理論上得られるはずの量の糖分が得られていない上に、エネルギーをたっぷり投入してやらないと生産できないわけです。
エネルギー収支が低い理由の一つが「硫酸を投入して加熱する」ことですので、そこを回避するべく、「前処理→加水分解」工程を「生化学的に」行おうという研究をエネルギー省は進めています。
「植物力 人類を救うバイオテクノロジー」 (新名惇彦著、2006年新潮選書)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4106035685/ref=sr_11_1/503-0932482-5779926?ie=UTF8
明確に書中で書いてはいないのですが、この著者は「ハバートのピーク」について聞いて知っているのではないかと私は思います。「2050年問題」と表記されています。
ただ、著者の専門分野でないためでしょうか、「エネルギー収支」に対する理解は持ち合わせていないようで、エネルギー問題を「単なる量の問題」と捉えているようです。
まあ、でも、今のところそれはある程度は仕方ないでしょう。「ピークオイル」がもう少し世間で知られるようになれば、この著者のような問題意識のある方の場合、認識を変えていただける日が来るのではないかと思います。
それはそれとして、「バイオマスをエネルギー源や化学工業の原料として積極的に利用する社会」の可能性について技術面から考察しており、「どういう技術が社会にどういう変革を起こしうるのか」考える上で大変参考になる書籍だと思います。
・植物体を細かく砕く
↓
・酸と植物体を混合する
↓
・加熱する
↓
・植物体が融け、細胞壁が溶解し、細胞壁を構成するセルロースとヘミセルロースが分離される
↓
・セルロースとヘミセルロースが酸によって加水分解され、糖分子に分解される
「酸」には多くの場合硫酸が使われています。
月島機械、日揮、三井造船などの企業が国内外でセルロース系エタノール工場を建設しようとしていますが、今のところこれらの工場は上述の「酸を利用した前処理・加水分解プロセス」を用いています。
この方法論には欠点があります。