安土城の金箔瓦で現れる
信長の天才的な経済力・発想力
読売新聞さんから安土城の「金箔瓦」について取材を受けました。
やはり記者からの鋭い質問を受けますと信長という人物が如何に天才的な能力を持った人物であったかを再確認いたします。
金箔瓦の再現を通して感じられましたのは当時最高のものを作ろうとされていた信長の気概や情熱なのです。
まだ戦国が終わっていない時に、
どうして大規模な高石垣を使った城を琵琶湖の近くに作ったのか、
どうして高度の技術が必要だった瓦を全部の屋根に使い、更に何千枚という瓦の頭部に金箔を貼ったのか
必要な資金はどの様にして作られたのか
など頭の中にいっぱい疑問符が作られるわけですが、歴史の資料などを紐解いて丹念に調べていきますと、戦争好きで怖い短気で無茶をする武将という従来のイメージがドンドン無くなりまして、
そこに天才的な経済力・発想力があったのだ!という発見が起こってくるわけなのです。
特に驚きますのは領民を大事にしていたことで最近も消費税の削減や廃止とかが論議され、廃止するのはいいけれども
財源はどうするのか論議されていますが、
信長は450年以上前の銀行も何もない時代に財源を確保して楽市楽座など規制の撤廃や減税を行っているわけでして、この様な事がほとんど知られていないのは安土城のある近江八幡に取りましても日本にとりましても残念なことと思いますので読売新聞さんの取材を機に歴史の誤解を解く記事をお伝えしたいと思った次第です。
信長の有名な戦いと言いますと今川軍を奇襲で破った「桶狭間の戦い」とか武田の騎馬軍団を鉄砲で打ち負かしたという「長篠の戦い」などがありますが
私共が学校などで習ってます内容では信長に「天才的な経済力・発想力があった」などという事は全くわかりません
例えば「長篠の戦い」は武田騎馬軍団が信長の鉄砲隊に負けたと聞いておられるのではないでしょうか、武田は鉄砲が無かったと思われている方もおられるかもしれませんが、武田には鉄砲はありました、「えっ!と思われるかもしれませんが
武田信玄は速くから鉄砲の必要性を知っていたのです、是非「武田信玄 鉄砲」でネット検索してみてください。
などと出てきます。
特に近年長篠城や長篠古戦場から武田軍の鉄砲玉が発見されてますので騎馬隊の武田軍というイメージは間違いで武田軍も鉄砲を持っていたわけですので、何故武田は鉄砲を持っていたのに信長の鉄砲隊に負けてしまったのか、という視点を持って長篠の戦いを見ないと真相はわからない訳なのです。
信長を戦国の武将という一面で見ていてはわかりません、信長の天才的なのはその「やり方」なのです、
桶狭間でも少ない人数でも大群をやっつけられるように今川が分散するように仕組んでいますね、
其の様に長篠の戦いでも、鉄砲で勝ったわけではないのです、やり方で勝っています。
それは鉄砲というは持っていても、鉄砲の玉(鉛)や火薬(硝煙)などが充分でないと戦闘能力は発揮されないからで
信長は能力が発揮されないようにしているのです。
つまり当時は火薬の硝煙や玉である鉛などは海外から輸入しないと手に入らないわけです、そして海外からの輸入は堺が中心であったわけです、その堺を信長は足利将軍との上洛際に副将軍をやるというのを辞退して堺・大津・草津の領有を得ています。
つまり信長は副将軍という栄誉よりも貿易港の堺を取るわけです、そのやり方で「流通を牛耳るわけです・・・」
当時は日本の東への運搬は堺からでして、大阪湾から淀川を通って琵琶湖に入り近江から東の地域に物が運ばれていたわけですから
武田は鉄砲の火薬(硝煙)や玉(鉛)の調達で大変困っています。
これは過つての日本軍がアメリカに負けた原因には大きな経済力の差があった様に、ガンガン鉄砲が打てる信長軍と制約のある武田軍との経済力・政治力の差が勝敗の原因にあったわけなのです。
大きな城をいくつも作り、常駐の軍隊を作ったりと物入りはずなのですが、通貨や金融などにも能力を発揮して大金を動かしていますので、この信長の天才的なところをお伝えしたいと思っているわけです。
信長がいたから秀吉がいるわけで、信長に学んだ秀吉がいたから八幡の城下町があり八幡商人もいるわけでブラタモリで紹介される安土と八幡は信長を知ることで生き生きしてくるわけなのです。了
参考文献 武田知弘(2011)織田信長のマネー革命 ソフトバンク新書
参考文献 大村大次郎(2019)信長の経済戦略 秀和システム
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近江八幡でっせ❣
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