年始の1月5日(金)、日経産業新聞の10面に以下の内容の記事が載りました。
(Quote)
テクノトレンド
生きた細胞の中身観察 解像度一分子レベル 医薬品など開発に期待
...(前略)...生きた細胞の中身を一分子の解像度で観察する技術(in vivo 細胞一分子イメージング)が、今年のバイオで最もしのぎを削る先端分野となる。しかも、光学機器メーカー職人のおかげで日本が今のところ世界をリードしているのだ。
細胞の中をどんなたんぱく質が離合集散し、生命現象がつかさどられているのか--。二〇〇三年四月にヒトゲノム(人間の全遺伝子情報)が完全解読され、ヒトがどんなたんぱく質分子で構成されているかすべて明らかとなって以来、最先端バイオ研究者の頭脳を悩ませてきた疑問だ。
バイオ研究の最先端の現場は自動車に例えると、部品はそろったがどうやって組み立てれば早く安全に走る車になるかさっぱり分からない状態である。おまけにヒトの場合、生命現象を支配するたんぱく質の半数が機能すら不明だ。
研究者たちはDNA(デオキシリボ核酸)チップや質量分析装置で様々な細胞を解析し、トランスクリプトームやプロテオームといういわゆるオミックス(網羅的解析)によってたんぱく質の機能に迫ろうとしている。だが、膨大な情報がデータベースに日夜蓄積されるものの、これらを再構成して生命現象をコンピューター上で再現するシステム生物学の開発は始まったばかりだ。
...(中略)...生命現象を個々の分子からボトムアップに再構成することはまだ困難。こうした袋小路を打破する可能性ありと今年あつい注目を集めているのが in vivo 細胞一分子イメージングだ。
...(中略)...
理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センターと国立遺伝学研究所が開発した in vivo 細胞一分子イメージング顕微鏡が生み出す画像を見ると誰もが、今まで考えていた細胞機能はきわめて静的な漫画に過ぎなかったことを思い知らされる。実際、この画像が定説を打ち破り免疫現象のトリガーがもっと早期に始まることを証明した。まさに「百聞は一見にしかず」だった。
さらに解像度を高め、観察可能なたんぱく質やシグナル伝達の種類を増やせれば、これはそのまま生命の分子システムを経時的に眺められることになる。まさに生命のダイナミックなシステムを俯瞰するトップダウンのシステム生物学そのものなのだ。
実際にはトップダウンとボトムアップのシステム生物学の知見が相互に貢献して、生命現象をシステムとして理解、操作可能となるだろう。これによって、新薬の開発や新しい機能性食品の探索、安全性の評価に加えて、微生物や植物の大規模な改良も論理的に設計することを期待できる。
...(中略)...細胞内の分子に斜めから絞り込んだレーザーを照射して観察する薄層斜光照明顕微鏡を、理研と国立遺伝研で研究する徳永万喜洋教授らが開発、免疫細胞の in vivo 細胞一分子イメージングの実現に成功した。「背景には余計な光を遮る光学フィルターの驚異的な進歩もある。日本企業のただ一人の匠が手仕事で作り上げたもの」と徳永氏は説明する。
...(後略)... (Unquote)
「生化学反応の連鎖を一分子レベルまで解析できるようになりつつある」と「遠い将来」シリーズで述べました。それは上述したようなことです。
もちろん、今後ながいなが~い年月をかけて実現していくのだと思いますが、一つ一つ着実に解析を進めていくことにより、植物体内で起こるあらゆる化学反応を解析し、植物体を論理的に設計できる時代が今始まりつつあるのだと私は考えています。
いずれ、望み通りに植物を設計できるようになるでしょう。
後述しますが、葉緑体の機能も含めて設計することにより、バイオマス生産量を大幅に増大させ、かつ生産したバイオマスを加工する自由度も大幅に上がるものと期待しています。
ちなみに、上の記事で言う「日本企業」は、私が調べた限り、どうやら浜松ホトニクス(株)のようです。
私は、みなさんに以下をお願いしたいと思っています。(私自身も努力しなければ、と思っています)
(1) 技術革新/省エネ化推進を周囲の人々に促すこと(技術面でも、意識の上でも)
(2) もし、職業上そういう技術革新を推進する立場にあるのなら、ぜひとも知恵を絞っていただきたいこと
(3) エネルギーについて考えるときは、ある一つの事象だけを見て「これだ!」と思わずに、その事象と他の事象との相互関係に目を向けるべきこと
バイオ燃料とバイオマス利用技術から話が逸れてしまうことを承知で私がこの連載を長々と書く気になったのは、この3つのことを申し上げたかったからです。このことをご理解いただければ、そして実行に移していただければ、頭の中を暴露し時間をかけて説明した甲斐があったというものです。
1番目と2番目はすぐにお分かりいただけると思いますので、3番目だけ少し補足します。
エネルギー問題は複雑です。
自分の頭だけで何もかも完璧に考えようと思ったら、物理学や化学について押さえた上で、その科学上の知見をどう世の中に生かすかについての技術・エンジニアリング面について考え、その次にその社会に与える影響(環境破壊のような副作用も含め)を考え、それに法律がどう対応しているかについて考え、そのエネルギー源と競合する(代替する)他のエネルギー源と比較し、...と延々と色々なことについて考えなければなりません。
しかし、あるエネルギー源が衰退するので別のエネルギー源を見つけなければならない、となったら、上に述べたように何でも色々考えねばなりません。1つのことだけ考えていてはいけないわけです。
個人的な意見ですが、こうするためには、
・システム指向で考える努力をすること
・自分の知らないことを知っている他人の意見を積極的に求めること
この2つの態度が重要だと思います。
「システム指向(思考?)」というのは、例えば、
・仮説: 新型原子炉の高温ガス炉による水素製造が、化石燃料後の水素社会の基盤となる
↓
・疑問: 本当か?
↓
・検証開始: 天然ガスが減退する
↓
・ヘリウムの産出が減少する
↓
・高温ガス炉は冷却材にヘリウムを使うから、ヘリウム供給が減ると炉を使えなくなる
↓
・結論: その新型炉から得られる1000℃超の高温を利用した水からの水素生産による水素社会の実現は、実は天然ガス供給に依存している
こんな感じの思考経路のことだと私は考えています。
上の例の場合、キモは「ヘリウムの供給と天然ガスの供給との間に相関関係がある」ということです。このことは日常的には意識されていません。
「省エネ化はエネルギー収支を改善する」という私の仮説も、こういう思考の産物です。一見関係なさそうな複数の事象について、その間に何か関連が無いか、考えてみるわけです。
こんなこと一々考えるのは、めんどくさいですね。でも、エネルギーについて考える上では必要な態度だと思います。
さて、この投稿で「遠い将来」を終えることにします。
明日からしばらく、別のブログテーマで「バイオテクノロジーの進歩、特にシステム生物学がバイオマス生産増加にどれだけ貢献できそうか」という可能性について書くことにします。
そこまで行って、ようやく forever2xxxさんへの回答を終えることができます。
昨日の投稿で述べた将来像ですが、かならず実現するとは今のところ限りません。
あくまで「こうなる可能性が高そうだし、この方向性が一番実現が近そうだ」と私が想定している将来像に過ぎません。
私は「省エネ+バイオテクノロジー+ある程度の自然エネルギー」派なわけですが、これ以外の方法論により別の解決策がもたらされて社会に影響する可能性があります。
たとえば、核融合なんか、その可能性があると私が思っているものの一つです。
技術革新に悲観的な人たちは核融合にも悲観的です。私も必ずしも楽観しているわけではありませんが、可能性はあると思っています。ただ、実現するとしていつ実現するか?と問われても私には答えられません。
もっと使えそうだ、と私が勝手に思っているのは、「高分子アクチュエータ」ですね。
この技術は「人工筋肉 = 筋肉の動くメカニズムを人工的に再現する」研究から出てきたものです。
電位差が筋繊維の動きに絡んでいることを逆にとらえ、電位差に反応して動く繊維を外から力を加えて動かし、電流を発生させようというわけです。
このアイデアの良いところは、波や風が弱くても理論上発電可能になる可能性が高いことです。旗のような道具で発電できる可能性があると想定されています。もしそれが実現すれば、現在の風力発電の弱点たる「風が弱いとき発電できない」というところを克服できる可能性があります。波力発電に応用すれば、弱い波でも発電できる可能性が高くなります。
そうすれば、例えば風力発電機の稼働率を大幅に上げることができるはずです。ある程度強い風が吹かないと発電できない現状ではせいぜい35%程度ですが、そよ風でも発電できるようになれば、80%とか90%とかそういう水準の稼働率が実現する可能性があります。
もうひとつ、私が興味津々で眺めている技術は常温超電導です。
これが実現すれば、送電線の電力損失低減、発電機の出力向上、モーターの省エネ化をもたらします。水力発電と風力発電の利用価値を劇的に上げるはずです。単に発電機の性能が上がるだけではなく、都市から離れた山奥の水力発電所からほとんど損失なしで都市へ電力を供給できるようになります。
信じられないと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、常温(27℃)で超電導現象を発現できる状態の材料が、部分的には既に観察されていて新聞で報道されています。ただ、「安定していつでも実現でき、人間がエネルギー産業に応用できる」という状態には程遠いです。現状では。
もちろん、上記3つの技術革新はまだ完成していません。実現するとして、それはずっと先の話です。実現するまで、我々は「原子力(核分裂)、重質原油、深海底産原油、天然ガス、石炭」を節約しながら使い続けると思います。同時に風力、太陽光発電、バイオエタノールの存在が次第に大きくなってくるとは思いますが、化石燃料とウラン・プルトニウムを全面的に代替することは当分無いだろうと思います。
万一解決策を模索する試みがことごとくうまくいかなければ、そのときは Petrocollapse がやってくるだろう、とも私は思っています。私がこの可能性を決して否定しているわけでないことはご理解いただきたいです。
私が想定している「化石燃料の減退に対する人類の対処」は、
・省エネ化の進展によってエネルギー収支を改善させること
・システム生物学の進歩により、バイオマスを利用した燃料・化成品・食糧の生産が爆発的に増加させること
主にこの2つです。
風力や水力や波力や太陽光や地熱なども、今よりもっと使われるのかもしれません。
しかし、「化石燃料が単なる動力源としてだけでなく、人間が利用する道具の素材ともなっている」ことを考えますと、化石燃料が減退する将来においてバイオマス利用技術が死活的に重要になるのではないか、と私には思えます。
そしてバイオマス利用技術は、人間が作る道具の動力源としても、人間そのものの動力源としても、使うことができます。
更に、液体燃料は単にエネルギー源としてだけではなく、エネルギーの貯蔵手段としても利用できます。この点は電力源は皆本質的に弱点を抱えています。何か優れた電気エネルギーの貯蔵方法を見つける必要があります。
これらがバイオマス生産とその利用技術に私が着目する理由であり、風力や太陽光などの電力源を上回る重要性を持っていると考える理由です。
もっとも、上記のような社会が実現するには数十年かかるでしょうね。
私の考えでは、人間はそう簡単に石油の便利さを手放さないと思います。
・現在想定されている主流: セルロース系の原料を酵素で糖分子に分解し、その糖を発酵させてエタノールを得、そのエタノールから色々な物質を製造するか或は直接エタノールを利用する。
・mattmicky案: 農作物を改良して「お化け植物」を製造する。畑でぐんぐん育ち、茎にたっぷり(例えば)糖分や蛋白質や油脂を蓄え、花を咲かせず、そのまま茎・葉・根を刈り取る。茎(と葉と根)に蓄えられた糖分などを利用して様々な物質を製造する。
どちらになるのか、私にはまだよく分かりません。
世間では前者が取りざたされています。私は後者も十分可能性があると思っています。生物の機能を徹底的に利用するのが前提なら、何も菌類にセルロース系原料を分解させるだけが能ではない、と思っています。
それから、農作物の改良については、家畜飼料としての利用にも大いに影響が出得ると思います。
人間が食べるものについては、引き続きイネやトウモロコシや小麦が使われ続けると思います。食感の問題がありますので、特に粒のまま食べるもの - コメ・トウモロコシ・大豆など - については、現在の農作物への嗜好が根強く残るのではないかと私は思います。
しかし、家畜に食べさせるのなら、例えば「蛋白質と澱粉と繊維質もたっぷり含んだぶっとい茎」を牛に食べさせても構わないわけです。
実際、穀物を過剰に牛に食べさせると、もともとたっぷりの繊維質を時間をかけて分解するようにできている牛の消化管に悪影響を与えることがあるそうです。
食糧についても論じておきましょう。
石油と天然ガスが減退すると、食糧生産・供給にどう響くでしょうか?
・肥料生産への障害
・農薬生産への障害
・農機生産/農機輸送への障害
・農業用水供給への障害(ポンプによる汲み上げ)
・食糧の流通過程(物流)への障害
こんなところですか。
これまで挙げた燃料生産とそれから派生する化学工業、それから省エネ化の進展が、農薬・農機の生産と農場へのそれらの輸送については解決策となり得ます。
流通過程と水供給についても、主に燃料の問題ですので、同様に解決策となり得ます。(耐水層が水源の場合は、必ずしもそうとは言えません)
化学肥料特に窒素肥料の生産はそうはいきませんね。
これについても、バイオテクノロジーが解決策を提供してくれると私は考えています。
簡単にいうと、「マメ科植物がやっていることを利用する」ことが将来流行るだろうと思っています。
マメ科植物は、根にこぶを持っています。こぶに「根粒細菌」と呼ばれる微生物が住んでいます。その微生物が空気中の窒素から窒素の化合物を合成してくれるのです。
ですから、マメ科植物に窒素肥料を与える必要は原則としてありません。
1分子レベルで解析できるようになったのですから、根粒細菌の機能が解析されるのも、「時間の問題だ」と私は考えています。
「時間」といっても、10年とか20年とか30年とか、そういう長いなが~い時間ですけど。
エタノール生産用のとうもろこしは、食用・飼料用のとうもろこしと品種が違うそうです。
エタノール生産が増えれば増えるほど、食用・飼料用のとうもろこし生産農地面積の減少につながります。
アメリカの場合、農家は同じ土地にとうもろこしを植えたり大豆を植えたりします。
同じ土地に同じ作物を植え続けると、普通は育ちがだんだん悪くなってきます。ですから、とうもろこしと大豆を交互に植える輪作が標準なのですが、日経ビジネス1月22日号には、「これだけ儲かるならコーン、コーンと連作しようかな」という農家の声を載せています。
農家にとっては、燃料用とうもろこしの方が消費者から文句を言われにくい(最終的に口に入らないので、遺伝子組み換え品種を大っぴらに使える)ということもあるんでしょうね。
新聞報道を見る限り、今年2007年については、燃料用と食用・飼料用と合わせた需要を満たすのがかなり難しくなっているふしがあります。競合してきましたね。
日経ビジネス1月22日号は、競合の実例を別の燃料作物 - 菜種 - について挙げています。ヨーロッパでバイオディーゼルが流行っていて、全世界の菜種生産量の2割は燃料にまわっているそうです。
アメリカの場合、とうもろこし作付面積の増加が大豆作付面積の減少を招く可能性がありますから、バイオディーゼル用植物油脂需要についても、とうもろこしとの相関関係を考えておく必要がありそうです。類似の分野で連鎖反応が起きる可能性があると思います。
菜種油や大豆油が希少になれば、パーム油の需給にだって影響するでしょう。Archer Daniels Midland の狙いはなかなか当たっているのではないかと思います。
General Electric と並んで、当分の間その動向を見逃すわけにはいかない、と私が見ているアメリカ企業の一つです。
日経ビジネス1月22日号には、アメリカで最初にエタノール工場を建設したのは Archer Daniels Midland だったと書いてあります。
カーター大統領が同社に依頼したのだそうです。
その後の軌跡です。
1979年:
アメリカでバイオエタノール生産を開始
1992年:
ドイツでバイオディーゼル生産を開始
1994年:
パームヤシ搾油ウィルマー・インターナショナル社(シンガポール)と中国に合弁設立
2006年:
シェブロンからウォルツ現CEOを招聘
ウィルマー・インターナショナル社のマレーシアのパーム油事業を買収
かなり前から、そこそこ手をつけていたわけですね。
2006年12月19日付の日経産業新聞(4面)によると、ADMはウィルマー・インターナショナル社に2割出資するそうです。(記事内容から、現時点ですでに出資済みの可能性があります)
この会社は元々穀物流通業なのですが、急速にエタノール・バイオディーゼル製造業化しつつあります。
で、シェブロンの元幹部を引き抜いてCEOに据えています。燃料部門はそのCEOが率い、伝統的な穀物部門は前からやっている副社長2人が管掌しています。
ウォルツCEOは「世界における燃料と食糧のリーダー企業を目指す」と発言しているそうです。
経営トップをその目的のために据えているのが明白なので、この会社は本気であることが分かりますね。
Vinod の出資先がセルロース系エタノール生産を開始するそうです。
2月11日 Biopact より:
http://biopact.com/2007/02/vinod-khosla-builds-his-first.html
出資先はこの会社だそうです。
http://www.rangefuels.com/home
"Inventing the New Oil"
"The" がついてますね。気合い入ってます。 ^^