12㎏減量 その2 一病息災の効用
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前々日の続きです。5か月で12㎏減量でもよくやったと思っているのに、今日、あれっ、永瀬正敏が役作りのために2週間で12㎏減量?尋常じゃないですね。さすが役者魂です。以前、役所広司が「象の背中」で相当の減量をしていましたが、それ以上ですね。食事制限を含むありとあらゆる手段で、って書いてありましたが、どのようにやったんでしょうか。
さて、私の話題に入ります。7年前に糖尿病の診断を下されてから、急いで手続きを取り、教育入院をしました。きっとこの2週間の教育入院がなかったら、12㎏の減量はあり得なかったでしょう。やはり、独りで食事をコントロールしようとしても、誘惑につい負けてしまっただろうと思います。それまで優に2000KCal~2500KCal/1日ぐらい採っているものを、1500KCal/1日に落とすわけですからね。2週間、半ば強制的にやらないと達成不能だったのだろうと思います、私の場合。最初の2~3日間ぐらいはひもじい思いをしましたが、他に口に入れるわけにはいきません。だんだん慣れて、退院後も習慣づけることができました。
病院での食事で心がけたのは、よく噛むことでした。朝食なんぞは、薄い食パンが2枚にイチゴジャム、ほうれん草のお浸しに、野菜の和え物と牛乳180㏄程度ですから。それまでだったら、5分ぐらいで平らげるのを、約20分かけて食べました。20分持たせるのはなかなか大変です。少量を口に入れて、約100回咀嚼します。そうすると、20分ぐらいかかります。それを続けていると、満腹中枢も満たされるようになります。
体重の減り方は劇的でした。毎朝、毎夕体重計に乗るのですが、日に日に面白いほど減っていくのです。結局、退院までの2週間で5㎏減りました。こうなったら、モチベーションは上がります。
病院で食品交換表というものを学習します。80KCalを1単位で考える方法です。1単位の量は当時大体頭に入っていますから、今食べているカロリーは凡そ見当がつきました。それで、1日約19単位に抑えるのです。大戸屋の焼き鯖定食は、鯖だけで4単位はありそうだからやめとこう、といった判断もつきました。
こうして、完治とは言えないかも知れませんが、担当医をして「私の値より良好だ、治ったも同然だ。」と言わしめるほどになりました。
糖尿病も、不治の病ですが、早期であれば治すこともできるのだと思います。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。今日は「痩せ方」がテーマでしたが、明日は「聴き方」がテーマです。
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十三参り
いつもお読みいただきありがとうございます。
元旦から始めてきました、数字にまつわるテーマも、本日をもって終了としたいと思います。我慢してお読みいただき、ありがとうございました。そろそろ、事務指定講習の教材が送られてくる頃だと思います。テーマ一覧をよく見たら、開業準備(0)の状況です。今後は、登録・開業に向けての日々の話題にも随時触れていこうと思っております。
最後は、ゴルゴダの丘に因んで、やはりゴルゴ13か、とも思ったのですが、やめにしました。
さて、子供の成長を祝う行事として思い浮かぶのが七五三です。これは江戸期に関東から広がった行事のようです。それに対して、関西から始まり今徐々に広がりつつあるのが、十三参りです。京都の嵐山にある法輪寺が発祥と言われています。数え年13歳になると、知恵を授かるために虚空蔵菩薩に祈願する習わしです。
私も法輪寺に参拝しました。1月の早生まれなので、遅生まれの同級生と数え年では1歳の開きがあるのですね。彼らは小学生のうちに、マイナーの我々は中学生になってから参拝しました。従って、小学生の時代には、参拝の終わった連中の話題についていけず、中学生になってからは、学校で話題にもできず、寂しい思いをしていました。
法輪寺に着くと、本堂の手前には、台座が準備してあります。半紙と硯が確か3セットぐらい並んでいたでしょうか。参拝の前に、その半紙に自分が大切にしている漢字一文字を毛筆で書き、虚空蔵菩薩に供えご祈祷を受けるという手順になっています。
私が何の字を書いたかというと「努」でした。ちょっと、ええかっこしいとちゃう?もう少し気の利いた漢字は書けなかったのだろうかと、今になって思います。因みに私の娘は「花」でした。へえー。
参拝を終え、知恵を授かった後、ここからが大事なのです。「渡月橋を渡り切るまでは、絶対振り返ったらあかん。」です。振り返ってしまうと、虚空蔵さんから戴いた智恵が全部吹っ飛んでしまうからだそうです。こう言われると、振り返ってみようかな、いやいや、あかん、まさに頭の上で悪魔と天使が交錯するんですね。コチコチになりながら、橋を渡り終えました。
確かに振り返っていない筈だったのですが、今の脳ミソを考えると、きっと振り返ったに違いない。
今からでも、知恵を授けてもらえないかしらん。
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十二キロの減量
いつもお読みいただきありがとうございます。
12ヶ月、十二支、1ダース、12時、十二神将、十二単…。話材には事欠きませんが、今回はこのテーマにしました。
7年前、72㎏あった体重を約5カ月で12㎏減量し、理想体重にはもう一歩届きませんでしたが60㎏に落としました。現在、4㎏のリバウンドはありますが、62~64㎏あたりを維持しています。これは、自分の力だけでこれだけ体重を落とせた訳ではありません。一人で、ここまでできるほど意志の強い人間でもありません。
何故、これだけの減量をしたか。いえ、正確には、減量を余儀なくされたかといいますと、4月に実施された、年1回の定期健診後の精密検査で糖尿病と診断されたことにあります。その時のデータを見てみますと、空腹時血糖が164、HbA1Cが8.9、という数値です。医師から「完全な糖尿病です。一旦糖尿病になったら、これは治らない病気です。」と宣言されてしまいました。
実は、その年の2年前の4月のデータが、体重66㎏、空腹時血糖が99、であったものが、翌年の4月には、体重が72㎏、空腹時血糖が120、になっていました。ここで、気がついて手を打てばよかったのでしょうが、自覚症状は全くありませんし、日常生活になんの支障もありませんでした。そのまま、不規則な生活を続けていました。出張時には、ホテルに戻った後も、残務整理をしなければなりません。もともと、酒もいけるのですが、甘いものも大好き人間です。深夜に小腹が空いて、カップラーメンをすすりながら、焼酎を飲んで、チョコレートをボリボリ。
秋頃になって、少し自覚症状が出てきました。夜中に脹脛がこむら返りを起こし、目が覚めることが多くなりました。昼夜を問わず、不連続的に、体が火照り始めました。男性の更年期障害かとも疑いました。トイレで小用を足すと、なんとなく今までと違う甘い香りがほんのり漂ってきました。おかしいなと思いつつも、次の年の春まで放置して、健診の結果が前述の通りです。
「どっ、どっ、どうしたらいいんですか?」「かかりつけの医師に相談してください。教育入院という方法もありますよ。」そこで、初めて教育入院という言葉を聞きました。
私は、例年3月~4月が仕事としては閑散期に当たります。これはラッキーでした。すぐさまかかりつけの病院に走り、2週間の教育入院の手続きをとりました。その2週間(土日は外泊ということで家に帰りましたが)、糖尿病と食事療法に関する教育を受け、1日1500キロカロリーの食事をスタートさせました。
以前からジムには通っていたので、退院後も、基本は食事でコントロールしました。心がけたのは、朝昼晩3食欠かさない、バランス良く摂取する、ご飯はお代わりしない、ラーメンはスープを飲まない、とんかつや天麩羅のころもは外す,、間食をしない、毎日体重を記録する。ちょっと我慢も必要ですが、目に見えて体重が落ちてきました。65㎏まではあっという間でした。そこからは、なだらかなカーブを描いて60㎏に到達しました。
現在は、あまりに節制しすぎるのも人生楽しくないので、ちょっと緩めました。ただ、今も糖尿病の治療はしておらず、定期的な血液検査だけで済んでいます。因みに空腹時血糖は102、HbA1Cは5.5です。
どうやったらそんなにダイエットできるのですか、とよく聞かれます。ポイントは、意志の強さではなく、知識と計画性とサポートしてくれる人でしょうか。
教育入院から始まって、どうやって加速度的に減量したかの経緯については、明後日に。
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選ばれし十一人
いつもお読みいただきありがとうございます。ひょっとして、この表題を見て、サッカーの日本代表の記事を期待して来られた方もいらっしゃるかも知れません。ごめんなさい。これから先、サッカーのサの字も出てきませんので、悪しからずご了承下さい。せいぜい、2~3人しか知らないものですから。
じゃあ、誰だということになります。もう旬をとうに過ぎてしまいましたが、昨年、小沢一郎氏を全員が起訴相当と判断した11人です。無作為に選ばれたようでしたが、確か平均年齢が30歳あたりだったように記憶しています。少子高齢化が進行している中で、無作為に選抜して、平均30歳あたりに収められるのは、大したものだと思います。また、全員一致で採決したのも、またすごいことだと思います。日本人は、どこかでバランスをとる国民だと思っていましたが、そうでもなくなってきたのかも知れません。
以前、小沢氏を証人喚問に出すべきという新聞の論調が載った時、ラジオのリスナーは7割ぐらいの人がその必要なしと言っていました。昨今、新聞の論調が世論を形成できなくなってきた一端を示した例だろうと思います。決して民度が下がっているようにも思えないのですが。
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十中八九 決勝戦へ
今回は、ラグビーのお話です。
昨日は、国立競技場まで早稲田大学対帝京大学の大学ラグビーの決勝戦を娘と見に行ってきました。
実は、決勝戦の切符を昨年の11月20日に購入していたんですね。無謀なことに、まだ、大学選手権の組み合わせも決まらないうちから。優勝はわからないにせよ、十中八九早稲田大学が決勝戦に進出するだろうと踏んで購入しました。清宮監督がいた頃の圧倒的に強いチームではないので、ちょっとしたギャンブルですよね。2枚買っていましたが、決勝戦に進出しなければ、恐らく国立競技場には足を運ばなかったでしょう。でも、捨て金にならずによかった。
結果は、17対12で帝京大学の優勝でした。あー、残念でした。早稲田は、昨年来野球部のリーグ優勝、競走部の駅伝3冠、ラグビー部の対抗戦優勝、などなかなか調子が良かったので、昨日もいくかと思っていましたが。
実際の試合は、点差以上に帝京大学が圧倒していました。対抗戦4位の帝京大学が、同2位の慶応、同1位の早稲田を破っての優勝ですから、大学選手権に照準を当てて精進した結果なのだろうと思います。聞くところによると、昨年箱根駅伝で優勝した東洋大の栄養士が、帝京大の栄養士を務めているとか。以前、不祥事があってから、上下関係を逆にして、4年生がトイレ掃除をするようになって、同校も雰囲気が良くなったようです。伸び伸びと試合ができた結果なのでしょう。
昨日は、2万5千人強の入場者でした。今日の高校サッカーの決勝の方が多かったのではないでしょうか。同志社の平尾や早稲田の本城が活躍していたころは、女性ファンも多く超満員になっていましたが。ラグビー人気も影を落としてきました。ルールが判りにくいことも影響しているのでしょうか。
でも、悔しい。
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