植物の繊維質が、セルロース、ヘミセルロース、リグニンの3種類の物質から構成されていることは前述しました。

セルロースとヘミセルロースは、糖の分子が多数紐状に連なって出来ている物質です。この「糖鎖」を1つ1つの分子に分解できれば、糖の分子が多数得られるはずなわけです。

それを得られれば、それらの糖分子を発酵させることによって、エタノールを合成することができます。

アルコール発酵は大昔から人間が行ってきていることです。人間の欲望のおかげで(?)この工程はかなり技術開発が進んでいます。微生物にがんばってもらえばよい、という段階にすでに達しています。

そうしますと、発酵工程に投入する中間原料 - 糖 - をどうやって大量に安く少ないエネルギー投入量で得るかが主な問題となります。

発酵工程の投入原料となり得るブドウ糖、キシロース、蔗糖、果糖などは、植物はそれほどたくさん植物体内に貯蔵してくれません。貯蔵されているそのような糖分は植物体の重量の一部分です。(※)

光合成によって得られた糖分は、多くが植物体 - 茎・根・葉・花などを構成する繊維質やその他細胞内の諸器官 - を合成し、それらの生命活動を維持するために使われてしまうわけです。果実・芋・種子に蓄えられる糖分は生産された糖分の一部でしかありません。

また、それら蓄えられた糖分は人間が食べたい部分でもあります。長い目で見ると、人間の食料確保は液体燃料の確保に優先します。

そうしますと、食糧確保に差しさわりが無いようにしつつ液体燃料を大量に確保したい人間としては、食べられない部分 - 繊維質 - 糖が多数合成されている高分子化合物 - に目をつけたくなるわけです。


※ 投稿後に訂正しました。光合成の一次生産物はブドウ糖ですので、ブドウ糖の合成は大量に行われているはずです。

「ハバートのピーク」に関する報道がだんだん出てきました。

今週発売されている週刊エコノミスト2006年9月5日号の40ページに、コスモ石油顧問根岸博士の執筆記事が載っています。

この方にはこういう著作があります。私も持っています。

「石油の生産量はピークに来たのか?」(2006年石油文化社刊)

私の考えでは、根岸博士のような「石油産業の当事者」が「石油産業の将来性を案ずる内容の発言」をし始めていることは重要だと思います。

勤務先の意向を無視できない立場のはずですから。

週刊エコノミスト記事には、博士が今年7月のASPO-5に出席した旨も書かれています。

「石油会社の現役顧問がASPOに出席した」ことそれ自体も衝撃的だと思います。業界も内心では心配しているということを示唆していると思います。

ASPOは "Association for the Study of Peak Oil and Gas" の略称です。毎年1回開催、今年で5回目です。

石井先生も出席されているそうです。

我々は木材や植物の繊維質から作った紙をあまり気にせずに色々な目的に使っていますが、冷静に考えると、木材や紙はなかなかすごい素材です。

木材も紙も天然に生えてくる木や草から採ったものです。それが長期間腐敗せずに強度を保ち続けるわけです。

「生分解性材料」としての側面もちゃんと持っています。それと同時に、手入れさえ怠らなければ、長期間 - 場合によっては何百年も - 必要な強度を保たせることもできるわけです。

ポリ乳酸などの「生分解性プラスティック」が最近開発されてきていますが、木材や紙のような「実際の使用に耐えることによって長期間強度を保持する性能が証明されている生分解性材料」は、他に思い当たりません。

長期間強度を保持できるのは、プラスティック同様植物の繊維質が高分子化合物だからです。

そして、「長期間強度を保持できる高分子化合物である」ということは「分解しにくい」ということでもあります。

このことが問題なのです。
セルロースとヘミセルロースは、ブドウ糖など小さい糖の分子が数多く紐状に連なってできています。この点、澱粉と良く似ているのですが、澱粉とは分子間の結合の仕方が違うのだそうです。

リグニンは最近流行の(?)「ポリフェノール」と呼ばれる物質の仲間で、主にフェニルプロパンという物質が構成しているのだそうです。

エタノールを生成する発酵工程に投入できるのは、「糖」です。ですから、セルロースとヘミセルロースは、糖分子に分解できれば、エタノールの原料となるわけです。

セルロース、ヘミセルロース、リグニンのような、有機化合物がたくさん連なって構成されている高分子化合物を分解するのは、一般的に言うと大変です。

例えばプラスティックを思い浮かべてください。あれも高分子化合物の一種です。

プラスティックを分解するのは大変ですね。ものにもよりますが、塩酸や硫酸をかけても溶けなかったりします。土に埋めてもずっと長い間分解されずに残っています。

もちろん、いくらでも無制限にエネルギーを投入しても構わないのなら、熱分解でもなんでも手はあります。

しかし、少ないエネルギー消費で分解するのはなかなか困難です。(ただし、触媒を使うと簡単に分解できることがあります) 高分子化合物にはそういう性質を持つものが少なくありません。

セルロースとヘミセルロースも例外ではありません。
セルロース系エタノールを商業的に実用化しようとしている人達は、共通した課題を抱えています。

(1) 「前処理」がエネルギー集約的であり、かつ原料成分の収率が低いこと ... 細胞壁からエタノールの原料 - セルロースとヘミセルロース - を取り出す工程の効率が低い

(2) 「加水分解」がエネルギー集約的であり、かつ発酵工程に投入できる糖の収率が低いこと ... 細胞壁から取り出したセルロースとヘミセルロースを糖に分解する工程の効率が低い

この2つです。

問題の詳細を論ずる前に、植物の細胞壁が何によって構成されているか、それらがどういう物質なのか、またそれらの物質によって構成されている細胞壁の組成がどの程度まで判明しているのか、について述べましょう。

細胞壁の主要な成分は3種類あります。

・セルロース
・ヘミセルロース
・リグニン

このうち、エタノールの原料となるのはセルロースとヘミセルロースだけです。

リグニンは、ある種のバイオプラスティクスの原料になるそうですが、エタノールの原料としては使えません。

「日本はなぜ敗れるのか - 敗因21カ条」 (山本七平著、2004年角川新書)
(原文は1975~76年に角川書店刊行の「野性時代」という雑誌に連載されたもの)

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4047041572/sr=1-1/qid=1156386928/ref=sr_1_1/503-0932482-5779926?ie=UTF8&s=books


それほどたくさん読んだわけではないのですが、それでも私は自分自身を山本七平ファンと言って構わないと思っています。

久しぶりに良いものを見つけました。

この書はバイオマス燃料そのものについて書かれた本とは言えません。しかし、268~269ページに面白い示唆が載っています。

酒造メーカーの発酵技師でバイオブタノール開発のため戦時中にフィリピンへ軍属の民間人として徴用された人物がいました。現地で体験したこととそこから考えたことを綴って記録に残していました(「虜人日記」という題で筑摩書房から文庫本が出ています)。

今から60年前であったにもかかわらず、内地帰還後の職業として彼はこのような希望を書いていました。

① 空中窒素固定→酵母発酵による蛋白質合成→飼料化

② 海洋プランクトンの飼料化

③ マングローブの生化学的解析(塩水中で正常に代謝できる秘密の解析)

④ シロアリの体内にいる微生物が木質を分解する過程の解析

4番目は、セルロース系エタノール研究者たちの研究対象の一つに現在なっているものです。

http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20060216304.html

いやぁ、すごい方ですね。

あまり見慣れない用語について述べましょう。

「加水分解」 ・・・ ある物質が水と反応して分解され、かつ反応する水が水素原子と水酸基とに分かれて生成物に取り込まれる、そういう化学反応のことです。このシリーズでは、「ブドウ糖などの糖がたくさん結合して出来ているセルロース・ヘミセルロースが、ブドウ糖などの糖に分解される反応」と理解しておいていただいて構いません。

「システム生物学」 ・・・ 生物を遺伝子、蛋白質、酵素、細胞内器官、細胞、(体内の)組織、といった各レベルで解析し、それらの相互作用を解析し、生物体を一つのシステムとしてとらえようとする学問分野です。英語の "systems biology" に相当します。

コンピュータ情報処理技術を駆使して生物体内の諸機能を遺伝子、蛋白質、酵素といった基礎的なレベルからモデル化し、それら発生過程や相互作用や生成過程をシミュレーションすることにより、今まで解析できなかった生体反応や諸機能の解析に役立てようとするものです。

これにより、これまで存在しなかった遺伝子の組み合わせ、新しい蛋白質、新しい機能を持つ酵素といった新しい物質を創り出し、今まで無かった機能を持つ新しい品種を創り出して行くのを促進することをも目指しています。

それから、このシリーズに限らずこのブログでは、「植物の繊維質を原料として製造されたエタノール」を「セルロース系エタノール」と呼ぶことにします。英語の "cellulosic ethanol" に相当します。

"BIOPROCESS" を「省エネかつ安価に」実現するべく、エネルギー省では以下を目標・手段として研究開発を進めていこうとしています。

(1) "BIOPROCESS" に原料として投じるのに適した生化学的組成を持つ原料植物の品種を開発すること。

(2) 前処理および加水分解の性能が優れた酵素/微生物を開発すること。

(3) 既存の技術では3段階に分けて行われる「前処理→加水分解→発酵」の過程を、効率良く一度に実施してしまうことができる酵素/微生物を開発すること。

(4) 上記(1)~(3)を実現するべく「システム生物学」を動員し、原料植物や微生物、酵素などの機能を、遺伝子・蛋白質・酵素・細胞内器官・細胞レベルにおいて、およびそれらの相互作用について、解析すること。

アメリカのエネルギー省に限らず、植物の繊維質 - 細胞壁の塊 - を原料としてエタノールを製造しようとする組織ではどこでも、以下のプロセスをエネルギーを節約しつつ安価に実現することを目指しています。

a. (繊維質を) 加水分解し易くするための前処理
         ↓
b. 加水分解して繊維質を糖に分解
         ↓
c. 糖を発酵させてエタノールを得る

今のところ、このプロセスは実現してはいます。しかし、「省エネかつ安価に」実現してはいません。

植物の繊維質を原料とする限り、ガソリンや軽油に対抗できる価格でエタノールを製造できるようになってはいません。

エネルギー省では、上記 a.~ c. の全てを「酵素/微生物による生物学的プロセス」によって「省エネかつ安価に」実現することを目指しています。

この、エネルギー省が目指している、「酵素/微生物による生物学的プロセス」を、この「エネルギー省」シリーズでは、今後 "BIOPROCESS" と表現することにします。

7月12日の投稿#27で書きましたが、アメリカのエネルギー省が、7月上旬(おそらく7月6日です)に以下の報告書をウェブサイトに掲載しました。

http://www.doegenomestolife.org/biofuels/2005workshop/b2bhighres63006.pdf

植物の繊維質を原料としてエタノールを製造する方法について現状抱えている問題をどのように解決するか、について考察した報告書です。

一通り読みましたので、これからこの内容について少しずつ連載していきます。