NIKKEI NET 8月13日記事
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060813AT3S1200Q12082006.html

・沖縄県で「バイオエタノール特区」
・経済産業省は10%まで認める方向で法改正を検討中

とあります。

エタノールのガソリンへの混合率は現行法では3%が上限になっています。

まずは特区を設定して、そこでだけ10%までの混合を認めるんでしょうか。

計算の前提が明記されていないことが多いため、エネルギー資源ごとにエネルギー収支を比較して「どのエネルギー資源が有利なのか」を評価しようとしても、なかなかできないことが少なくない、という話をしました。

私も困っています。

セルロース系エタノールの「理論上の」エネルギー収支が10.3(エネルギー生産が化石燃料投入量の10.3倍)だと米エネルギー省の報告書には書いてあります。そこでも計算の前提は「投入エネルギーが化石燃料のみ計算に含められている」ということしか分かりません。

当面のところは、「前提に注意しつつも目安として参考にする」という扱いにせざるを得ないのでしょうか。

いずれにせよ、「エネルギー収支が1を下回るかどうか、1を上回るとしてどのくらいになるか」は、エネルギー資源の評価基準の一つとして必要不可欠だと思います。

「1をぎりぎり上回る」程度では、おそらく不十分で、「最低3~5くらいは必要なのではないだろうか」と私はぼんやり考えています。ウェブサイト上で「最低5は必要だ」という見解を見たこともあります。しかし、そういう見解にも「計算の前提」は付記されていません。今のところ明確なことは言えず、前提が曖昧であることを承知の上でそれでも考える、という態度をとらざるを得なさそうです。

前回#55では input < output となれば... とあっさり書きました。

書くのは簡単ですが、実際に計算するのは大変だと思います。特に input 側を把握するのは難しいと思います。世に出回っている試算は推定に頼っている可能性が十分にあると思います。

また、output 側も、多くの場合は副産物を考慮していないと思われるのですが、ブラジルでのさとうきびからのエタノール生産については、副産物としての電力を考慮して計算していると思われる場合があります。

#54で述べた、農畜産業振興機構の数値は、さとうきびの搾りかす(バガス)を燃料にする火力発電によって得られる電気エネルギーを output に含めていると私は考えています。同機構のHPにも明確に書いていないので、はっきりしたことは言えないのですが、文脈からそう解釈しています。

さて、そうすると、「エネルギー収支」の作物ごとの比較を見かけても、さとうきびは「エネルギー収支」が良い/悪い、或いはてんさいはどうの、と単純に論じられるかどうか、本当はすぐには分からないわけです。

ある試算数値を見ても、例えば「工場で農業機械を製造するのに必要なエネルギー input を加味した計算なのかどうか」については、ほとんどの場合わかりません。前提条件を付記していないことが多いからです。

「エタノール工場からガソリンスタンドまでエタノールを運ぶ距離が、地域によって相当異なるであろう」ということなども、単純な比較の危険性を上げています。

実はそうなんです。ネット上で出回っている「エネルギー収支」に関する試算数値は、多くの場合、その試算の前提条件を付記していません。

#45と#62では、バイオエタノールのエネルギー収支を原料別に述べました。

情報源によって違いがありますね。なぜでしょう?

実は、偉そうに書いている私にもはっきりしたことは言えません。推定ならできます。

おそらく計算の前提が違うのです。

バイオエタノールのエネルギー収支を計算するときに、何を考慮に入れなければならないか、思いつくところを列挙してみましょう。

input: 以下全ての合計 ...(A)

(1) 耕運機、トラクター、収穫機などの農業機械を動かすのに必要なエネルギー(軽油?)

(2) 灌漑用水を汲むポンプを動かすためのエネルギー(軽油?/電力)

(3) 農業機械/ポンプを製造するのに工場で必要なエネルギー(電力?)

(4) 畑に撒く化学肥料(特に窒素肥料)を製造するのに必要なエネルギー(電力/化石燃料)

(5) 畑に撒く化学肥料(特に窒素肥料)を製造するのに必要な原料としての化石燃料

(6) 化学肥料を工場から畑まで運ぶのに消費するエネルギー(ガソリン/軽油/重油/電力)

(7) 収穫した燃料作物を工場で処理する際に消費するエネルギー(電力/化石燃料/燃料作物それ自体)

(8) 工場で製造されたエタノールをタンクローリー/パイプラインなどでガソリンスタンドへと配送するのに消費するエネルギー(ガソリン/軽油/電力?)

output: 以下の合計 ...(B)

(1) 製造されたエタノールに含まれる化学エネルギー

(2) 副産物から採れるエネルギー(もしあれば)

基本的には、(A)<(B)となれば、「開発を検討する価値のあるエネルギー源だ」という評価を与えることがとりあえず可能になります。

エネルギーや資源の話に限らず、経済活動や科学技術研究開発などに関する様々な情報は、「独立行政法人」と呼ばれる組織のウェブサイトに行くと結構たくさん得られます。

そういう独立行政法人の中に「農畜産業振興機構」というのがあります。そこのウェブサイトには砂糖絡みでバイオエタノール情報がそこそこ載ってます。

http://alic.lin.go.jp/sugar/index.html

読んでいると、「エネルギー収支」についても言及があります。

・さとうきびからエタノールを製造する場合(ブラジルで): 6.6~9

・とうもろこしからエタノールを製造する場合: 1.4~3.8

・てんさいからエタノールを製造する場合: 2.8~3.2

ん? なんか違いますね。そう、#45で記載したのと数値が違います。

#45の日経に載っていたのだと、

・さとうきび: 0.8~1.7

・とうもろこし: 1.3

でした。

「ハバートのピーク」到来による全世界石油産出量減少への対策を目的として、アメリカ政府は今4つの長期戦略を実行に移しつつある(一部はすでに実行に移している)と私は見ています。

(a) 比較的石油採掘が進んでいない油田地帯イラクを支配し、当面のエネルギー源を確保する。

(b) 長期的に外国産エネルギー源からの脱却を図るため、軍部は「省エネ+代替エネルギー(主に石炭液化?)利用」を目指す。

(c) 長期的に外国産エネルギー源依存度を減少させる民間向け対策として、エネルギー省が「(民需用液体燃料向け)セルロース系エタノール」技術開発に注力する。(これだけでは不足を賄えないと思われ、ハイブリッド車増などによる節約策推進と併用の可能性大と見る)

(d) 民間への電力供給については、原発建設を推進する。(民間では風力発電推進も進みつつある)

私の頭の中では、「このブログは、上記4つのうちの(c)を対象とする」という扱いになっています。ここではバイオマス液体燃料のことしか書きませんが、中東情勢・原子力開発・石炭液化・風力発電・太陽電池などの情報にも毎日注意しています。

「大きな政治的な話」に、それも私が個人的に想定しているに過ぎない仮説に、ちょっと踏み込み過ぎました。次回から、液体燃料の話題に戻りましょう。

「アメリカ軍部が行動を起こすことが、そんなに重要なのか? アメリカ軍部が認識したからと言って、それが正しいと言えるのか?」

こう思われる方がいらっしゃるかもしれません。

私は「言える」と経験的に思っています。「あいつらをなめない方が良い。歴史を振り返ってそう思う」と思っています。

「アメリカ政府機関が長期戦略を練っていたら、注意深くその背景を探っておく方がよい。その政府機関が、軍部や諜報機関あるいは安全保障に関わる他の部門(エネルギーと食料は、アメリカ人にとっては「安全保障問題」です)だったら特にそうだ」というのが私の意見です。

このことにあまり深入りすると「バイオマス燃料」から話題がそれてしまいますので、深入りしません。過去の例を2つ述べておきます。よろしかったら、みなさんも考えてみてください。(同意されない方が大勢いらっしゃるかもしれません)

(1) 1897年に、日本を仮想敵とする戦争計画「オレンジ計画」をアメリカ海軍は立案開始した。この計画は修正を重ね、1941年以降実行に移された。

(2) 1970年代に「中東の小国を直接軍事占領して油田を確保するプラン」をニクソン政権が検討した。このプランは実行に移されなかったように一旦は見えたが、30年後の21世紀に入ってから「より大きな中東の産油国」を対象に実行されている。(13万人駐屯中ですね)

私の思うに、アメリカの安全保障関係者が戦略を練るとき、彼らは真剣なのです。「荒唐無稽なことを考えている」と一笑に付すのは危険だと思います。

「近々ピークが来そうだというのは、本当なのだろうか?」と疑っていた私を最終的に「どうやら間違い無さそうだ」と思わせたのは、アメリカ軍部の動向でした。

最初に見たのはこれです。3月でした。

"Energy Trends and Implications for U.S. Army Installations"
http://stinet.dtic.mil/cgi-bin/GetTRDoc?AD=A440265&Location=U2&Doc=GetTRDoc.pdf

この文書が紹介されている文章には、「ラムズフェルド国防長官が『ペンタゴン内で省エネ化/代替エネルギー開発を管掌する部門を設けろ』と指示を出した」と、イングランド国防副長官が連邦下院で発言した、と添えてありました。

その後、こういうのも見つけました。

"Future Fuels"
http://www.onr.navy.mil/nrac/docs/2005_brief_future_fuels.pdf

そのほか、海軍艦船の推進動力源に関する資料も読みました。

"Navy Ship Propulsion Technologies: Options for Reducing Oil Use - Background for Congress"
http://www.fas.org/sgp/crs/weapons/RL33360.pdf

この文書は軍内部の資料ではなく、Federation of American Scientists という非営利の団体に所属する人物が連邦議会のために書いたものです。この内容に沿って省エネ方法論を今年の11月1日までに検討し報告するよう、海軍は議会から要求されています。

上記の3文書は、みな「ハバートのピーク」について言及しており、それに対応するために軍は省エネを図ると同時に代替エネルギーを利用しなければならない、と結論(前提)しています。

空軍が石炭から製造する液体燃料の使用に傾いている、という報道も見ています。

これらの情報に接して以後、私は認識を変えることにしました。「ペンタゴンが長期的な対応をするべく動いてんのか。こいつはやばい。マジだ」と思ったわけです。

今年に入ってからのいくつかのニュースを見た結果、私は

「昨年がピークだったのではないか?」

という疑いを強めています。

それらのニュースとは、以下3つのことです。

4月: サウジアラビア国営石油会社アラムコが、「既存油井からの産油量の減産年率8%を新規掘削油井からの増産で補う結果、全体として減産年率2%となると予想する」と、発表した。
http://www.platts.com/Oil/News/8377179.xml

7月: クウェート議会で野党が石油大臣に対し「埋蔵量約990億バレルというが、実は480億バレルだという情報があるぞ。年間輸出を埋蔵量の1%に制限しろ!」と言って追求した。石油大臣は「調査し、数日中に回答する」と回答。(いまだに回答していない)
http://news.yahoo.com/s/afp/20060622/wl_mideast_afp/kuwaitoiloutput_060622124022
(この記事は、SGWさんが運営している「ん!」経由でたどり着いたものです)

8月: メキシコ国営石油会社ペメックスが、「カンタレル油田(世界第2位規模の油田)の産出量は年率で8%減少しつつある」と発表した。
http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20601103&sid=anv9Ujulc2o0&refer=news

3つとも、原文を印刷したものを私は持っていますが、最初の2つのニュースは、現時点では閲覧できなくなっています。

最初のサウジのニュースは、platts という McGraw-Hill (アメリカの有名なメディア企業)が運営しているそのサイトの会員になれば閲覧できるかもしれません。(McGraw-Hill は出版社として有名ですが、その他に例えば、Standard & Poor's の親会社なんかもやっています)

3つ目のニュースは現時点でも参照可能です。

上記3カ国には巨大油田 - ガワール、ブルガン、カンタレルなど - があることで有名です。これらは他の大型油田より1桁大きい産油量を伝統的には誇っています。これらが減耗し始めたら、影響は深刻なはずです。

まだまだ証拠が足りません。私の疑いが正しいかどうか分かるのは、ずっと後になってからのことでしょう。

「ハバートのピーク」論それ自体は、「いずれ埋蔵量の半分を使い切り、その時点から生産量が減少し始める。これは、個々の油田でも全世界規模で見ても、同様だ」という主旨の理論です。

人間にとっての問題は、

「生産量の増加を消費量の増加が上回るかどうか?」

「生産量のピークがいつ来るか?」

といった2段階あります。

1つ目は既に問題となってきています。全世界生産量に消費量が2004年頃から追いつくようになりました。生産・消費ともに昨年時点で日量8400万バレル前後です。

消費量の増加率が生産量の増加率を上回り、この状況が続いています。中印米3カ国の消費増加が減速してくれないと全世界消費増も減速してくれそうにありません。

2つ目の方は今のところ論争の対象になっています。

経済産業省が5月31日に公開した「新・国家エネルギー戦略」を見ますと、

ケース1:「2030年代半ばにピークを打つ」

ケース2:「2030年頃にピークを打つ」

ケース3:「2010年代半ばにピークを打つ」

という3つのケースを仮定し、ケース2を標準ケースとしています。

欧州・北米のピークオイル論者(業界関係者或は「元」業界関係者が中心)は、私の知っている範囲で言うと、ピーク到来時期を「2005~2020年の間のどこか」と予想していることでだいたい一致しています。

最も悲観的な見解は「2005年(もう過ぎている!)」です。「2007~2015年」を想定する見解が多いように思います。

もし、ピークオイル論者達が正しいとすると、「すぐそこまで来ている」ということです。