今日はクラブ(サッカー部)の引率でした。
ちょっとした大会があって、久しぶりに1試合、
真面目に審判をしました。
真面目に審判するというのは、
具体的には走って、プレーを間近で見てジャッジする、
ということです。
昔取った杵柄ではありませんが、
一応、審判資格は持っています。

日中は暑くて、かなり汗をかきましたが、
1時間程度、走るというのは気持ちのいいことだなあ、
とあらためて感じました。

というのも、実は昨年は、
メタボ対策つまりダイエットを兼ねて、毎朝走っていました。
中学・高校、それから大学では、
地元の友人達と社会人草サッカーをしていたので、
走ることはそれほど苦手ではありませんでした。
ただ、就職してから、だんだんとついてきたカラダのアブラ。
意識的に毎日運動しないと落ちなくなってしまいました。
それで昨年は10kmのマラソンレースを3回走りました。

それであらためて、走ることは爽快なこと、と気づきました。
それからカラダと心に良いと。

時間があれば1分でも、個人的な数学の勉強をしたい、
と思っていますが、ずっとスポーツをしてきたこのカラダ。
日々、相当程度の運動をしないと、ストレスがたまることに気がつきました。
私は、日々スポーツすることを止めることができないのです。
それは心臓も、スポーツ心臓となってしまったからでもあります。

走ることを止められなくなってしまった、マイ・ライフ。
もうすぐ、2学期だあ。
まあ、生徒に会えるのは楽しみだが、問題は課題だなあ。
私の課題は、「新指導要領(数学編)について」。
昨日、噂を聞いて、大きな書店に行って資料を買ってきた。

なるほどなあ、やはりカリキュラム変更って、大変革なんだなあ。
でも、中高一貫校にしてみれば、
昨年度、やっと新カリ(旧カリ)で育った生徒が卒業したばっかり。
前回の新カリは、文部省の方針変更もあったりとかで、

教科書の編集方針も途中で変わり、右往左往。
来年度から移行措置で、教える量は10年前に戻る。
結局、旧「新カリ」で純粋に学んだ学年は何年?
6年くらい?
実質は4年くらいか?

方針変更はかまわないが、
数学のカリキュラムだけは、そんなにいじらないでほしい。
はああ。
久しぶりだなあ、テレビ「愛は地球を救う」を観ながら宿題に追われるの。
あのときは小学校低学年。
泣きながら、宿題を片づけたっけ…。
研修の帰り道、電車に乗りました。
電車の中吊り広告に、
「エンジニア業界の就職フォーラム」なるものがありました。
兄がシステムエンジニアで、
私も数学を専攻していましたので、
私自身、大学1年や2年生の前期ぐらいまでは、
3年からの専攻を応用数学や離散数学、
あるいは計算機(コンピュータ)数学などにして、
将来はエンジニアになって、
チャンスがあればシリコンバレーに行って起業しよう、
という、あまい夢見ていた瞬間もありました。
もちろん、以前書いたように一方で
不勉強の極みで大学を中退しようか、
と悩んでいたわけですから、
ほんと学生の頃の自分というのは、
バカでどうしようもありませんね、思いつきで生きていて。

ところで先週末の朝日新聞の朝刊別冊に、
MIT(マサチューセッツ工科大学)の石井教授の
エピソードが載っていました。
以前、たしかNHKスペシャルで取り上げられた、
ヒューマン=コンピュータ・インターフェイスの「タンジブル」。
それを見た衝撃は忘れません。
それが活字になっていた。ああ、感動(TωT)。
その手のエッセイが好きなので、
アメリカの大学院や研究所に行って、
研究活動に一日一日、ストイックに向き合って、
オリジナリティあふれた研究成果を残す。
それに成功した研究者の話。
その自分史の中で、あまりにも軽い学生時代の話。

「大学生・大学院生のときは何も考えていなかった。」

えっ、そうなの?
ノーベル賞を獲った田中さんとか、
偉業を成し遂げた人って、
若いときから独創的・創造的な思考の持ち主というか、
強い信念を持っているというか。
野球の野茂英雄にしてもサッカーの中田英寿にしても、
ちょっとやそっとじゃ世間並みにならないといういうか、
そういう図抜けたところがあるもの、
かと思ってましたが…。
まあ、日本で研究していたときの先輩のコメントによると、
やはり独創的ではあったようですね。
(そりゃ、そうだよな。)

いまさら他人の業績を羨ましがって、
いまの人生を後悔するようなガキではありません。
とにかく、いまは私にも打ち込みたいことはあるし、
それは仕事だし、それは生徒のためにも、
自分のスキルアップにもなる。
だからもう、研究者の卵がふ化したときのエッセイを探すのはやめて、
自分の授業と数学教育の研究に時間を割こうと思う。

自分がエンジニアにならずに、
やっぱり純粋数学を解りたいと思ったこと、
それでもやはり、観点を教育にシフトした研究をしたいと思ったこと、
はハッキリと思いだして良いと思う。
カタカナの職業に憧れていた時期はあった。
一攫千金をもくろんでいた時期は、最近まであった。
でも僕が教師になったのは、単純明快な理由だった。
それは思いだして、そして誇りに思って良いと思う。

先日、途中になってしまった、我が子たちに託すことは、
やはり同じ気持ちである。
「自分が未来のため、こどもたちのためにできることをしよう。
 お金儲けがしたわけではない。
 子ども達が笑顔になれるようなことをしよう。」
わが子たちにも、そういう職業に就いてほしい、と願う。
だから、今は精一杯楽しく。
楽しいことを伝えたい、世界が広いことを教えたい。
理由は単純明快でいいと思う。

最近はもっぱら、「一意専心」という言葉が心に染みている。
水泳の北島選手の座右の銘というこの言葉。
元横綱の花田氏が、横綱襲名の口上で述べたという「一意専心」。
意味は、「他に脇目もふらず、1つのことに打ち込むこと。」

自分を振り返り、思い返す限り、
「俺は1つのことに打ち込んできただろうか?」
と後悔がたつ。

今日は、1学期の終わりに進路担当の先生に薦められた、大手予備校の
受験生の学力分析・大学入試問題(数学)分析の講習会に行ってきた。
入り口にはいると、垢抜けた自習用のテラス(?)が。
他の参加者からは、
「こんな環境で勉強できるなら…」という言葉も漏れてきた。
20年近く前、夏休みの短期間通った予備校は、こんなにきれいだったけ?

運良く大学受験浪人はせずに済んだので、
予備校に対する畏怖の念などはない。
ああ、ただ母校の進路室にあったので試しに受けた模擬試験の問題、
数学の問題の文章が難解だったのを覚えている。
本番の私立大・国立大の問題でも、
あれほど読解が難しかった問題には出会わなかった。
もうどんな問題だか忘れてしまったが、数学を商売としている現在も、
あれほどの悪文には出会ったことがない。

講習会の話に戻る。講習会の内容は2部構成。
マークシート試験の解答からの生徒の学力分析。
やはり「ゆとり教育」は問題あり、との分析結果。
続いて、人気講師による模範授業というか、入試問題の傾向と対策。
カリスマ講師だけあって、話が面白い。
(内容は、ここでは書かない方が良いでしょう。)
ああハッキリと言ってくれると、
受験生も不安は解消されるでしょうね。
また、サポートスタッフの充実ぶりもすばらしい。

たしか、この予備校には大学時代の友人が勤めていたような…?
彼は現在、どこの分校で教えているのか。
「俺はチョーク一本で世の中を渡っていくぜ。」とは彼の言葉。
私も、実はチョーク1つで仕事してるつもりなんですが…。
彼ほどの度胸はないかな?

「一意専心」
数学教育1つに打ち込んできた男の姿が目の前にある。
もし、自分がこの業界に飛び込んでいたらどうだったろう?
そんな詮無い想像をしながら、自分の中の熱意を確認していた。
「俺は俺。」
さあ、まもなく2学期だ。
俺に出来る精一杯を生徒に伝えよう。


今日の朝日新聞(朝刊)の「耕論」は教員採用試験の不正についてだった。
やはりというべきか、
大学の先生や教育アナリストの方の論というのは夢想的で、
システム改革や表面的なリセットで問題を解決しようというのが強く、
非現実的である。
それにくらべて、東京の教育委員会の経験のある方の批判は的を射ている。
日本の戦後民主主義教育の根幹として、
同時に輸入した教育委員会制度が機能していない。
また、
民主主義にはコストと時間がかかることをはっきりと述べている。
そうなのだ、民主主義は難しいのである。

もちろん、民主主義を否定する気なんて毛頭ない。
ただ、民主主義も、
その元での教育も、これほど難しいことはない、と思う。

しかし、その記事、もっとびっくりしたのは、
採用試験がらみの教育委員会の不祥事の場所(自治体)である。
北海道、徳島、山口、福岡、大分…。
唯一の例外は大阪という都市で起きたこと。
つまり、
東京(中央)から距離的に遠い地方で発覚した、
ということである。
だれもが、
「教員採用試験での不正はどこにでもあること」
と認めながらも、
事件として明らかなったのは、中央から遠いところのみ。

今回の大分の事件についても、発覚はタイムリーだった。
全国の教員採用試験の直前、
また生徒・児童・保護者にしてみれば夏休み前。
「人の噂も75日。」
未曾有の大事件も、北京オリンピックを挟み、
容疑者の娘という核心の人物の辞職によって、
御祓が済んだような社会状況になっている。

いったい誰がどんな目的で、
メディアと世論をコントロールしているのか?

気になるのは、ときおり新聞に掲載される「道州制」の記事。
市町村合併もそうだったが、
そのメリットとデメリットが天秤に架けられることがあっても、
本来の目的の是非について問われることは少ない。
だれがどんな目的で「道州制」としたいのか?

今回の教育委員会の不祥事の再発防止で、
そのシステム・組織の見直しがせまられるかもしれない。
非効率的で、地方の個人の恣意的なものとなっていたらまずい。
それを当然として、
中央の議論や方法が地方の末端まで浸透するような、
そのようなシステム作りを考え、
それが世論の合意を得て構築されるような手だてを
考える人がいても、それは不思議ではないだろう。
簡単に言えば、
特に教育において、
東京を見本とした上意下達のシステムづくりを進めたい。

民主主義は、コストがかかり、時間を要する。
また思ったように議論が展開されるとは限らない。
いつかの内閣の肝いりの市民と議論の場に、
サクラがいたことが問題となったこともありましたよね。
世論を誘導。
だれかが、どこかの国がそうであるように、
メディアをコントロールし、世論を誰かの思った方向へ誘導している。

今日、北京オリンピックが終わる。
ちょっと斜に構えた新聞などのメディアがステレオタイプに、
中国の報道規制や偽物文化を中傷しているが、
「人の振り見て我が振り直せ」。
この日本のメディアがコントロールされていないって、
誰が大きな声でいえるのか?

(そもそも、このブログだって怪しい。
 ペタを残してくれる人はありがたい。
 
 しかし、コメントをくれる人やアメンバーになりたい人って、
 本当にいるのか?
 期待してそのブログに飛んでみると、
 とても個人が趣味で書いているブログとは思えない。
 多くの人が利用しているというこのアメーバ・ブログ、
 私の考えに対して、どんなリアクションがあるのかを期待して、
 別のプロバイダから引っ越してきた。
 しかし、アクセス数が突然多くなったり、
 やたら携帯で見る人が増えたり。
 そんなことがあるのだろうか?
 
 そもそも、
 このブログだけであれだけの広告を出すだけの収益があるものなのか?
 アメーバ(サイバーエージェント)には、
 どれだけの個人情報を知らせたかは分からない。
 他のプロバイダでブログを書いていたときは感じなかった不信感が、
 このアメブロにはある。
 
 もしかしたら、このブログの連載自体も強制終了となるかもしれない。
 そのときはみなさん、民主主義の危機だ
 と思っていただいても良いと思います。
 マンガ「20世紀少年」の読み過ぎではありません。
 このブログには、不審に思うところがあります。
 みなさんも気をつけて。)


家族旅行の帰り道、子どもの寝顔を見て思ったことを書きます。
私には娘と息子がいます。
妻にもたくさんの感謝の言葉が浮かんできますが、
今日は子ども達についてだけ。

娘は先日、通っているスイミングスクールの検定に受かりました。
それまでは、いつも追試、追試で合格して、
ついにはあとから通い始めた同級生のほとんどに
進級を追い抜かれてしまっていたようです。
今回ばかりは、と思ったのか、
その前日に競泳が練習できるプールに一緒に行ったとき、
「パパ、私の泳ぎを見て。」
といいました。
自分の泳ぎの良くないところを指摘ほしかったようです。

自慢するほどではありませんが、
(子どもには自慢していますが)
私自身、小学生の頃、
市内大会の自由形リレーで銀メダルを獲得したことがあります。
残念ながら校内で3番手であったため、
個人戦には出られませんでしたが、
中学生になると、部活動(サッカー)のおかげか、
スタミナがついて、クロールでは学年で1番でした。

娘の泳ぎを見て、
自由形のときの手のかきかたと、
平泳ぎの手、それと手足の伸身のバランスをアドバイスしました。
その後の検定合格ですから、
私の喜びも倍です。
検定合格がうれしい娘の言葉が止まりません。
「ハイ、ハイ。」
そのうち弟にも余計なことを言うので、妻に
「いい加減にしなさい。」
といわれる始末です。

子ども達には、「一意専心」と伝えようと思います。
これは花田勝氏が大関か横綱に昇進する際、
相撲協会の使者に伝えた言葉です。
「1つのことを一生懸命に努力する。」ということです。
先日のオリンピックの水泳・平泳ぎで活躍した北島選手の座右の銘とか。
ちょうど日数教の研究会に出ていたとき聞いたので、
「そうだ、そうだよなあ。」
と心に書き留めた言葉です。

息子は息子で、
私がそうであったように、
いまはサッカーに夢中です。
私も、「将来はJリーガーに」と勝手に夢を押しつけていますが、
そうなることは、確率的に難しいことは存じてますので、
とりあえずは、
「サッカーをすることで世界をひろげてほしい。」
と願っています。

ただ一つだけ、これだけは彼のカラダに染みつけておこう、
と思うことがあります。
それはキックです。
サッカーでいうところのインステップキック。
実は、「サッカーの入門書のキックの解説は非現実的」
という指摘を聞いたことがありました。
実際に、私も右足のキックはけっこう自信がある方なので、
自分の蹴り方を見直して、球筋を見ると、
「確かに、入門書のキックは不合理だ。」
と思うことに至りました。ですから息子には、
自分が正しいと思うキックを教えました。
その甲斐あってか、園児のわりには強烈なキックが蹴れます。
幼稚園の保母さんも、息子のキックにはビックリだとか。
(親バカですいません。)

娘の水泳、息子のサッカーと、
かつて自分が夢中になったというか、
専心したものに子ども達も夢中となっている現在に、
ある運命を感じます。
私自身も、授業そっちのけで
部活動(サッカー)の指導に夢中になった時期がありましたが、
実は、すでに他界してうる私の父も、
地域のスポーツ指導員として、
少年野球や社会人ソフトボールの普及に努めたとか。
家業の1つである稲作の仕事もほどほどに、
毎週末スポーツ振興に出かける父の後ろ姿を見て、
母は怒髪天だったとか)`ε´( 。
父が亡くなった直後、涙混じりに母はその話をしました。

野球がサッカーや水泳に変わりましたが、
スポーツを愛する心は確実に、
血筋に継承されていっているようです。
いつかTVのCMでも流れていましたが、
「スポーツには力がある。」
と私も思います。
夕方や夜のニュースでも、
天気予報の前に、必ず「スポーツニュース・コーナー」はあります。

残念ながら、私自身は高校生当時、
それほど自分のサッカーの技量に自信が持てなかったので、
専心するものを「数学」に変えました。
もしかしたら娘や息子にもそういう転機はあるかもしれません。

それでも(強化指定選手やJリーガーになれなくても)、
自分が打ち込んで身につけた技や心を、
次の世代に伝えてくれる指導者に、
娘や息子がなってくれたらなあ、と思います。

周りを見回せば(特にサッカーでは)、
精神論ばかりで技術をしっかりと教えられる指導者が少ないように思います。
これだけ日本のサッカー環境が整っても、
オリンピックで男子代表が活躍できないのは、
旧来の指導者だけでなく、
日本サッカー協会が作っているというカリキュラムにも問題がある、
つまりちゃんと先進の指導者も育てられていない、
その証左ではないかと思います。
(某有名大学に偏った首脳陣と噂を聞きます。
 旧来の先輩後輩の関係で、
 まちがったことを指摘できないのではないでしょうか?)

本質を捉え、それを次世代にきちんと伝えられる人材に。
親バカですかね?
長い人類の繁栄の営みの1つを担う。
そういう大局観に揺られた家族旅行の帰り道でした。
また文部科学省の方の発言を思いだしてる。
そのとき感じるたのは、指導要領が法的に効力を持つ、
ということが強く感じられた。
「そうか、私たちは公教育の担い手。
 公教育は法律に基づいて行われるもの、なのか。」

もちろん私立といえども、カリキュラムは指導要領に従っている。
さらに発展的な内容をプリントなどに盛り込んで教えている。
高校2、3年生に教えるときには、
できるだけの最近の入試の傾向にも対応していく。
時間や教材の使用にある程度、自由度を感じながら進めている。

また映画「踊る大捜査線」を思いだしている。
所轄の刑事とそれを束ねる署長などの幹部方、
そして本庁の警察官僚の発言・行動。
公務員として、法を根拠に活動する姿がコミカルに描かれていた。

教育もまた、法に基づいて公に行われている。
それは大学の講義で、「法学」が必修であったから、
それ相応に学んではいる。でも忘れていた。

少し悩む。
私たちは法によって守られている。
だから法令遵守の気持ちは大切だ。
しかしながら指導要領の改訂など、
教育にとって本質的でないことは、
どこまで遵守すべきなのであろうか?
まして大学入試問題での指導要領の範囲の逸脱なんて当たり前。
大学の先生も、
もしその点で文部科学省の指導がはいれば反発することだろう。
教育と学問と法律。
法令遵守は難しい。
それによって失われるものはすくないだけに。
非常に悩ましい。
ごぶさたしております、ロベルトです。
しばらくの間、帰省と、
またその後クラブの合宿で山奥の民宿に行っておりました。
(そのため、このブログの更新はできませんでした。)

このブログを読んでいる方には、
将来、教職に就こうと思っている方もいると思います。
教員の仕事は、大きく分けて4つあると思います。
1つは授業、2つめは学級経営、
3つめはクラブ活動の指導、4つめは校務分掌です。
校務分掌というのは、教員に割り当てられた仕事です。
生活指導、進路指導、生徒活動、教科研修…。
教員は多くの生徒を抱えていますので渉外活動も含めて、
教員は多くの仕事があります。
自分の経験を振り返ってみて、
「あの先生の授業はわかりやすかった。」とか、
「あの先生は部活の指導に熱心だった。」とか、
そういったことが思い出されるのではないでしょうか。
でもそれ以外にも、細かなでまた、ストレスフルな仕事はあります。

とはいうものの、やはり生徒にとって、
上の2点が先生の印象としてはすべてかな、と思っています。
同僚でも、事務的なやことや校務分掌で優秀な能力を発揮して
評価される方はいます。
しかしながら私としては、
やはり、教師を目指したころのイメージを大事にしたい、
と言うのが強いので、
上の2点について、力を入れています。
生徒に寄り添い、生徒にとって良い先生であること。
これが僕の信念です。

クラブ活動の合宿先は涼しく、とても楽しく過ごせました。
もうすぐ夏休みも終わり。
さあ、2学期の準備をするか。
お盆となって、田舎(実家)に線香を上げにいった。
田舎の思い出と言ったら、貧しいとか何もないとか、
幼い頃の切ない思い出しかない。
しかしながら、先日、テレビを見ていたら、
演歌歌手のNさんとか種子島出身のグラビア・アイドルさんとかは、
もっと壮絶な生活を送っていたので、
(まして自分はその苦しい家計を省みず、
 東京の私立大学に 行かせてもらったんだから)
自分は豊かな生活を送らせてもらっていたんだな、
とあらためて思い返していた。

田園に囲まれた我が生家。
田んぼの稲には穂が付き始めている。
「今年は豊作か?」
と兄に聞くと、
「台風が来る頃になってみないとわからん。」
と言われた。
そうだ、まだ心配は尽きないのっだけ。

実家は屋敷森に囲まれている。
それほどたいそうな木々ではないが、
田んぼの真ん中にある家を、強い風から守っている。
その屋敷森に、カブトムシが集まる木が1本ある。
昨年教えてもらった。
実家につくなり息子は、
「カブトムシがいるかどうか見てみよう」
といって、祖母への挨拶もせずに、
その木に向かって走っていってしまった。
追いつくと、その木には5~6匹のカブトムシがとまっていた。
「いっぱいいる!」

樹の樹液を吸っている、カブトムシの雄と雌。
雌は1匹。
雄は5匹。
つがいのカブトムシが樹液を吸っていると、
他のカブトムシがその場所へ寄ってきた。
戦いがはじまった。
角と角を交える。
角を相手の下側に潜り込ませ、スープレックス(@ ̄Д ̄@;)
樹の根元へ振り落とされる敗者。
「すげぇ。戦ってる!」

そういえば、昔もこの屋敷森で、
カブトムシ・クワガタの採集は済んだ。
あらためて豊かな土地であることに気がついた。
それからあの頃は、
無理矢理、カブトやクワガタの尻を叩いて戦わせていた。
そういえば、そんなにのその戦闘は盛り上がらなかった気がする。

目の前では、カブトムシの真剣勝負(ガチンコ勝負)が
繰り広げられている。それはバトルロイヤルの様相を表している。
根元に振り落とされた敗者も、また這い上がり、
再戦を挑んでいる。
カラダの小さなものが勝つこともあった。
いくつの戦いが繰り広げられたか。
私と息子は、固唾をのんで、その攻防をずっと見ていた。
一度、根元へ落とされた、
一番カラダの大きなカブトムシが最終的には、
樹液の出る場所に、雌とマンツーマンで残った。
戦いは終わり、勝負は決したようだ。
樹液を落ち着いて飲む、つがいのカブトムシ。

すると、雄のカブトムシが雌の背後に回った。
「まさか。」
そう、交尾をはじめたのである。
「こんな昼間から。」
まあ、カブトムシには昼夜は関係ない。
さて、カブトムシの男根はどこにあるのか?
「出てきた!」
なんと、雄の男根は下腹部から出てくるのである(@ ̄Д ̄@;)
息子は、雌雄が戦っている、
雌が一方的に押さえ込まれ、負けていると思っているし、
そう言っている。
父は、何も言わなかった。
先ほどのバトルロイヤルと同じくらいの時間、
繰り広げられる、カブトムシの昼下がりの情事。
AVでも見てるかのようだ(@ ̄Д ̄@;)

「さあ、おばあちゃんに挨拶をしに行こう。」
ガチンコ・ムシキングと、王者ムシキングの勝利の雄叫びを見た。
田舎って、素晴らしい。
連日、北京オリンピックの報道がされて、
ゴールドメダリストが誕生すると、
過去の話題は取り上げられなくなってしまう。
それでも、
YAWARAちゃんこと谷亮子選手(田村亮子選手)の実績はすごいだろ。
オリンピックに5大会連続出場。
銀メダル、銀メダル、金メダル(田村亮子選手)
金メダル、銅メダル(結婚して、谷亮子選手)。
最後の2大会は国内選考で物議を醸したようだが、
結局、その観点は正しかったのかな、メダル獲ったんだから。

最後の準決勝の試合は、テレビ生中継で見ていた。
慎重すぎる組み手争いで
ポイントを失い負けてしまったのはガッカリしたが、
そういう展開にしなければならない状況があったのだろう。

それでもその実績は素晴らしい。
だって、オリンピック、普通の人は日本代表に入れないもの!
アスリート(競技者)になって、ちょっと夢見て、
日本の大会で上位の成績を修めて、候補選手になって、
強化指定選手になって、
また大会で優勝か、それに準じる成績を修めて、
はじめて代表選手に選ばれる。
年齢や手続きは関係ない。実力の世界。
(それこそ教員採用試験みたいな不正はない。
 したところで、世界大会に出れば、そんなのは意味がない。)

職場や子ども通う幼稚園の保護者の中にも、
日本代表や世界選手権、オリンピックを目指していた人がいるので、
「オリンピックねぇ。出たかったなあ。」
って嘆きというか、寂しそうな声を聞き、
「さあ、応援しよう!」とか言う話を聞くと、
「すげぇ。」
と簡単に洗脳されてしまいます。

そんな、出たくて出たくて、努力を重ねて、
でも実際には出られなかったオリンピック。
谷選手は結婚する前も、結婚後も出産後も出場してメダル獲得。
すごい、すごすぎる。
おめでとう、谷亮子選手。
感動ですヘ(゚∀゚*)ノ