四月になると毎年、僕の地元遠州森町の小國神社にて、五穀豊穣を願っての勅使行列、子供の花山車の行列があります。以前には俳優の筧利夫も馬に乗って参加したことあったり、舞台では衣装を着けた子供の舞いもありと、見物の方が大勢訪れる、ソコソコ賑やかな催しです。

ソコソコ、というのは、見物人もガヤガヤ盛り上がるというよりは、わりと粛々としているのですね。お客さんも行列や舞いをじーっと見守ってる。皆、衣装を着けてゾロゾロ行くので、なかなか壮観な光景なのです。



今年が当番地区の僕は、行列の頭数として駆り出されることになりました。面倒くさいなぁと思いつつ集合時間に小國神社へ出向き、着方もわからない衣装にすったもんだしながら、なんとか着て、本殿へ。


朝のあのひどい雨を思うと、よく晴れてくれたと思う。おかげで行列は暑すぎず寒すぎずと快適に歩けました。ただ、お祓いもろもろの儀式の時間の長さには参りました。

まず最初に本殿にて約30分の儀式があって(時計は外していたので、おおよその時間ですが)、それから各々に御神宝を手渡され、外の詰所みたいな場所まで行列します。着いたら、そこでまた着座。二回目の儀式です。こーれーが長い。時間は計ってないけど、体感で1時間以上も座っていたように感じました(実際は40分くらいか)。地面に敷いた御座の上に身動ぎせずじっとしていて、いささかお尻と足が痛くなってきてました。

それが終わると再び行列で、今度は参道を往復し、再び本殿に戻って、中に入り、三回目の儀式。三回目だから、ちょっとは短めのバージョンであってほしい、と願ってたけど、三回目もがっつりフルでした。早く終われーと思いながら、痛くない足の位置を探すのに一苦労。

僕らはただ座っているだけだけど、巫女舞いを披露する子供たちは毎回踊らなきゃいけない。あれはホント大変ですよ。神事ってキツイですね。

ちょっとお得感あったのは、雅楽の生演奏が目の前で見れたことです。特に笙の音色は響きが想像以上に強いもので、聴いていて恍惚となりました。気持ち良すぎて寝そうになりましたが。普段のお祓いではCDの音源を流してるところ、贅沢で迫力ありました。

ここまでやって、ようやくお役ごめん。子供たちの引く花山車と合流して、娘と一緒に写真を撮りました。


神事なのにコスプレ感満載な図です。座りっぱなしで袴がヨレヨレですが、着付けてもらったばかりの時はもっとシャンとしていたのです。

これで四月のシガラミはおよそ済んだ。来週は久しぶりに歌が歌えます。

僕の歌は22日の朝、10時40分からだそうです。初めて参加するイベントで、どんな場所か、何があるか、楽しみです




マシス
この間の土日、僕の地元も遠州森町にて、【町並みと蔵展】が開催されてました。僕は土日とも自分の用事追われておりましたが、その合間に少しだけ観に行ってきました。
 

 
 
 




時間も遅かったので、ポツポツと片付けを初めているお店もありました。まぁ、せっかく来たからと、一周歩いてフラッと観て、何も買わずに帰宅。
 
フリーマーケットの店が並ぶ中、民家の庭先でコントラバスの演奏をするお兄さんを発見。イヤ、正確にはコントラバスを持って立っている姿を見ただけでしたが、これは珍しい光景です。お客さんが集まってなかったせいか、もう演奏は終わった後なのか、よくわかりませんが、音が聴けなくて残念でした。
 
コントラバスとかオカリナ、ピアノでもギターでも、生楽器の演奏を聴かせるって、こういうイベントの時に強いです。弾き語りでの歌よりも、楽器演奏のインスト曲って、イベントのBGMとして機能しやすいのでしょうね。音が自然と雰囲気に溶けますから。比べて歌声、肉声ってのは案外耳に引っかかって、聞き流しにくいものなのです。
 
僕がもし歩いていて、ふいにコントラバスの音が聴こえてきたら、オッと思って弾いている場所はどこだと探してしまうでしょう。それに比べて弾き語りの歌声は、聴くにしても、おそらくは歌い手と目を合わせない位置で、遠巻きに見ると思う。多分、そうすると思う。

これはなんでしょうね、歌い手と対峙するのに照れてしまうのでしょうか。でも、これがギターソロの演奏だとしたら、わりと近くでガン見ができそう。
 
あくまで僕個人の考えですが、歌声ってのはもともと、お客さんありきで発信する性質のもので、誰も聴いていないかもしれない空間へBGMとして飛ばすソレとは違うのではないですかね。その点、インスト曲の演奏は、聴こうとするお客にもBGM空間へも両方へ発信できる、そんなイメージあります。

聴く側としたら、ただ音が鳴ってるなら、お客になろうが聞き流そうが自由だけど、歌声となると、途中で去ったら悪いかなーとか、余計な気を遣ってしまう。だからよほど好きでないと遠巻きになりやすいし、簡単に足を停めにくいんじゃないかしら。
 
弾き語りはBGMになり難い、と先ほど書きましたが、実は簡単にBGMになる方法があります。誰でも知っている流行歌を歌えばいいのです。
 
昔、とあるストリート歌手が、《人前で歌う以上、誰もが知っている歌を歌わなくてはいけない》との見解を述べてましたが、そういうことなのでしょうね。僕はそれを聞いて、皆がそうするのなら、僕一人くらい違うことやってもいいだろう、と天の邪鬼に思ったものでした。
 
じゃ、僕の自作歌がイベントのBGMになりうるか、と考えると、なりうるかも知れないが、おそらくちゃんと機能しない場合が多かろうな、と想像します。それに関して開き直るなら、BGMのための歌を作ってきたわけじゃないや、とバッサリ言えなくもないけど、BGMになりえない僕の歌は、まだまだ力が足りてないとも言えます。

実際、知名度はそれほどなくても、カバーして歌うと絶大な効果を生む楽曲を何曲か知っています。本当に良い歌って、室内でも屋外でもどこで聴いても等しく感動できるのです。

そういうカバー曲に頼ってばかりではあまりにも悔しい。僕も自作歌でそれが出来るようになりたい。

何だかんだ、イベントへのお呼ばれがあれば、マシスは喜んで参加させていただきます。TPOに合った演奏を考えて頑張ります。
 
 
マシス

僕が高校三年の時、利き腕を骨折して一か月ほど入院したことがあります。腕が折れている他は元気なものでしたけど、一応は手術をした後の入院患者、病室で遊び騒ぐにわけにもいかず、ベッドでただ安静にじっと退屈をひと月シイられておりました。

 

一ヶ月の入院中に何をしていたか?公然と学校も休めてせっかく暇だから、とウォークマンとカセットを持ち込んで、昼も夜も音楽を聴き倒していたのです。部活の後輩達がお見舞いと称して持ってきたカセットテープもありがたく聴いたりしてました。

 

後輩の中には、カセットに当時の最新シングルを選って入れてきてくれたコもいれば、中島みゆきのアルバム『生きていてもいいですか』と『はじめまして』をくれたコもいた。入院患者に『生きていてもいいですか』かァ、と笑われそうですが、冗談抜きでこの入院をきっかけに大好きになったアルバムです。「キツネ狩りの歌」や「エレーン」は強烈でしたね。

 

そのうちに、同室で隣のベッドだったお兄さんと世間話をするようになり、お互いに退屈してたこともあってか、ずいぶんと仲良くしてもらいました。もう名前も覚えてないけど、元気しているでしょうか。

 

そのお兄さんが退院する時に、《これやるわ》とマンガをゴソッと置いて行ってくれたのです。ずーっと僕がお兄さんの私物入れより借りて読みふけっていた本で、持って帰るのも荷物だから、といってくれたのですけど、今思えばずいぶんと気前の良いことでした。

 

もらったのは、佐藤宏之著「気分はグルービー」全13巻。高校生がバンドを組んで音楽に明け暮れるという青春コメディで、その後の「NANA」や「BECK」に先駆けた“バンドをテーマとしたマンガ”のはしりだったと思います。

入院していた一か月の間、このマンガを何度も読み返したことか。ハマったんです。今思い返すと、ずいぶん陳腐な表現だったり、ファンタジーな無理設定もあったけど、仲間を探してバンドを組むこと、せーので音を合わせること、オリジナルソングを作ること、コンテストへの挑戦、自主開催フェス、他のバンドとの交流、嫉妬せめぎ合い、音楽業界の胡散臭さ、バンド内の恋愛から解散危機などなど、いわゆるバンドあるあるが満載のマンガで、ホント面白かったです。

 

で、今、なんで急に「気分はグルービー」の話をしだしたか、と言いますと、先日youtubeでNOBODYの動画を聴いていた時、《この歌詞の雰囲気って、俺、何かで知っているぞ?おお、「気分はグルービー」の作中歌とソックリじゃんか!》と、急に記憶が蘇ったからなのです。

 

 

NOBODYの歌詞って、全てではないけれど、70~80年代のロックの歌詞のステロタイプというか、あの時代のロック特有の描写がたくさんあります。ハイウェイを夜中に走ったり、一晩中踊ったり、海辺で肩を抱き寄せたり、雨が二人を濡らしたりと、まぁ、そういうヤツです。「気分はグルービー」もモロその時代の作品なので、良い歌、と提示してる歌詞が、その手のセンスなのですね。

 

で、こういうセンスって、一概に古臭いとか恥ずかしいとか言いきれなくて、この手の歌が好きだという音楽ファン層って、今でも結構な人数いると思のです。アマチュアのオリジナルソングとか、ホントに今でもこういう歌詞を聞きますから。きっともう、歌ってそういうものだと意識下に強力に刷り込まれているトコあるのでしょう。日本語ロックの根底に根差したセンスともいえるのです。

 

 

僕だって、自分では作りませんが、この手の描写でいくつか好きな歌はあります。聴いてグッと思ってしまう気持ちは否定できないのです。

 

「気分はグルービー」で忘れられないシーンがあります。主人公のケンジがバンドリーダーの大将に《お前、歌詞を書け》と命じられて、初の作詞に悪戦苦闘するのです。で、書いてきた会心の歌詞は他のメンバーに《駄目だ、こんな絵日記ソング》とコキ下ろされます。

 

で、もっと後の巻になってケンジが歌詞を書いた時には、《いいんじゃないか》《よく書けてらぁ。えらいえらい》とメンバーに褒められるまでになってる。つまりケンジの作詞が上手くなったってことでしょうけど、肝心の歌詞を読み比べても、何の成長の跡もないのです。笑っちゃうくらい両方とも同レベルのセンスの歌詞で、そこはもう、書いている作者のセンスの限界って話で、仕方ないことなのですけどね。

 

このマンガ、今は手元にないです。すでに絶版だと思いますが、時々読んでみたくなります。

 

 

 

 

マシス

今日はこれから地元のお花見です。桜はもう散って残ってないでしょうが、まぁ地元のお付き合いですので、頑張って楽しんできます。
 

先日読了した伊藤銀次の自伝の影響で、銀次のアレンジ仕事を聴きたい、という衝動にかられました。

(武部聡志の著書を読んだ後はすぐ武部さんの還暦祝いコンサートの録画を観返してしまった。すぐ影響される僕です)
 
で、CD棚を見回しながら、手にしたのが沢田研二のアルバム『G.S.I LOVE YOU』。
伊藤銀次が全曲アレンジのこのアルバム、当時まだ無名だった佐野元春が三曲書き下ろしています。正直、元春の歌以外はそれほど聴き込みもせず、ずっと手元に置いてあったのですが、こうして聴き返すと他の曲も悪くない、いや、結構いいぞ、と思うようになってきました。
 
一曲目の「Hey!Mr.Monkey」は沢田研二の作曲ですが、これが途中途中で面白い転調をしていて、ジュリーって凄い曲書くなぁ、やるなぁ、と思いました。アルバムのラストの「G.S.I LOVE YOU」もジュリー作曲(こちらもまた良い曲、まるでスタンダード曲みたい)で、『ラバー・ソウル』の頃のビートルズみたいな雰囲気です。

 

 

 

 

アルバムプロデューサーでもある、ワイルドワンズの加瀬邦彦が三曲(加瀬メロディはジュリーのツボをわかってらっしゃる。シングル「おまえがパラダイス」良いですよ)、ご存知スパイダース!ムッシュかまやつが二曲(「午前3時のエレベーター」大好き。ムッシュ最高)書き下ろしています。こういうグループサウンズの大御所の曲をジュリーが歌うってのが、アルバムタイトルと添っていて、いいですよね。
 
ジュリーといえば数年前、浜松のBOOK・OFFにジュリーのオリジナルアルバムがゴソッと出たときがありまして、おおっと思って、取り急ぎ『今 僕は倖せです』『チャコール・グレイの肖像』だけ掴んでレジに直行したことあります。もう、誰かに取られてなるものかって気持ちで走りました。
全曲がジュリーの作曲で占められたアルバムということで、この二枚はずっと欲しいなーと思っていたのです。安く買えて嬉しかったけど、買ったのは結局その二枚だけ。今思えばもっと買っておけば良かった。銀次アレンジ参加の『ストリッパー』が今とても聴きたい。
 
 
影響、といえば今週、WOWOWでたまたまビー・ジーズのトリビュートコンサートの模様が放送されてたのを観てまして、ああビー・ジーズの曲ってやはり良いなぁ、とすっかり感化されて、久しぶりにビー・ジーズのCDも手に取りました。
「ステイン・アライヴ」は燃えますね。一緒に歌っていてホント血が騒ぐ曲です。トリビュートのステージでは、黒人アーティストがたくさんビー・ジーズのナンバーをカバーしてましたが、それはそれは様になってました。
 
ディスコナンバーはもちろんのこと、初期のナンバーもハマっていたのに軽くビックリ。ビー・ジーズの曲は時期に関係なくブラックフィーリングが根底にあるってことでしょうかね。
 
 
その流れで、バリー・ギブが2016年に出したソロアルバムも聴いてみた。
一曲目のタイトル曲がホント良くて、次の曲もその次の曲もいい。良い曲いっぱい良いアルバム、です。
 
今はですね、脳内での連想が、銀次アレンジ→六本木心中→NOBODY、となって、NOBODYが聴きたくて仕方ない気分です。NOBODYのCDは一枚も持ってない。仕方ないのでYouTubeで聴いてましたが、NOBODY良いですよ。買っておけば良かったな。
 
 
 
今月の歌予定で、西尾楽器のもっくんよりお誘いを頂きました。ありがとうございます。
僕は22日に歌わせてもらう予定です。詳しいことがわかったらまた日記に書きます
 
 
 
 
マシス

昨日のアコパラの映像が、早くもYouTubeにアップされてました。島村楽器、仕事が早いです。音が割れていますが、良かったら聴いてみてくださいね。

 

僕が歌ったのは以下の二曲。持ち時間が十分ですから、その中で初参加マシスの自己紹介が十分にできる選曲に悩み、両極端な内容の二曲にしてみました。

 

「優しい歌が多すぎる」

 

「赤と茶の混沌」

 

自分の歌っている動画をYouTubeにあげてもらうのは久しぶりのことです(自分で動画くらいあげられるようになりたい)。何でも出てみるものですね。こういうのは凄くありがたい。ちょくちょくシェアさせてもらおう。

 

森永エイジ君が「赤と茶の混沌」を聴いて、《プログレッシブな歌ですねぇ》と、面白がってくれました。プログレなのか、コレ?でも、歌の感想をもらえて嬉しいです。

 

“島村楽器 アコパラ 磐田”で検索すると、他の方の演奏も観ることができます。よかったらそちらもチェックしてみてくださいね。

 

 

この日、アコパラのリハが終わって、本番まで一時間ほどあったので、ららぽーとのタワレコで時間をつぶしてました。

 

出たばかりの伊藤銀次の自伝を購入。

伊藤銀次の語り下ろし自伝本です。近年は音楽活動と並行して音楽トークショーでファンを沸かしていて、話の面白さはオリガミ付きの銀次の本ですから、発売を楽しみにしていました。
 
伊藤銀次の音楽キャリアのそれは、日本ロック&ポップス史そのものです。僕のお目当ては当然、大瀧詠一、山下達郎、佐野元春、沢田研二といった大好きなミュージシャンとのエピソードで、この四人との話はやはり枚数を割かれています。

そして、ウルフルズやコレクターズ、PANTA、アン・ルイス、友部正人のアルバムをプロデュースした話、アレンジャーとしての苦労&工夫話、他のエピソードもページを繰る間ももどかしく面白い。銀次がどれだけ音楽へ愛情を注いできたか、どんなに親身になってミュージシャンをプロデュースしてきたか、愛がヒシヒシと伝わる名著です。

話す口調も歌声も柔らかな銀次サンですが、こと音楽に関しては厳しい目を持っています。僕にとっても耳が痛い苦言も書かれていて、その図星っぷりにウワーって、顔が赤くなる思いでした。勉強にナリマシタ。

個人的には、やはり大瀧詠一と佐野元春を語る言葉には、ちょっとジーンとしました。泣けましたねぇ。


 
一つ、気になったことを言えば、僕は本はやはり縦の活字で読みたいかな。僕は本というものは右から左へページをめくって読むものと思っているので、こういう横になった活字はなんか、ネットの文章を読むようで落ち着かない。右から左へめくる本って洋書みたいです。まぁ、好みの話ですけどね。
 
それに、語り下ろしよりも、僕は銀次が書いた文章が読みたかったです。僕はずっと銀次のブログを読んできて、あのブログはまるまる書籍化してほしいと思ってるくらい銀次の文章のファンなのですから。
(ジュリーとのレコーディングの話は銀次の書いたブログの方が詳細が綴られていて面白い)

最近はちょっとコンパクトになったけど、ちょっと前の銀次の日記はもう、毎回毎回が長編コラムで、超がつくほど内容が濃くて面白かった。僕らファンが書いたコメントへの返事もマメにくれましたしね。あれはラジオのリスナーへの葉書に応える感覚だったかも。絶対に銀次は文筆作業って好きだと思う。この本はこれとして、いつか銀次の書き下ろし音楽本を読みたいものですよ
 
 
 
マシス
ららぽーと磐田は僕んちからわりと近いので、よく買い物に行きます。よって、ららぽーとの島村楽器もよく寄らせてもらってます。それなのに、島村楽器のイベントに参加するのって、僕は今回が初めてでした。今日のイベントはアコパラって言うんですって。

島村楽器磐田店といえば、森永エイジ君です。森永君はこの日、司会、音響、オープニング演奏と三役を担当していて忙しそうでした。

出演者一人一人に親身に声をかけて、コミュニケーションと共に場の良い雰囲気を作っていくのって、できるようで中々できることじゃありません。森永君の人柄の成せるワザでありますが、大したものだなぁと思いました。


4月1日のアコパラ、出演者10組で、磐田店では今年最多人数だったそうです。

午後1時よりスタート。出演者の写真は以下。僕の写真はなし。




















演奏者は見る人見る人、僕にとって初めての方ばかり。県西部でこれまで歌ってきて、いまだ新しい出会いがある。狭いようで世間は広いです。

一組の持ち時間は10分。10組演奏して100分。次から次へ演奏が繰り広げられ、あっという間の100分でした。

事前に演奏曲を提出してあったので、いつもみたいにとっさに歌を替えられないってのも、僕にとってはちょっと新鮮なことでした。いつもはいかに行き当たりばったりに歌ってるかってことですが、セトリを決めとくっていいかも。

とにかく日曜日のららぽーと、ましてや春休みだから、音を出していれば何だ何だと人がいっぱい人が集まってくださる。もったいないくらい沢山の人が目の前にいてくださって、歌う側とすればちょっと贅沢な環境でした。もったいないもったいない。

終わった後、色々な方が話しかけてくださって、感想を聞けたのが嬉しかったです。めったにない熱烈な感想まで頂けて、ありがたかった。誉め言葉は話半分で聞いとけ、とよく言いますが、半分で聞いても嬉しいものです。ああ嬉しい。


島村楽器さん、出演者の皆さん、森永エイジ君、会場で聴いてくださった皆さん、長時間お疲れ様でした。ありがとうございました




マシス
最近の娘の読書量には目を見張るものがあります。この間、読んだ小説のタイトルを交互に挙げていく古今東西を二人でやってみたら、お互いに三十タイトルくらい挙げて、タイムアップ。勝負がつきませんでした。

読んだ本、ってのがミソでして、タイトルだけ知っていても読んでいない本は不可!としたのです。それなら僕は負けるはずはないだろう、と、正直思っていたのですけど(シリーズものは一作と数えていたのに)この結果ですから、危なかったですよ。年間読書量なら、今、間違いなく僕は娘に負けてます。

昔から僕は推理小説が好きなのですが、20代の頃に比べてずいぶん手に取ることも減ってきました。当然、新しい作家さんなんて全然開拓してなかった。

ミステリーって読んでいてエネルギーを使うので、元気でないと読めないのです。ましてや知らない人の本でハズレを引くとドッと疲れますので、読むのはどうしても好きな作家さんばかりに偏りがちです。
(音楽も同様、歳を取ると冒険するのが億劫になり、選択が保守的になる人が多い気がします。刺激よりも聴き馴染み優先ってところでしょうか)

でも、何がきっかけか忘れましたけど、最近になってまたミステリーが読める気分になってきました。古本屋で未読な小説をゴソッと買い貯めるクセが戻ってきたのです。買ってすぐ読める本とそうでない本がありますが、このミステリー熱は懐かしくて、嬉しい。

米澤穂信の「さよなら妖精」しみじみと良かった。先日の横浜道中の時からずっと読んでました。この結末、この読後感はちょっと堪らない。「氷菓」シリーズとまた違う味わいの学園ミステリーです。


大崎梢って作家は初めて読みましたが、この「配達赤ずきん」は僕はかなり好きな本です。この手の連作短編ミステリーは数多ありますけど(北村薫より派生する日常ミステリー、創元のお手前ですね)、日常(書店)の何気な謎解くホンワカミステリーかと思いきや、結構な事件に展開して、ちゃんとガッツリ《ミステリー読んだ!》って満足を読後にくれるのがいい。

創元推理文庫の背表紙を見ると、今でも胸がときめきます。遅れてきた読書好きの僕にとって、創元とは面白い小説のブランドみたいなものでした。本屋で創元の棚を見ることが楽しみだったものです。


こちらは小説でなく、音楽プロデューサー武部聡志の本。自分がプロデュースした楽曲のレコーディング秘話を書いてます。とても面白かった。


急なお知らせですが、今週末の日曜日、4月1日にららぽーと磐田の島村楽器にて、少しだけ歌わせてもらうことになりました。
とある方より、申し込み用紙を頂いたのがきっかけです。昨年のk-mix のオーディションもそうでしたけど、こういうの、自分から申し込み用紙を取ることがなかなかない。いいチャンスを頂きました。島村楽器のイベントに参加するのって、実は初めてなのです。

今度の日曜日の午後にららぽーと磐田では、僕の歌が聴こえるかもしれません。うるさかったらごめんなさい。もし通りすがりましたら、耳を傾けてやってくださいまし




マシス
ずいぶん前よりレコーディングの噂を聴いていた、佐野元春のセルフカバーアルバム第二段が、ついについに、発売日とジャケット公開!

2018年5月23日リリース決定!夜中に突然この情報を知って、思わず小躍りしそうになりました。ああ元春、なんてカッコいい写真だ。『MANLJU』もいいジャケットだったけど、この写真がいいよ。僕はカッコいい佐野元春をいつも見たくて仕方ないのです。

「自由の岸辺」をアルバムタイトルにするなんて、ニクいじゃないですか。ブルーベルズ名義で歌った佳曲を、元春名義で聴けるなんて、そら嬉しいでしょ。「双子のコマドリとゴールデンフィッシュ」や「ブルーベルズのサマー」もいつか再録音して欲しいところです。

選曲がまたいいな。近年にブルーノートでのライブで演奏された、いわばマニアックなナンバーが多いようです。今の元春の声で、そしてHBKバンドの演奏で、「ハッピーエンド」が、「メッセージ」が、「自由の岸辺」が、「グッドタイムス&バッドタイムス」が聴ける。小坂忠に提供した「ふたりの理由、その後」まで聴けてしまう。なんて至福。これぞ至福。

僕は前作の『月と専制君主』がとても好きだったから、今作も存分に期待してしまいます。絶対に良いに決まっているもの。もう一度言おう。絶対に良いに決まっているもの。

五月に佐野元春の新作が出る、そう思うだけで、五月って月そのものが輝いてるかのようだ。五月、五月、早く来ないか五月。
 


マシス
横浜に行って来ました。

娘に事前調査で、春休みになったら何をしたい?と聞いたところ、家でゴロゴロしたい、と即答。そりゃいいねぇ、と僕は言いつつ、イヤそうじゃなくて、例えば遠出するとか、遊びにいくなら何をしたい?って再度聞いてみた。

答えは、《横浜へ行きたい》《映画を観にいきたい》《浜松科学館にいきたい》。

と言うことで第一段、横浜をいっぱい歩いてきました。





お目当ては、中華街で買い食い、赤レンガ倉庫、そして、横浜が舞台の人気マンガ、文豪ストレイドッグスのスタンプラリーでした。

僕たちは横浜ブルクの中原中也からスタート。


地下鉄桜木町駅へ行き、太宰治ゲット。

ここからバスに乗って、神奈川近代美術館へ、
居たのは織田作之助。しかし、近代美術館でやっていたのは与謝野晶子展というのが不思議。だから与謝野先生の看板もあった。

麗しい。


文スト原作者サインも飾られていました。

近代美術館はいろいろな文豪の展示があって、見応えあって面白かったです。大学で国文科専攻だった連れ合いは、夏目漱石グッズにときめいてました。《これ、通販ないのかしら》って。

与謝野晶子展をゆっくり堪能した後、徒歩で坂道をおりて、横浜人形館へ。

こちらは坂口安吾。人形館はグッズも見ていて楽しかった。

次のマリンタワーはすぐ近くでした。

僕の好きな芥川龍之介がいました。

そして、横浜といえばこの方
剣さんの巨大胸像。イーね!


ここから中華街まで歩き、食事をしながらラリーポイントの大世界へ。

娘が大好きな泉鏡花ちゃんがこちらにいました。

大世界ではトリックアートもやっていて、ひとしきり遊んで来たのです。




スタンプラリーは順調。中華街を観光しながら、山下公園から赤レンガ倉庫まで歩きました。トイレを借りに赤レンガの中へ入った娘、あまりの人の多さに、《暑い、もういい》と、早々に切り上げることに。赤レンガ、楽しみにしてたのにね。田舎育ちなもので、行列とか人混みは苦手です。


再びバスに乗って、ラリーポイントの横浜駅へ。地下鉄横浜駅には主人公、中島敦が。


駅前のマルイシティにはフョードル・Dが。

いよいよゴールのアニメイト横浜へ。

映画の重要キャラクター、渋沢龍彦がラスト。


無事、スタンプ全種類コンプリートです。先着記念の缶バッジはすでに無く、それは残念でしたが、娘は気にしてないようで、《春休みの思い出はこれだけでいい》と言うほど楽しめたようです。良かった良かった。

スタンプラリーをやっていると、名所を必然的に回れますから、観光としても良かったです。スタンプラリーの紙を見せるだけであちこちで割引してくれました。とてもお得感ありました。

旅行中、我が家はいつものように暇さえあれば読書でした。
これがまた楽しいのです。

僕個人としては、横浜の中古CD屋レコハンとか、時間があったら覗きたかったけど、家族旅行では団体行動が大事。それはまたの機会に。

横浜、飲茶セットも美味しかった。また遊びにきたいです



マシス

ちょうど五年前に、それまでに僕が作った自作歌詞をインターネット上にあげて、読めるようにしました。

 

明日虎工房

http://m-pe.tv/u/?mathis70

 

ぶっちゃけ自分のメモ帳代わりにHPを作ったのです。それまでは大学ノートにセッセと書き散らしていたのを、携帯から打ち込めるようにしたら、これが便利。携帯だと文章を書き直したり、前後の入れ換えやコピー貼り付けが楽チンで、重宝してきました。

 
僕は一人で歌う時には歌詞カードを使っていないため、今でもソロの歌の歌詞カードは作ってありません。自分の記憶力を過信して横着していたワケですが、それだと、僕が忘れてしまったらオシマイというか、思い出すのに本当に何の手掛かりもないわけですね。
 
いや、自分が作った歌を忘れはしないだろう、と思っていたら、これがやはり、忘れる。当たり前のことですけど、普段から歌ってない歌とか思い出すのがクルシイ時がある。歳も歳ですし、これはちゃんと活字媒体として記録を残しておかないとマズイな、と思い、2013年の正月休みに奮起。エイヤと歌詞を一気入力したのでした。
 
 
あれから五年、HP上に着々と新しい歌詞が貯まってきたのですが、そうなると、別の不安が出てきた。僕の歌詞保管場所はエムペという簡易HPを借りてますが、これって、もしこのエムペがある日、《勝手ながら終了します》なーんてことになったら、入力した歌詞も全部パーか(!)、と思ったら怖くなった。
 
その昔、myspaceも突然終わっちゃったし、有りうることですよ。何にでも言えることですが、バックアップは必要です。
 
データはパソコンで管理するのが当たり前のご時世ですが、僕は今、紙の歌詞カードを改めて作ろうと思ってます。バックアップは紙。パソコンやタブレットのように電気がないと見られない媒体は、なんか不安です。

紙の記録は千年古来より残ってきているし、きっと千年先も残る。停電の日でも、電波のない場所でも、紙の歌詞カードならサッと見れる。考えれば考えるほどに紙が一番信用おけるような気がしてます。
 
 
歌詞のページから文章をコピーしてエクセルに張り付けて、改行やら文字の大きさやらを直して、保存&印刷。これの繰り返し。めんどくさいです。チマチマのんびり作業を進めていきます。
 

追記。歌詞もそうですが、自分が作った曲のコード進行をよもや忘れるなんてあり得ないと思っていて、何も記録を残してない。曲に関しては今はまだ大丈夫そうだけど、これこそ油断してて忘れたらそれっきりです。歌詞カードにはコード進行もシッカリ書き込んでおかねばなりません。


 
今週末は法事もはさみ、少し家族の計画があります。春休みの娘と一緒に遊んできます
 

 
マシス