バイオテクノロジーは乾燥地帯の利用も可能にしてくれるであろう、と私は考えています。
もっとも、先述した水供給の制約がありますので、一定の限界はあると思います。
それでも、「それまで光合成がほとんど行われなかった地域で光合成量を新規に増加させられることの意義は大きい」と私は思います。
地表面全体での「ネットの光合成量増加」に貢献できます。これは、食糧や燃料の潜在的な供給余力を増加させることにつながります。
日本経済新聞朝刊 1月12日(金) 15面
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遺伝子組み換えナズナ
乾燥・高温でも生育 東大など、作物応用も
東京大学の篠崎和子教授と国際農林水産業研究センターは十一日、植物の遺伝子を操作し、乾燥・高温環境に耐える植物を作り出す実験に成功した、と発表した。
日本では遺伝子組み換え作物の栽培が普及していないが、イネや大豆、コムギなどの作物に応用すれば、地球温暖化で高温・乾燥地域が広がっても栽培できる可能性があるという。
植物の葉や根などで働いている遺伝子「DREB2A」に着目。乾燥や高温への耐性にかかわる他の複数の遺伝子の働きを強める作用がある。DREB2Aを部分的に改変して働きを高め、アブラナ科のシロイヌナズナに導入した。
屋内実験では、遺伝子導入したシロイヌナズナは水を二週間与えなくても七-八割が生き残り、またセ氏四五度でも八割以上が耐えた。通常のシロイヌナズナはほとんどが枯れてしまった。 (Unquote)
湿潤地帯や海洋ほどではないでしょうが、沙漠もそれなりにバイオマス供給源足り得ると思います。
バイオ燃料に関する議論で、「日本は土地が狭いので、広い土地が必要なバイオマス利用は解決策にならない」という意見があります。
陸上だけ考えていたら確かにそう思えなくもないですが、私は海も含めて考えていますので、必ずしもそう考えてはいません。
#141で挙げた記事をもう一度ご参照いただきましょう。
↓
http://ameblo.jp/mattmicky1/entry-10019029392.html#cbox
塩分の比較的多い水の中でも育つイネの品種が登場したわけです。
で、「海を水田にできるのでは?」と書きました。
これは、決して冗談で申し上げているのではありません。
マングローブは海水中ですくすく育っているじゃないですか。生体内の塩分濃度を低く保つために塩分を外へ排出する機能をおそらく持っているのです。
同じ機能をイネに持たせれば、海を田んぼにできるじゃないですか。
植物の機能を徹底的に解明できれば、いつか可能になると思います。
また、これも全く個人的な見解ですが、将来は「海の方が陸地よりも作物の生育により適している」と言える日が来るかも知れないと考えています。
作物の光合成量を2倍3倍と増やせるようになったと仮定しましょう。
光合成には水が必要ですね。ということは水の消費量が2倍3倍4倍(?)とどんどん増えるわけです。
陸上でそんなに水の供給量を増やせるでしょうか。
もちろん場所によるのは間違いありません。湿地帯や降水量の多い地域(熱帯など)では可能かもしれません。
しかし、温帯でそれほど湿っていない地域や乾燥地帯では、かなり困難な要求になるかもしれない、と私には思えます。
海水中での栽培は、この限界を打ち破ってくれる可能性がある、と私は考えています。
最近の一連の投稿でもしばしば出てきますが、(独)理化学研究所はかなりすごい研究機関です。
http://www.riken.jp/r-world/info/release/news/2007/feb/index.html
上のURLは、昨年11月のこの情報のより詳しいものです。
↓
http://ameblo.jp/mattmicky1/entry-10020158870.html#cbox
「DNA量が倍になると物質生産に関わる遺伝子が倍になり、物質生産能力が倍になる」
なるほど。
で、文中では「サトウキビで糖の生産量を上げ、アルコールを効率よくつくることができるようになる」とあります。
なるほど!
期待しましょう。
畑に撒いた窒素肥料や、あるいは根粒菌が合成してくれた窒素化合物が流出しないようにする方法論の研究もなされています。これにより窒素の効率的な利用が望めます。
日経産業新聞 1月19日(金) 9面
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窒素肥料 流出を防ぐ物質
国際農林水産業研究センター 熱帯の牧草で発見
国際農林水産業研究センターなどのグループは、土壌にまいた窒素肥料の成分が大気中や地下水に流出してしまうのを防ぐ物質を、熱帯地域の牧草から発見した。この物質が分泌される仕組みを分子レベルで解明し、品種改良や遺伝子組み換えで作物に組み込めば、窒素が土壌から流出するのを防げる可能性がある。生産コスト低減や環境汚染防止につながる。
作物の栽培時は植物の栄養となる窒素を補うため、窒素肥料をまく。だが窒素は、土壌にいる細菌の「硝酸化成」という働きによって硝酸イオンに変換され、その過程で肥料中の窒素の約七割は大気中や地下水に流出してしまう。
国際農林水産業研究センターの伊藤治生産環境部長と、コロンビアの国際熱帯農業センターの共同研究グループは、南米で牧草として使われる「ブラキリア・ヒュミディコーラ」というイネ科植物が、窒素の少ない土壌でも育つことに着目。この成分の根や葉から分泌される成分の中から、細菌が窒素を硝酸イオンに変換する「硝酸化成」の働きを防ぐ物質を四種類、特定した。 ...(後略)... (Unquote)
今すぐにとはとてもいきませんが、将来的には、窒素肥料不足への対抗手段を我々は手に入れることができると思います。
化石燃料の減退に伴って、窒素肥料の入手が難しくなる可能性があることを前述しました。
これへの対策も、バイオテクノロジーがもたらしてくれるだろう、と私は考えています。
日経産業新聞 2006年11月17日(金) 9面
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マメ科植物 窒素取り込む遺伝子
かずさDNA研など 肥料不要に道
かずさディーエヌエー研究所などの国際研究チームは、マメ科の植物が窒素を効率よく取り込むために必要な遺伝子を突き止めた。植物ホルモンを受け取る役目を担っており、変異すると根粒菌のすみかとなる根のコブができなくなる。肥料を使わずに育つ植物の開発などにつながる成果だ。...(中略)...
突然変異によって根のコブが作れなくなったマメ科植物ミヤコグサを調べた。根にコブができるにはサイトカイニンという細胞分裂を促進する植物ホルモンが必要で、突然変異したミヤコグサはサイトカイニンの受容体の遺伝子が働かなくなっていることがわかった。同じ遺伝子が別の変異を起こすと受容体が常に活性化した状態になり、根粒菌がいなくてもコブができることも発見した。
根粒菌はマメ科植物にだけ寄生する。土壌の窒素を取り込む働きがあり、大豆などが荒地でも育つのは根粒菌のおかげといわれている。 (Unquote)
将来的には、「マメ科植物以外でも根粒菌が住み着いてくれるよう、作物と根粒菌を改造する」という方向に向かうと思います。
液体燃料や化成品に限らず、家畜の飼料なども含めて、人間に有用な物質を大量生産する手段として、植物の更なる利用が進むだろうと私は考えています。
日経産業新聞 2006年12月13日(水) 9面
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アミノ酸 植物から効率生成
遺伝子の組み込み工夫 味の素
味の素は植物からアミノ酸を効率よく作る方法を開発した。アミノ酸の合成遺伝子の組み込み方を工夫、実の部分でのアミノ酸量が従来より二割増えた。将来、発酵技術でアミノ酸を作る現在の手法に置き換わる可能性があるとみている。...(中略)...
実験植物として有名なシロイヌナズナに、グルタミン酸というアミノ酸を合成する酵素の遺伝子を導入した。...(中略)...
三十株から酵素の遺伝子が安定して強く働いている三株を選び、遺伝子が通常より二-四倍強く働く系統を作った。成熟した実のアミノ酸量が通常より二割増加した。実の重量も同じ割合で増えており、葉でできたアミノ酸が実に移動したとみている。
...(中略)...
健康食品や飼料などに利用されるアミノ酸は、現在、植物の糖を微生物の働きで発酵させて作る。発酵過程で温度を適切にコントロールするなどエネルギーが必要になる。
植物にはもともと少量のアミノ酸を合成する仕組みがある。合成量を増やして微生物を介さず直接アミノ酸ができるようになれば生産コストを下げることも可能だ。
...(後略)... (Unquote)
前述したように、「ぶっとい茎」の中にたっぷりたんぱく質と炭水化物が入っていて、同時にそこそこ繊維質も入っていれば、理想的な牛の飼料が生み出されるかもしれません。
「遠い将来」の連載中に、「植物体内でそのまま油脂などの液体燃料の原料を生成させることも選択肢の一つ」という内容のことを書きました。
この萌芽とでも言うべき報告がすでになされています。
日経産業新聞 2月2日(金) 10面
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芽の成長促す遺伝子
名大が発見 植物油、効率生産も
名古屋大学の中村研三教授、塚越啓央博士研究員らは、植物の芽の成長に必要な遺伝子を発見した。この遺伝子が働かないと芽が成長を止めて種のように油をため始めることを突き止めた。高価な油を効率よく作る植物の開発に役立つと見ている。...(中略)...
...(中略)...現在は植物油は種から採取するが、種を待たずに植物から直接採取できる可能性がある。 (Unquote)
私の空想(?)では、「茎の中にたっぷんたっぷん油のつまった、直径何十センチもの『ぶっとい草』を開発」すれば、燃料油を供給できたりして、ということです。
ま、まだ空想にとどめておきましょう。
ちなみに、「たっぷりの油を植物に生産させる」には、その前提条件として、「たっぷり光合成させる」必要があります。光合成量の増大は、人間が利用するための余剰を植物に十分な量生産させるための必要条件です。
昨日挙げた website 記事では、光合成量が2倍になる、と書いてありました。
このような、物質生産の効率を大幅に上げる効果が、バイオテクノロジーでは期待できる、と私は考えています。
日経産業新聞 2006年12月18日(月) 19面
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大腸菌の遺伝子組み換え アミノ酸を効率生産 協和発酵
キシリトールも作成
協和発酵は、大腸菌を遺伝子組み換えの手法で改造し、有用物質の生産に適した菌を作ることに成功した。生産効率が向上するので、アミノ酸や糖などを従来よりも安く生産できる。医薬品や飼料の原料などを生産する菌として三年後をメドに実用化を目指す。
大腸菌は遺伝情報を含んだ約四百六十万の塩基対を持つ。同社は遺伝子組み換えの手法で、機能が分かっていない遺伝子や菌の生育に影響しない領域など百万塩基対を削除した。これは、約四千三百-四千四百個あるとみられる遺伝子のうち約一千個を取り除いたことになる。
作成した大腸菌を試験管で培養してみた。増殖能力が高まり、従来の大腸菌に比べて菌の数は約一・五倍に増えた。
この大腸菌を使って、家畜の飼料などの原料であるアミノ酸のスレオニンを作らせてみた。従来の菌より生産量が約三倍に増加した。
さらに、作成した大腸菌で糖から甘味料のキシリトールを作ることにも成功した。キシリトールは現在、化学的手法で製造している。コスト面で大腸菌が優位になれば製造法が置き換わる可能性もあるとみている。 (Unquote)
私が注目したのは、「機能の分かっていない百万塩基対を削除したら、増殖力が1.5倍、アミノ酸生産能力が3倍になった」ということです。
「機能の分かっていない遺伝子をバサッと取り除いたら、大腸菌の働きが急に何倍にもよくなった」わけです。
この例はあくまで大腸菌という原始的な生物の例ですので、必ずしも自動的に高等植物に当てはまるとは確かに限りません。
それでも、「もし、すべての機能がよくわかり、どこをどう設計したらどうなるか完全に判明したら、生物の利用度を格段に上げることができる」と私には思えます。
現在ではとても信じられないことが起こるに違いありません。
「バイオテクノロジーの進歩によって物質生産が何倍にも増える」と私が将来を想定しているのは、例えばこういう研究成果の報告があるからです。
「葉緑体工学(chloroplast genomics)」という言葉を聞いたことがおありの方はまだ極めて少ないと思います。
葉緑体を改造して光合成機能を強化しよう、という方向性の学問分野です。
まだまだマイナーな分野ですが、いくつかの研究機関・大学で取り組んでいます。
代表的なのは、(財)地球環境産業技術研究機構です。
ここを見てください。
↓
http://www.rite.or.jp/Japanese/kicho/kikaku/world/world04/02-20.pdf
光合成量の増大に向けて地道な努力をしている人たちがいるのです。
日本ではほかに名古屋大学なども取り組んでいます。
こういう研究がもし、前述した分子イメージングや高スループット解析技術と結びついたら、どうなると思いますか?
もちろん、明日あさってどうなるとは申しません。成果を生むまでには長い長い時間が必要でしょう。
しかし、私は「1分子ごとに解析できるようになった以上、いずれ葉緑体の機能も解明されるときが来る。そのとき、光合成量を大幅に増やすことができ、バイオマス生産量を大幅に増やせるようになるだろう。それが将来の『バイオ燃料生産・バイオ化学工業・食品生産へのバイオ技術応用』の物質的な基礎となるだろう」と考えています。
システム生物学の進歩には、やはりコンピュータ応用技術の進展が大きく預かっています。
アメリカ連邦エネルギー省の研究報告 "Breaking the Biological Barriers to Cellulosic Ethanol" でもコンピュータ処理技術の重要性が述べられており、"high throughput technology" という言葉が何度も出てきます。
日経産業新聞 2006年11月30日(木) 13面
(Quote)
たんぱく質構造解析効率50倍
北大がNMRデータ処理ソフト 原子間距離を高速計算
北海道大学の稲垣冬彦教授らの研究グループは、核磁気共鳴装置(NMR)を使ったたんぱく質の構造解析の効率を五十倍程度に高めるソフトウェアを開発した。たんぱく質分子を構成するアミノ酸の原子間距離を高速計算する。従来、一年ほどかかっていた巨大な分子でも一-二週間で解析できる。
...(中略)...
開発した構造解析ソフトは「Olivia」と名付けた。たんぱく質を構成するアミノ酸に多数結合する水素原子の位置をNMRのデータから取り出す。特定の水素原子の近くにある別の水素原子の位置を数千通りの可能性の中から自動的に導き出す。こうした原子間の距離を調整しながら、たんぱく質の立体構造を構成していく。
従来は手作業で原子の配置を決めていたため、全体を見通しながら配置を決めていくのが難しかった。アミノ酸が三百個を超えるような大きな分子は複雑な計算になった。
このソフトを使ってたんぱく質の構造を解析したところ、分子量三万の場合で一週間程度、九千の場合で六時間程度で解析できた。従来は分子量三万を超えるたんぱく質の場合は、一年以上かかっていた。
...(後略)... (Unquote)
たんぱく質の解析が進めば、酵素の機能についての知見も爆発的に増えます。酵素はたんぱく質ですからね。
上述のように解析速度が爆発的に速くなりつつあるわけです。アメリカだけではないわけです。もちろん、これは一例に過ぎません。
こういう量的な変化は質的な変化を後にもたらすことが少なくありません。研究の深度がぐぐっと深くなるときがいずれ来るでしょう。